エンジェルオブデス
雲母坂しずく
逢坂世良転入編
#1 僕は逢坂世良
【魔法】、というものがある。
科学では成し得なかった奇跡を、人間の体内にある【魔力】というものを用いて現実に起こすというものである。
太古には、現代の創作物でもあるように、魔法を使える者は杖などの用具を用いて魔法を発現していたとされる。しかし、魔法の発展は、皮肉にも科学の発展によってもたらされた。
【MCM】――Magic Conduct Mechanismの略であり、体内にある魔力を体外に放出するための機構――が組み込まれた道具、通称【ルクス】の発展によって、魔法はさらなるステージへと到達していくこととなる。
より効率的に、より速く魔法を発現できるようになり、さらには【MCM】の仕組みが比較的容易なものであったことも関係しているのだろうが、先進諸国はそれらを兵器に転用し始めた。
一方では平和利用を謳いながら、他方では魔法に関する軍備を拡張していくアメリカ。
魔力を凝縮させ、一気に解き放つことでツァーリ・ボンバと同等以上の威力を持つ兵器を量産しようとしているロシア。
さらなる魔法軍備を進めるドイツ、イタリア、フランス、韓国。
貿易によって最新のルクスを導入し、近年急速に台頭してきた中国。
そして、平和利用に限って推進していくという方針のもと国際社会でも高い技術を持つ日本。
霊國・日本では明治時代に産業革命とともに魔法の研究が進み、千九○○年台には全国各地に魔法を専門とする学校が建てられた。
陸海両軍の中に魔法部隊が設置され、第一次・二次世界大戦において多大な活躍を見せたものの、元々魔法使いの絶対数が少ないためにその活躍はかなり小さな規模に収まった。
その後、敗戦を経て、自衛隊が編成された際にも魔法使いは重用され、陸海空のそれぞれに魔法使いから成る部隊が置かれた。戦前に行われた非道な実験の結果などは、全てが連合軍に引き渡され、それらは医療や工業などに転用されることとなる。その後は国際連合において、日本は魔法の面でドイツと並び頭角を現すことになるのであった。
そして、現代。
魔法とルクスは凄まじい速度で進化し続け、様々な面で生活を豊かにしている。しかし、それを嘲笑うように魔法を用いた犯罪やテロはますます高度化・複雑化している。それを取り締まるために、先進諸国は歩調を揃えて対策を取ることになっていく。
世界が魔法の安全性や利便性を不信感を抱き始める中、物語は一人の少年が日本のとある魔法学園に転入するところから始まる。
――これは、物語。
時代、そして世界に歯向かう物語。
【#1 僕は逢坂世良】
「……ふぁぁ。十一時前……。……見事に遅刻ね」
アリア=レクイエムズは、つまらないと感じていた。
こんな時間に起きたこともあるけれど、学校にも行きたくない。そもそも、行かなくったって自分が学園でそこそこの地位にいることには変わりがない。怒られはするけれど、それでなにがどうなるわけでもない。
自分が学園でトップクラスの実力を持っていることはわかっている。入学してすぐに学園で十番の地位を勝ち取り、それから幾度かの決闘を経て、今は三番だ。自分の学年には私より強い人はいない。残りの上二人はどちらも三年生だから。それゆえ、もう二年生で私に決闘を挑んでくる人はいない。やっても負けるとわかっているのだろう。
元々この学園には来たくなかった。けれど親から無理矢理家を出される形で入学試験を受け、合格してしまった。
つまらない。
元々人と話すのが苦手なせいか、はたまた彼女の家系のせいなのか、ルクスのせいなのか。皆彼女を怖がって、近寄ろうともしない。いつも腫れ物みたいな扱いを受けて、隣の席の人と満足な会話一つすらしたこともないのだった。
――ある日突然、現れたりしないものだろうか。私が全力を出せる同級生、あるいは私と肩を並べて、真っ直ぐに私を見てくれる、友達、なんて。
「ないか」
彼女は今日もそうやって、ため息をついた。
僕はうろたえていた。
今日から入学する【国立第一魔法学園高等部】の校門まで来てみたのはいいのだが、何しろ馬鹿みたいに敷地が広いものだから、まずどこが靴箱なのかすらわからない。
そもそも幼稚園から大学までのエスカレーターとかいうアホみたいな仕組みをしているせいで、ここに辿り着くまでにも相当迷ったのに。
指定されていた時間は午後からだけど、どうせなら朝イチから見て回れたらいいよねなんて考えて意気揚々と行ったところが国立第一魔法
シンプルに通報されると思った。
さて、誰か人はいないものか。
いやいないか。今の時刻は正午少し前といったところ。さすがにこの時間から登校してくるような人はそうそういないだろう。
五月初旬の、程よい日光がただただ僕を馬鹿にするように照りつけていた。
こうなれば、とりあえず片っ端からあたって昇降口に着くまで頑張るしかないのかもしれない。
「……さて、どうしたものか……お?」
途方に暮れて周りを見回してみると、僕の後ろ――といってもかなり後方――から、ここの生徒と思わしき制服を来た人が歩いてきている。
遅刻か何かしたのかな。いやでもこの際誰でもいいから道を聞いて、あわよくば連れていってもらおう。
少し待ち、その人がこっちに近づいて来るにつれて、女子だとわかる。腰まである艶やかな長い黒髪に整った顔立ちは、女優すら顔負けするだろうというほどだ。まるで熟練の職人の手によって造られた人形のように。けれども、近づく者全てを拒絶するような冷たい雰囲気を醸し出していた。
しかし、いくら冷たそうとはいっても、せめて昇降口くらいまでは連れて行ってもらわないと話にならないわけで。
「あ、あの」
僕の横を通り過ぎようかというところで、意を決して声をかけてみる。
彼女は無表情で固めたまま、僕の方を向いてくれる。表情筋は死んだみたいにピクリともしないけど、不機嫌というわけではないのかもしれない。
「……何かしら?」
改めて正面から見るとすごい美人だ、なんてことはこの際置いておこう。まずは何より道を聞くのが先だから。
「僕、今日ここに転校してきたばかりで。職員室に行かなくちゃいけないんだけど、場所がわからないんだ。良ければ教えてくれないかな?」
「……」
「だ、だめかな?」
ややあって、彼女は(変わらず無表情のまま)言葉を発する。
「構わないわ。私も職員室に用事があるもの」
そう言って、少女はやはりつまらなさそうな表情を浮かべる。ダウナー系、とはまた違う。
心底退屈しているといったような表情だった。
「ありがとう。僕は
けれど、とりあえず案内してくれることには変わりがないので、ひとまずお礼とともに名乗ることにする。
まずは順調な滑り出しといっていいかもしれない。幼稚園に行ったのはノーカンでお願いします。
「私はアリア。アリア=レクイエムズ。呼び方はなんでもいいわ。それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
僕は彼女に連れられる形で、校内へ向かって歩き出した。
「……学年は? クラスは決まっているの?」
もう少しで昇降口(そう見えるだけで実際にはわからないが)に着くというところで、レクイエムズさんが話を切り出す。
「二年生。クラスは確か、一組……だったかな?」
「あら、同じクラスね。知っているとは思うけれど、特進クラスよ」
やべえ知らなかったんだけど。どうしよ。
だって突然「じゃあお前は今日から国立第一魔法学園高等部の二年一組に転入だから。荷物全部用意しといたんでヨロシクゥ!」みたいな雰囲気で無理矢理転入させられたんだ、仕方ない。
「……そうなんだ、すごいんだね」
「他人事のように話しているけれど、あなたも今日からクラスメイトなのよ。……まぁ、特進クラスといってもたかがしれているけれど」
「そうなの?」
「私如きがクラスの一番を取れている時点で。……あぁ、序列、知らないかしら」
「序列制度があるっていうのは知っていたけど、きみも
「一応。学園の
それがさもなんでもないことであるかのように、レクイエムズさんは言った。
けれど実際、この学園においてトップ十――俗にナンバーズと言われる――に入ることは、これ以上ない名誉である、というふうにパンフレットには書いていたような。ここまで無関心になれるものなのだろうか。
「まぁ、私のことはいいわ。どうせ入学して少しすれば、心無い人たちのせいで噂はいくらでも耳に入るでしょうし」
「……もしかして、嫌われているの?」
「嫌われているというよりは、私に関わりたくないのでしょうね。まぁ、どうでもいいけれど、そんな連中」
鷲は蠅を捕らえずというべきか、本当に歯牙にもかけていないのだろう。
少しの感情さえ感じさせずに、彼女は呟いた。
「次はあなたのことを聞かせて。前はどこにいたの? あぁ、言いたくなければ言わなくてもいいけれど」
結構確信をついてくるな、なんて。
だが、一応僕にもそれなりの設定というものはあるし、ここで本当のことを全て洗いざらい話すつもりなど全くない。
ここは事前に与えられていた【設定】で我慢してもらおうか。
「前はヨーロッパのほうにいたんだ。第一学園からスカウトを受けて、今回帰国したって感じ」
「スカウト、ね……」
「きみもスカウトできたクチ?」
「そんなところよ。それほど良いものでもないけれど」
彼女の口調には若干嘘めいたものが感じられる。
スカウトで来日したわけではない、ということだろうが、そこについて僕が深く突っ込むつもりはない。誰にだって追求されたくないことの一つや二つはあるだろう。僕にもあるように。
そして、話しているうちに、一目見ただけでもかなり大きいとわかる昇降口に着く。やはり生徒数が多いからなのか、それとも国のお金で作られているからなのか、昇降口一つとっても無駄に大きく、そして綺麗だった。
一組の靴箱を見て、レクエイムズさんは片方の手を自分の顎に添え、立ち止まる。……これほどの美人がすれば、小さな動作の一つでも、随分と絵になるものだ。何か考えているのだろうか。
「ごめんなさい。新品の上履きとシューズが置いてあったものだから。これはきっとあなたに用意されたものね」
そういってレクイエムズさんが指さした靴箱のうちの一つには、言葉通りに新品の上履きと外用のシューズがあった。僕のためのものか。
となれば、僕の出席番号は四十番ということで違いなさそうだ。まぁ仮に用意されているというだけの説もないではないが。
ひとまずそこに履いていたローファーをぶち込み、代わりに上履きを取り出して脚を通す。
「さぁ、上履きを履いたら職員室に行きましょう。すぐ着くわよ」
「うん」
上履きに履き替えて、階段を登っていく。
職員室は二階の階段を上がってすぐのところにあるわ、と彼女が僕に教えてくれる。
廊下や、階段一段一段の隅々に至るまできちんと清掃され、ホコリ一つ落ちていない。ガラス越しに差し込む太陽の光が校内を明るく照らしている。
レクエイムズさんが「千九○六年に建てられて、それから何度も改築を繰り返しているのよ。学校専属の清掃員もいるみたいね」と教えてくれる。やはり国立は偉大だということだろうか。
そしていよいよドアの前まで来ると、彼女は二度ノックしてから「失礼します」と言って入っていった。僕もそれに倣って入る。
いざ入ってみると、職員室は学園の規模と同じように相当広い。
「逢坂くん、こっちよ」
エクイエムズさんに手招きをされ、一人の先生の元まで行く。
女性のようだ。年齢がわかりにくいが、二十代後半から三十代前半、といったところだろうか。スタイルがよく、スーツの上からからでもいろんなアレコレがわかってしまう。
その女性は苦笑しながらレクイエムズさんに何か言ったあと、改めてこちらに笑顔を向けてきた。苦笑ではない、心から僕を歓迎してくれている笑みだ。
というか、レクイエムズさんは相変わらず先生と話しているときですら無表情を貫いているのか。生来のものなのかどうかはわからないけれど、すごいな。
「初対面でレクイエムズに気に入られるとは、珍しい人間もいたものだ。……私は
「そうなんですね。これからよろしくお願いします」
うむ、と言って笑う南雲先生。
性格が良いというか、良い性格をしているというか……。
「君は体に魔力を宿し、そしてそれを体外に放出し科学では成し得ない奇跡を起こす技術、つまり【魔法】を扱うことが出来る【魔法使い】だ。そしてその才能を認められ、この国立第一魔法学園に転入することを認められた。これは、この事実だけでも誇っていいレベルだ。ぜひこの学園で学び、さらに強くなってくれたまえ。……とまぁお堅い話はここまでにしておこう。よろしく頼むぞ」
レクイエムズさんと似て、クールだなぁ、という印象を受ける。けれど生徒を見るその目は優しく、生徒思いの良い先生だということは一目でわかる。
手を差し出され、僕もそれに応えて握手をする。
「先生、どういう意味ですか」
「レクイエムズ、お前ほどクラスに馴染めていない人もそうはいないだろ。そもそも遅刻して偉そうに来るんじゃないよ、全く。逢坂、仲良くしてやってくれ」
「はい」
「よし、いい返事だ。これから昼休みも終わり、魔法実習の授業になる。そこで挨拶といこうじゃないか。レクエイムズに連れて行ってもらえ。おっと、先に着替えなくてはならないな。更衣室は……」
「わかりました、私が連れて行きます」
「あぁ、頼むよ。それではまた後でな」
「はぁ」
僕の預かり知らぬところでどんどん話が進んでいき、いつの間にか終わった。
「更衣室に行きましょうか。【スーツ】と【ルクス】はあるのかしら?」
「【スーツ】はある。でも【ルクス】はないんだ。諸事情でね」
【スーツ】とは、別に社会人が着ていたり、フォーマルなシーンで着るアレではなく、僕ら魔法使いが言う際には【魔法を扱うための衣服】を指す。体内にある魔力を引き出して扱うことのできる機構こと【MCM】が生地に編みこまれており、魔力を込めると防御力を高めることが出来る。
そして【ルクス】とは、魔法を実際に扱うために必要なもの。剣道をやっている人が竹刀を持ち、テニスをする人がラケットを持っているように、魔法使いもルクスを持つ。こちらも同じく【MCM】が組み込まれている。ブレスレットやアンクレットのように身に付けるようなものもあれば、剣や銃のように武器と一体になっているものもある。
前者は遠距離や支援を得意とする魔法使いが持ち、後者は前衛で肉弾戦が得意な魔法使いが持つ傾向にある。
【スーツ】は魔力を防御的なものに変え、【ルクス】は魔力を攻撃的なものに変える、というべきか。
ちなみに僕のルクスは日本刀型なのだが、レクエイムズさんに言ったとおり諸事情があり学園には持ってきていない(寮の自室に引っ越しの荷物とともに運び込まれているそうだ)。
この学園に来るに先立ち、パンフレットを見た限りではルクスの貸与もあるとのことだけれど……。
「……まぁ、この学園には事情がある生徒なんてたくさんいるものね」
彼女はさして気にした風でもなく、そう言った。
そして、ついてきて、という彼女の言葉に従い、僕らはともに更衣室まで歩き出した。
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