第21話 蛇の知らせ

 鳥のさえずり。

 心地よい日の光。

 朝の目覚めには最適なほどに、清清すがすがしい日であった。


「おはようございます桔梗様」


 そんな朝を知らせるようにラティアは桔梗を軽く揺すりながら起こす。

 そんな普段通りなラティアの振る舞いに桔梗は安堵していた。

――昨日のあれは夢だったのだろう。ラティアがあんなことを言うわけがない。


「ところで桔梗様。いつになったらわたくしを抱いていただけるのでしょうか?」

「……夢じゃなかったのね」

「それでどうなのですか?」

「そんな予定はない……」

「そうですか。それは残念ですが仕方ありませんね。わたくしも少し焦りすぎてしまいました」


 肩を落としたように寂しそうな表情を浮かべていたラティアに対して、桔梗は少し罪悪感にかられていた。

 ラティアが本気で言っていたのだとようやく気付いた桔梗は、自分の浅はかな対応を後悔していたのだった。


「そういうのはお互いにもっと親密になってからというか――」

「なるほど。やはり、まずは結婚からというわけですね」

「それもはぇーよ。どうしたんだ急に、いつものお前じゃないぞ」

わたくしはいつもそうしたいと思っておりましたよ。ただ口には出しませんでしたが。ですが、このままではダメだと、自分の正直な気持ちを伝えないといけないと、そう教えて下さったのは桔梗様の方ですよ?」

「そうだけど……まさかこうなるとは……」


 桔梗はラティアのことがよく分からなくなっていた。

 しかし、そこで桔梗はふと考えた。


――俺はラティアについて何も知らないんじゃないか?


 桔梗はゴンザレスからラティアの過去について聞いたことで、彼女のことを知った気になっていただけだったのだ。

 それにようやく気付いた桔梗は、これからはラティアのことを理解できるように彼女との接し方を改めていこうと決めていた。


 桔梗がそんな決意をしている間、ラティアは彼が何かを考え込んでいるような様子を見て、チャンスだと思ったのか桔梗の布団の中に潜り込んでいた。

 

「……何やってんの?」

「もっと桔梗様との愛を深めようかと思いまして」

「そういうのいいから」


 桔梗は急いで布団から飛び起きた。


「桔梗様。一つだけご質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ん? 何だ?」

「子供は何人ほしいですか?」

「えっ?」

 

 ラティアの不意の質問に思考が思わず停止してしまった桔梗に追い討ちを掛けるようにラティアは続けた。


わたくしとしてやはり最低二人はほしいところですね。私は男の子がいいのですが、桔梗様はやはり女の子のほうがいいですよね? となると当然最低二人。桔梗様がお望みであれば3人でも4人でも私は構いませんよ」

「う~ん、確かに女の子の方がいいかな――いやそういう問題じゃなくて! だから早すぎるんだって」


 動揺する桔梗を他所に、ラティアは桔梗の背に手を回し、彼の胸元に耳を当てながら囁いた。


「互いを愛し合うために必要な禁断の愛とは体の関係だと、ゴンザレスさんの書斎にあった本に書かれていたのですが、どうやらそれは本当のようですね。こうするとすごく愛を感じます」

「あのジジィとんでもない奴だな」

「そう言えば、先ほどジェシカ様が緊急な用事があるから急いで来てほしいとおっしゃられてましたよ」

「そういうのは早く言ってくれ」


 桔梗はすぐさま着替えを済ませ『副隊長室』と書かれた部屋へと向かった。

 ラティアの言う先ほどというのがどれくらい前のことなのか分からなかったため、とにかく桔梗は時間が気になっていた。

 そのため、ラティアまで後ろから付いて来ているのが少し気になっていたのだが、それどころではなかったのだ。

 部屋の前についた桔梗は息を整え、3回扉をノックし、恐る恐る部屋へと入室した。


「失礼しまーす」

「やっと来たか。ったく……遅ぇぞ。いつまで待たせんだ」

「カレン。お前も今来たところだろ」

「うっ……」

 

 ジェシカの指摘に肩を落とすカレンを他所に、どうにか間に合ったようだと一安心した桔梗が扉を閉めようとすると、ラティアも部屋へとそっと入り、桔梗の代わりに扉を静かに閉めたのだった。


「何でお前まで来てんだよ」

「私のことはどうかお気になさらず、どうぞ話を続けて下さって構いませんよ」


 今一つ納得できないとは思いながらも、ジェシカにこれ以上は怒られたくなかったようでカレンがそれ以上追及することはなかった。

 ジェシカもあまり気にならなかったようで、ラティアの言うように話を進め始めた。


「今日集まってもらったのは他でもない。先日ウロボロス討伐に向かったエドたちから連絡があってな。奴の大凡おおよその居場所は掴んだらしい」

「だったらさっさと討伐してほしいぜぇ」

「問題はその場所だ。ミストフォレスト――通称『濃霧のうむの森』」

「ちっ。また面倒なところに住んでるもんだな」


 聖地はその大半が密林のように視界の悪い場所である。

 聖地が立ち入り禁止区域になっている理由には魔獣レイドの存在があった。

 しかし、聖地に立ち入ったからといって魔獣に立て続けに遭遇するというわけではない。

 魔獣にも生息しやすい場所や縄張りといったものがあり、そういった場所を避けてさえいれば、聖地はそこまで危険な場所ではないのだ。

 正しエリアEは例外である。


 そうは言っても魔獣を避けるには経験と勘が必要であり、それが出来るのは界軍第二部隊にも10名程度しかいないのだ。

 そして、その中でも濃霧の森と呼ばれる場所は文字通り霧が濃く、幻覚作用のある植物までもが生息している。

 その中で他の魔獣との戦闘を避けながら、特定の魔獣だけを探すことは不可能に近い。

 そもそも濃霧の森から抜け出すことも常人には困難な芸当であった。


「濃霧の森に好き好んで住む生物は視覚以外で物を捕らえるものが多い。つまり、蛇のように熱探知が出来る生物にとっては絶好の住処だ。今までウロボロスが発見されなかったのも頷ける。そこでお前たち二人にはエドたちの援護に向かってもらいたい。桔梗くん。君の隠眼シャドウアイならば探索も可能だろ?」

「まあ出来なくはないですけど、半径一キロ範囲が限界ですよ」

「そこまで見渡せるなら十分だ。帰りのことは健斗に任せてもらえれば何とかなる。出発は明日の朝。エドたちのいる関所まで向かって――」

「お持ち下さい!」

 

 ジェシカの話を遮るようにラティアは声を上げた。

 

「その任務、わたくしも参加させてもらえないでしょうか? 近距離タイプの桔梗様と遠距離タイプのカレン様となら、中距離タイプの私もいる方がバランスがよろしいかと」

「何でてめぇを連れて行かなきゃなんねーんだよ」

「まあ待てカレン。彼女の言うことも一理ある。健斗とエドも近距離だからな。中距離タイプの彼女がいてくれると助かる」

「でもジェシカさん、こいつは聖地に行くには弱すぎる! それに聖地に入ったこともない素人なんだから邪魔にしかならねぇ」

「なるほどな。その辺りはどうなんだ?」


 ジェシカの質問に対しラティアはスカートの中から二丁の拳銃を取り出し返答した。


「確かに聖地に行ったことはありませんが、弱いかどうか分かりませんよ。普段この銃にはリミッターをかけていますが、それは私の役目が情報収集であり、隠密行動を要求されるからです。リミッターを外した状態でフルチャージすればそこにおられる方よりは威力を出せると思いますがね」

「んだとてめぇ!」


 ラティアの挑発にカレンは怒りをあらわにしていた。

 桔梗や咲夜はラティアをすでに受け入れていたが、カレンは彼女のことを信用できないでいたのだ。

 カレンは元々怒りっぽい性格であったため、ラティアの挑発についつい乗ってしまったのだ。


「なんなら今からどっちが上か試してみるか?」

「いいでしょう。望むところです」

「いい加減にしろ! 二人とも」


 ジェシカの声でようやく二人は冷静さを取り戻した。

 

「後のことは咲夜さんに相談してから決める。とにかく今日は解散だ。決まり次第追って連絡する。以上だ」


 三人が部屋から出ようとする中、ジェシカはカレンを呼び止めた。


「カレン」

「なっ、なんですか?」


 小言を言われると覚悟したカレンを他所にジェシカは彼女の耳元で囁いた。 


「あの女の動向には注視しろ」



 翌朝

 桔梗、ラティア、カレンの三人はエドワードたちの元へ向かうこととなった。 

 桔梗が不穏な空気を二人から感じている中で、ラティアは昨日よりも挑発的な態度を見せるのだった。


「私から一つ、カレン様に忠告があります。聖地は初めてですので動揺してあなたを撃ってしまうかもしれませんので、くれぐれも後ろにはご注意下さい」

「警告どうもありがとな! こっちからも警告だ。あたしの攻撃は範囲は広いからもしかしたらお前ごと撃っちまうかもしれねぇな。もしそうなっても文句言うんじゃねぇぞ」

「そうですか。肝に銘じておきましょう」


 そう言うとラティアは人が変わったかのように、桔梗の腕を組むようにして飛びついた。


「それでは桔梗様、急いで参りましょうか。なんならあの女をここへ置いて二人で行きましょう」

「何調子に乗ってんだ。お前が勝手についてきたんだろうが。てめぇがここに残れよ」

「あなたは一体何なのですか? わたくしと桔梗様の中を邪魔しようとして……まさか、あなたも桔梗様を狙っているのではないでしょうね?」

「だっ、誰がこんなマザコンやろうを狙うか! そもそもそういう男がどうとか興味ねぇよ」

「そうですか。それは安心しました。今の言葉忘れませんからね。では不良女の独身宣言も聞けたことですし、気を取り直して私たちの新婚旅行に向かうとしましょう」

 

 本当にこの二人で大丈夫なのだろうかと桔梗の不安感が募る中、三人は界軍第二部隊の本部を後にするのだった。

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鵺の花 天竜 天女 @ookuma

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