非日常なラティアの日常

 桔梗様と生活を共にしてから早くも数日。

 わたくしの一日は日が明けると共に始まります。 


 お食事は咲夜様と桔梗様で召し上がるものが違うため、お目覚めになるのが早い咲夜様の方からいつもご用意していきます。

 咲夜様は基本的に甘いものしか召し上がりません。

 本日は咲夜様のご要望でたいやき10個をご用意いたしました。

 時間のある時はご自分で作られるようで、お菓子やスイーツなどに必要な調理器具は全て揃っており、調味料やレシピも滞りなくご用意されていました。

 

 咲夜様にお食事をお届けした後は桔梗様の番です。

 桔梗様はこの辺りの料理には慣れていないご様子で、どんな料理がお口に合うのか分からないため、栄養面を重視することにしております。

 朝は重すぎず、かと言って栄養面に偏りが出ないように心がけています。

 

 準備が出来た後、桔梗様を起こしに行くのもわたくしの大切な役割です。

 桔梗様の部屋に入ると、桔梗様はいつも布団にくるまるようにして眠っておられます。

 今ならきっと何をしてもお気付きになられないのでしょうね。

 ふと過ぎる自分の欲望を抑えながら、わたくしは桔梗様の体にそっと手を当て、優しく揺するように起こしました。


「起きて下さい。朝ですよ桔梗様」

「ん? うん……」


 ゆっくりと布団から這い出た桔梗様は体を伸ばした後、眠い目を擦りながら欠伸あくびしておりました。

 そんなお姿を拝見できるなんて今日は朝から何とすばらしい日なのでしょうか。

 この第二部隊の中でも桔梗様のそんなお姿を知っているのは、私と咲夜様ぐらいでしょう。

 もしかしたらあの邪魔な女も知っているのかもしれない……

 もしそうだとしたらあの女の存在はやはり目障りとしか言えない。


「ねむてぇー」

「おはようございます桔梗様。朝食のご用意が出来ておりますので」

「うん……すぐ行く」


 そう言って桔梗様は部屋を出て洗面所へと向かわれて行きました。

 今はあの女ことより桔梗様とどう過ごすかの方か大切な時。

 自分にそう言い聞かせて、桔梗様をお待たせしないようにすぐに桔梗様の後を追いました。

 

 桔梗様はおいしいと言っていつも召し上がって下さいます。

 それだけでも私にとってはこの上ないほど喜ばしいのです。

 しかし今日はそんな桔梗様の手がふと止まってしまいました。

 もしかしたら桔梗様のお口に合わないものをお出ししてしまったのではないか。

 そんな不安が私を一気に押し寄せる。 


「そんなところに突っ立ってないでさ。ラティアも食べなよ」

「私もご一緒に……ですか?」

「その方がよりおいしく食べられるだろ?」


 なんて桔梗様はお優しいのでしょう。

 こんな私とお食事を共にして下さるなんて……


「申し訳ありませんが、その後提案をお受けするわけには参りません」

「どうして?」

「私は桔梗様の残りを頂くようにしておりますので」

「そうなの? そんなことしなくても好きなように食べていいんだけどな……それじゃこれは全部は食べない方がいいよね」

「私が好きでやっていることですのでご心配には及びません。足りない時は適当に足すようにしておりますので。ただ……少し残して頂けるとうれしいです」

「わかったよ。まあ無理にとは言わないから好きなようにしてくれ」

「お心遣いありがとうございます」


 お気持ちだけは本当にうれしいのですが、私のこの至福の一時は誰にも譲るわけにはいかないのです。

 桔梗様が部屋を出たのを確認し、私は桔梗様の残された料理に手をつけます。

 桔梗様の使った箸で、桔梗様が口をつけた料理を食す。

 これが私の幸せなのです。

 そして名残惜しいと感じながら食器を洗い終えて、私の朝は終わりを迎えるのです。

 

 次に桔梗様のお部屋を清掃するのも私の大事な役目なのです。

 桔梗様が起きてから間もない布団を整えようとすると、桔梗様の匂いが私の鼻を刺激してきます。

 その誘惑に負けた私は桔梗様のお布団にそっと鼻をあて、ゆっくりと息を吸っていくと桔梗様の香りが体全体に広がっていくのです。

 それはまるで桔梗様に包まれているかのように感じてしまうほどでした。

 そして桔梗様の布団に包まると、今度は桔梗様に抱きしめられているかのように感じられるのです。


 こんなこと、本当はいけないことだとは分かっているのですが、どうしても止められないのです。

 本当は桔梗様に直接そうしていただきたい。

 でもそれは叶わぬ夢。

 なぜなら私はいつも遠くから見つめるだけの存在。


 桔梗様と咲夜様は大変仲の良いご様子で、いつもうらやましく思っております。

 私も咲夜様のように桔梗様に抱きついたり、ベタベタしたいのです。

 ですが私は咲夜様と違い桔梗様との間に見えない壁のようなものを感じております。

 どこか余所余所しいというか、変に気を使っていただいている感じがするのです。

 

 それでも私はそれに対して何も言うつもりはありません。

 私はゴンザレスさんのおかげでこうして桔梗様と共に生活が出来ているのですから、ゴンザレスさん亡き今、私がこれ以上の幸福を望むことは悪そのものなのです。

 ゴンザレスさんが亡くなったのは私が幸せを望もうとしたからなのだと、どうしてもそう考えてしまうのです。


 誰よりも桔梗様のお側にいながら、心は手の届かないほど遠くに離れている。

 どんなに思ってもきっとこの思いは桔梗様には届かないのでしょう。

 そんな何とも言えない苦しみを味わって生きていくことが私の運命バツなのだと、そう思っておりました。

 

 そんな折、桔梗様は私にこうおっしゃって下さいました。

『自分に正直になれ』と。

 これはゴンザレスさんも言っておられた言葉で、この言葉を聞いた私の心の中で何かが弾けたようにいろんな思いが込み上げてきました。

 

 もっと桔梗様に触れたい。 

 触れられたい。

 愛したい。

 愛されたい。

 もっと桔梗様を感じていたい。

 結婚したい。

 子供がほしい。


 私はこんな思いを抱くことさえ罪なことだと思い、心の奥に押し込めておりました。

 しかし自分は正直になっていいのだと、こんな自分は幸せを望んでいいのだと、そう思うと私はいても経ってもいられなくなりました。

 そして私は覚悟を決め、桔梗様の部屋へと向かいました。


「桔梗様……わたくしのお願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」


 私は自分の全てを桔梗様に曝け出す覚悟でその思いを告げることにしました。


「桔梗様。わたくしを抱いて下さいませんか?」

「何でそうなった……?」



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