第19話 時は刻む


 第一部隊から戻った桔梗とカレンは案の定、ジェシカに見つかり叱責されていた。 

 よくあることなのか、『いつもいつも』とカレンが中心的に小言を言われている。


 ようやくジェシカから解放されたカレンは、座敷に崩れるように倒れこんだ。

 

「足痺れたぁ」


 悶えているカレンを他所に、桔梗はそそくさと部屋を後にし、資料室へと向かって行った。

 今の彼の頭の中にあったのは、黒雲寺こくうんじという名前だけであったのだ。

 元の世界との繋がりを感じさせるその名前を調べずにはいられなかったのだろう。


 資料室についた桔梗は黒雲寺に関する本を片っ端から探していった。

 その部屋は最上階にある上、基本的にジェシカ以外は使っていないため、それが他人の眼に触れることはない。

 そのため桔梗は安心して資料に目を通すことができたのだ。


「黒雲寺という珍しい苗字が被るとは思えない。俺の知っている黒雲寺こくうんじ咲夜花さやかとも、きっと何か関係があるはずだ」


 そんな思いで読み進めていくと、あるページに目が留まった。

 そこに記してあったのは黒雲寺家の家系図であった。

 そして一代目の総帥のところに黒雲寺咲夜花の名が刻まれている。


「……やっぱりあった。後はこの人が俺の知っている人かどうかだな」


 そうは思ったものの思い返してみると、彼は黒雲寺咲夜花のことをあまり知ってはいなかった。

 それでも僅かな情報を頼りに調べていったのだった。

 しかしどんなに探しても求めている情報はなかなか手に入らなかった。

 分かったことと言えば黒雲寺家がこの世界を取り仕切っていることぐらいであった。

 資料はまだ残っているものの、手掛かりになりそうなものが何一つ見つからないということで少し焦りを感じ始めていた。


「はぁ……」


 溜息をつきながら目頭を手で摘まみながら上を見上げていると、隠眼シャドウアイによりラティアが部屋へ入ってくるのが分かった。

 桔梗は普段から隠眼シャドウアイを使って半径一キロ圏内の中の動きは把握できるのだが、視線と同じでどこかに意識を向けなければその詳細は把握できない。

 魔獣レイドのように巨大な生物が動いていれば意識を向けずとも認識できるのだが、今回のように他の事に集中している時は、なおさらそれが疎かになってしまう。

 今は自分のすぐ近くであり認識し易かったのと、疲労で集中力が散漫になっていたため気付けたのだ。


 ラティアは資料室に入るとすぐに桔梗のもとへ歩み寄った。


「今日は何やらお忙しいご様子ですが、そろそろお休みになられたほうが……」

「いやぁ、夢中になっちゃって」


 ふと桔梗が部屋に掛かった時計に目をやると時刻はすでに深夜の12時を回っていた。


「もうこんな時間だったのか。ラティアは先に寝てていいよ。俺はもう少ししたら寝るから」

「駄目です! わたくしが桔梗様より先に寝るわけにはまいりません」

「いいんだよ。これは私的なことだから。それにラティアには明日も仕事があるだろ? 俺に構わず休んでくれ」

「……かしこまりました」

 

 ラティアは仕方ないといった表情を浮かべながら、しぶしぶそれを受け入れた。


「ですが、桔梗様もしっかりお休みを取ってください。時には気分転換も必要ですよ」

「分かったよ」

「ではこれで失礼します。お休みなさいませ」

「ああ、お休み」


 その後、桔梗は一時まで粘ったものの成果は得られなかった。

 そのため、その日は近くのソファーで横になって休むことにした。


 次の日も、起きて朝食を食べ終えた後にすぐさま作業に取り掛かったのだった。

 しかし疲労がとれていないのか、読み進めるペースは前日よりも落ちている。

 そのせいもあってか、数時間ほどで集中力は完全に途切れてしまっていた。


「気分転換も大事って言ってたっけ」


 昨日ラティアに言われた一言を思い出した桔梗は、近くの本棚の中にあった絵本に手を伸ばした。

 絵本と呼ぶには絵が少しリアルなようにも思えていたが、気晴らしに桔梗は眺めてみることにした。

 『黒の賢者』と書かれた本の一ページ目を開くと、木の絵が描かれていた。


――ある日、巨大な木が町を覆った。

   その木からは怪物が現れ、人間を次から次へと襲っていったのだ。

   人間の作り出した兵器では到底太刀打ちできるものではない。

   彼らに対抗できたのは黒い衣を羽織った一人の女性だけであった。

   彼女の名は――さやか


「これって……」


 その内容に思わず桔梗はページを捲っていった。


――木は日に日にその大きさを増していき怪物たちの数も増えていった。

 彼女もそれに対抗するように、怪物たちを撃退していく。

 そのおかげか、恐怖に怯えていた人々も少しずつ希望を持ち始めていたのだ。


 そんなある日、黒い姿をした鬼が突如現れた。

 その鬼は彼らの希望であったさやかの命を奪い去ってしまった。

 彼らはまた絶望に包まれたのだ。


 そんな中でも、他の国の人々は鬼が海を渡ってくることはないと安心しきっている。

 もちろん彼らが海を渡るということはなかった。

 しかし、成長し続ける神木と共に世界にはある変化が訪れていた。

 それは異常気象と地殻変動。


 猛暑の次の日に豪雪になったり、一日中雷が降り注いだりと、世界中で予測不能な天候が頻発していた。

 それに加え度重なる地震により、世界の地形は僅か数十年で今ような陸続きの一つの大陸へと変化を遂げたのだった。


 これにより安全と呼べる地はこの星から消え去った。

 それでも人類は少しでも木から遠い地を求めて、国同士で争い、奪い合っていく。

 その結果、鬼による被害の何十、何百倍という犠牲を払ったのだった。

 その間も鬼は侵攻し続け、気付いた時には人類に逃げ場すらも残されていなかった。


 そんな彼らをまとめ導いたのが黒雲寺家であった。

 彼らはさやかの使った力を習得し、見事鬼たちを撃退していった。

 鬼も姿の消えた黒鬼以外は全て殲滅し、また平穏が訪れていた。


 しかしそんな平和は長くは続かなかった。

 神木の力はこの星の生物にまで影響していたのだ。

 と同時に、我々人類の体内から突如謎の力が溢れ出した。


 私はそれを『エーテル』と名づける。

 この『エーテル』には黒雲寺家の使っている黒い衣に類似している部分がある。

 この力を解明すれば人類は生きていけるかもしれない。

 そこで私はこの力を研究することにする。

 人類の繁栄を願ってここに宣言する。

 2258年 ゴードン・エモパー


 それを読み終えた桔梗は、以前に見た黒雲寺家の家系図を見直した。

 咲夜花に跡継ぎはいなかったようで、二代目は咲夜花の妹、朝咲花あさかであり、その直系が何代も後を継いでいた。

 そして現34代総帥の名に大元だいげんの名が記されており、彼の跡継ぎには一人の娘の名が書かれていた。


「咲夜ってことは……やっぱり母さんか!」


 それはまるで絡まった糸がほぐれていくように、桔梗の頭の中である一つの答えを導かせた。


「毎日見てたはずなのにどうして気付かなかったんだろうな」


 桔梗はカレンダーの上部を見ながら呟いていた。

 そして不意に浮かんだ榊の言葉を思い返すと、自分が必死になって調べていたのがあほらしく思えたのだ。


「あいつ、知ってやがったな」


 榊に責任があるわけもなく、押し付けるつもりもなかったのだが、彼だけが知っていて自分だけが知らないというのが無性に腹立たしかったのだ。


「だが、これではっきりした。ここは俺の知ってる地球だ」


 それは当然桔梗の知っている世界とはかけ離れた世界である。


「まあ、気付かないのも無理はないか」


 桔梗の見つめていたカレンダーには西暦が書かれていた。

――30XX年と

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