第18話 予感
桔梗がカレンに無理やり連れてこられた酒場で出会った青年は、元の世界で生き別れとなった親友である
二人にとっては4年ぶりの再会であったが、すぐに誰なのか理解できていた。
「よかった……本当に生きててよかった」
「当たり前だ! そう簡単に死んでたまるかよ」
榊が涙ぐむように喜んでいる姿を見ていた桔梗は、安心したように少し微笑んでいた。
「それにしても、やっぱり榊もこっちの世界に来てたんだな。お前もいろいろあったんだろうが、俺もいろいろあったからな。何から話せばいいか」
「そうだな。俺もお前に話したいことが山ほどあるし、とりあえず向こう言って話さないか?」
榊はもともとそこで食事をしていたらしく、彼が案内した席には食べかけの料理が置かれていたのだ。
席についた榊は先ほどと違い何か思いつめたような表情を浮かべていた。
「実はお前に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「何だよ、改まって」
「こっちの世界に来てからも、お前のことが気がかりだったし、お前のことを忘れたわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「どうしても……お前の名前が思い出せないんだ。どんなに記憶を思い返しても、顔は浮かぶのに名前だけは出てこないんだよ」
「なんだよ。そんなことか」
桔梗は思わず笑い声を上げてしまった。
そんなことで悩んでいるのかという思いから笑わずにはいられなかったのだ。
「こっちは真剣に悩んでたっていうのに――」
「悪い悪い。でもそれはお前のせいじゃないから安心してくれ」
「どういうことだよ?」
「そうだな。それじゃあ、俺から何があったか話そうか」
桔梗は榊に自分に起きた事を打ち明けた。
自らが鬼となってしまったことや、鬼族のことは伏せていたが、それは相手が榊であっても教えるわけにはいかないと判断したためであった。
「――完結に言うと俺は名前を失ったんだよ。原因ははっきりとしていないから省くが、家族や家族に関することをほとんど覚えてないんだ。もちろんお前のことは覚えてるがな」
「そうか……そんなことがあったのか」
「たぶんそれは俺だけじゃなくて、俺を知っていた人物にまで影響していたんだろう。だから榊が俺の名前を思い出せないのはそれが原因だろうな」
「それじゃあ俺が忘れたわけじゃないのか」
榊は納得したように頷いていた。
「でも、そうなったのは結局俺のせいだろう? こいつのせいでお前は……」
榊は自らの首に掛かっている透明な勾玉を睨んでいた。
「何言ってんだよ。そいつがなかったら、俺はこの世界の変わりにあの世に行っていたんだ。そいつのおかげで俺は助かったんだよ」
「そうかもしれないけど……」
「それにさぁ。俺は今の生活が結構気に入ってるんだ。だからこっちに来れたことには感謝してるよ」
「お前がいいなら、それでよかったのかな」
自分に責任を感じていた榊は桔梗の話を聞いて少し肩の荷が降りたように感じていた。
「それで今は何て名前なんだ?」
「桔梗だよ」
「花のか?」
「ああ」
「そうか。桔梗か……いい名前だな」
「俺もそう思うよ」
桔梗は咲夜につけてもらった名前を褒められたことがうれしかったようで、照れくさそうに微笑んでいた。
「それで榊の方はどうなんだ?」
「俺もお前と同じでこいつにこの世界に連れてこられたんだ」
桔梗に見えるように、榊は勾玉を手の平に乗せていた。
「ただタイミングが違ってお前が消えた後に、
「ゆきって?」
「優希は幼少の頃に仲良くしてた女の子で、この勾玉もその子に貰ったんだ。ほら、ちょうどあそこでケーキを取りまくってるやつがいるだろ? あいつだよ」
桔梗が目を向けた先には、肩に掛かるくらいの黒髪の女の子が、取り皿にケーキを山盛りに載せているところであった。
「あいつもこれと似たような勾玉もっててさ、あいつのは過去を、俺のは未来を導く物らしい」
「へぇ。それであの子ってお前の彼女なわけ?」
「……まあな」
榊は少し照れたように桔梗から目を背けていた。
「もしかしてもうやったのか?」
「ガキじゃねぇんだぞ。そりゃ一緒に暮らしてれば……そういうこともあるだろ」
「かぁ~。人が命がけで修行してる間に、お前は彼女とイチャイチャしやがって。やってらんねぇよ! 酒だ! 酒をもってこい! タルでもってこいよ!」
「まぁ落ち着けって。いい人いたら紹介してやるから」
「それは紹介しないやつが言うセリフやぞ」
「そんなことは……」
榊は思わず口を濁してしまった。
「じゃあそれは許すから、初めてのときのことを参考までに聞かせてくれ」
「う~ん。その……足が邪魔でどうしたらいいんだとはなったけど」
「あっははは!」
「お前笑いすぎだろ」
桔梗はしゃべれないほど腹を抱えて笑っていた。
「こんな面白いことはないわ。腹いてぇ」
「バカにしやがって」
「早まったな榊。予習不足や」
「うるせぇな」
「まあいいこと聞いたわ。俺はそんなミスしないけどな」
「最初はお前もそうなるって」
「俺はならないと思うけどな」
そこへ山盛りのケーキを持ってきた
「あれ? 榊この人は?」
「紹介するよ。親友の桔梗だ。こいつも俺たちと同じ世界から来たんだよ」
「この人が……」
優希は榊から大まかな事情を聞いていたため、それほど驚きはなかった。
「こいつにはさっきお前のことを話したから」
「そう。よろしくね桔梗くん」
「こちらこそ」
にこやかに桔梗は彼女と軽く握手を交わした。
そして席についた彼女は山盛りにつまれた自分のケーキの皿に目がいったのだった。
「ちっ、違うの。普段はねもっと少ないんだけど、今日は特別って言うか、こういう場所だからっていうか」
「誤魔化したってもう遅いって」
「うるさいわね! 榊は黙ってて!」
「こんなに食う奴いねぇよな」
優希が自分の話を聞かないほど睨んでいたため、榊は桔梗に問いかけるのだった。
「俺は見慣れてるから気にならなかったけどな」
「どんな生活してんだよ……。 そういえばお前どの部隊にいるんだ?」
「第二部隊だけど?」
「そうか第二か……第二部隊!?」
榊と同時に優希も目を見開くほど驚いていた。
「第二部隊って一番ヤバいところじゃねえか。変わり者の巣窟だって聞いたぞ」
「それは間違ってないな。俺も含めて――」
「お前も大変だな……」
桔梗が元々変わり者だと知っていた榊は、変わり者同士気があうのだろう考えていた。
「俺はそうでもないけどな。それでお前はどの部隊なんだ?」
「俺たちは元々第七部隊の隊長である北条さんに色々教えてもらっていたんだが、今回の入隊試験で二人とも第一部隊に移ることになったんだ」
「第一ってことはこの人間界の中心部だろ? エリートコースでいいじゃないの」
「まあ、こっちに来るのは新人戦が終わってからだけどな」
新人戦は第一コロニーで5月に行われる界軍の催し物で、その参加資格は入隊から三年以内で大尉以下となっている。
「新人戦の関係で俺たちは今大尉で止めてもらってるんだ」
「そうか……まあがんばれよ」
桔梗はミラー捕獲により二等兵から一等兵昇格していたものの、かけ離れた階級の榊の前では答える気にならなかったのだった。
桔梗は新人戦のことはを元々知っていたのだが、特に興味もなかったため出る気はなった。
「何だお前出ないのか? 久しぶりにお前と競えると思ったんだがな」
「こっちにも色々あるんだよ。先のことは分からないってことだな」
「先のことか――だったら占ってやろうか?」
「お前そんな怪しいこと始めたんか?」
「まあいいから試しにやってみろって。優希あれ今持ってる?」
「持ってるよ」
優希は懐からトランプのようなカードを複数枚取り出した。
カードの裏面にはカードの柄が描かれているが、表面は白紙のままである。
「このカードにエーテルを込めてくれる?」
桔梗は手渡された裏向きの5枚のカードにエーテルを流し込んだ。
そしてそのカードを優希に渡すと、彼女はそのカードを混ぜて桔梗から見てT字になるようにカードを並べた。
「一番手前の一枚目のカードは今のあなたを表すカード。真ん中のカードはあなたにとって大切な人を表すカード。そして残りの3枚のカードが未来を表すカード。未来のほうはどれが何を表しているかまでは分からないけど、桔梗くんか桔梗くんの大切な人に起こる出来事って可能性が高いぐらいで聞いておいて。未来は変わることもあるから当てるのが難しいの」
「未来が変わるか……」
半信半疑で桔梗は手前のカードを一枚捲った。
すると先ほど白紙だったそのカードには天使、悪魔、堕天使の絵柄が描かれていた。
「へぇ。三角関係か……」
「何だよお前。人に散々言っときながらお前は女遊びか?」
榊はからかうように桔梗に問いかけた。
「ちげぇよ。彼女すらいないんだから――」
桔梗は話を変えるように真ん中のカードを急いで捲った。
今度のカードにはクイーンが描かれていた。
「桔梗くんにとって大切な人は高貴な人だったり、気品ある人みたいね。でも気が強く、我も強い。もうすでに会ってる人の中でそんな人いた?」
「高貴、気品か……我が強い……」
桔梗の脳裏には数名ほど浮かんでいたが、その中でぴったり当てはまるのは一人しかいなかった。
「母さんしか浮かばねぇ……」
「何だお前マザコンか? というか母さんって……お前覚えてるのか?」
「いや、今の俺に母親として接してくれる人がいるんだよ」
「誰だよそれ」
「第二部隊の隊長」
「それって……黒姫さん!」
優希は取り乱すように声を荒げた。
その一方で榊はにやつきながら桔梗を見つめていた。
「何だよ榊。気持ち悪いな」
「――お前らしいと思ってな」
「何それ……」
突然榊は真面目な声で話し始めた。
「本当の母親を知りたいか?」
「えっ?」
「俺は桔梗と違ってお前の名前以外は覚えてるから、お前の母親のことも知ってるんだよ。知りたいか?」
「本当の母親か……」
桔梗は少し考えるように腕を組みながら上を見上げていた。
しばらく悩むだろうと思っていた榊の予想とは裏腹に、桔梗はすぐに答えを出したのだった。
「やめとくよ」
「聞かなくていいのか?」
「聞いたところで俺はその人を母親とは思えないし、それに……今の俺には母さんがいるからいいんだよ」
「そうか。お前がいいなら別にいいんだよ」
そこへ酒瓶を持ったカレンが近づいた。
「おいおい、楽しんでるか?」
カレンは桔梗の肩に手を回しながら桔梗の耳元で囁いた。
「酒くせぇ。どんだけ飲んでたんですか!?」
「まだまだ飲み足りねぇよ」
「酔ってないのにその絡みかたはたちが悪いんですけど」
「んなことよりさっさと帰るぞ。絡んでくる連中が鬱陶しくて落ち着いて飲んでらんねぇんだよ」
またかと思いながら桔梗はカレンに対して呆れていた。
「それにジェシカさんには黙ってきたからそろそろ戻らないとやべぇんだ」
「それ先言ってくださいよ! 俺まで怒られるじゃないですか」
「だから急げって」
桔梗はばたばたしながら席を立ち上がった。
「すまん榊。今日はこれで」
「あっ、ああ……またな」
「おう」
桔梗は足早にカレンとともに席を離れていった。
「桔梗!
「ああ……黒雲寺!? 黒雲寺って――」
その一瞬で今までの出来事、元の世界での記憶が桔梗の脳内を駆け巡った。
「ほらいくぞ」
「くっ、首が絞まる。ちょっ、待ってカレンさん。大事な話が――」
桔梗の静止も聞かずカレンは桔梗の首元を掴んで第二部隊へと戻っていった。
「相変わらず騒がしい奴だ」
「でも榊うれしかったんでしょ?」
「まあな」
優希にも分かるほど榊は満足げな表情を浮かべていた。
「そういえば、占い途中のままだったな」
残った三枚のカードを見つめながら榊は呟いた。
「結局最後の三枚は何だったんだろうな」
「見てみる?」
優希は三枚のカードをめっくっていった。
「これって……」
その三枚のカードには、『傘を持った髑髏の死神』、『雷、洪水、火災、地震の天変地異』、『六枚の花びらがついた花』の絵柄が描かれていた。
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