第17話 旧友との再会
今まで桔梗は咲夜の部屋を寝室として使っていたのだが、ようやく桔梗の部屋が用意できたのであった。
そこは咲夜の部屋と同じように和式の部屋で、丁度8畳ほどの広さである。
「今日から一緒に寝れんのは寂しいのぅ。一人で寝れるか? それとも母さんがそっちの部屋で寝ようか?」
「いや大丈夫だから……」
「そうか……寂しかったらいつでも言うんじゃぞ」
桔梗の部屋を後にした咲夜はとぼとぼと自分の部屋へと帰っていったのだった。
しばらく桔梗が慣れない自分の部屋を物色していると、メイド服に着替えたラティアが桔梗を呼びに来ていた。
「桔梗様! 着替え終わりましたがこれで大丈夫でしょうか?」
「びっくりするくらい違和感がないな」
「それは安心しました。あっ、朝食のご用意が出来ておりますので」
「ああ」
桔梗は靴をすばやく履き、ラティアの後ろを追っていった。
桔梗たちが今いる場所は界軍第二部隊本部の最上階である10階で、そのフロアには
用事がないから立ち入らないというのもあったが、咲夜がいる場所には怖くて近づけないと言うのが彼らの本音であるだろう。
つまりそのフロアであれば、桔梗やラティアのことが
食事も食堂ではなく、同じフロアの台所で作ったものを食べることになっている。
そこはたまに咲夜がお菓子作りで使っているため、ある程度の料理であれば作れるくらいの調理器具などは揃っていたのだ。
「何だこれ? すげなぁ」
桔梗の座ったテーブルには、綺麗に盛り付けされた数種類の料理が並べられていた。
「フランス料理みたいだな。食べたことないけど……」
「フランス料理?」
「ああ何でもない何でもない。それじゃあ早速頂こうかな」
桔梗は慣れない手つきでフォークとナイフを使いながら、料理を口へと運んでいった。
「うん。うまいな」
「今回は時間がなかったのですぐ作れるものばかりでしたが、そう言って頂けて安心しました」
「ちなみに今俺が食べてるやつは何?」
「コパパクアのストリーヌですが、何か問題でもありましたでしょうか?」
「何それ? 食べたことない料理だとは思ったけど……」
「この辺りでは有名な料理ですが」
聞いたことがない料理と食材に途惑いながらも、味自体はおいしいものであったらしくぺろりと平らげていた。
食べ終えた皿をラティアが下げていると、一人の中高年の男性が尋ねてきたのだった。
「すみません。黒姫様はどちらにおいででしょうか?」
咲夜は世間一般では黒姫と呼ばれるほうが多い。
当然それを知っているラティアはすぐさま対応した。
「どんなご用件でしょうか?」
「黒姫様にお願いしたいことがありまして。事前にアポはとっているのですが……」
「少しお待ちいただけますか? 咲夜様に確認してまいりますので」
「そうしていただけると助かります」
得体の知れない人物の側にいるのが嫌だった桔梗は、ラティアと一緒にその場を離れることにした。
その後桔梗が自室に向かっていると、カレンが辺りをそわそわしながら歩いていたのだ。
「おっ! 丁度いいところにいた」
カレンと目があった桔梗は、彼女に呼び止められた。
「ちょっとあたしに付き合え」
「嫌です!」
「それじゃあ行くか」
「ええぇぇ、ちょっと、待ってくださいよ」
カレンは桔梗の肩に手を回し、無理やりどこかへと連れて行った。
転移装置を使い、向かった先は第一部隊本部の食堂であった。
今日は入隊試験から2週間後であり、そこでは歓迎会が行われている。
そのため本来は食堂であるその場所も、今日は酒場のように賑わっていた。
カレンはそこのカウンターに桔梗を連れてきたのだった。
この歓迎会は全部隊共同でされているものであるため、第二部隊のカレンたちがいても何の不思議もないことである。
そもそも歓迎会といっても、新人はほとんどいない。
この場にいる新人は各部隊の才能溢れる成績上位者だけである。
将来界軍を背負っていく若き者たちの顔合わせの場でもあるのだ。
その逆にカレンたち試験監督にとっては慰労会のような役割もあった。
自由参加であるため、日ごろのストレスを発散するために他のコロニーからも多く集まっている。
他にも、他のコロニーの新人たちを一目見ておこうという目的で来るものも少なくない。
カレンはここに何度か来たことがある様子で、着くなりカウンターへと腰を掛けた。
当然カレンの目的は酒を飲むことであるため、それ以外には興味がなかったのだ。
「マスター久しぶりだな」
「あらカレンちゃん。聞いたわよ。怪我のほうはもういいの?」
「ああ。だからこうしての飲みに来たんだよ」
「そう……それじゃあこれは、私からの復帰祝いよ」
カレンがマスターと呼ぶ女性口調の男性は、木箱からボトルを一本取り出した。
「これは赤鬼っていうかなり度数の高いお酒よ」
「赤鬼か……」
「やっぱりまだこういうのは無理かしら?」
「そうじゃねぇよ。ぜひ開けてくれ」
アリスと同じ赤鬼であることがカレンには少し引っかかっていた。
それでも酒にまで負けるわけにはいかないと、気合は十分であった。
「お前も飲んでみるか?」
「俺はそんな度数の高いやつまだ無理ですよ」
「一口だけいいから飲んでみろって」
カレンはそれをほんの少し桔梗のグラスに注ぐと、残りはボトルのまま一気に飲み干していった。
「くぅぅううぅぅ。やっぱり酒は最高だな!」
「いい飲みっぷり……もう完全復活ね」
「当たり前だろ」
「この子達もあなたがいなくて寂しそうだったから、どんどん飲んでいってちょうだい」
カレンがあまりにもおいしそうに飲んでいたため、一口ほどではあったが桔梗も注がれた酒を喉の奥へと流し込んだ。
「うわぁぁぁ。喉が焼ける!!」
「んだお前は……30パーで大げさなんだよ。」
「そんな酒飲めるわけないだろ」
「それじゃあお前はあたしが注いだ酒が飲めないと?」
「どっ、度数の問題ですよ。カレンさんが悪いわけではないですからね」
機嫌よく酒を飲んでいるカレンを怒らせてはまずいと、すかさずフォローを入れたのだった。
「どっちにしても酒が飲めないんだったらどっか行ってろ」
「カレンさんが無理やり連れてきたんじゃないですか。見捨てないでくださいよ」
「あたしは新人を連れてきたっていう
「知り合いとかいないんですよ。勘弁してくださいよ」
「うるせぇな。ほら! あっちの方にお前と同い年くらいのやつがいるだろ。そこにでも行って来い」
カレンの指す方向を見た桔梗は、まるで時間が止まったかのような感覚にとらわれた。
――これは夢なのか? 現実なのか?
そう考えてしまうほどの衝撃が桔梗にはあったのだ。
「俺……ちょっと行ってきます……」
「ああ行って来い行って来い」
魂が抜けたかのようにふらりと桔梗はカレンの元を離れていった。
「ねぇ? さっきの子は何なの?」
「あいつとあたしはパートナーを組まされてるんだよ。新人だが、この中でもそこそこやれるんじゃねぇの。少なくとも役には立つやつだな。それがどうかしたか?」
「私の女の勘が警告してくるの。あの子は危険よ」
「未練がましい男ってことか?」
「そういう男女間の話じゃなくて。もっとこう……生物的な意味でよ」
「あいつがねぇ……」
――あいつより母親の方がやばいけどな
酒を味わうように口に含んだカレンのもとに、一人の男性が声を掛けた。
「あの! カレンさんですよね? もしよかったら僕と一緒に飲みませんか?」
「いや、あたしは――」
「ずるいぞお前だけ! カレンさん俺と一緒に飲んでくださいよ」
「何言ってるの! カレンさんはあんたらみたいなむさ苦しい男と飲むより、私と飲むほうがいいに決まってるでしょ!」
いつのまにかカレンの周りを複数の男女が取り囲んでいた。
「相変わらず人気者ね」
「あたしはこういうのが苦手なんだよ」
(今までは桔梗が横にいたから声を掛けられなかったのか……こんなことなら行かせるんじゃなかった)
カレンが手をこまねいているころ、桔梗は一人の青年に声を掛けていた。
桔梗の疑心は彼に近づくに連れて確信へと変わっていった。
「もしかして……
声を掛けられた青年の表情は一気に変わっていった。
「お前……生きて――!」
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