第二章 ウロボロス編

第16話 無限に食らう蛇

 数日前。

 いつものように牢獄にいるラティアの元へ向かっていた桔梗を、カレンが呼び止めていた。

 

「緊急事態だ。あたしと一緒に来てくれ」

「何かあったんですか?」

「それを今からジェシカさんが説明してくれる。いいからついて来い」


 桔梗は言われるがままにカレンに従った。

 ラティアの元へ向かう時間がないと分かった桔梗は、看守にラティアに食事を届けるように頼んでいたのだ。

 その際にラティアと話をしてはいけないと付け加えて。


 ジェシカの自室に着いた二人が中に入ると、ジェシカはおらず一人の男性が部屋に待機していた。

 彼は桔梗を好奇な目でしばらく眺めていた。


「こいつが咲夜さんの……?」

「ああ、そうだ」

「ふ~ん。隊長と違って覇気がねぇな」

「無くていいんだよ。あたしの身も考えろ!」

「へいへい、悪かったよ」


 そういって彼は桔梗に手を差し出した。


「話は聞いてるよ。桔梗だったか? 俺はエドワードだ。よろしくな」

「こちらこそよろしくお願いします」


 エドワードと握手を交わしていた桔梗に、カレンが補足を加えた。


「こいつもあたしと同じ所属数字ナンバーズの一員だが、呼ぶときはジジィでいいぞ」

「ったく口がわりぃな、お前は」

「てめぇがうぜぇからだろ!」

「相変わらず仲がいいのか、悪いのか……」


 大量の書類を手にしながら部屋へとやってきたジェシカが、呆れながらぼやいていた。


「とりあえず掛けてくれ」


 ジェシカが書類を机に置いている間に、三人はソファーに腰を掛けていた。


「それで何があったんですか? 俺たちを呼んだってことはただ事じゃねぇんでしょ。もしかして黒鬼関連ですか?」

「いや、それとは全くの別件だ。これを見てくれ」


 ジェシカは三人にある一枚の写真を差し出した。


「それは数時間前に衛星が捉えた写真だ」


 そこには一匹の白い蛇が映し出されていた。

 木々の隙間を縫うようにして這っている姿から全長はわからないものの、人間を数人程度なら一気に丸呑みできるくらいであることは容易に覗える。


「顔までは映っていないが、一番の重要なのはこの部分だ」


 そう言ってジェシカは写真のある部分を指差した。


「尻尾……ですか?」

「そうだ。何かに食われたような痕があるだろ?」


 エドワードはジェシカに補足された箇所にもう一度目をやった。

 その蛇の尾は何かの生物に食いちぎられたように、生々しい痕がくっきりと残っている。


「この痕を調べてもらった結果、同種の蛇によるものらしい」

「つまり共食いか……」

「だといいんだが、その可能性はかなり低い。この蛇の種は希少である上、仲間意識が強い。余程のことがない限り仲間を襲うことはないらしい。となると考えられるのは――」

「自分で自分を食ったってわけか……」

「そう考えるのが妥当だろうな」

「もしかして――!」


 そこでエドワードはジェシカの考えを理解したのだった。

 それはどうして自分たちが緊急招集されたのかも頷けるほどであったのだ。

 

「その昔、食欲の限りあらゆる生物をむさぼり尽くした伝説の大蛇がいた。そいつは自分よりでかい生物だろうと、強い生物だろうとお構いなしに飛び掛る獰猛なやつだったらしい。」


 まだ理解できていないカレンと桔梗のためにジェシカは話を続けていた。


「しかしそいつは、ある日突然この世界から姿を消してしまった。詳しいことは判明していないが、噂では自分の尻尾から体を丸呑みにしてこの世から消えたと言われている」

「なるほど。あたしにもようやく分かってきた。そいつと今回のやつが似てるから調査してこいってわけだな」

「そういうことだ。健斗けんとにはすでに関所で待機してもらっているからそこで合流してくれ。出発は明日。それまでに準備を整えて置くように」


 説明を終えるや否や、ジェシカは書類整理に取り掛かった。


「そんなに忙しいならあたしらは行かない方がいいんじゃ……」

「いや、この件さえ片付いてくれればすぐに終わるから問題ない。こいつのせいで今下は大騒ぎだからな。その分がこっちに回ってきているんだ」

「ラブラのほうもありますからねぇ」

「それに本物ならSR級ぐらいにはなるだろう。そうなると少数精鋭で行ってもらわないと人手が足りないし、他の手が回らなくなるんだよ」


 聖地での危険度はレートを使って表している。

 それは界軍からどの程度の人員を割かなくてはならないかを測るための者でもあり、警戒度を表すものでもあった。

 しかし、これは界軍内でのみ使われているため、一般の人間には知らされていないことであった。

 

「そういえば君は知らないんじゃないか? SRと言っても分からないだろう」


 界軍に入ってから間もない桔梗に、ジェシカが気を利かせたのであった。


「何となくすごそうなのは分かりますけどね」

「なら説明した方がよさそうだな」

「ジェシカさんはそのまま仕事を続けてて下さいよ。こっちはあたしらがしますんで」


 それを聞いていたエドワードは、面倒事はごめんだと言わんばかりにそそくさと部屋から出て行ったのだった。

 それに腹が立ったカレンは舌打ちをしながらも、ジェシカのためだと桔梗に説明を施した。

 

「まあ、簡単に言えばこのレートはその生物の強さを表している。N、NN、R、RR、SRといった具合に強さが上がってくるから、今回の奴は下から5番目だな。個体差もあるから細かく分けるために+を使ったりもするがな」

「それでそのSRっていうのはどのくらい強いんですか?」

「そうだな……例えばでいえば、試験の時に出てきた皇帝鰐エンペラーアリゲーターもSRだ。このクラスになると、あたしらでも復数人でないと対応できないレベルだ。大将なら一人でも対応できるが、あくまでも戦えるレベルであって、勝てるかどうかは条件次第だな」


 そのためカレンは皇帝鰐エンペラーアリゲーターと遭遇した際、戦える人員が自分しかいないことを瞬時に判断しため、深追いすることなくその場を離脱したのであった。


「母さんでもあいつはきついのか……」

「いや、咲夜さんと第一部隊の大将だけは別格だ。その二人なら一人でもSR級を倒せるだろうな。まあ咲夜さんが本気のところを見たことはないが……」

「俺も本気のところは見たことないな」

「そうでないと困るんだ」


 二人の会話を聞いていたジェシカが割って入った。


「他の部隊よりも第二部隊に所属数字ナンバーズが多い理由が分かるか? カレン」

「聖地に近い分魔獣レイドの襲撃が多いから、戦力が必要なんじゃぁ……」

「もちろんそれもあるが、一番の理由は隊長を戦わせないためだ。聖地でならともかく、人間界で本気を出されたんじゃあ被害がでかくなる一方だからな」

「ジェシカさんは見たことあるんですか?」

「私も噂で聞いた程度だから詳しいことは知らないが、この部隊でもある程度の年代の人たちは相当咲夜さんに対して恐怖心を持っているようだったな」


 それを聞いたカレンは子供のころ両親から教わった言葉を思い出していた。


「そういえば昔よく聞いたな。人間が恐れを抱くものは地震 雷 鬼 咲夜って」

「俺としてはカレンさんの方がよっぽど怖いですけどねぇ。結構キレ易いですし……」

「ほう……いい度胸だな」

「桔梗の言う通りだ。あの時の怪我もそれが原因だっただろ」

「それは……」


 カレンは自分のお腹を抑えながらあの時の悔しさを思い出していた。


「今は人手不足だ。今回は怪我するなよ」

「はい……」


 ジェシカの言葉が響いたのか、カレンはいじけるように大人しくなった。


「ところでカレンさんほどの人が怪我をするって何があったんですか?」

「六大魔王の一人にやられたんだよ。その中でも聖地で一番有名な奴にな」

「ああ、しっ――赤い鬼の……」

「そう。幻王アリスにな……」


 

 

 


 それから、カレンたちがラブラのアジトを調査してから数日。

 エドワードは健斗と将官数名を連れ聖地へと調査に来ていた。


「全然見当たらないね」

「その方がいいんだよ。仕事しなくて済むからな」

「そんなことだから、カレンや副隊長に叱られるんだよ」

「ほっとけ!」

 

 何気ない会話をしていると、二人の前にある魔獣レイドが姿を現した。

 

「こいつはダルマジロウか」

「でも……死んでるよね」


 ダルマジロウは体を丸めると達磨のように見えることからその名が付けられていた。

 レートはN+であるが、体を丸めると鋼鉄のような硬さを誇るそのダルマジロウが体を丸めた状態で食い千切られていたのであった。


「こいつを一噛みで殺せるのは、この辺じゃあ例の蛇くらいだな」

「ってことはやっぱりあれは本物ってことでいいんだよね?」

「残念ながらそうなるな。急いで副隊長に連絡しよう」

 

 その後二人の報告からその蛇はSRの指定をされた。

 さらに尻尾に噛み千切られた痕があることから、空腹のあまり自らの尾を食らい飢えを凌いでいたという古代の蛇の名を用いて『ウロボロス』と名づけられたのであった。

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