第15話 ラティアの行く末
期待していたほどの情報を得ることが出来なかった桔梗は、研究室のことをカレンへ報告した。
人間の禁忌に触れることを研究する意味が彼女には理解できなかったのだろう。
鬼の研究と聞いてカレンは驚きを隠せない様子であった。
カレンたちが研究室を捜索している間、桔梗とラティアはアジトの外で風に吹かれていた。
「
「さあねぇ。普通に考えれば監獄行だろうな」
「そうですか……もしそうなっても、たまには会いに来てくださいますか?」
「そうだな。たまには……な」
膝を抱え込むように座っているラティアの表情が、どこか寂しそうだったのを桔梗は感じ取っていた。
それからしばらくして、情報を集め終えたカレンたちがアジトから出てきたのだった。
カレンとしても満足のいく結果ではなかったものの、全くの無駄足というわけでもなかったため、カレンが不機嫌でないことに桔梗は安堵していた。
その後、第二部隊の本部に戻ったカレンたちは真っ先にジェシカの元へ報告に向かっていた。
「副隊長……今戻りました」
「おお、意外と早かったな」
カレンが恐る恐る部屋に入ると、ジェシカは先ほどとは打って変わって上機嫌になっていた。
見ると数時間前まで山積みになっていた書類の山が、綺麗になくなっていたのだ。
「隊長ですか?」
「ああ、月に何度かある気まぐれがようやくきてくれてな」
咲夜は基本的に事務処理の仕事をジェシカに押し付けていた。
ジェシカもジェシカで自分の仕事もあるため、仕事がたまり回らなくなる時がある。
それを知ってか知らずか、稀に咲夜はふらっと部屋に入るとものの数時間で仕事を全て終わらせるのだった。
今回もそれがあったおかげで、ジェシカはパンクせずにすんでいた。
「それでそっちの成果はどうなんだ?」
「微妙な感じですね」
カレンは知り得た情報を全てジェシカに開示した。
当然鬼のことも。
「なるほどな。向こうも情報が漏れることは想定済みだったというわけか」
「ミラーは情報収集が主な役割だったらしく、アジトのことはほとんど知らないようです」
「情報収集は敵に捕まり易いからな。知らないのはおそらく本当のことだろう。やはり、そう簡単には尻尾を掴ませてくれないな」
予想通りであったことがジェシカには不満であった。
しかし、たまっていた書類がなくなったことが余程うれしかったのだろう。
機嫌が悪くなるようなことはなかったのだ。
「それでミラーは今どこに?」
「それが……隊長と……」
「隊長と!?」
――嫌な予感がする……
ジェシカは直感的にそう感じ取っていた。
「カレン! 隊長は今どこに!?」
ジェシカの鬼気迫る表情を捉えた可憐は即答する。
「応接室ですが……」
それを聞いたジェシカは自室を飛び出し、足早に咲夜の元へ向かって行った。
応接室の扉を開けると、ラティア、桔梗、咲夜の三人が対話をしているところであった。
「なんじゃ、ジェシカか。丁度よいところに来たのぅ」
手遅れだったかと頭を抱えたくなるような思いを堪えながら、ジェシカは平常心を保っていた。
「何か御用でも……」
「実はこやつを界軍に入れようと思ってな」
そう言って咲夜はラティアを扇子で指していた。
咲夜を前にしたラティアが、桔梗の横で萎縮しているように感じたのはそのためだったのかと納得しながらも、ジェシカの心中は穏やかではいられなかった。
「そんなことできるわけないでしょう。彼女は我々の敵なんですよ!」
「相変わらずお堅いのぅ。使える者は敵でも使う。それが隊長であるわらわの方針じゃぞ」
「こういうときだけ隊長ずらして……」
思わず声に出てしまったことに気付いたジェシカだったが、咲夜が機嫌よく団子を頬張っていたため安堵していた。
「とにかく、書類の手続き等で入隊自体が不可能ですので」
「そうか……透明化もさることながら、こやつの情報収集の手際よさはわらわも買っていたんじゃがな。きっと役に立ってくれると思うんじゃがのぅ」
「いくらおっしゃられても、元帥殿が決めたルールですので私どもではなんとも……」
「クソジジィの話はするでない。虫唾が走るわ」
――しまった……私としたことが
界軍内では禁句となっていることに触れてしまったのだった。
「じゃがまあ、クソジジィの作ったルールをぶち壊せると考えれば、それはそれで一興じゃのぅ。どう壊してやろうか……」
不敵な笑みを浮かべながらしばらく思案していた咲夜は、何かに気付いた様子でラティアに尋ねるのだった。
「おぬし家事は得意か?」
「ええ、潜入することもありますのでそういったことも身につけております」
「なら決まりじゃな。おぬしは今日から私の女中になれ」
「つまり
「そういうことじゃな。不満か?」
「とんでもございません。喜んでお受け致します」
ラティアは咲夜に対し深々とお辞儀をしたのであった。
「それじゃあ、明日から頼んだぞ」
「かしこまりました」
その時、カレンが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「大変です!」
「どうしたカレン?」
ジェシカが冷静に対応する。
「ゴンザレスが――自害しました」
「そんな……」
ラティアは真っ青になりながら、腰を抜かしたように座り込んでしまった。
「詳しいことは外で……」
「はい」
そんな様子を見ていたジェシカたちは、ラティアを残して部屋を出た。
「あたしも連絡を受けただけなので行ってみないことには――」
「分かった。では私とカレンで様子を見てくる。それでよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ」
咲夜の許可を得たジェシカはカレンと二人でゴンザレスの元へ駆けていったのだった。
そして咲夜は桔梗の背中に手を当てながらそっと呟いていた。
「今はそっとしておいた方がいいじゃろう」
「そうだね……」
桔梗は咲夜の意見に素直に従い、その場を後にしていった。
翌朝
桔梗はラティアのいる応接室を訪ねることにしていた。
躊躇しながらもゆっくりと扉を開けると、ラティアの顔は凛々しく引き締まっていた。
「おはようございます桔梗様。
「もう大丈夫なのか?」
「……はい。いつまでも、泣いてはいられませんので」
「そうか……強いな、君は」
ゴンザレスは自らの寿命を悟っていた。
「私の寿命が尽きるのも、時間の問題か……どうせなら、あの子のために使ってやりたい」
ゴンザレスは胸の前で手を組み、祈りを捧げていた。
「アカモート様。かぐや様。どうか、私の命一つであの子を自由にさせてあげてください。あの子は今まで悲しみしか知らずに生きてきたのです。これからは喜びを知って生きてほしい」
深く息を吸い、覚悟を決める。
「かぐや様の御加護があらんことを――」
彼はそのまま――舌を噛み切ったのだった。
――ラティア……幸せにな……
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