第14話 手掛かり

 桔梗はラティアを連れてゴンザレスの元を訪れていた。

 ラティアがどうしてもゴンザレスに一目会いたいと、桔梗に懇願していたのだ。

 

「爺さんにお客さんだ」

「君はいつもいつも懲りずに――ラティア」


 桔梗がラティアを連れてくるのはゴンザレスにとって思わぬ出来事であった。

 しかし、彼女のどこか悲しそうで、すっきりした表情を見て少し安心したように笑みがこぼれていた。


「そうか……」

「申し訳ございません。皆さんが必死に耐えている中、わたくしは――」

「なに、君が謝ることはない。それに、私個人としては、むしろうれしく思うよ。ようやく自分の気持ちに正直になれたんだから」

「ですが、それではアカモート様やかぐや様を裏切ることになってしまうのでは?」

「そのことを君が心配する必要はない。それは私が何とかしよう。お前は自分の生きたい道を生きろ。これは命令だ」

「……承知しました」


 ラティアとゴンザレスの会話が、区切りよく終わったのを確認した桔梗が口を開き始めてた。


「それじゃあ、君は部屋の外で待っていてくれ。二人で話すことがあるから」

「はい」


 ラティアが部屋の外へ出たのを確認した桔梗は、ゴンザレスの方を見つめていた。


「約束通り彼女の心は開いたんだ。教えてくれるよな?」

「もちろんだ」


 ゴンザレスは知っている情報を全て、桔梗に包み隠さず全て答えることにした。

 それが彼の桔梗に対する感謝の意であったのだ。


「私も直接見たわけではないが、ラブラの幹部に鬼族に関して調査、研究をしている人物がいる。そいつは鬼に対して異様なまでに執着していて、鬼のことになると手段を選ばない。」

「それでそいつの名前は?」

「ディバインだ。君たちがこれから行くであろうラブラの研究施設にそいつがいる」

「そうか、それは……好都合だ」


 桔梗にとっては人間界で手にした初めての鬼族の情報であった。

 例えそれが大した情報でなかったとしても、彼にとっては重要な一歩となるものであったのだ。


「それなら早速行かせてもらうよ。元気でな、じいさん」

「待て。最後に一つだけ言わせてもらうぞ。ラティアを頼んだからな」

「ああ、分かってるよ」


 意味は違えど、お互いに笑みを浮かべながらその場を後にしていった。





「ったく……あいつは何分またせんだよ」

「まあ落ち着けカレン」


 桔梗がゴンザレスの元を訪れている間、予定の時刻を過ぎても一向に姿を現さないことに、カレンは痺れを切らしていた。

 そんなカレンをいつものようになだめていたのがエドワードであった。


「あいつにもいろいろあるんだろう。もう少し待ってやろうぜ」

「相変わらず年寄りくせぇこと言いやがって。だからジジィって呼ばれんだよ」

「お前にしか呼ばれてねぇよ……」


 エドワードがカレンにやつあたりされ、また面倒なことになったと心の中で嘆いていると、ようやく桔梗が姿を現したのだった。

 ただ、一人ではなく二人であったことはエドワードも予想外のことであった。


「てんめぇ、遅れてきた上に、何でミラー連れてきてんだよ。馬鹿なのか!? ああん」


 カレンの怒号に震えながらも、桔梗は経緯を説明しだした。

 

「これには深いわけがあるんですよ。ラブラのアジトの場所を話すって言うから連れてきたんですよ」

「なんでこのタイミングなんだよ!」

「しょうがないじゃないですか」

「ったく……」


 二人の話を聞いていたエドワードは、仕方ないと言わんばかりに、諦めたような口調で指示をだした。


「取り合えず副隊長のところに戻ろう。話はそれからだ」

「……またジェシカさんか」


 面倒事ばかり引き受けているジェシカには申し訳ないと思いながらも、カレンもエドワードと同じ意見でそれ以外に案が浮かばなかったのだった。

 そのためカレンは重い足取りでジェシカの元へ向かうこととなった。





「親子そろって次から次へと……」


 話を一通り聞いたジェシカは、机の上で握りこぶしを震わせながら怒りを露にしていた。

 彼女には日ごろの咲夜に対する鬱憤が溜まっていたのだろう。

 そんな様子を見ていたカレンとエドワードは、ジェシカの心中を察していた。


「はぁ……」


 大きな溜息をついたジェシカは、片手で頭を抱えながらも気持ちを切り替えるように冷静に指示を出した。


「ラブラの方は私がなんとかしますので、あなたたちは今すぐ任務に向かってください。健斗けんとには私から予定より遅れると連絡しておきますので」

「あの~副隊長……」

「まだ何か?」


 これ以上面倒事は増やさないでくれという鋭い目線を桔梗に送っていた。


「それが……その……」


 ジェシカの迫力に押され、口を濁してしまった桔梗を見かねたラティアが口を開き始めた。


わたくしは桔梗さんと約束をしたので情報を話すと決めたんです。桔梗さんと一緒でなければ、あなた方にお話しすることは何一つありません」

「なっ!」


 ラティアの予想外の一言に、ジェシカの思考は思わず停止してしまった。

――どうしていつもいつも私ばかりが大変な目に……

 ジェシカは山積みの書類の机に倒れ込んでしまった。


「もう好きにしてください……」


 仕事漬けの日々と、目の前の書類とで心身ともに疲労が溜まっていたジェシカは自棄やけになっていた。

 さすがにまずいと思ったエドワードが急いでフォローに回る。


「そっ、それじゃあ俺が健斗と二人で任務に向かうから、お前らラブラのアジトに行ってこいよ」

「そうだな。そうしよう」


 エドワードの意思を読み取ったカレンがそれに乗った。

 

「それじゃあ、あたしらは出かけてきますんで……」


 ジェシカの返事はないままだったが、カレンたちはそそくさと部屋を後にしたのだった。

 

 エドワードと分かれた後、カレンはその辺にいた部下を連れラティアの情報先へと向かった。

 近くの街までは転移装置ですぐに移動できたのだが、そこから先は草木一つない荒野であったため、歩いて向かうしかない状態であったのだ。

 そこは入隊試験でも通った場所に近く、エリアCにも近いところであった。

 自分たちの庭に入ってこられているような気分であったのか、カレンにはそれが気に食わなかった。


 到着するとそこは何の変哲もない岩山であった。

 ラティアはスムーズに見分けのつかない扉を開閉した。


「ここから先は彼女も敵に命を狙われるかもしれないので、手錠を外してあげてもいいですか?」

「ああいいぞ。ただし、何かあったら全部お前の責任にするからな」

「……まあしょうがないですね」

「それと、これ以上ジェシカさんに迷惑かけんじゃねぇぞ。あれ以上はまじでやばい」

「了解っす」


 桔梗がラティアの手錠を外し終えたところでアジトへと突入を開始した。

 手錠を外したからといってエネルギーがすぐに戻るわけではない。

 そのためラティアのエーテルはエネルギー切れのままであったが、その方が人質として使えるかもしれないとカレンは考えていた。


 しかし、カレンのその思惑は思い通りにはならなかった。

 なぜなら、その場所にラブラの一員は誰一人いなかったのだ。

 どの部屋を捜しても、人どころか生活に必要な物資すらも残ってはいなかったのだ。

 

「とりあえず……少しでも情報になりそうなものがあれば持ち帰れ」

「了解です」




 カレンが部下に指示を出しながらラブラの痕跡を調査している間、桔梗はカレンには秘密にその下のフロアへ来ていた。

 ラティアはそのフロアへ行き方が分かっており、桔梗も隠眼シャドウアイでその存在は認識していた。


「お前はディバインを知っているのか?」


 研究室への扉の前で桔梗がラティアに尋ねていた。


「ええ、知っていますよ。わたくしは彼が嫌いでしたがね。開きましたよ」


 扉が開くと、そこには得体の知れない大型の研究装置が部屋一帯に広がっていた。

 そこにも桔梗の欲していた情報はほとんど残されていなかったのだ。

 唯一残されていたのは、部屋の奥にある巨大な4つのガラスケースだけであった。

 その中は赤、青、黄、緑の液体で満たされている。


 そして赤の液体の中には赤の鬼獣きじゅう、青の液体には青の鬼獣、黄の液体には黄の鬼獣らしき生物がそれぞれ収納されていた。

 しかしそれは素人の桔梗の目からもはっきりと分かる失敗作で、桔梗にはそれが肉の塊にしか見えなかったのだ。

 桔梗がそれ以上に気になったのは、緑の液体の中にだけ何も入っていないことであった。

 

――もしかしたらこの中にいた鬼獣が、俺を襲った奴かもしれない。

 

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