第12話 尋問

 翌朝

 桔梗はゴンザレスのもとを訪れていた。

 カレンは今だ熟睡中で、ジェシカも朝の身支度を整えている頃であった。

 そのため、桔梗はゴンザレスと二人きりで話すことができたのだ。


「おやおや、君がこの老体の相手をしてくれるのかな?」

「いんや、俺はあんたに話があって来ただけだよ」

「それは丁度よかった。私も君と話をしてみたいと思っていたところでね」

「それじゃあ早速教えてもらおうかな。あの子について――」


 ゴンザレスとの話を終えた桔梗は、ゴンザレスと同じフロアにいるラティアの下へ向かっていったのであった。


「ご機嫌いかがかな、お嬢さん」

「やはりあなたでしたか。それで、あなたたちはわたくしたちに何を吐かせたいのですか?」


 桔梗は近くの横長な椅子に寝転がった。

 ラティアとは鉄格子を隔てる形となっている。


「ラブラの本部か、他のアジトを知りたいんだってさ」

「やはりそうでしたか。そういうことであれば、わたくしは何をされても話す気はありませんよ。それとも、わたくしの体から問いただすおつもりで?」

「ん~。そうしたいのは山々なんだけど、それは禁止されていることだからね」


 桔梗は前日にカレンたちから、尋問に関する最低限の情報をもらっていたのだ。


「案はいろいろあったんだけどね。例えば、わき腹をこちょこちょし続けるとか。密閉した部屋に虫と一緒に放り込むとか」

「結局、わたくしに何をするんです?」

「さっき決めたんだけど、君には何もしないよ」

「えっ……」

「いや、こうやって俺の話は聞いてもらうかな。うん、ただそれだけだ」


 予想外の答えにラティアは落胆してしまった。


「実はさっき、あのお爺さんのところに行って話をしてたんだけどさ。君のその力も呪いなんだって?」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「実は俺も呪い持ちでさ。まあ俺は望んで掛けてもらったんだけど」

「なぜ忌み嫌われる呪いを、わざわざ受け入れたのですか?」

「そうするしかなかったんだよ。そうしないと俺は、生きていけなかったから……」


 同じ呪いを掛けられた同士でも、彼と私は違うとラティアは感じていた。


「あなたにどんな理由があるか知りませんが、自分が納得してならいいじゃないですか! わたくしの場合は本当に呪いなんです…」

「らしいな。さっき爺さんから聞いたよ」


 桔梗がゴンザレスと会っていたのは、ラティアについて聞くためであったのだ。

 それ以外にも雑談を交えていたが、目的としてはラティアについてであった。

 桔梗は彼女に自分を重ねている部分があり、自分と同じで孤独を恐れているのではないかと感じていた。

 それがどうしても気になっていたため、ゴンザレスを訪ねたのであった。


「小さい時から一人ぼっちだったんだろ」

「あなたには分からないでしょうね。誰にも見てもらえない人のことなんて……」

 

 ラティアは幼少の頃の記憶を思い出していた。

それは彼女にとって思い出したくない負の記憶であった。


わたくしは力を使っていないとき、鏡に映らないんです。能力を使っていない時は自分で自分を見ることが出来ず、透明化プリズムを使うと自分が見えるようになる代わりに、周りからは見えなくなってしまう……そんなわたくしの気持ちなんてあなたには分からないでしょうね」

「……」


 桔梗はゴンザレスからラティアのことを聞いていたため、それほど驚きは感じていなかった。

 しかし、本人の口から聞くと心に突き刺さるものがあったせいで、桔梗は返答に困惑してしまったのだった。


「それだけではありません。わたくしは死ぬと能力が強く発動するのです。最早鏡にさえも映らないほどに呪いはその強さを増していく。わたくしは死んでも誰も気付いてくれず、この世界から消えていくんですよ。それがわたくしにとっては何よりも怖いんです」


 こんな男に何を話しているのだろうか。

 そうは思いながらも、気付けば心に秘めた悲痛の叫びを打ち明けていたのだった。


「それは心配しなくてもいいよ。君の能力は俺に効かないから、仮に死んでも発見してやるから」

「……そういえば、あなたにはどうして――それがあなたにかけられた呪いですか?」

「ああ、これは違うよ。たぶんだけど……。俺の呪いはもっと戦闘向きの奴だよ。まあ条件つきだけどな」


 どうして自ら呪いを受け入れたのか彼女にはそれが理解できなかった。

 いや、それよりも本当に彼はわたくしを見つけられるのだろうか。

 もし、それが本当なら――


「まあそういうわけだから、どうやったって逃げられないんだし、仲良くいこうや。ラティアちゃん」

「――っ!」


 そんな呼ばれ方をされたことがなかったラティアはどこか照れくさそうな表情を浮かべていた。

 表面上は嫌そうにしていたが、心の中ではそれほど不快には感じていなかったのだ。


 その後、桔梗は、ラティアに対して一方的に話しかけるだけであった。

 尋問する気がないのか、質問の類は一切なく、内容のないことばかりを話し続けていたのだった。

 ラティアとしては、そんなどうでもいい話聞きたくなかったのだが、他にすることもなく暇だったため、仕方なく聞いていた。


 母親のことをうれしそうに話したり、師匠や先輩の不満を漏らしたりと、半分独り言のようにもなっていたが、彼女にとってはいい暇つぶし程度にはなっていた。

 もちろん興味のない話ばかりで退屈はしていたが、ではなかった。

 

「ああ、もうこんな時間か。そろそろ俺は戻るとしよう」


 体を起こして、部屋から出ようとする桔梗は最後に一言だけラティアに告げた。


「これからは毎日、朝7時と夜7時に食事を持ってくるから。そのつもりで」


 それだけ言い残して、桔梗は部屋を後にしたのだった。

 聞き疲れたラティアは、ベッドに横たわった。

 その部屋はコンクリートの壁で厚く覆われており、簡易なトイレとベッドが置かれている程度で、時計はあるのだが、ラティアからでは見えない位置に掛けられており、部屋には秒針の音が鳴り響いているだけであった。


 朝食は桔梗が来る前にすでに食べ終えていたのだが、それから何時間経ったのかラティアには検討がつかなかった。

 なぜならそこは、光が差し込むような窓はなく、電気が消えれば一面真っ暗闇になってしまう場所であったのだ。

 それもそのはず、ラティアのいるフロアは界軍第二部隊の地下室であった。


 つまり桔梗がいない間はすることもなく、時間も分からないまま一人で過ごさなくてはならないのだ。

 しかし、数々の苦悩を乗り越えてきたラティアとしてはこの程度のことは造作もないことであった。


 界軍の尋問がぬるいのか、桔梗が変わり者なのか、彼女には判断できなかったが、どちらにしても彼女にとっては都合のいいものであった。

 それよりもここからどうやって脱出するかを彼女は考えていた。

 彼女は自分のことよりも捕まったほかのラブラのメンバーやゴンザレスの心配をしていたのだ。


 そう、彼女はまだ気付いていない。

 本当に辛いのはこれからだということに――

 



 

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