第11話 ミラー捕獲戦(3)
ラブラの団員は界軍に対して無抵抗のまま捕獲された。
それは界軍の人数が20人に対し、ラブラの人数が10人程度であったため、抵抗しても無駄であると判断した結果であった。
そんな彼らの腕には特殊な手錠がはめられていた。
その手錠にはテーテルを外に排出する効果がある。
本来エーテルは体力と同じで、消費しても自然に元の量に戻るのだが、体内のエーテルが完全にゼロになるまで消費するとエネルギー切れを起こしてしまう。
エネルギー切れが起こると、完全に回復するまでエーテルが使用できなくなってしまうのだ。
回復する時間には個人差があり、エーテル量の多いアリスや咲夜がエネルギー切れを起こすと回復するのに数日間ほど掛かってしまうが、エーテル量の少ない桔梗であればエネルギー切れを起こしても数時間程度で十分回復できる。
しかし、この特殊な手錠をはめられてしまうとエネルギー切れを起こしてしまう上、エネルギー切れになっても強制的にエーテルを体外に放出させられてしまうため、回復しないのだ。
もちろん手錠を掛けられてすぐエネルギー切れになるわけではないが、一度エネルギー切れを起こしてしまえば、逃げられるという心配はなくなるのだ。
つまり手錠を掛け終えた界軍としては、彼らがエネルギー切れを起こすのを待つだけであったのだ。
しかしこれは、界軍として満足のいく結果ではなかった。
なぜなら今回の目的の一つである、ミラーがそこにはいなかったからだ。
「ミラーはどこかな?」
情報の少ないミラーではあったが、若い女性であることぐらいはオスカルも分かっていた。
捕獲した中にミラーらしき女性がいないことから、オスカルは世間話のようにゴンザレスに尋ねたのだった。
もちろんゴンザレスが真実を語るとは微塵も思ってはいない。
ただ、彼と話をしてみたいと思っていたのだ。
そして、あわよくばミラーの手掛かりが掴めるかもしれない程度に考えていた。
「ミラーとは一体……」
オスカルの問いに対し、疑問を浮かべたゴンザレスは何もとぼけたわけではない。
ミラーとは界軍がつけた呼び名であるため、ゴンザレスがそれを知らないのも無理はないのだ。
「透明人間になれる女の子がいるだろう?」
「ああ、彼女のことですか。確かにいましたよ。今朝までは――」
ゴンザレスは顔色一つ変えることなく平然と嘘を言ってのけた。
「そうですか……。どうやら、一足遅かったようですね」
「そう悲観することもないでしょう。我々の予想をはるかに上回る早さでしたよ。そちらにも優秀な方がおられるようで」
ゴンザレスはオスカルに賞賛を送りながらも、その視線は桔梗に向けていた。
ゴンザレスは直感的に桔梗がこの場所を発見したのだと分かっていたのだ。
それは経験によるものが大きく、視線、表情、仕草などから桔梗であると判断したのだった。
桔梗も彼の視線には気付いていたのだが、桔梗はミラーから目を離せなかったため、その時は気付かないふりをしていた。
「ミラーはこの部屋にいるんだろ?」
そんな桔梗に対してカレンは耳打ちをした。
これに桔梗は無言で頷く。
納得したのか、カレンは腕を組んだままで、それ以上は尋ねなかった。
「オスカル大佐!」
「どうした?」
「もう間もなく護送車が到着するようです」
「そうか……よし、ここにいる連中を運び出してくれ」
ゴンザレスたちがエネルギー切れになるまでしばらく掛かることは、オスカルも十分理解していた。
それでも界軍の人数が多いことと、ゴンザレスたちに戦意がないことから今すぐでも問題ないと判断したのだった。
ラブラたちが地上に連れて行かれる中、オスカルはカレンに話しかけた。
「カレンさんはどうされますか?」
「そうだね……あたしらはこの部屋をちょっと散策してっから、あんたらは先に行ってていいよ」
「そうですか。では我々はこれで」
オスカルたちが部屋を出たのを確認したカレンは、ミラーが逃げないように部屋の扉を閉めた。
「で? あいつはどこにいるんだ?」
「あそこですね」
桔梗が指したのはダンボールが積まれている部屋の隅であった。
満足そうに、カレンもその方向を見つめていた。
そんな二人の様子を見ていたラティアに衝撃が走る。
――
二人の会話まではっきりと聞こえていなかったラティアは、たまたまこっちを見ただけだろうと考えることにした。
そのため彼女は見つかる危険があるその場を離れることにした。
室内はカレンが扉を閉めてしまっているため、外へは出られない。
彼女が逃げた先は、何も置かれていない同じ部屋の隅であった。
そこには光を反射させるような鏡の類はなかったため、ラティアにとってはその場所でも問題なかったのだ。
一安心しながらも再び二人を見たラティアはぎょっとした。
またしても桔梗はラティアの方を指してカレンに話している。
今度はラティアにもその話の内容は聞こえていた。
「今あっちに移動していったんで」
「往生際の悪い奴だ」
カレンはライフルを手にしながらラティアに呼びかけた。
「こっちはお前の姿が見えてるんだ。おとなしく降参したらどうだ?」
しかしラティアがカレンの呼びかけに応じることはなかった。
指で示していることから、見えているのは桔梗だけであることと、見えるといっても目で見えるようにはっきりとは見えないだろうと考えていたのだ。
そこでラティアは、桔梗のもとへゆっくりと歩み寄りながら問いかけた。
「
「それは内緒だねぇ。捕まってくれるなら話してもいいけど?」
「そうですか……それは残念です」
ラティアは室内を駆け回り始めた。
忍者のように壁面さえも難なく駆けて行くラティアを、桔梗は平然と目で追っていく。
「どんなに走っても無駄だよ。なんせ俺はどこまでも君を追い続けられるんだから……」
「
「……寂しいんだね。君は……」
「くっ――」
ラティアは自分の心に蓋をするかのように、桔梗に対して敵意を向けた。
桔梗の背後に回ったラティアは二丁の拳銃を取り出し、エネルギーを銃に溜めながら銃口を桔梗に向けた。
動かない桔梗の背後に2発のエネルギー弾を撃ち放つ。
当然このエネルギーも
しかし、そのエネルギー弾は桔梗に触れる寸前で消えていったのだった。
桔梗はマイナスエネルギーを自分の背後に集中させることで、ラティアのエネルギー弾を掻き消したのであった。
「そんな!」
目の前の状況を理解したくないラティアは、何度もエネルギー弾を撃ち放つ。
しかし何度やっても結果は同じであった。
愕然としているラティアに追い討ちを掛けるように桔梗は言い放った。
「今のうちに降参してくれるなら、さっきの人たちと同じように護送できるんだけど、もし間に合わなかったら、君一人だけ別の場所に行くことになるかもしれないな」
桔梗には彼女が何よりも恐れていることが分かっていた。
ラティアの言っていた『誰にも干渉されない孤高の戦士』というのは、自分は孤独である。
桔梗にはそういう風に聞こえていたのだ。
その言葉を聞いたラティアの心は揺らいだ。
ゴンザレスたちの作ってくれたチャンスを無駄にしてはいけないと思いながらも、
悩んだ末、彼女の出した答えは降参することであった。
ラティアは
彼女は自分の心に勝てなかったのだ。
「お前がミラーねぇ。何とも無表情な奴だ」
カレンがラティアに手錠を掛けた後、三人はオスカルたちの後を追うように地上へと帰還していった。
地上ではすでに護送の準備が整っており、出発する直前であった。
カレンがミラー捕獲を伝えると、歓喜が沸き起こった。
しかし、それはラブラにとって悲報でしかなかった。
ラティアだけは逃げ切れるだろうという最後の希望さえ打ち砕かれたのだから、彼らの表情が暗くなるのも無理はない。
それでもゴンザレスだけは、どこか安心したような顔つきであった。
その後第二部隊の本部に着くと、ラブラたちは尋問のために牢獄へと収監された。
ゴンザレスはラブラの重要な情報を握っている可能性が一番高い人物ではあるのだが、高齢のため拷問による体への負担が懸念されていた。
そこでゴンザレスの担当はジェシカとカレンの二人が担うこととなった。
ゴンザレスと同じくラブラの幹部であるラティアはというと、監視カメラや赤外線センサーなど、厳重な警備体制の部屋へと送られたのだった。
透明になれることと、他の部隊での失態から、彼女だけはそうするしかなかったのだ。
そして彼女に関してはもう一つ問題が発生していた。
彼女を尋問する担当者がいないということであった。
人によっては尋問というより拷問に近い者もいるが、その方法は倫理に反さない程度であれば問題ない。
そのため適任者がいないというわけではなかった。
誰も担当したくなかったのだ。
透明化できる彼女を逃してしまったらどうすればいいのか。
もし逃げられたときに自分は対応できるのか。
そもそも見えない相手にどんな尋問をすればいいのか。
そんな考えを持っている界兵たちは彼女の担当を拒んでいた。
誰も責任を取りたくはなかったのだ。
しかし、そんな彼らを誰も攻められなかった。
ベテランの尋問官でさえ、彼女をどう対処すればいいのか分からなかったのだ。
そこでカレンたちは桔梗に担当を任せることにした。
尋問に関しては素人なのだが、透明化しても視ることが出来る彼なら逃がすことはないだろうという判断からだった。
エーテルが使えない状態だと透明か出来ないことを、彼らが知っていたら尋問官が尋問することになっていただろう。
しかしその情報を知らない彼らはこうするしかなかったのだ。
二等兵の桔梗がミラーの担当をすることに不満を持たない界兵はいなかった。
それでも下手に抗議をして自分が担当をさせられるよりはましだということで、声を上げて反対するものは一人もいなかったのだった。
本部に帰った桔梗は咲夜のもとへと戻っていた。
「今日は随分活躍したようじゃのぅ」
「明日からの方が大変みたいだけどね」
桔梗は咲夜の太ももを枕代わりに、横になっていた。
「もうしばらく、こうしてていいかな?」
「どうしたんじゃ。今日はやけに甘えておるが」
「やっぱり一人は寂しいよね」
「そうじゃな。じゃが心配せんでも、母さんはお前の側からそう簡単には離れたりせんぞ」
咲夜は桔梗の頭を撫でながら、桔梗が眠りにつくまで見守っていたのであった。
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