第10話 ミラー捕獲戦(2)

 第二コロニーの旧市街地エルダン。

 そこは以前、第二コロニーでも一際ひときわ発展した街であった。

 しかし魔獣レイドの襲撃により、その街は一瞬にして壊滅してしまった。

 そのため現在では人も寄り付かない廃墟と化している。

 

 そんな街を一人の女性が訪れていた。

 彼女の名はラティア。通称ミラー。

 彼女はこの地にあるラブラのアジトに用件があったのだ。


 マントを深く被り、辺りを警戒しながらアジトへ向かっていたその道中、界兵かいへいらしき人物を発見していた。

 数も一人や二人ではなく、十数人ほどであった。

 そこでラティアは、すぐさま透明化プリズムを発動させた。


 透明化は体を覆っているエーテルが光を反射することによって、視認できなくしている。

 これは彼女の特殊なエーテルがあってこそ、発動できる能力なのだ。

 その上、普段は他の人と変わらない緑のエーテルであるため、彼女にそんな能力があると初見で疑える者はほとんどいなかった。

 

 透明化プリズム状態であっても、彼女が警戒を緩めることはなかった。

 なぜなら、唯一彼女を捉えることが出来る自分を反射した像が、ガラスなどに映らないような場所を選んで進まなくてはならなかったからだ。

 

 もちろん存在がばれたところで、直接見えない彼女を捕まえることは容易ではない。

 そのため、捕まらずにその場から逃げ切ることに関しては、彼女にとってたいした問題ではなかった。

 彼女が一番恐れていたことは、ここに在るラブラのアジトが界軍に見つかることであったのだ。

 こんな廃墟の街を訪れていることだけでも、界軍にとっては十分な証拠になることを彼女も分かっていたのだろう。

 自分の反射した姿だけでなく、足音や物音にまで注意を払いながら姿勢を低く保ち、アジトへと向かっていった。


 辺りを見渡し、誰もいないことを確認したラティアは、駆け込むようにしてショッピングモール内へと入っていった。

 そして彼女は、壁と見分けがつかないような隠し扉を開け、地下室へと降りて行ったのだった。

 階段を降りると明かりの灯った部屋から光が差し込んでいた。

 透明化プリズムを解いた彼女はその部屋のドアノブをひねる。

 するとその中は体育館のように広く、部屋の隅ではダンボールが山積みにされていた。

 部屋の中にいた人たちは、一斉に彼女の方へ視線を向ける。

 そんな中で、ラティアは眠るように座っている一人の老爺ろうやの下へ歩み寄った。


「お久しぶりです。ゴンザレスさん」


 ラティアが話しかけた男性こそ、界軍が追っているラブラのもう一人の幹部ゴンザレスであった。


「元気そうで何よりだ」


 彼は長く伸びた白い髭を手で撫でながら、彼女が会いに来てくれたことに喜びを感じていた。

 しかし、ゴンザレスの白く、太い眉が目を隠してしまっているため、ラティアにそれが伝わることはなかった。


「して今日は何用かな?」

「アカモート様からの伝言です。『月は再び満ち始めた』とおっしゃっておりました」

「ようやくか……」


 ゴンザレスは肩の荷が下りたような、ほっとした様子を浮かべていた。

 そんな彼とは対象的に、無表情のまま淡々とラティアは語っていたのだ。

 

「それとここに来る途中、界軍の連中を見かけたのですが」

「おそらく私が原因だろう。だが心配はいらん。この場所は悟られないようにかく乱しておいた。すでに機密データも8割方は主要メンバーが本部に持ち帰った。残りの荷物もすでにまとめてある。不要なものの処分の時間を合わせても、今日中にはここをでられるだろうな」

「そうでしたか。それを聞いて安心しました。ラブラにはゴンザレスさんの力がまだまだ必要になりますので」


 ラティアの言葉を聞いたゴンザレスは、笑い声を上げていた。


「こんな老体はもう誰の役にも立ちはせん。それに私の寿命はもう長くはない。いつ消えてもおかしくない命だよ」

「そんなこと……」


 あまり体調の優れていないゴンザレスがラティアには心配でしかたなかった。

 

「それより私は君の方が心配だ。そろそろ自分のために生きてもいいんじゃないのか?」

わたくしはかぐや様のために生きると決めたんです」

「だがそのかぐや様はご不在だ」

「だからこそのフルムーン計画でしょう!」


 ゴンザレスは彼女のことを一人の仲間としてではなく、孫のように思っていた。

 彼女自身、ゴンザレスには少し心を許していたのだ。

 だからこそ彼女に危ない橋を渡ってはほしくなかったのだろう。


「いいかラティア。君にもいつか大切な人が出来る。君を大切に思ってくれる人が出来る。そんな時は自分の心に正直になりなさい。それがこの老体からの最後の説教じゃ」

「最後って――」


 その時、爆発音のようなものが地下室に響き渡った。


「何があった?」

「界軍に入り口の扉が破壊された模様です」


 ゴンザレスの問い掛けに、彼の部下が答えた。

 

――予定より早い! 

 ゴンザレスには想定外の状況であった。


「どうやら私よりも、向こうの方が一枚上手だったようだ」

 

 彼の見立てでは、このアジトが見つかるまで2、3日は掛かると踏んでいた。

 そのため、ゴンザレスたちは遅くとも今日の夕刻にはここを発つ段取りで進めていたのだ。

 しかし界軍にあっさりとここが見つかってしまっては、もうどうすることも出来ない。

 そこで彼は苦渋の決断を下すことにした。


「すまない皆。どうやら私が、君たちまで巻き込んでしまったようだ。図々しいとは思っているが、こんな私のお願いを聞いてほしい。どうにかしてラティアだけでもこの場所から逃がしたい。それを皆にも協力してほしいんだ」


 ゴンザレスの言葉を聞いていた彼の部下たちは、反論することなく頷いていた。

 逃げ場のない地下で、助かる可能性があるのは透明化できるラティアだけであると彼らも分かっていたからだった。


わたくしだけが逃げるなんて――」

「このままでは全員助からない。だから君だけでも逃げるんだ。いいな」

「はい……」


 ラティアは再度、透明化プリズムを発動させ、部屋の隅へと身を隠したのだった。





 その少し前。

 時刻としては午前10時を少し回ったところである。

 桔梗たちはエルダンへと転移を終えたところであった。

 桔梗は目の前の扉が開くとカレンの下へと駆け寄った。


「俺生きてます?」

「当たり前だろ……」

「これは心臓に悪いですって」

「情けないな……んなことより、さっさと行くぞ」

「ちょっ、待ってくださいよ」


 カレンたちは転移装置のある部屋を後にし、その建物の外へと出て行った。

 転移装置のあった場所はエルダンの中心部であり、他の界兵たちはすでに捜索を開始していた。

 辺りには高層ビルなどが建ち並んでいた形跡が今でも残っていた。


「俺たちも始めますか?」

「そうだな……」


 カレンは何かを探すように辺りを見渡していた。


「あそこでいいか」


 カレンは何かに吸い込まれるように、ビルの中へと入っていく。

 桔梗もその後追って行った。

 中に入ると、一直線にカレンはソファーへと腰を掛けた。


「あたしはここで休んでるから、見つけたら教えてくれ」

「……全くしょうがない人なんだから」


 桔梗は不満を漏らしながらもそのビルの中から周りの様子を調べることにした。

 桔梗は目を閉じて、隠眼シャドウアイを展開した。

 アリスは分かり易くするため、敢えて第七感と表現していたのだが、原理を理解した桔梗には本当の呼び名も後で伝えていたのだった。

 

 隠眼シャドウアイを展開した桔梗は、自分を中心に半径一キロ程度の範囲を認識できるのだが、瞬時にその全てが分かるわけではない。

 目と同じように意識を向けないと細かい情報はつかめないのだ。

 そのため桔梗は、時計回りで自分の周りから調べ、だんだんとその範囲を広げることにしたのだった。

 そこで桔梗はあることが気になった。


「カレンさん」

「ん? もう見つかったのか?」

「そうじゃないんですけど、一つ気になったんで聞いてもいいですか?」

「どうした?」

「なんで皆この付近ばっかり探してるんですか?」

「そりゃ、発見情報がこの辺りだから、この付近にアジトがあるんじゃないかって考えだろう」

「それ先に言ってくださいよ! 何でそんな大事なこと後から言うんですか!?」

「発見した場所だからって、そこにアジトがあるとは限らんだろう。もしかしたら相手がわざとそこで見つかるようにしたかもしれんしな」

「そりゃあ、そうですけど……」


 桔梗はカレンの意見に反論することはできなかった。

 彼女の言う通りこの付近にアジトがある保証はどこにもない。

 おまけに範囲が広いとなると、何の手掛かりもなしに探すのは相当な時間が掛かると、桔梗もそれは理解していた。


「だったらもうちょっと人数増やしてもいいと思うんですけどね。今回の任務って全員で何人いましたっけ?」

「さあな。あたしが班長じゃないからしっかりした人数は把握してないが、20人くらいじゃないか」


 桔梗は改めて隠眼で辺りの人数を数えると、カレンたちを含めて21人であった。

 そこで桔梗は、目を閉じて眠ろうとしているカレンにもう一つ尋ねることにした。


「パートナーを決めてるのに奇数で組むことってあるんですか?」

「それは基本ないな。パートナーのいない隊長や新入りとかは別だがな。それがどうした?」

「いやぁ、今この場所にいる人数が奇数なんですけど……」


 カレンはだるそうに体を起こしながら、桔梗に語り始めた。


「考えられるとすれば3つだな。元々その人数か、誰かやられたか、誰かが混じっているかだ。可能性として一番高いのは――」

「誰かが混じってる……」

「そうだな。一人で行動してる奴に注意しとけ」


 もちろん桔梗にもそれは分かっていた。 

 しかし桔梗には、一人で行動する場合の範囲が分からなかったのだ。

 どの程度離れたら個人での行動なのか、どの程度近ければ集団行動なのか、桔梗にはそれがすぐさま判断できなかった。

 他の部隊であれば軍服を着ていない人間がいればすぐに分かるのだが、そういう規則のない第二番部隊では私服の人も多い。

 メンバーの顔を覚えていない桔梗にとっては、それを判別することは容易ではなかったのだった。

 

 それでもしばらく観察していると、一人だけ動きの違う人間がいることを発見した。

 彼女は探すというより、見つからないように行動していることが明らかであったのだ。


「カレンさん。いましたよ。おそらくミラーですね。ここから見えるはずなのに姿が見えないんで」

「ならそのまま追いかけとけよ」

「追わなくていいんですか?」

「お前しか見えないのにどうやって捕まえるんだよ。そいつがアジトに帰るのを祈るしかねぇな」


 カレンに言われた通り、桔梗は彼女を追跡することにした。

 追うのはもちろん隠眼シャドウアイでであり、本人たちは相変わらず座り込んでいた。

 

「このままいくと範囲の外に出ちゃうんで追ってきますね」

「しょうがねぇな。そろそろ行くか」


 カレンは体を上に伸ばして体のなまりをとった。

 

「ほら行くぞ」

「いや、カレンさん場所分かんないでしょ」


 ビルを出た二人は、珍しく桔梗がカレンを先導するようにミラーを追跡し始めた。

 彼女はゴンザレスが発見された場所からどんどんと離れていく。

 それが分かったカレンは、自分の有能さを語り始めたのだった。


「ほらみろ。あたしの行ったとおりだっただろ。やっぱりあそこはフェイクだったんだよ」

「まだミラーがアジトに向かってるとは限らないでしょうよ」

「女の感はよく当たるんだよ。覚えとけ」


 そんな会話をしているとミラーの足が止まった。

 そして彼女はショッピングモール内へと消えていったのだった。


「カレンさん。ミラーが建物内に入りましたよ。女の感って怖いですね」

「分かった。他の連中を呼んでくる。その間は私のことでも敬ってくれ」


 桔梗は苦い笑いでそれに答えた。

 そして桔梗はミラーのその後を追跡し始めたのだった。

 そこで彼女が地下に入っていく様子を、桔梗は捉えていた。

 しばらくすると捜索していたメンバーが全員終結した。


「さすがはカレンさんですね。まさかこんな所にあるとは」

「まあ、感で見つけたんだ……」


 オスカルの賞賛を受けたカレンは、桔梗の成果を自分のように扱輪なければならないことが情けなく思ってしまった。

 それでも嘘はついていないため、誤魔化しようはいくらでもあったのだ。


「それじゃあ早速、踏み込みますか。総員戦闘準備!」

「「「了解!」」」


 カレンの後を追いかけるように、彼らはショッピングモール内へと足を踏み入れたのだった。

 どこにミラーがいるか分からないカレンに対して、桔梗は耳打ちして伝えていた。

 

「次の角を右です」

「次の角を右だ!」

 

 勢いよく曲がるとそこは行き止まりで、正面にあるのは何の変哲もない壁だけだった。

 

「おい、何もないぞ」


 動揺して桔梗に耳打ちするカレンに、桔梗は冷静に返答した。


「この壁の向こうに地下へ下りる道があるんですよ」

「本当だろうな……」

「なら壊せば分かるでしょう」

「それもそうだな」


 桔梗の冗談を真に受けたカレンは、エネルギーを右手に溜め、そのまま壁を殴りつける。

 爆音と共に崩壊した壁の向こうには、暗い通路が姿を現していた。


「絶対今のでばれたでしょ」

「すぐに突っ込めば大丈夫だよ」


 桔梗の心配を他所に、カレンは平然としていた。

 後ろをついていた界兵たちも呆然と立ち尽くすしかなかった。

 そんな中でオスカルは一声を上げた。

 

「総員突入!」

 

 逸早く気持ちを切り替えたオスカルは、今度は自分が先導する形で地下への道に踏み込んだのだった。

 それに釣られるようにして、彼らもオスカルの後を追っていった。

 暗い通路を駆け下りていくと、明かりの灯ったフロアが見えてきた。

 先陣を切るようにして部屋へ飛び込んだオスカルは、腕を組んでいる老人の前に詰め寄った。


「あなたがゴンザレスですね」

「如何にも」

「そうですか……」


 一息溜めてからオスカルは叫ぶように指示をだした。


「この場にいる人間を引っ捕らえよ!」

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