第9話 ミラー捕獲戦(1)

 翌朝

 桔梗は会議室を訪れていた。


 室内には桔梗とカレンを含めて20人ほど集められており、桔梗は部屋に入ると、どうしてお前みたいな奴がといった視線を向けられた。

 しかし、カレンと同時に入室していたため、それを声に出して言う者は一人もいなかった。

 全員が揃ったのを確認した男性は今回の任務について説明し始めた。


「先日、旧市街地エルダンにて、ラブラの幹部であるゴンザレスが潜伏していることを掴んだ。おそらく、そこにラブラのアジトがあるとみて間違いないだろう」


 室内にいるメンバーに向けて話し始めたのは、今回の任務の責任者である班長のオスカルであった。


「そしてもう一つ報告がある。これは昨日入ってきた情報だが、もう一人の幹部であるミラーも確認している」


 会議室内に動揺が走った。

 もちろんそれを知っている桔梗とカレンは平然としていた。


「つまり今回の目的は、ラブラのアジトを見つけ出し、この二人を確実に捕らえることだ。各自準備を整え、転移ルームへ10時に集合してくれ。以上だ」


 オスカルの説明が終わるとほとんどの人が部屋を後にしていく。

 そんな中でオスカルはカレンのもとへ歩み寄っていった。


「いやぁカレンさん。まさかあなたが参加してくれるとは、何と心強いことか」

「こっちこそ、急な頼みで悪かったな」

「とんでもない。カレンさんが協力してくださるなら、いつでも大歓迎ですよ」


 オスカルはカレンに対しては満面の笑みを浮かべていた。

 しかし桔梗対しては眉間に皺を寄せるように睨みを利かせていた。


「ああ、こいつのことは気にしなくていい。唯のあたしのサポート係りだ」

「そういうことでしたか。それでは私も準備がありますので後ほど」


 その後オスカルは上機嫌で部屋を後にしていった。


「全く……どうしてああも見た目だけで判断しようとするかねぇ」

「カレンさんも最初はそうだったじゃないですか」

「うるせぇ!」


 カレンは椅子に深く凭れるようにして座り込んだ。

 それを見た桔梗もカレンの近くに座ることにした。


「それよりもお前は気にしてないのか?」

「俺は気にしてませんよ。そっちの方が俺としても都合がいいですし」


 桔梗は本当に気にしてなどいなかったのだ。

 それは桔梗の戦い方に関係していた。

 見た目が弱い桔梗を前にした相手は油断をする。

 そこを突いて戦うのが桔梗の戦略であった。

 そのため見た目だけで弱いとか、使えないと判断されることは桔梗にとって悪いことばかりではなかったのだ。


「ところで俺たちは準備しなくていいんですか?」

「いいんだよ。どうせあたしらは適当にやるんだから。それにお前の役割はミラーを見つけるだけなんだから準備なんて必要ないだろ?」

「それもそうですね」


 カレンは桔梗の能力について、ジェシカ以外には報告しなかった。

 桔梗の個人情報を偽っていることを隠すために、二等兵という低階級に配属していたため、どんな形であれ桔梗が目立つようなことは避けたかったのだ。

 それでもミラーを捕まえる上で、桔梗ほどの適任者はいなかったのだ。

 そのためカレンの雑用係として一緒に参加する形をとっていた。

 もちろん功績も全てカレンが手にすることとなっている。

 

 しかし、さすがのカレンも後輩から功績だけを得るのは気が引けていた。

 カレンとしては功績を横取りしている様な気分だったのだろう。

 そこで桔梗には、ミラーを見つけるという必要最低限のことだけを指示していたのだ。


「カレンさん」

「ん?」

「ミラーってどんな人なんですか?」

「あたしも直接見たわけじゃねぇからよくは知らん」


 カレンは体を起こして机に肘をつきながら、気だるそうに話し始めた。


「まあ分かってることといえば、透明化すると目にもカメラにも映らなくなるってことと、目に見えるのは鏡やガラスなんかに反射した姿だけってことだな」

「それでミラーか。触ったりは出来るんですよね?」

「透明化したままのあいつに何人かやられているからな。あっちが触れるなら、こっちからも触れるだろう」

「それなら問題ないですね」


 二人は適温に保たれた会議室で快適に過ごした後、転移ルームへと向かって行った。

 その道中カレンは桔梗にある一枚のカードを手渡した。

 

「そいつがお前のパーソナルカードだ」


 そのカードには個人情報が事細かにデータ化されている。

 転移装置を使う際には、誰がどこに移動したかを記録するためにそのカードの提示が義務化されていた。

 そのためカレンはこのタイミングで桔梗にそのカードを手渡したのであった。

 

「それがないと転移できないからなくすんじゃねぇぞ。とは言っても偽物だけどな」


 桔梗は元々この世界の人間ではないため個人情報自体が存在していない。

 そのためどうしても偽造のカードで対応するしかなかったのだ。


「ジェシカさんが徹夜で作ってくれたんだ。ありがたぁく思えよ」

「わっ、分かってますって」


 桔梗はジェシカに感謝してはいたが、一つだけ不安が残っていた。


「疑うわけじゃないんですけど……偽物のカードで大丈夫なんですか?」

「当ったり前だ。ジェシカさんを舐めてんじゃねぇよ」


 カレンの言う通り、ジェシカはただパーソナルカードを作っただけではなった。

 部隊内でそのカードを使用する際は、本物と同じ扱いを受けるようにプログラムを修正していたのだ。

 そのためジェシカは徹夜を余儀なくされていたのであった。


「まあ使えるのはこの部隊でだけだから、転移装置が使えるのも行く時だけだけどな」


 さすがのジェシカも、第二部隊以外の装置を書き換えるといった大それた事は出来なかったのだ。

 

「ん? それじゃあ帰りは……?」

「心配しなくても、任務がうまくいけば帰りは護送用の車が必要になるから、それに乗って帰れるんだよ」

「もし失敗したら……?」

「捕獲するまでそこで寝泊りするか、歩いて帰って来い」

「ふざけんな!」

「ああん。何だその生意気な口の聞き方は」

「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。本当許して下さい」

「ったく……」


 そんなやり取りをしながら、二人は転移ルームへと到着したのだった。

 予定時刻より少し早かったため、カレンはしばらくの間部屋から離れていた。

 一人取り残された桔梗の下に一人の男性が近寄ってくる。


「カレンさんと一緒だからって調子に乗るんじゃねぇぞ。お前みたいな貧弱野郎は、せいぜいカレンさんの足を引っ張らないように気をつけるんだな」

 

 その男性は桔梗の耳元でそうささやくと、桔梗の下から離れて行ったのだった。

 その後桔梗が辺りを見渡すと、他の人たちも桔梗に冷たい視線を送っていた。

 桔梗にとって久しぶりに感じた孤独感は、どこか懐かしくもあり、悲しくもあった。

 それでも桔梗は彼らに対して敵意をむけることはなかった。

 

 昨日の二人のおかげで、彼らのその態度が嫉妬によるものであると桔梗は分かっていたのだ。

 それだけ、カレンは部隊内で好感の高い人物なのだろうと、桔梗は彼女を敬服していた。

 カレンが戻ってくると桔梗は彼女に愚痴を溢した。


「俺が鬱になったらカレンさんのせいですからね」

「んだよ急に」


 昨日の二人の様子から、カレンはあまり他人と馴れ合うのが好きでないことを桔梗は感じ取っていた。

 そのため自分の気苦労が絶えないという意味でカレンに言ったのだが、彼女がそれを理解できるわけはなかったのだ。

 

「それより、さっき咲夜さんに会ってな。期待してるって言ってたぞ」

「これじゃあ意地でも成功させないといけないじゃん」

「そうだな。あたしのために頑張って働いてくれ」

「ひでぇ……」


 そうこうしている間に時刻は10時を指していた。

 全員が集合していることを指で数え終えたオスカルは最後の確認をとった。


「今回相手は人間だが、その脅威は魔獣レイドと同じだ。我々の活躍には国民の生活も掛かっていることを忘れないでほしい」


 オスカルは今回の任務に対して強い野望を抱いていた。

 それはラブラのメンバーを確保できれば、准将に昇格できると踏んでいたからだった。


「特にミラーには警戒を怠るな。それは捕まえてからもだ。油断してるとあの女に足元をすくわれかねん」


 以前他の部隊がミラーを捕まえたことがあった。

 しかし、その時は透明化できる能力があることを誰も知らなかったのだ。

 そのせいでまんまと逃げられ、挙句の果てに、その時ミラー捕獲に関与していた連中は皆殺しにされていた。

 しかも界軍の機密データを全部抜き取られるというおまけ付きで。

 その手際の良さは咲夜でさえ一目を置いているくらいであった。

 

「ミラーって女性だったんですね。てっきり男だと思ってましたよ」


 退屈な話で飽き飽きしていた桔梗は、カレンに小声で話しかけていた。


「なんでだ?」

「そりゃあ、透明化が男のロマンだからですよ」

「またわけの分からんことを……」

「それで透明化してる時って、服はどうしてるんですか?」

「着てるに決まってんだろ」

「ええぇ、期待してたのに……」


 いつものように理解不能な発言をする桔梗にカレンはうんざりしながらも、緊張の類をしていないことが分かったため、その点については安心していた。


「それではこれより出発する」


 オスカルの合図と共に、界兵たちは転移装置に列をなしていた。

 この部屋には一人用の転移装置が4つ設置されている。

 その近くにある認証装置に、先ほどのパーソナルカードをスキャンさせ読み取りが完了すると、行き先を指定することが出来るようになる。

 今回の旧市街地エルダンの場合は2-43と打てば、自動的にそこの転移装置とリンクされる。

 後は転移装置に乗り込みボタンを押せば自動的に転送され、扉が開いた時には目的地に到着しているというのが、この転移装置であった。


「レディファーストということで、カレンさんお先にどうぞ」


 壁に凭れかかったままで動こうとしないカレンに、オスカルは不安を隠せなかった。

 この任務でカレンが参加しているということだけでも、全体の士気が上がっているため、ここで辞退されては困ると思っていたのだ。


「あたしらは最後でいいよ。あんたらの任務に、こっちが勝手に付いていくだけなんだから」

「これはいらぬ気遣いをしてしまいました。それではお言葉に甘えてお先に失礼します」


 そのままオスカルは転移装置へと向かって行った。

 カレンとしては万が一にも桔梗の不正がばれることを恐れていたのだ。

 それで他の界兵たちがいなくなる一番最後に使うことにしていた。


「それじゃあ、あたしらもそろそろ行くよ」


 最後の二人になったのを確認したカレンは、桔梗に使い方を説明しながら準備に取り掛かった。

 桔梗のパーソナルカードは不具合なく、無事に読み取ることが出来ていた。

 

「後は中に入ってボタンを押すだけだから」

「……何か緊張しますね」

「慣れだよ、慣れ。いいからさっさと乗れ」

「こういう時ぐらい優しくしてくれてもいいんですよ」


 すでに装置に乗り込んでいたカレンに、桔梗のその声は届いていなかった。

 桔梗も覚悟を決め、恐る恐るボタンを押した。

 緊張からか鼓動が早くなっているのが体の中で響いているのを感じながらも、扉はゆっくりと閉まっていく。

 そして扉が閉まると同時に、桔梗は旧市街地エルダンへと転送されたのだった。

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