第8話 桔梗の能力

 何をしたかと聞かれた桔梗は正直に答えていいものか少し迷ったが、カレンになら答えてもいいだろうということでその質問に答えることにした。


「マイナスエネルギーはご存知ですか?」

「名前くらいなら聞いたことはあるが……」

「俺はその力を使ってたんです。マイナスエネルギーはエーテルとは反対の力で、その力はぶつかり合うことで相殺される。マイナスエネルギーは空気と同じように粒子状のものが世界中を漂っているので当然この部屋でも使えるってわけなんですよ」

「だがそんな力をどうしてお前が使える? あたしはそんな人間見たことないぞ」

「マイナスエネルギーは誰にでも使える力です。もちろん向き不向きはありますよ。それに元々この力は母さんに教えてもらったものなんですよね」

「隊長が!?」


 咲夜がマイナスエネルギーを扱えることはカレンにとって初耳のことであった。

 咲夜本人としてはそのことを隠す気などさらさらなかったのだが、特に口外しているというわけでもなかった。

 そのため咲夜がそんな力を使えるということを知る者は、ほとんどいなかったのだ。


「まあ俺の場合は、エーテルがしょぼいんでマイナスエネルギーに頼るしかなかったんですけどね」

「弱さを補うためか?」

「そういうことです」

「なるほど咲夜さんの言っていた意味がようやく分かったよ」


 咲夜は以前カレンとジェシカに対して、『桔梗は強くはないが弱くもない』と語っていた。

 カレンはその時、咲夜が何を言っているのか全く分かっていなかったが、今の話でようやくその言葉の意味を理解することが出来たのだった。

 何か特別な才能があるわけではないが、見た目ほど弱くもないというのがカレンの見解であった。


「まあ力のほうはそれでいいとしよう。だが何だ。あの戦い方は」

「言われた通り本気出したじゃないですか」

「それはそうだが、何事にも限度ってもんがあるだろう。少なくともあいつに追い討ちを掛ける必要はなかったんじゃないのか?」

「あれはあいつが腹立つようなことするからですよ。あの娘との試合を楽しんでいたのに、あいつが邪魔してくるから」

「確かに、随分楽しそうにしていたな。傍から見れば唯の変質者だったがな」

「そりゃ女の子に程よい痛みで殴られたり、蹴られたりしたら興奮するでしょうよ。おまけに顔を太ももで挟まれたんですから、自我が飛んでも不思議はないでしょう」

「あっ、そう……」


 桔梗のその言葉にカレンは呆れ返ってしまった。

 これ以上こいつの話を聞いていても何の得にもならない。

 そう考えた彼女は話題を変えることにした。


「その時はどんな風にマイナスエネルギーを使っていたんだ?」

「そうですね。一人目のときは体の表面にマイナスエネルギーを集めて、どこから攻撃されても相手のエーテルを弱体化できるようにしてたんですよ」

「それであれだけくらっても平気だったのか」


 桔梗は体の表面にと言ったが、実際は自分のエーテルの表面にであった。

 ディフェンスタイプのエーテルの表面をマイナスエネルギーでさらにコーティングし、相手のエーテルを弱らせた後なら微弱なエーテルでも防げるという二層構造をとっていたのだ。


「だが最後は相手の方がダメージを受けていなかったか?」


 カレンの言う通り、たけるは桔梗を殴った時に右手を負傷していた。

 もちろん桔梗が直接手をくだしたわけではない。

 あくまでも仕掛けたのは武の方だった。


「あいつの場合はマイナスエネルギーを直接ぶつけて、あいつのエーテルをゼロにしてやりましたからね。いくら俺が弱いといっても、相手が生身の体なら鋼鉄並みの強度は出ますよ。その上あのスピードで突っ込んでくるんだから、そりゃ手も砕けますわ」

「どれだけあいつのこと嫌いなんだよ」

「何か途中良い雰囲気なってたでしょあの二人。中の悪かった男女があることを切っ掛けに恋に落ちる。そんなの見せつけられたらイライラしません?」

「あたしとしてはどうでもいんだけど……」

「まあ俺としてはどうでもよくないので、爆ぜぬなら 爆ぜさせてみせよう リア充を の精神でやらせてもらってます」

「だから聞いてねぇよそこまで」 


――折角話を逸らせたのに結局こいつのペースになっちまう。

 カレンのそんな悩みも知らずに桔梗はマイペースに一人語っていた。


「それにしてもあの時の太ももはよかったな。またされてみたいもんだ」


 桔梗のその一言であの時の状況を思い出したカレンはあることに気がついた。

 

「そう言えばお前。あの時後ろを振り返らずにエミリーの足を止めてなかったか?」

「ええそうですよ。見てないけど視えてましたから」

「はぁ?」

 

 カレンには桔梗が冗談を言っているとしか思えなかった。

 見てないなら見えるはずがない。

 適当なことを言って誤魔化しているのだろうと考えていた。


「目では見てないってことですよ」

「そうか、そういえばお前は探知に優れていたな。もしかしてそれを使ったのか?」


 カレンは桔梗が試験の時に魔獣レイドの奇襲を予期していたことを知っていたため、『目では見ていない』の言葉だけで何となく察しがついたのだった。


「探知って言うと少し御幣がありますけどね。視野を広げたって言うべきかな」

「表現はどうでもいいんだよ。いいからさっさと説明してくれ」


 カレンはもう桔梗の余談にうんざりしていた。


「まあ結論を言うとこれもマイナスエネルギーなんですけどね。さっきも言いましたけど、粒子状のマイナスエネルギーが辺りに散らばっているのでそれを俺が目の代わりに使って、その場所にある物やその大きさを認識してるんですよ」

「もしかして咲夜さんも出来るのか?」

「母さんは出来ないですよ。エーテルが少ない俺だからこそマイナスエネルギーを精密に感じ取ることが出来るんです」

「そうだよな。咲夜さんがそんなこと出来るなんて聞いたことがない。それじゃあ、たまにお前の話に出てくる師匠はどうなんだ?」

「師匠もこれは出来ないんですよ。俺だけが出来る、同情でもらった能力です」


 カレンにとってその説明は納得のいくものであった。

 カレンでも名前くらいは聞いたことのあるマイナスエネルギーを使った探知なら、前例があってもおかしくない。

 それにもかかわらず前例がないことと、桔梗のようなエーテルの乏しい人間が戦闘で使われているという稀なケースを考えれば、さすがのカレンもこの話に不満はなかった。


「師匠か……元気にしてるかな」

「どんな師匠だったんだ?」

「それは鬼……のように怖い人でしたよ」


――危ねぇ。もう少しでばれるとこだった。

 カレンの怪我は桔梗の師匠であるアリスによるものであることを聞いていた桔梗は、間一髪彼女に師匠のことがばれるのを免れた。

 それ以前に鬼族との関係がばれることは桔梗にとっても、咲夜にとっても都合の悪いことであった。

 鬼を嫌う人間が多いこの世界では、二人はそのことを話すわけには行かなかったのだ。

 

「咲夜さんとどっちが怖いんだ?」

「同じくらい怖いですよ。何たって母さんとは親友らしく、お互いに張り合ってましたからね」

「そんな人間がこの世界にまだいたのか……。でもそんな人が師匠なら随分辛い修行の日々だったんじゃないのか?」

「そうなんですよ。でもそれがある日突然、苦痛が快感に変わるときがありましてね。それからは毎日が楽しかったな」


――それが原因か……。

 カレンは桔梗の異様さの根源を垣間見た気がした。


「それにしても便利な能力だな」

「そんなこともないですよ。色が分からなかったり、文字が読めなかったり、後鏡とかに反射したようなものも見えないんですから」

「鏡か……」


 この時カレンはあることを思い出していた。

 それは明日の任務の内容である。

 カレンはその任務に参加するわけではなかったのだが、桔梗が役に立つかもしれないと考えていた。


「どうかしましたか?」

「お前のその力って透明人間相手でも通用するのか?」

「まあ触れる相手なら大丈夫だと思いますけど……」

「そうか。だとしたら使えるな」

 

 直感的に桔梗は嫌な予感を感じた。


「よし! お前も明日の任務に参加しろ」

「ええっ!」

「いいな」

「はい……」


 カレンの目から伝わる圧力を感じ取った桔梗に断ることは出来ず、カレンの命令に従うしかなかった。


「それで俺は何を?」

「なぁに。簡単なお仕事だよ。人探しをしてもらうだけだよ」

「それだけ?」

「でも唯の人探しじゃない。透明人間を探してもらう」

「まじで……?」

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