第7話 不可解な力
地下に設置された演習場に着くと、他の二人に聞こえないようカレンは桔梗に耳打ちした。
「お前の力が見たい。少しでいいから本気出してみろ。もちろん、やり過ぎん程度でな」
そう呟いてカレンは桔梗のもとを離れていった。
――やり過ぎない程度か……それが一番難しいんだよね。
桔梗としては相手が女性であるため攻撃すること自体少し躊躇していた。
その上カレンに本気が見たいと言われたため、さらに悩まされることになってしまった。
しかし負けたとなると、カレンのパートナーに誰が相応しいかで揉めることになるのは明らかであった。
そんな葛藤を終えることなく、結論が出ないままに試合は始まることとなってしまった。
「二人とも準備はいいな」
「もちろんですよ。勝ったら私がカレン先輩のパートナーでいいんですよね?」
「あたしに出来るのは上に掛け合うくらいのことだぞ」
「カレン先輩なら絶対納得してもらえますよ」
カレンは桔梗とパートナーを組むこと自体にそれほど不満はなかった。
問題なのは桔梗の能力が何なのか。
自分との相性がいいのか。
使い物になるのか。
そのことが不安だったのだ。
もしこの戦いで桔梗の力に対して不満が募るようであれば、例え相手が咲夜でも交渉しようと考えていたため、敢えてエミリーの交渉に乗ることにしていた。
「お前は勝ったら何がほしいんだ?」
「俺ですか? そうですね……彼女がほしいです」
「そうか……頑張れよ」
「あれ!? くれないんですか?」
「知るかそんなもん」
「ええぇぇ、ひどい……」
桔梗は勝つ気がなかったため、いい加減な返答をしていた。
もちろん負ける気もなかった。
それを知ってか知らずか、カレンは桔梗が適当なことを言っているのがすぐに分かったのだった。
「お互い報酬も決まったことだし、そろそろ始めるぞ」
「俺は決まってないですよ」
エミリーは桔梗のことなどどうでもいいといった具合に、すでに身構えていた。
それを見た桔梗も仕方なくエミリーの前に立ちはだかった。
「準備はいいようだな。やばくなったらあたしが止めてやる。安心して全力を出してくれ」
注意喚起をしながらも、カレンは二人様子を確認していた。
いつでも動けるように構えているエミリーに対して、桔梗は棒立ちのままであった。
カレンは桔梗のそんな様子から、本当に彼が力を見せてくれるのか不安になってしまったが、試合が始まればさすがに本気を出さざるを得なくなるだろうと踏んで、そのまま開始することにした。
「試合開始!」
カレンが合図を出すと同時に、エミリーは地面を強く蹴り上げ桔梗に向かって一直線に飛び掛った。
黄のエーテルを放出してスピードを加速させながら、桔梗の顔に向かって回し蹴りをくりだした。
桔梗も避けようと横に移動しようとしたが、あまりの早さに避けきれず彼女の太ももが桔梗の顔面を直撃した。
その衝撃で桔梗は後方へ吹き飛ばされ地面を転げた後に、うつ伏せのまま動かなくなってしまった。
「おい……大丈夫か?」
倒れたままの桔梗の下へカレンが駆け寄ると、桔梗は小声で何かを呟きながらゆっくりと立ち上がった。
「やばい……今のはやばい……」
桔梗の呟く声がようやく聞こえたきたものの、カレンには何を言っているのか意味が分からなかった。
「この感覚……久しぶりだ。
「おい……大丈夫か?」
我に返ったのか、桔梗は落ち着きを取り戻してカレンの呼びかけに答えた。
「ふぅ……大丈夫ですよ。さあ、試合を再開しましょう」
「あっ、ああ……」
桔梗の様子がおかしいのは明らかであったが、どこか怪我をしているわけでもなかったため、カレンは試合を続行することにした。
カレンが桔梗の下を立ち去ると、エミリーはすぐさま桔梗に向かって走り出した。
先ほどと同様スピード重視の回し蹴りを桔梗の顔目掛けて放つ。
避けることはせずエミリーの蹴りを片腕で難なく防ぐが、反撃をしようとはしなかった。
「ふざけるな!」
女だから舐められていると感じたエミリーは、感情的ではあるものの切れのある拳を桔梗の腹部に突き出す。
拳に伝わる反動から、今回ばかりは手応えを感じた。
しかし桔梗は悶絶するどころか、平然と立ち尽くし、不適な笑みを浮かべていたのだ。
その異様さにエミリーは思わず距離をとった。
彼女からしてみれば、素人がプロのボクサーのパンチを受けて平気な顔をしているくらいありえないことであった。
もちろん自分自身の力を過信していたからではない。
体を纏うエーテルの相対的な量からそう判断していた。
スピードタイプの黄のエーテルを持つエミリーと、ディフェンスタイプの緑のエーテルを使う桔梗の特性を考えても、彼女には桔梗が平然としていられる理由が分からなかった。
本来であれば防御力のあるディフェンスタイプなら、スピードはあっても軽い攻撃なら防がれても不思議ではない。
しかし桔梗のエーテル量はそれを考える必要もないくらい、エミリーに劣っていたのだ。
そのため彼女には桔梗が不気味に思えたのだった。
それでもカレンとパートナーを組める最初で最後のチャンスだと思うと、エミリーは桔梗に立ち向かうしかなかった。
意を決し再び桔梗に突っ込んでいく。
先ほどより威力のある拳を突き出すも、桔梗は手でいとも簡単に受け止めた。
エミリーは再度桔梗から距離をとり、今度は桔梗の背後へと回りこんだ。
飛び上がり桔梗の頭上に
桔梗は後ろを振り返ることなく、エミリーの足を片手で掴み取った。
「――っ!」
エミリーは桔梗の奇怪な動きに一瞬の動揺を見せたものの、すぐさま落ち着きを取り戻し、桔梗の首下に足を回しそのまま締め付けた。
「おい、エミリー」
さすがに危険と判断したカレンは止めに入るが、桔梗はカレンに手を突き出し、止める必要はないという合図を送った。
桔梗はエミリーの足を振り解こうとする素振りすら見せないで突っ立っているだけだった。
全く動じない桔梗にこのままではらちが明かないと、エミリーは足を解いた。
桔梗の顔は赤くなっており、呼吸も乱れていた。
「ちょっとぐらいは効いていたようね」
「――最高だ……」
「はあ?」
打つ手なしの相手ではないことが分かったエミリーは、冷静さを取り戻していた。
桔梗を侮っていたエミリーは、単調な攻撃しか仕掛けていなかった自分の浅はかさを悔いていたのだった。
しかし桔梗の反応はまたしても理解し難いものであった。
「まさに……エクセレント!!! スパッツ越しの太もも……何という柔らかさだ。生きてて良かった……もしかしてここは天国なのか!?」
「何なのこいつ……」
「そんなところで手を休めていないで早く掛かってきてくれないかな? この興奮冷め止まないうちにね」
「この変体野郎がぁ!!」
その後も二人の攻防は続いた。
攻防と言っても一方的にエミリーが攻め、 桔梗からは一切手を出すような素振りはなく、それを防ぐだけだった。
エミリーの攻撃を受けるたびに体に響く痛みが、桔梗にとっては快感でしかなった。
「この心地いい痛み。この肌触り。実にいい。もっとだ。もっと俺を高ぶらせてくれ」
――何なのよこいつ。もう、嫌だ……
息も絶え絶えのエミリーは、力が抜けたかのようにその場にしゃがみ込んでしまった。
彼女の目は涙で少し潤んでいた。
こんな男にカレンとパートナーを組むという夢を阻まれてしまうことが、悔しくて仕方なかった。
しかし、それ以上にもう戦いたくないという思いのほう強かっのだ。
「試合はまだ終わってないんだ。俺を早くイカせてくれないかな?」
「だったら俺が相手をしてやろう」
それは今まで黙ったまま試合を観戦していた、エミリーのパートナーである
「えっ? 何で……あんたが?」
「別にお前のためじゃない。俺だってカレン先輩と組みたいんだよ」
エミリーの弱々しい声とは違い、武は覚悟を決めたかのように強い意志を持っていた。
「俺だけじゃない。この部隊にはカレン先輩と組みたいと思っている連中がごまんといるんだ。それなのにあんなやつがカレン先輩と組んでいることが許せないだけだ」
「そんなの――」
「まあ、ついでだがお前の仇も討ってきてやるよ」
「……馬鹿……」
エミリーの微かな声は辛うじて武に届いていた。
「それでいいですよね? カレン先輩」
「えっ? ああ、そうだな。いいだろう」
カレンもエミリーと同様に、思考が停止するくらい混乱していた。
理解し難い言動もその理由の一つではあったが、彼女にも桔梗の耐久力が理解できていなかったのだ。
そこでもう少し桔梗の様子を覗うことにしたのだった。
「カレン先輩の許可も得られたんだ。今度は俺の相手をしてもらうぞ」
「……せっかく、せっかく楽しくなってきたのに――」
桔梗は武に向かって鋭い眼光を飛ばしていた。
武は寒気のようなものを感じたが、気のせいだろうということで特に気にとめることはなかった。
「手加減するつもりないからなさぁ。怪我しても自己責任ってことでいいよね」
「そうこなくちゃ、面白くないよな」
桔梗の脅しとも取れる発言に、武は快く応じた。
武はそれが桔梗のはったりであると考えていたのだ。
「それじゃあ早速始めようか!」
パワータイプの赤いエーテルを纏った武は、勢いよく飛び出した。
拳にエーテルを溜め、渾身の一撃を相変わらず棒立ちの桔梗の
辺りには鈍い音が響き渡った。
「うっ、うああああ」
あまりの痛みで、悲痛な叫び声を上げながら武は手を押さえていた。
その手は赤くなっており、すでに腫れ始めていたのだった。
そんな武に対して追い討ちを掛けるように、桔梗は彼の首元を掴んだ。
そして彼の腹部に対して拳を振り上げたのだった。
武と違い勢いをつけた訳ではなかったが、彼は口から血を吹き出しながらその場に倒れこんでしまった。
「早く医務室に連れて行け!」
「はっ、はい」
カレンが声を上げると、エミリーは急いで武の側に駆け寄った。
武の手はすでに紫色に変色しており、エミリーにはそれが痛々しく思えた。
エミリーは彼に手を貸しながら医務室へと向かって行った。
二人が部屋を後にしたことを確認したカレンは、清清しい表情をした桔梗のもとへと恐る恐る近づいていった。
「お前……何をしたんだ?」
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