第6話 パートナー
入隊試験の翌朝。
試験に合格した者たちは入隊式に呼ばれていた。
屋外に集められた合格者たちは、界軍第二部隊の副隊長であるジェシカの激励を受けていた。
「諸君。合格おめでとう。
幸か不幸か、君たちはこの第二部隊に入隊することとなった。
それぞれ思うところもあるだろうが、入隊する以上はここのルールに従ってもらう。
今まで君たちは守られる側の立場だったかもしれないが、これからは守る側の人間だ。
我々には命を懸けてでも、国民を守らなければならない義務がある。
それはいついかなる場合であってもだ。
つまり、我々には土日祝日といったものは存在しない。
月、火、水、木、金、金、金だ。
勘違いしないでほしいが、何も24時間365日、任に当たっているというわけではない。
いつでも出動出来る心構えを持っていてほしいと言う意味だ。
休日は家族と過ごすのもいいだろう。趣味に費やすのもいいだろう。
それは個人の自由だ。君たちの好きにするといい。
しかし、
必ずしも勤務中に来てくれるとは限らない以上、魔獣襲撃の報告があればどんな状況でも駆けつけなくてはならないだろう。
それが例え、家族の葬儀の最中であってもだ。
なぜなら、それが君たちの選んだ道だからだ。
君たちの犠牲なくして、この世界に平穏は訪れないのだ。
だからと言って君たちの命を粗末に扱っていい道理はない。
むしろ君たちの命は、自分だけのものではなくなっていることを自覚してほしい。
君たちが生きて界軍に貢献することで、多くの命が救われるのだ。
だから君たちにはまず、生き延びることを目標にしてほしい。
全部隊の中で最も生存率の低いこの部隊で生き延びることが出来れば、きっと君たちも優秀な兵士になっていることだろう。
君たちの今後の活躍を期待している。以上だ」
そんな風に入隊式が進められている中、桔梗はようやく目を覚ましたのであった。
「ようやく起きたか。随分疲れておったみたいじゃな」
咲夜はすでにいつもの
桔梗が寝ている間、頭を撫でてみたり、顔に触れたりしていたのだ。
親としてどう接していけばいいのかよく分からない咲夜ではあったが、触れることで心の距離が縮まったように感じていた。
「あの後すぐに寝ちゃってたのか。久しぶりに何の警戒もなく深い眠りにつけた気がするよ」
「そうか、これからは何があっても母さんが守ってやるからな」
「うん」
咲夜が桔梗を自分の元へ抱き寄せていると、クロもそんな二人のもとへと近づいていった。
そして自分の顔を桔梗にこすり付けるように、桔梗の背後に歩み寄っていた。
「ケモ姉も俺を守ってくれるのか? ありがとな」
桔梗がそんなクロの頭を撫でていると外から拍手の音が聞こえてきた。
それはジェシカの激励に対する合格者たちの拍手であった。
「何かあったのかな?」
「今は丁度入隊式の最中じゃからな。それの拍手じゃろぅ」
「母さんは行かなくてもいいの?」
「ジェシカに任せてあるから大丈夫じゃ」
「そうなんだ……」
昨日のカレンとジェシカの愚痴を思い出した桔梗は、ジェシカの苦労が少し分かったような気がした。
そんな折に部屋に誰かが入るのに気がついた。
「おはようございます隊長。何か用ですか?」
ジェシカは寝癖の残った髪を手で直しながら、気の抜けたような挨拶を交わした。
「朝早くからすまんな。実はおぬしに頼みごとがあってのぅ」
ジェシカには嫌な予感しかしなかった。
経験上、咲夜の頼みごとは面倒な内容であることは明白だったのだ。
事実、今ジェシカは入隊式で挨拶をさせられている。
そのためカレンはすぐにでもこの場所から逃げたいという思いしかなった。
「この子とパートナーを組んでくれんか?」
「あたしがですか……?」
「本当ならわらわが組んであげたいんじゃが、そういう訳にもいかんじゃろ? それにこの子のことを知っておるのはおぬしとジェシカの二人だけじゃ。ジェシカには他の仕事も多く任せておるからな。そうなるとおぬし以外おらんじゃろ?」
「ですが……分かりました……」
本心としては断りたかったのだが、咲夜が一度決めたことは天変地異が起きても引っくり返らないことを思い出したカレンは、仕方なく引き受けることにした。
不本意ではあったが、知らない人間や、嫌いな人間と組まされるよりはましだろうと自分に言い聞かせることにしたのだった。
「それじゃあ、後のことは頼んだぞ。わわわもそろそろ仕事に行かねばならんのでな」
二人を残して咲夜は上機嫌で部屋を後にしていった。
カレンはそこで昨日のジェシカの言葉の意味が理解できた。
『明日から大変になるでしょうね』というのはこういう意味だったのかと、ジェシカの予測に感心していた。
「カレンさん」
「ん?」
「パートナーって何ですか?」
「はぁ」
カレンは大きな溜息と共に、思わず頭を抱えたくなった。
咲夜にも困らされていたが、無知な桔梗も大概にしてほしいと思ったのだ。
「界軍じゃあ、二人一組のパートナーを組むのが原則なんだよ」
「こんなに階級離れててもいいんですかね?」
「知るかよ。隊長が組めって言ったんだから断れるわけないだろ!」
「ですよねぇ。それで俺はこれからどうすればいいんでしょう?」
「こっちが聞きたいわ」
こうしてカレンと桔梗は咲夜から何も聞かされないままパートナーを組むこととなった。
今日は特に任務のなかったカレンは、界軍に関して無知な桔梗に部隊の中を案内することにした。
主要な施設くらいは覚えておいてくれないと、自分の足手纏いになるというのがカレンの考えであった。
桔梗としても何も分からない施設内を案内してくれるのはありがたいことであったため、カレンの提案を受けることにしたのだった。
「カレンさんってまだ若いのに、もう大佐ってすごいですよね」
移動の最中はカレンに極力話しかけることにしていた。
理由はどうあれ、これからパートナーを組むのだから仲良くなっておいたほうがいいだろうと言う考えもあったが、実際のところただ気になったから聞いてみたと言う方が大きかった。
「本当は大佐じゃないよ。あたしは
「えっ!? そうなんですか」
「今は怪我が治った直後で、リハビリの意味も込めて大佐の位置にいるだけ。あたしとしてはすぐにでも復帰できるんだけど……」
カレンの中では治っているつもりだったが、医者からすればまだ完治と呼べるまでに至っていなかった。
表面上は傷跡もないが、内臓などの見えない部分がまだ弱っているという診断を受けていたため、大佐の地位で様子を見ようというジェシカの判断であった。
「
「言っとくがジェシカさんもだからな。この部隊で年寄りは一人くらいなもんだ」
カレンの言っている年寄りというのはエドワードのことであった。
カレンに対してすぐに口出ししてくる態度が気に食わなかったためそう呼んでいる。
「でもさすがにカレンさんより若い人はいないんじゃないですか?」
「まあ、ジェシカさんでも30ちょっとだし、そうなるかな」
「もしかして最年少記録とかじゃないんですか?」
「ふっ、それに関してはあたしじゃないと断言できるよ。何せ最年少記録は咲夜さんだからな」
「母さんが!?」
「馬鹿! 声がでかい」
「すっ、すみません……」
咲夜が桔梗の母であることをまだ公に出来ないことを桔梗はすっかり忘れていた。
カレンとしては聞かれていなかったかと不安で廊下の辺りを見渡していた。
「ところで母さんっていくつなんですか?」
「あたしも詳しいことは知らないんだけどね。何せあたしが生まれた時からここの隊長だったわけだし、最年少記録が18としてあたしが23だから、少なくとも41は超えてるだろうな」
「あの見た目で?」
「あれで50超えてたら化け物だよ」
咲夜には年齢が分からないほどの艶やかさが漂っていた。
桔梗自身も咲夜が母でなければ恋愛対象としてみていたかもしれないと感じるほどであった。
「それで母さんは
「ん? 隊長は今でも
「えっ、でも――」
「数字の1から9、つまり一桁の数字を持っている人が大将であり部隊の隊長なんだよ。うちは第二部隊だから咲夜さんはNo2ってわけ」
「ああ、そういうことだったんですね」
「ちなみに副隊長がNo20であたしがNo21だ」
「もしかして第二部隊だから20番代なんですか?」
「ああ。それと副隊長の肩書きを持つものは10とか20とかの数字を持つようにとかいろいろ決まってるんだよ」
「第九部隊まであるってことは、数字は全部で99ってっわけですね」
「いや、数字は100まである。最後のNo100は界軍のトップ。つまり元帥のことだ」
「それじゃあ全部で100人か……」
「そう思うだろ? でも実際はその半分ぐらいしかいないんだ。一番多いこの第二部隊でさえ、隊長を含めても6人しかいないのが現状さ。まあ、それだけなるのが大変ってわけだけどな」
そんな話をしながら食堂、会議室、トレーニングルームなどを一通り確認し終えた二人は、最上階にある咲夜の部屋に戻ることにした。
その道中も桔梗はカレンと雑談を交わしていた。
「それでカレンさんはどうして第二部隊に入ったんですか?」
「ここは服装が自由だからな。女性の中ではここの部隊が一番人気なんだ」
「母さんもすごい着物着てるしね」
「自分が戦い易いとか、気合が入るとかは人それぞれ違うから好きなものを着ていいっていうのもここの魅力の一つだったが、一番の理由はジェシカさんがいることだな」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、二人の前に一人の女性が駆け寄ってきた。
「カレン先輩!」
「どっ、どうしたんだ。エミリー」
泣きついてくるエミリーをカレンは必死にあやしていた。
「聞いて下さいよカレン先輩。折角大尉まで昇格したのに組まされた相手が、あの冴えない野蛮な男なんですよ。もう最悪ですよ」
そんな風に愚痴を溢すエミリーの指差す方には、一人の男性が腕を組んで立ち尽くしていた。
「悪かったな野蛮な男で」
「本当、最悪……」
カレンと話す時は甘えるように高い声を出していたが、彼と話す時は毛嫌いしているのが明らかに分かるくらい声のトーンが低くなっていた。
「私カレンさんと組みたかったんですよ。今からでも抗議に行きませんか?」
「悪いけど、あたしはこいつと組むことになったんだよ」
エミリーはカレンの後ろで人事のように聞いていた桔梗に睨みを利かせた。
「見ない顔ですね。新人ですか?」
「まあ、そうだな。試験で入隊した奴じゃないから暇つぶしに施設内を案内してたんだよ」
「へぇ。そいつ階級は?」
「二等兵だけどな……」
「そんなのカレンさんに相応しくないです。絶対に私の方がカレンさんとの相性は抜群だと思うんですよ」
「そんなこと言ったって上からの命令だから仕方ないんだよ」
「大丈夫ですよ。隊長以外ならカレンさんがガツンと言ってやれば考えを改めてくれますって」
――その隊長からの命令なんだよ。
咲夜から口止めされているカレンは心の中でしか叫べなかった。
「それが無理なんだって」
「だったら私がこいつに勝て、私のほうが優秀だってことを上に認めさせればいいんですよね」
「待てエミリー。そんなこと――」
『出来るわけがないからやめろ』と言おうとしたがカレンは思い留まった。
カレン自身、桔梗の強さがどの程度あるのか気になっていたのだ。
聖地で咲夜に鍛えてもらっているのだから、弱くはないだろう。
そう考えたカレンはエミリーの案に乗ることにした。
「だったら今から演習場で決着つけてみるか?」
「いいんですか先輩!」
「ああ、私が許可しよう。お前もいいだろう?」
「まあカレンさんが言うなら……」
仕方なく受け入れた桔梗に対して、エミリーはやる気に満ち溢れていた。
それぞれの思いが交錯する中、4人は演習場へと向かって行った。
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