新たな師
突如見知らぬ女性からアリスの居場所を聞かれた俺は、途惑いながらも落ち着いて答えようとした。
「アリスさんなら――」
「私ならここよ」
「なんで後ろから!」
俺は芝の上に思わず尻餅をついてしまった。
アリスの消えた方向から知らない女性が現れ、その真反対からアリスが戻ってきたため驚きを隠せなかった。
「あなたの考えることぐらいお見通しよ」
俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「相変わらずじゃのぉ……アリス」
彼女は長い黒髪を風になびかせながらアリスに詰め寄った。
「案外遅かったわね」
「おぬしと
「私だって暇じゃないんだけど……」
そこでようやく、彼女がアリスの言っていた待ち人であると理解した。
そんな彼女がこちらを見ながら話しを進め始めた。
「そやつが、おぬしの言っておった子か?」
「ええ、そうよ」
「ほぉー、珍しいな。おぬしが一から鍛えてやってるのか」
「いろいろあるのよ。こっちにも……」
俺も今だにアリスが何を考えているのかはよく分かっていない。
裏で何かをやっているのは知っているが、それを聞こうとするといつもはぐらかされてしまう。
おそらく、俺を鍛えてくれているのにも何か理由があるのだろう。
それでも、今の俺にとっては一刻も早く力をつける必要があったため、理由を気にしている暇などなかった。
「まあ、おぬしが何をしてようが、わらわに関係ないことならどうでもいいことじゃがな。それで、わらわに何をさせようとしておるんじゃ?」
「
「そんなことだろうと思ったがのぅ」
咲夜のエーテルはアリスより少し小さいが、俺と比べると圧倒的な量を誇っていた。
それはまるで赤く染まった太陽のようであった。
それだけのエーテル量を持ちながらマイナスエネルギーを専門としている彼女は、おそらく相当な鍛錬を積んだに違いない。
そんなすごい人に教授してもらえると考えると急に緊張してきてしまった。
「そういうわけじゃからよろしく頼むぞ」
「こっ、こちらこそよろしくお願いします」
急に話しかけられたため、顔が熱くなるほど焦ってしまった。
「えーっと……」
「ああ、その子ね。いろいろあって名前がないのよ」
自分も名乗った方がいいのだろうと思いながらも、どうしようかと悩んでいた俺に助け舟を出してくれたのはアリスであった。
「おぬしが好きそうな感じじゃなぁ」
「まあね。でも名前がないのも案外不便なものね」
そのままアリスは数秒の沈黙の後に、再び口を開き始めた。
「鬼族にとっては珍しい髪の色をとって、クロでいいんじゃない?」
だから俺は犬じゃなんだが……
そうは思ったが、散々お世話になっているアリスに文句は言えなった。
「なんじゃアリス。わらわに喧嘩でも売っておるのか?」
「やぁ~ね。あなたの飼ってる猫とは無関係よ」
「どうだか……とにかく、その名前は却下じゃ」
「だったら咲夜がつければいいじゃない。名前って結構難しいのよ」
「保護者であるおぬしがつけるのが定石じゃろ」
そんな二人の言い争いをしている姿が懐かしく思えた。
そういえば
彼もこの世界に飛ばされているのだろうか。
それともあのまま一人で戦っているのだろうか。
今の俺には確かめようがなかった。
人と鬼は仲が良くないとアリスは言っていたが、この二人にはそんなこと関係ないのだろう。
口論の末、俺の名前は保留と言う形となった。
「それじゃあ、後のことは頼んだわよ」
「これは貸しじゃぞ」
「ええ、分かってるわよ」
「えっ、師匠帰るんですか?」
そのまま立ち去ろうとアリスを呼び止めた。
初めて会う人と二人きりにされては場が持たないという不安があったからだ。
「かぐやを一人にしておけないでしょ。それと、後のことは咲夜に聞けばいいから。言っとくけど私がいないからってさぼっちゃだめよ」
そう言ってアリスは俺と咲夜をその場に残し、軽々と木の枝に軽々と飛び乗り、そのまま村の方へと消えていった。
「全く……勝手な女じゃ。あれが師匠とは、おぬしも大変じゃなぁ」
「まあ、いつものことですけどね」
「ふふっ、そうじゃな」
咲夜は思っていたよりも話しやすい人なのかもしれない。
初めの印象と違い、堅苦しい感じはなくなっていた。
「早速始めてもいいんじゃが、まずは話を聞かせてもらおうか。どうして名前がないんじゃ?」
「実は――」
アリスの時と違い、元の世界のことはあまり深くは話さなかった。
アリスの反応からなかなか信じてくれないことは明白であったからだ。
それでも咲夜の反応は信じられないといった表情であった。
それと同時に、咲夜の目からどこか寂しさも感じた。
「それは大変じゃったな。家族が恋しいのではないか?」
「いえ、覚えていないのでそう思ったことはないですね」
「そうか……それは切ないことじゃな……」
咲夜のその言葉は、俺へのものなのか、俺の家族に向けてのものなのか、その真意は掴めなかった。
それでも、情が深い人であることは間違いないだろう。
「それでおぬしはどうして強くなりたいんじゃ?」
「ある子を救ってあげたいんです」
「自分じゃなくて、他人のためか……強い子じゃな」
「俺は強くなんて――」
『あなたは強い子ね』
以前、誰かにそんな言葉をかけて貰ったような気がする。
随分昔のことで思い出せないが、微かに記憶には残っていた。
「それじゃあ、うんと強くならねばならぬのぅ」
「それがどうやら、俺にはエーテルの才能がないらしくて……」
「心配せずともよい。エーテルの才能がないというのは、言い換えればマイナスエネルギーの才能があるということじゃ」
「そうなんですか!?」
「もしかしたら、わらわやアリスを超えるマイナスエネルギーの使い手になるかも知れんな」
「俺が、咲夜さんや師匠を……」
正直、アリスや咲夜の強さがどの程度のものなのかはよく分かっていないが、今の俺では天と地ほどの差があることは容易に判断できた。
「ではそろそろ移動するかのぅ。寝泊りはこの湖でするが、稽古は別の場所でするんでな」
「あっ、はい」
その後、咲夜はエリアEの方へと進んでいった。
辺りを見渡しながら歩く俺と違い咲夜は何の迷いもなく突き進んでいく。
突然、咲夜の足が止まった。
「一応わらわが側にいるが、ここから先は運が悪いと死ぬかも知れんぞ」
咲夜が脅しを掛けるまでもなく、すでに足が竦むほどの恐怖を抱いていた。
俺たちの目の前には新幹線ほどのムカデが姿を現しており、今にも襲いかかろうとしていた。
咲夜がムカデと目を合わせた瞬間、ムカデは襲い掛かる。
「咲夜さん――っ!」
それと同時に咲夜は俺の前から姿を消していた。
先ほどまで咲夜のいた場所には、彼女の持っていた刀の鞘だけが宙に浮いていた。
その鞘が地面に落下し音が響くまでの
咲夜の赤いエーテルエネルギーが刀を纏っており、それはまさに炎のようであった。
斬られたムカデが辺りの木々にぶつかり、周りには
咲夜は何事もなかったかのように、平然と拾った鞘に刀を納めていた。
「さあ、先を急ごうか」
何事もなかったかのように進んでいく咲夜に、置いていかれないよう急いで追いかけた。
「待ってくださいよ。今のは何ですか!?」
「あれか? あれはレイドというこの地域に住む生物じゃよ」
「やっぱりエリアEが近いと危険な生物が出てくるんですね」
「この程度の奴らなら、聖地のどこにでもおるわ」
「いや……でも、ここに来るまでにレイドを一体も見かけなかったんですよ」
「それはまあ、アリスがおったからの。あやつが殺気をばら撒いておったから、他の生物は近づけんかったのじゃろうな」
自分が気づかないところで守られ続けていたのだと、自分の弱さを痛感した。
「それじゃあ、これからはあんな奴らが頻繁に襲ってくるってことですかね」
「まあな。わらわから離れたら間違いなく死ぬじゃろうな」
俺は言葉が出なかった。
あの時と同じで俺は無力なままであったのだから……
それからまた歩き始めた咲夜に付いて行くと、エリアEに入るか、入らないかのぎりぎりのところでようやく足を止めた。
「この辺りでよいかのぅ」
そこでは薄暗さが不気味さを駆り立てていた。
「エリアEはマイナスエネルギーが豊富じゃから、この辺りで特訓した方が効率がいいんじゃよ。まあ、その分危険も増すがな」
その一言で一層緊張感が高まった。
「くれぐれもわらわから離れぬようにな」
こうして咲夜との命がけの修行が始まった。
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