神木エメラルド
アリスとの修行から数ヶ月。
個人的には以前と比べ、エーテルの量も使い方も劇的な進化を遂げたと実感していた。
しかし、アリスはそんな俺に不満を抱えていた。
「ここまで特訓してきて今更で悪いんだけど……正直言ってあなた才能ないわよ」
「いや、そんなこと言われても……」
「それはもう無能に無能を重ねた感じね。」
――泣きそう……
「とまあ、冗談はさておき」
よかった冗談か。
改まった言い方で不安になってしまった。
「無能なあなたには別の力を持ってもらうしかないわね」
「ああ、無能なところは本当だったんですね」
「困ったことにね」
こんな特殊な境遇なら、何か特別な力を秘めているのではないかと妄想していたがそんなことはなかった。
これが榊であれば違ったのだろう。
そんな風に自分の人生の乏しさを受け入れることとなった
俺がどうして弱いのかを説明する過程で、アリスは細かく教えてくれた。
戦い方の特徴としては、パワーとスピードは速攻型、ディフェンスは長期戦型に優れている。
しかし、ディフェンスタイプはパワーとスピードが他のタイプよりも劣るため、元々戦闘には向いていないらしい。
そのため、エーテルの量で相手を圧倒し、相手の攻撃に耐えながら確実に攻撃を決めていくことが必要になるのだが……
俺のエーテル量は他の人と比べると圧倒的に劣るため、アリスは『無能に無能を重ねた』と表現したらしい。
どうやら中途半端に鬼の血が流れているせいで、エーテルの方も中途半端になってしまっているというのがアリスの見解であった。
「それで別の力って何ですか?」
「マイナスエネルギーって呼ばれているものよ」
「もしそれまで才能がなったら、終わりですかね……」
「大丈夫よ。これは才能とかそういうのは関係がないから」
「本当ですか!?」
どうやらチャンスは残されているようだった。
それでも後がないことには変わりない。
全ては俺次第ということだ。
「マイナスエネルギーは世界中のどこにでも存在している力で、それを操れるようにするのが次の目標ね」
「それじゃあ、直ぐにでも――」
「焦らないの。私はマイナスエネルギーの扱いがあんまり得意ではないから、専門の人を呼んでおいたわ。明日、この近くで落ち合う予定だから今日は体をしっかり休めておくこと。いいわね」
「……分かりました」
そのため今日の修行は打ち切りとなった。
その後俺はアリスからマイナスエネルギーについて聞かされた。
マイナスエネルギーはエーテルの反対の力であり、エーテルとマイナスエネルギーがぶつかり合うと打ち消しあってしまう。
だからこそ俺のようにエーテルの才能がない人間にとっては、扱い易く、効果も発揮し易い。
その逆にエーテルの力が強ければ強いほど、扱いにくく、力はむしろ弱まってしまう。
そのため、エーテルの力が強いアリスは、扱うのが苦手であった。
そんな話を聞いただけで今日は特に何もしていない。
久しぶりの休みではあったが、案外何をしていいか分からないもので、一日中ごろごろするだけでその日を終えてしまった。
翌朝。
身支度を整えた俺はいつもの修行場へと三人で向かった。
アリスはいつものように軽装ではあったが、珍しく今日は背中に大鎌を背負っていた。
赤い角に大鎌まで背負出だしたら、鬼というより悪魔か何かにしか見えなくなっていた。
「それじゃあ、これから出発するんだけど、今から行くところは猛獣だらけのところだから十分に注意するように」
アリスが前もって忠告するということは余程のことなのだろう。
それはアリスが武器を持っていることからもそれがうかがえる。
「アリスが居れば問題ない」
少し不安になっていた俺は、かぐやのその一言で気が緩んでしまった。
「まあ、私がいればね」
二人が言うなら間違いないのだろうが、無知であることは怖いもので何があるのか分からないことが一番気がかりであった。
「さあ、行きましょうか」
「その前にトイレ行ってきていいですか?」
「……早くしなさいよ」
俺は近くの木に隠れて用を足すことにした。
「師匠は性格悪いからなぁ。絶対休憩とか取ってくれない――」
「誰の性格が悪いって?」
ちょうど尿がでるところで突然、俺は両肩を後ろから掴まれた。
「うわー! えっ! ちょっ! 何してるんですか!? 師匠……」
「あなた今、油断したでしょ」
「へぇ?」
「生物は排泄と生殖行動のときに最も弱くなるのよ。絶対に油断しないこと。いいわね?」
「……はい」
「それじゃあ。早く済ませなさいよ」
いっつもにこにこしてるのに、たまに真面目な声になるから怖いんだよなあ。
不満を溢しながらもアリスに言われた通り辺りを警戒しながら、用を足すことにした。
「……ちょっとアリスさん! 出なくなったんだけど!」
俺の声は独り言のように辺りに響くだけだった。
それから5分ほどしてようやくすっきりした俺はアリスたちの下へ戻った。
「遅いわね。男のくせに何分かかってんの?」
「いやいや、誰のせいだと思ってんの!」
「ほら、早く行くわよ」
アリスが俺の話を聞いてくれないのはいつものことであった。
そんなことに慣れてしまった俺は、ただアリスについていくだけだった。
最初はかぐやも付いてきてくれるのかと思ったが、ここで父の帰りを待っているため一緒には行けないと言われた。
結局アリスと二人で集合場所に向かうこととなった。
俺の予想通りで休憩を挟むことなく、森の中を数時間歩かされた。
猛獣がいるという話であったが、俺とアリスの二人以外の生物がいる気配は微塵も感じなかった。
それはただの脅しだったのかもしれないと、思ってしまうほどだった。
目的地に行く途中で面白いものが見られるとアリスが言っていたため、初めはわくわくしていたのだが、疲労で最早そんな元気はなかった。
「師匠……さすがに、限界です……」
「しょうがないわね。まあ、ちょうど見えるとこまで来たことだし、少しだけ休憩にしましょうか」
そう言ってアリスが指を指した方向を見ると、俺の目の前にはあの時の何倍もでかい巨大な木が聳えていた。
見えるといっても、遠くの空を木の枝や葉が覆っている姿だけで木の幹とかは見える気配がない。
しかし、本当に驚いたのは大きさではない。
あの時の巨大樹とそっくりであることであった。
もしかしたら、この木にはこの世界と元の世界との繋がりを持っているかもしれない。
それほどまでに似ていたのだ。
「あれは神木エメラルド。この聖地の3割はあの木によって光を遮られているの」
聖地の三割というのがどれくらいの大きさなのかよく分からなかったが、町を覆っていたあの木より何倍もでかいことは間違いない。
「あの木の下から先はエリアEと呼ばれていて、世界で最も危険な場所と言われているくらいよ。目的地はエリアEと近いから、ここから先は運が悪いと死ぬかもね」
アリスの忠告を受けるまでもなく、俺は不安感を募らせていた。
普段なら聞き流せるアリスの冗談も今回ばかりはそうはいかなかった。
何せ、人を喰い散らかす姿が脳裏に焼きついて離れないのだから。
それでも俺は目的地へと足を運んだ。
アリスやかぐやと比べれば俺はまだまだ弱い。
それに、俺には才能がない。
それでもあの時よりは強くなっている。
少しは役に立てるくらい強くなっていると信じていた。
アリスに連れられてたどり着いた場所は、透き通るような水で溢れる湖であった。
辺りに生える草木もどこか活き活きしたように感じた。
俺は迷わずその水を飲み干すような勢いで口に運んだ。
「うまい……」
太陽の日差しが暑いせいもあり、冷たい水が体に染み渡っていくのがはっきりと分かった。
「そんなに疲れてたのね。だったらしばらく休んでていいわよ。もうそろそろ着くころだと思うんだけどきそうにないから……私もちょっとお手洗いに行ってこようかしら」
俺にそう言い残し、アリスは近くの木陰へと消えていった。
チャンスだ!
朝の屈辱を晴らすなら今しかない。
俺はアリスに用を足すのを邪魔されたことを根に持っていた。
しかしふと冷静になると、こんなことをしたら殺されるのではないだろうかということが脳裏を過ぎった。
それでも男には、死ぬと分かっていても引けない時がある。
それが今だ! 悪く思わないでくださいよ。アリスさん……
覚悟を決めて一歩踏み出した瞬間だった。
「そこのおぬし」
「うわ!!」
俺の目の前の林から突如現れた女性は、花柄混じりの赤い十二単で身を包み、大太刀を肩に掛けるように手で持っていた。
「おぬし、アリスを知らんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます