鬼か人か
俺が鬼であるなんて信じられなかった。
確かに名前に関する記憶は曖昧だが、間違いなく俺は人間として育ってきた。
当然俺に角は生えていない。
「理由は分からないけど、かぐやが言うんだから間違いないでしょう」
「でもどうして俺が――」
「まあ考えられるとすれば、あなたを襲った鬼が関係しているとしか思えないわね」
おそらくアリスの言う通りだろう。
そもそも、それ以外に心辺りはないのだから。
「それじゃあ、俺もあんな化け物に――」
「ならないわよ」
「本当!? ……ですか」
「ええ、人を食べなければね」
人を食べる?
何を言ってるんだ?
「そんなことするわけないじゃないですか」
「そうね。だから大丈夫って言ったのよ」
よくは分からなかったが、あんな化け物にはならないらしい。
「それであなたは人として生きるの? それとも鬼として生きるの?」
「俺は……」
俺は今まで人として生きてきた。
急に鬼として生きろ、と言われても無理話だ。
しかし、俺の今いる場所は鬼族の村で、元の世界に帰る方法も分からない状況で生きるのであれば、鬼としてこの村で生きるのも正しい選択なのかもしれない。
「まあ、すぐに答えは出せないでしょうから、ゆっくり考えてくれて構わないわよ。それが間違った選択だったとしてもあなたが択ぶことなんだから、せめて悔いの残らないようにね」
「――っ!」
そういえば、俺はいつも後悔ばかりしていたな。
特にここぞという時に限って、迷い過ぎたり、間違った選択だったのではないかと後悔していた。
幸か不幸か俺は今、昔の自分ではなくなってしまった。
今まで否定し続け、嘘で塗り固めてきた自分から生まれ変わるなら、今がその時なのだろう。
そういう運命だとして今の状況を受け入れると、案外悪くないのかもしれない。
その後、夕食を食べ終えた俺はアリスからこの世界についての話を聞いた。
人間も鬼も日本語を使って会話をするようだが、日本語という概念はない。
どこに行っても会話が出来るため、言語などという概念がないようであった。
そんな人間たちがいる世界は人間界と呼ばれ、この世界の陸地の半分が人間界であった。
そして、俺の今いる場所は聖地と呼ばれる場所で、猛獣たちの巣窟らしい。
そのため、人のいる人間界に行くにしても、この村で生きるにしても、俺には力が足りなかった。
人間界に行くだけならアリスが送ってくれることになったが、そこから先は行く 当てもないまま一人で生きていかなくてはならない。
それらを踏まえて俺は人として生きるか、鬼として生きるかを択ばなくてはならなくなった。
二人は自分たちの部屋で寝ているのだろうか。
僅かな月明かりが差し込む
――鬼か、人か、か……
俺にだってどっちがいいかなんて分からない。
元の世界に戻れる可能性だってまだ残されて――
また俺は嘘をついた。
本当はもう心に決めている。
どうしてそう思ったのかは分からないが、そうしなければならない気がしていた。
これが地獄の道でも後悔しないと、生まれて初めてそう決意した。
翌朝、アリスが起床してきたと同時に、その
「アリスさん!」
「どうやら決まったようね」
俺の表情から心中を察したようで、すぐさま本題に入ることとなった。
「それであなたはどうするの?」
「俺は人間として生きてきます」
「そう。それじゃあ、いつ人間界に――」
「それでも心は鬼として生きていきます!」
少々のことでは動じないようなアリスも、さすがに呆然としていた。
「何言ってるの?」
「見た目が人間なら、人間界に行ってかぐやのお父さんの手掛かりを探せる。それは俺がしなきゃならない運命だと思うんです」
「本気?」
「もちろん。後悔のしない選択をしたつもりです」
今回は嘘じゃない。
生まれて初めての本気の決意だった。
アリスもそれが分かったようでそれ以上は何も言わなかった。
「分かったわよ。でも、そのためには強くならないといけない。分かってるわよね?」
「はい……」
「もしかしたら修行中に死ぬかもしれないわよ」
「覚悟の上です」
「それじゃあ、まずは朝ごはんでも食べましょうか」
アリスはいつものように心中が分からない笑顔を浮かべていた。
俺は朝食の時に、かぐやにもその旨を伝えた。
もしかしたら拒否されるかもしれないと思ったが、彼女は無言で頷くだけであった。
「そろそろ行きましょうか」
洗い物を終えたアリスのその一言から、俺の修行生活は始まることとなった。
家を出ると日差しが眩しく、少し暑さも感じた。
江戸時代かと思ってしまうような古風な家々が連なっている中で、鬼たちは暮らしていた。
鬼の角は個性的で、一角のような角の鬼もいれば、牛のような角の鬼もいた。
そんな村の中を三人で歩いていると、他の鬼たちは怯えた様子で俺たちを避けていた。
それはかぐやに対するものでもあり、見知らぬ俺に対するものでもあった。
その鬼たちも悪意があるわけではないのだろう。
しかし、それが一層孤独感を高めていた。
こんな思いをかぐやはしてきたのかと思うと、思わず涙が出そうになった。
村は森で囲まれているため、明確にどこからが村の外かは分からないが、村から離れた森林の中へと到着した。
そこは見通しがいいと呼べるような場所ではなかったが、村の入り口付近は良く見える場所であった。
どうやらここは、かぐやがいつも父親の帰りを待っている場所であるらしい。
「さあ、準備はいい? 早速始めるわよ」
「お願いします!」
体力には自身がなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「ここで生きていくだけならそこそこの強さでよかったんだけど、あなたの択んだ道はそうはいかないわよ。少なくとも、あなたを襲った鬼なら一撃で倒せるくらいにならないとお話にならないかしらね」
あんな化け物を一撃となると、一朝一夕で身につけられるものではない。
正直、何年かかるか分からないほどだろう。
それでもやるしかないんだ。
「まあ、最初は簡単なことから始めるから安心しなさい。まずあなたが知るべきことはこのエーテルエネルギーよ」
そう言い放ったアリスの体は、赤いオーロラのようなもので覆われていた。
「エーテルエネルギー?」
「人の体に流れる未知の力よ」
「そんなもの俺には――」
「自分の体を良く見てみなさい」
アリスの言われた通りに自分の体に目を凝らすと、僅かではあったが緑色のエーテルによって覆われていた。
「何で俺に……」
アリスと比べれば薄くてよく分からないほどではあったが、今まで生きてきて全く気付かないことがあるだろうか。
「おそらく、鬼の血が混じってることで力が目覚めたんでしょう」
「やっぱり……」
「それよりも、ここからが重要だからよく聞きなさい」
話を聞くために俺は黙って軽く頷いた。
「エーテルエネルギーって言うのは――」
そう言ってアリスはエーテルについて語ってくれた。
エーテルは全部で4種類あり、4つのタイプに分かれている。
赤がパワー、青がバランス、黄がスピード、そして俺のもっている緑がディフェンスであった。
これは鬼族の4種族にも関係している。
鬼は角と髪とエーテルの色が同じになっており、アリスの場合、髪、角、エーテルが赤であるため
「ここの世界の人間なら、小さい時からエーテルは使っているからこんなことしなくてもいいんだけど、あなたの場合はまずエーテルの使い方から教えてあげないといけないわね」
「やっぱりアリスさんが教えてくれるんですね」
「そうよ。不満?」
「いえ、もっと怖い鬼が来るのかと思って心配だったんですよ」
「アリスより怖い人なんて人間でも見たことない」
突然話に入ってきたかぐやの一言は、俺にとって衝撃的だった。
「えっ? 嘘でしょ?」
「何言ってるのかぐや。そんなわけないじゃない。私より優しい鬼なんてこの世にいないのよ」
普段から笑顔のアリスではあったが、急に不敵な笑みに見えてきた。
「もしかしてアリスさんってこの村で一番強いとか……?」
「さすがにそれはないわよ。一番はかぐやで――」
そういえばそうだった。
かぐやが強大だって言ってたっけ。
「二番目が私よ」
「そうですよねって……えっ!?」
「どうかしたの?」
「修行中に俺死なないですよね?」
「たぶん大丈夫よ。そんな気がするから。さあ、気を取り直して始めましょうか」
「もしかして俺の選択間違えました?」
こうして俺の新たな生活はスタートすることとなった。
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