鬼襲
突如現れた巨大樹には木の実のようなものが実っていた。
大きさは遠くてよくわからない。
そして独特の不気味さが漂っていたせいか、高いところを見下ろした時のような恐怖感を覚えた。
しばらくして、誰もいないリビングに降りると母からメールが届いた。
木からできるだけ遠くに避難するようにとのことであった。
テレビをつけるとすでにニュースになっていた。
『本日午前7時ごろ、街の中心地に突如巨大な樹木が出現した模様です。
これにより、全世界では――』
どうやら本当に一刻を争う緊急事態らしい。
今から非難することを母にメールで伝え、急いで避難の準備に取り掛かった。
家を飛び出すと近所の人たちは、もの珍しそうに眺めるばかりか、中には近くまで見に行こうとする者までいた。
そんな中俺は一人、足早に巨大樹から離れようとしていた。
どこに行くかまでは考えていなかったが、とにかく木から離れることだけを考えて足を動かしていた。
僅かな明かりを頼りに暗い足元の中、しばらく進んでいると、俺以外にも非難しようとしている人物がいた。
それは榊であった。
「よかった。榊も非難してたんだな」
「ああ。それより急ごう」
さすがの榊にも余裕はないらしい。
自分自身、一人でどうにかしなくてはならないと考えていたため、友達と会ったことで安堵していた。
「何笑ってんだよ」
装飾品など普段つけない榊が、首元にペンダントを付けているのがおかしかった。
「榊、お前はお洒落さんか」
「ちげーよこれは。ただ、俺にとっては大切な物だから……」
それには水晶のように透明な勾玉が付いており、榊はそこを握り締めた。
彼にとっては余程大切な物なのだろう。
「そっか。それでこれからどこに行くつもりなんだ」
「俺は――」
その時、空から巨大樹の木の実が辺りに降り注いだ。
空高くから降ってくる木の実は地面に落ちる前に空中で割れ、中から生物が姿を現す。
その生物は鋭く尖った爪と牙、そして角が生えており、ごつごつとした筋肉を硬質な皮膚が覆っている。
それは赤、青、黄、緑の4種類存在しているようで、いわゆる鬼であった。
まるで岩でも落ちてきたのではないかというぐらいの音と共に、着地した鬼と木の実の殻によって建物や人々は踏み潰されていった。
遠くて落ちてくるまではよく分からなかったが、着地してきた鬼たちは10メートルくらいはあっただろう。
あまりにも突然のことに、悲鳴などはなく一瞬にして沈黙に包まれた。
そして、鬼たちは何の躊躇もなくその場に居た人たちを喰らっていった。
それを目撃した人々はパニックとなり、逃げ惑う人々でごった返し、人間同士でも争いが起き始めた。
冷静さを失ったのは俺も同じであった。
どうしていいかわからず、とにかくこの場を離れようとした俺の手を榊が掴んだ。
「こっちだ」
俺は思考が停止したまま、されるがままに榊に付いて行った。
そして俺たちは、鬼が侵入できそういない人一人がようやく通れるような路地へと逃げ込んだ。
「ここならとりあえずはだいじょうぶだろう。少しは落ち着いたか?」
「ああ、助かったよ」
「気にすんな」
榊の判断は正しかった。
少しでも遠くに逃げようと走ったり、車を使う者もいたが、尽く潰されていた。
おそらく、俺一人であれば同じ目に合っていただろう。
「何なんだろうな、あいつら」
「さあな」
榊は俺の嘆きをさらりと受け流した。
「いつまでもここに居るわけには行かないから、様子を見てここを離れよう」
「ああ……」
今は安全かもしれないが、こんな路地で行き続けられるわけはない。
助けが来るかどうかも分からないこんな状況であるならば、状況が悪化する前に少しでもここを離れたほうがいいというのは俺としても賛成であった。
「ここからは焦らず冷静にな」
榊に言われなくても、そんなことは分かっていた。
頭では分かっているが、お前と違って俺はうまくいかないんだよ。
感じな時に俺はいつも判断を見誤る。
そしてそれをいつまでも後悔しているのが俺なんだ。
自分でも情けないとは思っているが、どうしても変えることができなかった。
辺りが静かになったところで、榊と目でタイミングを取り合いながら、辺りの様子をうかがった。
鬼がいないことを確認した上で俺たちは路地を飛び出した。
鬼たちによって壊されたのだろう。
住宅街は荒野のような焼け野原と化していた。
突如、後ろから砕けるような音がした。
足を止め振り返ると、先ほどまでいた路地は鬼の下敷きとなり、崩れた家で路地は塞がれていた。
――危なかった。
一安心して、駆け出そうとした直後だった。
また一匹空から鬼が降ってきた。
そのせいで俺たちの逃げ道は完全に塞がれてしまった。
「まじかよ、どうやら腹をくくらないといけないようだな」
死ぬかもしれない状況で榊は一瞬にして覚悟を決めていた。
それにどこか楽しそうに笑みを浮かべていた。
俺はというと絶望していた。
恐怖で言葉の出なかった俺の目には涙が溢れていく。
――もう駄目だ……俺はここで死ぬんだ
そうは思ったが、最後の望みを懸けて天に祈った。
運動神経も運もよくない俺ではあったが、奇跡が起こるのではないか、神が助けてくれるのではないか、そんなことを考えていた。
しかし、それは神には届かなかった。
前にも後ろにも鬼のいる状態で逃げ場もない中、とうとう目の前の鬼に気づかれてしまった。
俺たちに気付いた鬼はすぐさまこちらへと向かってきた。
鬼が俺を鷲掴みにしようとしたその時、俺は突き飛ばされた。
そして榊が鬼に捕まっていた。
「お前だけでも逃げろ!」
「榊……お前……」
「じゃあな――」
鬼は榊を口元へと運んでいく。
どうして世界は残酷なんだろう。
こんな嘘で塗り固められた俺なんかより、榊みたいな奴が生きている方がいいはずなのに……
本当は俺なんかよりも榊を救われるべきなんだ。
「生きろ! 榊!」
突然、榊の胸元から勾玉が白い光を放ち始めた。
その光は激しさを増しながら辺りを包み込んでいった。
気づくと俺は日差しの差し込む森林に倒れていた。
「榊!」
さっきまで一緒にいた榊はその場にはいないようで、俺の声が辺りに響くだけだった。
どうしてこんなことになってしまったのか理解できないところに、追い討ちを掛けるようにして俺の目の前に鬼が現れた。
それは今までの鬼と違い、2メートル程度の緑色の鬼であった。
俺と目のあったその鬼は、一直線に俺の元へ駆け出す。
――やばい! 逃げなきゃ!
そう思っても俺の体は動こうとしなかった。
鬼は口を開きながらこちらへとさらに迫ってくる。
――俺はこんなところで、誰にも知られずに死んでいくのか……でも、榊がこれで助かっているのなら、これでよかったのかもしれないな。
死を覚悟した俺は……鬼に喰われた。
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