第3話『火志摩高:前篇』

――――『火志摩重工』。


 世界的には『KASHIMA INDUSTRY』の社名で知られる、日本を代表する産業機械メーカーであり、アジアを代表するLWメーカーの一角でもある。他には自動車の性能が良く、輸出量が多いことでも世界的に有名だったりもする。


 火志摩重工は日本の自衛軍や西太平洋経済共同連合ASPOEC各国を始め西側諸国全域に兵器や精密機器を輸出しており、世界でも指折りと評される高い工作精度と安定した品質クオリティから〝世界のカシマ〟などと冗談半分で呼ばれている。


 特にコンピュータ関連や小型精密部品の品質クオリティは世界でも群を抜いており、例えば〝LWの機体そのものは火志摩製ではないが、内部の細かい部品パーツ、特にOSを始め電子機器は火志摩製に変えられている〟などといった現象や、〝火志摩製のOSを積んだLWと他メーカー製のOSを積んだLWでは、同じ機体であっても1対1の戦闘において即座に勝敗が決する〟というジョークを世界中の戦場で耳にするほどだ。


 2035年、日本は高まるユーラシア不安から自衛隊を自衛軍へと再編成し、特定の独占企業が請け負っていた兵器の製造や市場を民間企業に開放。自国製の高精度な兵器を世界中に売るようになった。


 元から高品質を謳う日本製メイドインジャパンに注目していた各国は瞬く間に日本製兵器を買い漁り、一時は〝日本製の兵器を所有することが先進国としてのステータス〟とまで言われた時期もあったほどだ。


 特に日本の兵器市場開放にいち早く便乗し、莫大な資産を得た火志摩重工は世界中に子会社を作り、また〝自分の身を自分で守る〟ために企業内に民間軍事会社PMSCすらも保有している。


 その軍事力は一企業が保有してよい次元レベルを遙かに超越しているが、資本力や日本政府との癒着によってを貰っているのが現状だ。

 また、日本国内には火志摩重工が企業内教育のために経営する企業内学校が存在する。


――――それこそが循庸達の通う『火志摩工業専修高校』、通称『火志摩高』である。


 東京都近郊に極めて広大な敷地を構え、在校生徒は専門学校としては破格の10万名を超える。

 3学期制で学校教育法に基づく専修学校であり、専門課程と高等課程があり、卒業後は高卒学歴を得ると共に火志摩重工各支部への就職が約束されているという、事実上〝入学するだけで特別待遇を得られる〟高校だ。

 授業料を伴うが、給与が奨学金という扱いで〝貸与〟され、より返還免除される。全寮制で寮費も奨学金から。


 世界中、特にアジアを中心とした西太連加盟国からは多くの留学生が訪れており、入学するだけで将来安泰という言葉に惹かれたり、技術を学んで自国に持ち帰りたいという者も数多く在籍している。


 火志摩高は様々な機械工学を学べるが、中でも特に人気なのは『LW専攻』だろう。


 やはりLWが豪快に地を蹴って動く様や、火志摩製の高性能な機体に憧れる若者は多く、毎年入学希望者の約半数近くはLW専攻を希望している。


 勿論、一口にLW専攻と言ってもその幅は実に広い。


 機体や兵装全般を扱うメカニックは元より、コンピュータ分野を受け持つプログラマー、システムエンジニア、オペレーター、デザイナー、ソフトウェアエンジニア、システム監査技術者など、他にも多種多様な選択肢が存在し、学ばなければならないことは多い。

 専門資格も膨大な数が取得可能となっており、火志摩高で多くの資格を取得し、火志摩高卒業という看板を引っ提げて他の中小メーカーに高給取りとして赴く、なんて選択肢もあったりする。もっとも、大抵の場合は火志摩重工にそのまま就職した方が手当てが良かったりするのだが。


 そんな中で、全ての生徒が在籍中に必ず取得しなければならない資格が複数存在する。


 その中の1つが――――『LWテストパイロット資格』。


 これを取得しなければ、卒業はおろか進級もままならない。

 〝LWを扱うのだから、LWを動かせないなど言語道断〟というのが火志摩高の方針だ。まあ、もっともと言えばもっともなのだが。


 これによって生徒達は自然とLWを操縦する国際資格を有することになるため、少数だが各国の軍隊や民間軍事会社PMSCに入って『LWパイロット』になるという道を選ぶ者もいる。

 しかしLWパイロットの給与は基本的に技術職と比して高給を望めないため、この道を選ぶ者はあくまでに留まっているが。



 そして――――火志摩高に入学して2年目になるというのに、このLWテストパイロット資格を今だに取得出来ていない男子生徒が――――いた。


「あーあ、こんな時間に冗談じゃねーよなぁ……飯もまだだってのに……」


 その約1名こそ、陽が落ち、薄暗くなった校舎の外をパイロットスーツツナギ姿でブツブツと文句を垂れながら歩く、些嵜さざき循庸じゅんようその人である。


 循庸は男子としては顔もそこそこ、身長普通、しかし学力は平均以下という、日本の高校生を代表するような男だった。


 まあ敢えて特徴的な面があるとすれば、ちょっとだけ血気盛んで、ちょっとだけゲームやらアニメやら格闘技やらが好きで、LWロボットの操縦にまでそれを反映させてしまうというほとばしる若さと純情なアホさを持ち合わせているということだろうか。


 しかし、ここ火志摩高は何を隠そうエリート校。

 趣味趣向はまだしも、平均以下の学力では周囲から浮くに決まっていた。

 加えて火志摩高では全寮制であるのをいいことに、このように夜間に補修が行われることが多々ある。成績の悪い者はことあるごとに放課後呼び出されるのだ。当然、逃げ場などない。


 ――――火志摩高の校舎と一口に言ったが、その大きさは膨大だ。


 何せ10万名以上の生徒が同時に授業を受けるのだから、中途半端な大きさではままならない。

 敷地内には建物だけで1号館から50号館まで存在し、その内30館が講義室や研究室、残り20館が図書館や体育館などだ。

 さらにLWを始め手広く軍事産業を扱っているために広大な演習場が存在し、LWや車両等を格納する格納庫ハンガーが1番から30番まで敷地数か所に点在している。それら含めれば敷地内にが幾つも納まるのだ。

 もし火志摩高のことを何も知らない人間が迷い込んだら、高校どころかか何かと勘違いしてしまうだろう。

 まあ事実、火志摩高はのためにそういう風に機能するよう地下に避難用のシェルターが備えてあったりするのだが。


 そんな広大な敷地内を、循庸が1人で歩いていると――――


「よー循庸! これから補修だって? 大変だなぁ」


 背後からそんな声がした。

 直後、循庸と同じパイロットスーツツナギを着崩し、肩の下まで伸びた髪を結わえた男子生徒が循庸に飛びついて肩を組んで来る。


「……なんだよヒデト。お前も補修か?」


 不機嫌そうにその男子生徒を見る循庸。


 ――――火志摩かしまヒデト。それが彼の名だ。


 そう、その名字が示す通り、何を隠そう彼は火志摩重工の創始者である火志摩絨蔵じゅうぞうの一人息子であり、立場上火志摩重工の御曹司である。

 彼と循庸は幼い頃からつるんでいた幼馴染であり、悪友であり、腐れ縁だ。


「ああ? んなワケねーだろ。俺は誰かさんと違って、もうテストパイロット資格は取ってあるもんね」


 ヒデトは肩を組んだままケタケタと笑う。

 幾ら幼馴染とはいえ、こうも馬鹿にされるとムカつきもする。


「じゃあ何の用だっつーの。茶化しに来る暇があったら、あの馬鹿みてーなペットロボ直したらどうなんだよ?」


「そう言うなよ。葦田先生が〝循庸の補修に付き合わせる人手が足りない〟って言うから、俺がこうして付き合ってやることにしたんだから。ありがたく思えよ」


「は? 安東あんどうとサイモンの奴等は?」


「残念だったな、アイツ等はつい昨日資格を取ったんだよ。これで、2年生でテストパイロット資格を持ってないのは晴れてお前だけになったワケだ」


「なにー!? アイツ等、とうとう裏切りやがったな!?」


 驚きと怒りがごっちゃになる循庸。それを面白そうに笑うヒデト。


「懲りないねお前も。そんなんでよくこの学校から追い出されないもんだと感心するわ」


 そう言われて、循庸は一瞬だけ顔を曇らせる。


「……だ、だから感謝してるよ、には……」


 そう言われて、今度はヒデトが僅かに複雑そうな表情を見せた。


「やめろやめろ。そんな意味で言ったんじゃねーよ。

 確かに俺やお前が火志摩高ここに入れたのは〝社長〟のおかげかもしれねーが、出ていかないのは俺達の意思だ。あの人は関係ねー」


 そんなヒデトの言葉に「そうかもな」とだけ循庸は答え、少し間を置く。


「……『養護施設』で暮らしてた俺とお前ヒデトがあの人に引き取られて、もう5年。……変わったのかな、俺達」


「変わんねーよ。俺は身寄りのない孤児から大企業の御曹司。お前はそんな大企業の社長に引き取られたラッキーパーソン。ただ、そういう風に立場が変わっただけだ」


「……そうだな。『鈴蝉すずぜみの三羽カラス』の腐れ縁は、切っても切れないってか」


 循庸は笑う。

 そんな彼の言葉に誘われ、ヒデトも笑った。

 ヒデトは話題を変えようと、


「つーかよ、LWの操縦技術なら2年生の中でも10本指に入るんだから、いい加減格闘に対するこだわりを捨てたらどうよ。そうすりゃ、お前なら、あっという間に資格なんて取れるはずだぜ」


「イヤだね。男が生きていくには、ロマンが必要なんだよ」


 循庸はそっぽを向き、ふん、と鼻を鳴らす。

 それを見たヒデトは「やれやれ」と首を振った。

 そうして、2人はしばし共に歩く。

 すると、


「……そういや循庸、お前ネットのニュース見たか?」


 ヒデトが尋ねる。


「いや? 何で?」


「最近よ、ネットの掲示板とかSNSでよく話題になってる事件、あるじゃねえか。世界中で謎の巨大生命体と正体不明のLWが突然現れて、それがなんか戦ってるってヤツ。

 それがよ、とうとうネットで記事になってたんだよ! 米国アメリカ・アラスカ州に謎のUMAユーマ現るって!」

 

 その話を聞いた瞬間、循庸は訝しげに眉間にシワを寄せた。


「はあ? それただの都市伝説だろ? 掲示板でも上がる度に〝ウソ乙〟ってクソスレ扱いされてたじゃん」


「ああ、でもな、なんと今回が撮影されたんだよ! 記事にも載ってたぜ! えっと……ホラ、コレだよコレ!」


 ヒデトは喜々とした表情で左腕にはめた腕時計型ウェアラブルデバイスを操作し、ホログラム映像を立ち上げる。


「え? マジ?」


 そんなヒデトの言葉に、循庸は少しだけ興味を持つ。

 そしてホログラム映像を覗き込むと――――確かに記事と一緒に写真らしき物が掲載されていた。

 ――――しかし、


「……なんだコレ、何撮ってるか全然分かんねーじゃん」


 そこに映し出された写真は、手ブレやら何やらで画面が酷くボヤけており、加えて撮っている対象が煙のような物に包まれていて輪郭すらハッキリと見えない。

 分かるとすれば、写真中央にが映っているのと、その場所が雪原であるということだけだ。


「でもよ、やっぱコレ話題になってたぜ! 米軍がアラスカで新型LWの実験してたとか、UMAユーマとLWがタイマン張ってたとか!」


「……お前、本当にそういう根も葉もないゴシップ好きだよな。今時小学生でも信じないぞ、そんな記事」


「なんだよ、夢のないヤツだな。これこそロマンだよ、ロマン! お前だってさっき言ってたろうが」


「怪獣映画と俺の格闘に対するロマンを一緒にするな」


 ぺっ、と言い捨てる循庸。


「んだとテメー!?」


「おおん!? やんのかコラァ!」


 まるで小学生のように髪やら頬やらを引っ張り合う循庸とヒデト。

 仲が良いのか悪いのか、他人が傍から見ていると分からなくなりそうな光景である。

 すると――――



「くぉおるぅあッ!!」



 という女子の声が、2人の耳をぶち抜いた。


「ちょっとアンタ達! 遅刻よ、ち・こ・く! 一体いつまで待たせんのよ! 先生怒ってるわよ!?」


 そんな言葉を浴びせてくるのは、パイロットスーツツナギを着たナオミ・ウォン・ヤンファであった。

 循庸とヒデトは歩きながら話していたため、気が付けば補修場所である格納庫ハンガー前まで来ていた。

 格納庫ハンガーの中には、今も作業を続ける整備員の生徒達が多数。

 さらに、何故かヒデトに続いて、いるはずのないナオミがいた。


「な……ナオミ? お前、どうしたんだよ、その格好……?」


「はあ? 見て分かんない? 私もヒデトと一緒で、アンタの補修に付き合ってあげることにしたの。感謝しなさいよね」


 ナオミは腰に手を当て、胸を張って見せる。

 比較的ゆったりとしたパイロットスーツツナギ越しでも彼女のバストはくっきりと浮き出て、循庸は一瞬それに目を奪われる。が、すぐ我に返って視線を彼女の顔へと戻した。


「そ、そうなのか。いや、なんというか、その……スマン」


 やや照れ気味に礼を述べる循庸。

 それを見たナオミも、思わず頬を赤くしてしまう。


「なっ、なな何言ってんのよ! らしくもないこと言わないでよね! ほ、他に誰も補修受ける人がいないっていうから、仕方なく付き合ってあげるの! お、幼馴染のよしみってヤツなんだから! 勘違いしないでよね!」


 あせあせと擬音を奏でながら、見事なツンデレっぷりを披露するナオミ。

 実際、彼女の循庸に対する〝想い〟は周知の事実だった。そう、循庸本人以外は。

 勿論2人の幼馴染であるヒデトもよくよく知っており、


「やれやれ、またこの3人が集まっちまったワケか。『鈴蝉すずぜみの三羽カラス』の縁は、やっぱり切っても切れないってか?」


 循庸と肩を組み、からかうようにケラケラと笑ってみせる。

 そう、何かとよくつるむこの3人は、『鈴蝉すずぜみの三羽カラス』として2年生の中でもよく名が知られていた。

 そこに、


「ようやく来たか。もう少し遅ければ、明日も補修にする所だったぞ」


 3人と同じく、パイロットスーツツナギに身を包んだ葦田がやって来る。


「か、勘弁して下さいよ先生。別に俺じゃなくても、もっと他に補修受けなきゃいけない奴等はいるじゃないですか。何でそんな俺ばっかり構うんです?」


 その言葉に葦田は一瞬考えるような、言葉を選ぶ仕草を見せ、


「……ふん、お前の成績の悪さが一際目につくだけだ。それに他の生徒よりも多く授業を受けられるのだぞ? 寧ろ喜ばしく思うことだな」


 相変わらず強面を崩さないまま、ふうとため息を漏らした。


 ――――その時だ。


 トラックのエンジン音が聞こえてきたかと思うと、遠方から1台のLW運搬車トレーラーが走って来る。


 荷台にはLWが寝そべった状態で確認できるが、灰色のシートらしき物が隙間なく機体を覆っているため、外側からはどんな機体か見て取ることはできない。

 そのLW運搬車トレーラーは循庸達の横を通り過ぎると、すぐ隣の16番格納庫ハンガーへと入って行った。


「……LWが1機だけ運ばれてくるなんて珍しいっスね。それもこんな夜に、あんなシートまで被せて。今日って、なんか機体の納品なんてありましたっけ?」


 循庸が不思議そうに葦田に尋ねた。

 火志摩高はLWを多く扱うことで有名なだけあって、ああしてLWが運び込まれてくる光景はたまに目にする。


 だがそのほとんどは払い下げられた旧式の機体だったり、予備の部品パーツだったりするのでまとめて一気に運び込まれることが多いのだ。運搬車トレーラーの数で言えば5台とか10台とか。なにせ扱う物が物だけに、どうしても大所帯になりがちなのである。


 加えて授業として扱う都合上どうしても生徒達に納品の情報が流れるため、納品日には校内中に知れ渡るほどよく話題になるのだ。次はなんの機体や、どこの企業メーカー部品パーツが来るので賭けを行う生徒達までいる始末である。


 ――――しかし、何故か今回は運搬車トレーラーが1台だけで、しかもまるで納品の話題を聞かなかった。かなりと言っていい。


「…………」


 葦田はしばし16番格納庫ハンガーを見つめ、無言のまま複雑そうな表情を見せた。


「……先生?」


「……アレは火志摩重工の〝新型機〟だ。テストのために運び込まれてきたらしい。いずれにせよ……お前達が気にする物ではない」


 葦田は不機嫌そうに言うと「とっとと補修を始めるぞ! 格納庫ハンガーに入れ!」と循庸達に半分怒鳴るような声で言った。


「「「は、はい!」」」


 3人は揃って返事をすると互いに顔を寄せ、


「おい聞いたか!? 火志摩重工の新型だってよ! 今度はどんなスゲエ格闘戦ができるんだろうな!?」


「ホントそればっかりね、アンタ……。にしても、どういうことなのかしら? 火志摩高ここに新型機が運び込まれてくるなんて……。ヒデト、アンタから何か聞いてないの?」


「知らねーよ……そもそも、と話したのなんてもう随分前だし……」


 ヒソヒソと各々思った事を口にした。


「何をしている! 早く来い!」


 そんな3人に対し、今度こそ葦田の怒号が飛ぶ。

 3人は「は、はーい!」と返事をすると、格納庫ハンガーに入って行こうとした。




 だが――――その刹那、




 ――――〝悪寒〟。




 突如循庸の背筋を、まるで氷の舌で舐められたかのような寒気が襲った。


「――――ッ!?」


 思わず循庸は地面に膝をつき、両手で身体を抱き締める。


 そう、初めは〝寒気〟だと思った。風邪をひいた時に感じる類の物だと。

 しかし――――これは違う、明らかに。


 〝空気〟だ。

 空気その物が突然変わったのだ。


 今も自身を包む空気が、重く、冷たく、得も言われぬ気持ち悪さへと変わっている。

 ――――〝歪んで〟いる? そうだ、敢えて表現するなら、空気が歪んでいるようだ。


 何だ? 何が起こった?


 循庸は困惑を隠せなかった。

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