第2話『静かなる世界大戦』

 ――――時は、2056年。


 『世界』は、いや『地球』は、21世紀に入ってからを迎えていた。


 2049年から激化の一途を辿る、中国の『中国共産党CPC』と『国民革命戦線NRF』の『第二次国共内戦』――――


 中国の国民革命戦線NRFが支配する中国大陸西地域と、東アフリカの国境線問題――――


 『第五次中東戦争』後の『イスラム国』成立による中東不安――――


 ロシア連邦第9代目大統領のグリジエフ・B・コロボフ大統領と敵対し、勢力を盛り返して東欧各国を支援・新経済圏を築きつつある、財閥オリガルヒ』の紛争――――


 そして第二次国共内戦から東南アジアと東アジアの治安及び経済を保護するために樹立した、日本を含む『西太平洋経済共同連合ASPOEC』、通称『西太連』と中国の睨み合い――――



 それら全ての発端は、世界経済の中心が〝アフリカ〟に移行したことから始まった。



 かつて中国の経済を支えた海外企業の下請けや合併企業のアフリカ進出により、中国の経済成長は急激に低迷、逆にアフリカ各国は経済的に急成長を遂げたのである。


 だがアフリカの急成長により、ユーラシア各国は甚大な経済的打撃を被ることとなった。


 特に好景気バブルが弾けた中国は深刻で、不景気によって国内を維持できなくなり、富裕層が支持する『中国共産党CPC』と、不況に耐えかねた貧困層が支持する『国民革命戦線NRF』に分かれて国家を二分し、内戦を始めるまでに至ってしまったのである。


 またロシア連邦もグリジエフ・B・コロボフ大統領の指導力不足により、ウラジミール・プーチン大統領の時代に弱体化した『財閥オリガルヒ』が再び力を取り戻し、東欧各国を交えた事実上の紛争状態に陥っていた。


 このユーラシア大陸全土を巻き込む『ユーラシア危機』に対し、米国アメリカヨーロッパ連合EUを初めとしたNATO各国はアフリカの生産力を利用することで停滞した経済を立て直しつつあったが、かつてのような〝世界の警察〟としての役割は、もはや果たせなくなっていた。



 ――――『静かなる世界大戦サイレント・ワールド・ウォー』。



 どんな意味を込めたのか、この世界情勢を誰かがそう呼んだ。


 そして――――まるでそんな世界情勢に呼応するかの如く、ネットの間でまことしやかに囁かれ始めた〝ある噂〟があった。



〝世界中に突然『ワームホール』が出現し、そこから『未知の巨大生命体』と『謎の人型機』が現れる〟



 単なる〝噂〟にすぎない、いつの時代にも存在する、鹿


 しかし確かにネットの片隅で、その伝説は今尚語られ続けている。

 そして、そんな都市伝説が語られ始めてから、幾年月が経とうとしていた――――。


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 21世紀という科学万能の時代が始まってから、世界はさらに約半世紀が経過していた。

 人々の生活は高度に進化した機械とインターネットによって支えられ、『ロボット』と呼ばれる自立装置が産業用途のみならず一般家庭用やエンターテイメント用として広く親しまれている、そんな時代。


 もしも20世紀からタイムスリップしてきた人間がこの世界を見れば仰天の連続なのであろうが、勿論当時から変わらない物、変わらぬ光景もある。


 例えば、そう――――高校生活とか。


「スヤァ……」


 ――などと、〝授業は寝ないと物語が始まらない〟と言わんばかりに机に突っ伏して寝息を立てる短髪の男子生徒が1人。


 縦14列、横12列に並べられた机の中の1席、全84名の生徒が滞在する広大な教室の中で、ただ1人居眠りして見せる彼の名前は些嵜さざき循庸じゅんよう


 高校の制服に身を包み、授業中にも関わらずそれはそれは気持ち良さそうに眠る循庸の姿は、まさしく古今東西変わらぬ男子高校生の物である。

 しかし、そんな安らかな光景は決まって――――


『起きろ! この馬鹿者が!!』


 教師の怒声によって壊されると、相場が決まっている。


「ヌギャーッ!」


 鼓膜が破裂しそうなほどの大声を耳元で叫ばれた循庸は、そんな間の抜けた悲鳴と共に飛び起きた。

 しかし――――彼の傍には教師の姿など見当たらない。


 代わりにあるのは――――『ドローン』だ。


 ヘリコプターのような4つの小型ローターを高速回転させ、フワフワと宙に浮く小型の無人機マルチコプターである。

 遠隔操作されたドローンは循庸の顔の傍まで飛翔し、内蔵されたスピーカーから持ち主の声を中継したのだ。

 一仕事終えたドローンは、プーンと軽快なローター音を奏でながら循庸の下を去っていく。


「のおお……み、耳がぁ……」


 激しい耳鳴りに悶絶する循庸に対し、


「性懲りもなく居眠りなんてしてるからよ。今ので通算96回目。もうすぐ念願の100回達成ねーおめでとー」


 隣の席の女子が、呆れ半分で話しかけてくる。

 彼女はナオミ・ウォン・ヤンファ。循庸のクラスメイト兼幼馴染だ。

 彼女の周囲の生徒達は、叩き起こされた循庸の姿を見てクスクスと笑っている。


「ちっとも嬉しくねえよ! 俺はただゆっくり寝たいだけだ! っつーか起こされた回数なんて数えんな恥ずかしい!」


 そんな彼女達に対し、椅子から立ち上がってムキーと猿のように怒る循庸。

 しかし、


「ほう? 私の授業はそれほど退屈か?」


 そんな彼の席の傍に、手の平の上にドローンを乗せていつの間にか佇む強面の中年男性の姿。

 その人物に気づいた循庸は思わず「あ」と声を上げた。


「よ、葦田先生……」 


「残念だがな些嵜、私の授業では睡眠学習は実践していないんだ。貴様に塵芥程度でも単位を取るつもりがあるなら――――」


 瞬間――――循庸の頭に鉄拳が落ちる。


「あだッ!?」


「大人しく目を覚まして授業を聞いていることだ。仏の顔も永くは持たんぞ」


 それだけ言うと、その中年の男は電子黒板のある方向へと歩いて行った。


 ――彼の名前は葦田よしだ健一郎けんいちろう

 循庸達が在籍する『火志摩工業専修高校』、通称『火志摩高』の教師であり、主に『ランドウォリアー』に関する授業を専門に請け負っている。

 年齢は40代半ばであり、元々『陸上自衛軍』という日本の軍隊に所属していた経歴を持つ本物の〝鬼軍曹〟だ。

 元々陸上自衛軍でパイロットとしてLWに関わり、向こうでも教官として鞭を振るっていたために良くも悪くも指導力には定評がある。

 循庸にとって、1年生の時からでなにかとお世話になっている怖い先生だ。

 葦田は教卓の上にコトリとドローンを置くと、


「さて、講義に戻るぞ。それではナオミ・ウォン・ヤンファ、『ランドウォリアー』の起源ルーツ及び役割について説明しなさい」


 名指しで指名されたナオミは、巻き添えを食ったと言わんばかりに「あんたのせいよ」と循庸を睨みつけた後、粛々と椅子から立ち上がった。


「はい……『ランドウォリアー』とは有人有脚機動兵器群の総称で、主に紛争地における市街地の制圧・統治を目的に開発されました。

 元々は2033年に即席爆発装置IEDに対処するために作られた二脚機動兵器であり、市街地の制圧・統治に必要不可欠であったにも関わらず、常に多くの損害を強いられていた戦車や装甲車などの市街地戦闘に不向きな戦闘車両を代替しようとしたのが開発の発端です。

 現在は研究・開発が進み、装甲戦闘車両IFVと並ぶ重要な陸上兵器となっています。

 またLWの製造、及び輸出は『火志摩重工』を始め日本の兵器産業の多くの市場シェアを占めています」


 ナオミの解説を聞いた葦田は「ふむ、座っていいぞ」と着席を促す。


「今ヤンファが説明した通り、LWとは今や主力戦車MBTなどの装甲戦闘車両IFVと並ぶ戦略的重要兵器だ。

 21世紀以降に活発化した低強度紛争などとも呼ばれる事実上の世界大戦では、敵機甲部隊との直接戦闘よりも製造が容易な即席爆発装置IEDにより歩兵及び装甲車両の被害が相次いだ。

 その教訓を踏まえて開発、実戦投入されたのが【ランドウォリアー】というワケだ。

 基本的な二脚型で全高約6メートル、重量20トン未満と軽量・高重心のLWは地面の下で炸裂する即席爆発装置IEDを受けても搭乗者が死傷し難く、基本的に脚部の片方が破損しても短時間なら移動・行動が可能。加えて戦車と異なり通常単座であるため万が一の場合も人的損失は少なく済む。

 民間にも作業用として行渡ったことで、1機辺りの製造コストも今や主力戦車MBTの3分の1程度。作業用としても1体辺り成人男性約15人分のマンパワーを発揮できる。

 今ではアメリカを始め西側東側問わず世界中で運用されており、今まで製造された機体の正確な数を把握している国家は存在しないとまで言われている。

 その戦闘力も、平地において3000メートル以上遠距離から撃ち合わなければ主力戦車MBTと同等。爆発反応装甲ERAを満載した複合装甲コンポジット・アーマー防盾シールドと、対戦車兵装ミサイルを装備すれば同等以上。

 装甲戦闘兵器としては軽量であるために、輸送機を用いて迅速な移動・展開が可能。その機動性・強襲性と一個小隊ごとの連携精度の高さも相まって、かつての空挺戦車のような役割も果たせる性能も獲得した。

 まさに――――100年前に執筆された『宇宙の戦士』の機動歩兵が、ある意味では現実に登場したと言えるな」


 そんな葦田の説明を聞いて何人かの生徒が「〝ウチューのセンシ〟って何?」と不思議そうに周囲の友人に尋ねたりしたが、葦田は気にせず授業を続ける。


「ここまでは皆既に知っているな。さて些嵜、現在の進歩したLWは、今の説明の他にも幾つか兵器として強みを獲得するに至ったな。それは何だ?」


「格闘戦が可能になったことです!」


 バッと手を上げて即答した循庸に、クラス中はクスッとした笑いに包まれる。

 が、少なくとも循庸自身はそれほどふざけて言ったつもりはなかった。

 そんな循庸の答えに葦田は目頭を押さえ、


「……確かにそれもある。だがそれは機体の性能が向上してきたことによる副次的な恩恵だ。私が期待した答えは、それではない」


 深い深いため息を含みつつ言った。


「あとは、え~と……『ユニバーサルエクスチェンジングシステム』ですか?」


 思い出すように答える循庸に、「……初めからそっちを言いなさい」とやや不機嫌そうに葦田が言う。


「そう、この『UES』こそ現代のLWをLW足らしめる最大の特徴であり、世界中の国家で採用される理由でもある。

 『UES』とは、簡単に言えばLWに用いられる部品パーツを統一規格の元画一化し、生産国や製造企業の概念に捉われずあらゆる機体で使い回せるようにした機能のことだ。

 頭部ヘッド胴体ボディ、コックピット、腕部アーム脚部レッグ、外部モジュラー装甲、OSオペレーティングシステム、エンジンを初めとし、マニュピレータや各部の機外兵装ステーションハードポイントに機体の重量や出力に合わせた兵装が各箇所のUES規格にさえ合っていれば、理論上どんな物でも装備可能となっている。

 例えば、先日諸君らがVRバーチャルリアリティ授業で操縦した【48式 灰簾カイレン】は基本的オーソドックスな二腕二脚を有し、我が社が世界に誇るOSオペレーティングシステム【火志摩 TITANタイタン】を搭載している。

 48式は2048年に火志摩重工で製造された旧式の機体だが――――

 米国アメリカ、グレイアム・ゴードン社の【M11 マクレラン】、

 ロシア連邦、スマーギン社の【BP‐2 メドヴェージ】、

 英国イギリスロイヤルテクノロジーダイナミクス社の【ドライグ】、

 ――――これらと並んでUESを採用した第一世代の機体であり、部品パーツを交換・アップデートすることにより現在でも量産され、日本を初めとする『西太平洋経済共同連合ASPOEC』、通称『西太連』各国で正式採用されているのは、諸君らも知っての通りだ。

 国家の垣根を超えたこのシステムによりLWは一層世界各国に普及し、部品パーツや兵装のみを生産・供給する第三企業サードパーティメーカーも爆発的に増加した。

 今や部品パーツのみを生産する第三企業サードパーティメーカーを含め、LWに関与する企業は1千を超えるとされている。

 UESを採用した機体LWは第三世代にまで成長。市場シェアを拡大し、世界中の紛争地に投入されている。LWの保有数が戦場での優劣を決めると、言われるほどにな」


 葦田は長々と話すと一息置き――――


「話は変わるが……現在の世界情勢は、残念ながら平和とは程遠い。

 諸君らも良く知る『ユーラシア危機』によって、世界は『静かなる世界大戦サイレント・ワールド・ウォー』などと呼ばれる状態にある。

 勿論、日本を含めたアジア全土がこの『ユーラシア危機』に直面している。

 ……皮肉にも、かつて〝戦争をしない国〟だった日本もNATO各国や西太連加盟国に〝兵器〟を主体とした工業製品を売ることで不景気を脱した。

 今や日本の国内総生産GDPは中国を抜いてアジア1位となり、西太連の中心国だ。

 善し悪しは別として、形だけなら20世紀半ばに日本帝国が目指した〝大東亜共栄圏〟が実現してしまったと言えるのかもしれん。

 我が火志摩重工が世界的企業にまで躍進したのも、正直に言えばと言える。

 ……そんな火志摩重工に所属する諸君らは、いずれLWと共に戦地に赴かねばならない日が来るかもしれない。

 故に……一時の平時に甘んじることなく、世界の現実を心に留めて日々を過ごしていってほしい」


 そんなことを、ため息混じりに葦田が話していると――――



 キーンコーンカーンコーン



 ――という、甲高いチャイム音が教室内に木霊する。


「おっと、長話が過ぎてしまったな。本日の授業はこれまで! 来週の授業では小テストを行うので、各自しっかり予習してくるように。以上だ」


 え~、という生徒達の嘆きを余所に葦田は出席簿とドローンを手に教卓から離れる。

 それを見た生徒達も一斉に席を立ち、近くの友人達とを始めた。


「あ~あ、小テストなんかやってらんねーよなあ。全部LWの実戦訓練ならいいのによ」


 循庸が机に突っ伏し、不満そうに愚痴を漏らす。


「あら、それならアンタが赤点になることもないわね。ああ、でも格闘にこだわって結局やられちゃうから、どっちも同じか♪」


 そんな彼に対し、ナオミが茶目っ気と皮肉を含んだ言葉を浴びせる。


「ん、んだとぉ!? お、おいコラナオミ!」


「あっはは! べ~だ。悔しかったら少しはを治しなさいって」


 ナオミは可愛らしく舌を出して小馬鹿にした表情を見せると、教室の出口で彼女を待つ女子生徒達と合流し、女子高生らしく楽しそうに話しながら教室を後にして行った。

 そんなナオミ達女子生徒勢の後ろ姿を見送った循庸は、


「……ちくしょう。格闘はロマンじゃねーか……ズバーンドカーンって……」

 がっくりと肩を落とし、ため息を吐いた。


 そんな時、


「ああ、そうだ些嵜。お前は今日の夜、LWの補習を行う。他の者も何名か見繕うので、18時に15番格納庫ハンガーに来るように。サボったら単位は無しだ」


 教室から出ようとした葦田が、思い出したように循庸に言う。

 そして返事を聞くことなく、教室から出ていった。


「……ふぁい……」


 これ以上ないほど気の抜けた返事を返した循庸は、頭から机に突っ伏した。

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