第2話『静かなる世界大戦』
――――時は、2056年。
『世界』は、いや『地球』は、21世紀に入ってから最悪の混迷期を迎えていた。
2049年から激化の一途を辿る、中国の『
中国の
『第五次中東戦争』後の『イスラム国』成立による中東不安――――
ロシア連邦第9代目大統領のグリジエフ・B・コロボフ大統領と敵対し、勢力を盛り返して東欧各国を支援・新経済圏を築きつつある、ロシアのもう1つの国家『
そして第二次国共内戦から東南アジアと東アジアの治安及び経済を保護するために樹立した、日本を含む『
それら全ての発端は、世界経済の中心が〝アフリカ〟に移行したことから始まった。
かつて中国の経済を支えた海外企業の下請けや合併企業のアフリカ進出により、中国の経済成長は急激に低迷、逆にアフリカ各国は経済的に急成長を遂げたのである。
だがアフリカの急成長により、ユーラシア各国は甚大な経済的打撃を被ることとなった。
特に
またロシア連邦もグリジエフ・B・コロボフ大統領の指導力不足により、ウラジミール・プーチン大統領の時代に弱体化した『
このユーラシア大陸全土を巻き込む『ユーラシア危機』に対し、
――――『
どんな意味を込めたのか、この世界情勢を誰かがそう呼んだ。
そして――――まるでそんな世界情勢に呼応するかの如く、ネットの間でまことしやかに囁かれ始めた〝ある噂〟があった。
〝世界中に突然『ワームホール』が出現し、そこから『未知の巨大生命体』と『謎の人型機』が現れる〟
単なる〝噂〟にすぎない、いつの時代にも存在する、普通の馬鹿げた都市伝説。
しかし確かにネットの片隅で、その伝説は今尚語られ続けている。
そして、そんな都市伝説が語られ始めてから、幾年月が経とうとしていた――――。
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21世紀という科学万能の時代が始まってから、世界はさらに約半世紀が経過していた。
人々の生活は高度に進化した機械とインターネットによって支えられ、『ロボット』と呼ばれる自立装置が産業用途のみならず一般家庭用やエンターテイメント用として広く親しまれている、そんな時代。
もしも20世紀からタイムスリップしてきた人間がこの世界を見れば仰天の連続なのであろうが、勿論当時から変わらない物、変わらぬ光景もある。
例えば、そう――――高校生活とか。
「スヤァ……」
――などと、〝授業は寝ないと物語が始まらない〟と言わんばかりに机に突っ伏して寝息を立てる短髪の男子生徒が1人。
縦14列、横12列に並べられた机の中の1席、全84名の生徒が滞在する広大な教室の中で、ただ1人居眠りして見せる彼の名前は
高校の制服に身を包み、授業中にも関わらずそれはそれは気持ち良さそうに眠る循庸の姿は、まさしく古今東西変わらぬ男子高校生の物である。
しかし、そんな安らかな光景は決まって――――
『起きろ! この馬鹿者が!!』
教師の怒声によって壊されると、相場が決まっている。
「ヌギャーッ!」
鼓膜が破裂しそうなほどの大声を耳元で叫ばれた循庸は、そんな間の抜けた悲鳴と共に飛び起きた。
しかし――――彼の傍には教師の姿など見当たらない。
代わりにあるのは――――『ドローン』だ。
ヘリコプターのような4つの小型ローターを高速回転させ、フワフワと宙に浮く小型の
遠隔操作されたドローンは循庸の顔の傍まで飛翔し、内蔵されたスピーカーから持ち主の声を中継したのだ。
一仕事終えたドローンは、プーンと軽快なローター音を奏でながら循庸の下を去っていく。
「のおお……み、耳がぁ……」
激しい耳鳴りに悶絶する循庸に対し、
「性懲りもなく居眠りなんてしてるからよ。今ので通算96回目。もうすぐ念願の100回達成ねーおめでとー」
隣の席の女子が、呆れ半分で話しかけてくる。
彼女はナオミ・ウォン・ヤンファ。循庸のクラスメイト兼幼馴染だ。
彼女の周囲の生徒達は、叩き起こされた循庸の姿を見てクスクスと笑っている。
「ちっとも嬉しくねえよ! 俺はただゆっくり寝たいだけだ! っつーか起こされた回数なんて数えんな恥ずかしい!」
そんな彼女達に対し、椅子から立ち上がってムキーと猿のように怒る循庸。
しかし、
「ほう? 私の授業はそれほど退屈か?」
そんな彼の席の傍に、手の平の上にドローンを乗せていつの間にか佇む強面の中年男性の姿。
その人物に気づいた循庸は思わず「あ」と声を上げた。
「よ、葦田先生……」
「残念だがな些嵜、私の授業では睡眠学習は実践していないんだ。貴様に塵芥程度でも単位を取るつもりがあるなら――――」
瞬間――――循庸の頭に鉄拳が落ちる。
「あだッ!?」
「大人しく目を覚まして授業を聞いていることだ。仏の顔も永くは持たんぞ」
それだけ言うと、その中年の男は電子黒板のある方向へと歩いて行った。
――彼の名前は
循庸達が在籍する『火志摩工業専修高校』、通称『火志摩高』の教師であり、主に『
年齢は40代半ばであり、元々『陸上自衛軍』という日本の軍隊に所属していた経歴を持つ本物の〝鬼軍曹〟だ。
元々陸上自衛軍でパイロットとしてLWに関わり、向こうでも教官として鞭を振るっていたために良くも悪くも指導力には定評がある。
循庸にとって、1年生の時からこんな感じでなにかとお世話になっている怖い先生だ。
葦田は教卓の上にコトリとドローンを置くと、
「さて、講義に戻るぞ。それではナオミ・ウォン・ヤンファ、『
名指しで指名されたナオミは、巻き添えを食ったと言わんばかりに「あんたのせいよ」と循庸を睨みつけた後、粛々と椅子から立ち上がった。
「はい……『
元々は2033年に
現在は研究・開発が進み、
またLWの製造、及び輸出は『火志摩重工』を始め日本の兵器産業の多くの市場シェアを占めています」
ナオミの解説を聞いた葦田は「ふむ、座っていいぞ」と着席を促す。
「今ヤンファが説明した通り、LWとは今や
21世紀以降に活発化した低強度紛争などとも呼ばれる事実上の世界大戦では、敵機甲部隊との直接戦闘よりも製造が容易な
その教訓を踏まえて開発、実戦投入されたのが【
基本的な二脚型で全高約6メートル、重量20トン未満と軽量・高重心のLWは地面の下で炸裂する
民間にも作業用として行渡ったことで、1機辺りの製造コストも今や
今ではアメリカを始め西側東側問わず世界中で運用されており、今まで製造された機体の正確な数を把握している国家は存在しないとまで言われている。
その戦闘力も、平地において3000メートル以上遠距離から撃ち合わなければ
装甲戦闘兵器としては軽量であるために、輸送機を用いて迅速な移動・展開が可能。その機動性・強襲性と一個小隊ごとの連携精度の高さも相まって、かつての空挺戦車のような役割も果たせる性能も獲得した。
まさに――――100年前に執筆された『宇宙の戦士』の機動歩兵が、ある意味では現実に登場したと言えるな」
そんな葦田の説明を聞いて何人かの生徒が「〝ウチューのセンシ〟って何?」と不思議そうに周囲の友人に尋ねたりしたが、葦田は気にせず授業を続ける。
「ここまでは皆既に知っているな。さて些嵜、現在の進歩したLWは、今の説明の他にも幾つか兵器として強みを獲得するに至ったな。それは何だ?」
「格闘戦が可能になったことです!」
バッと手を上げて即答した循庸に、クラス中はクスッとした笑いに包まれる。
が、少なくとも循庸自身はそれほどふざけて言ったつもりはなかった。
そんな循庸の答えに葦田は目頭を押さえ、
「……確かにそれもある。だがそれは機体の性能が向上してきたことによる副次的な恩恵だ。私が期待した答えは、それではない」
深い深いため息を含みつつ言った。
「あとは、え~と……『
思い出すように答える循庸に、「……初めからそっちを言いなさい」とやや不機嫌そうに葦田が言う。
「そう、この『UES』こそ現代のLWをLW足らしめる最大の特徴であり、世界中の国家で採用される理由でもある。
『UES』とは、簡単に言えばLWに用いられる
例えば、先日諸君らが
48式は2048年に火志摩重工で製造された旧式の機体だが――――
ロシア連邦、スマーギン社の【BP‐2 メドヴェージ】、
――――これらと並んでUESを採用した第一世代の機体であり、
国家の垣根を超えたこのシステムによりLWは一層世界各国に普及し、
今や
UESを採用した
葦田は長々と話すと一息置き――――
「話は変わるが……現在の世界情勢は、残念ながら平和とは程遠い。
諸君らも良く知る『ユーラシア危機』によって、世界は『
勿論、日本を含めたアジア全土がこの『ユーラシア危機』に直面している。
……皮肉にも、かつて〝戦争をしない国〟だった日本もNATO各国や西太連加盟国に〝兵器〟を主体とした工業製品を売ることで不景気を脱した。
今や日本の
善し悪しは別として、形だけなら20世紀半ばに日本帝国が目指した〝大東亜共栄圏〟が実現してしまったと言えるのかもしれん。
我が火志摩重工が世界的企業にまで躍進したのも、正直に言えば戦争経済のおかげと言える。
……そんな火志摩重工に所属する諸君らは、いずれLWと共に戦地に赴かねばならない日が来るかもしれない。
故に……一時の平時に甘んじることなく、世界の現実を心に留めて日々を過ごしていってほしい」
そんなことを、ため息混じりに葦田が話していると――――
キーンコーンカーンコーン
――という、甲高いチャイム音が教室内に木霊する。
「おっと、長話が過ぎてしまったな。本日の授業はこれまで! 来週の授業では小テストを行うので、各自しっかり予習してくるように。以上だ」
え~、という生徒達の嘆きを余所に葦田は出席簿とドローンを手に教卓から離れる。
それを見た生徒達も一斉に席を立ち、近くの友人達とお喋りを始めた。
「あ~あ、小テストなんかやってらんねーよなあ。全部LWの実戦訓練ならいいのによ」
循庸が机に突っ伏し、不満そうに愚痴を漏らす。
「あら、それならアンタが赤点になることもないわね。ああ、でも格闘にこだわって結局やられちゃうから、どっちも同じか♪」
そんな彼に対し、ナオミが茶目っ気と皮肉を含んだ言葉を浴びせる。
「ん、んだとぉ!? お、おいコラナオミ!」
「あっはは! べ~だ。悔しかったら少しは格闘バカを治しなさいって」
ナオミは可愛らしく舌を出して小馬鹿にした表情を見せると、教室の出口で彼女を待つ女子生徒達と合流し、女子高生らしく楽しそうに話しながら教室を後にして行った。
そんなナオミ達女子生徒勢の後ろ姿を見送った循庸は、
「……ちくしょう。格闘はロマンじゃねーか……ズバーンドカーンって……」
がっくりと肩を落とし、ため息を吐いた。
そんな時、
「ああ、そうだ些嵜。お前は今日の夜、LWの補習を行う。他の者も何名か見繕うので、18時に15番
教室から出ようとした葦田が、思い出したように循庸に言う。
そして返事を聞くことなく、教室から出ていった。
「……ふぁい……」
これ以上ないほど気の抜けた返事を返した循庸は、頭から机に突っ伏した。
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