第1話『ランド・ウォリアー』

電気二重層コンデンサハイブリッド・キャパシタ、残量3%。稼働時間、残り10分です』


 機械的な合成音声が、抑揚のない声で残酷な現実を伝えてくる。


「……右腕RAA兵装の、残り弾数は?」


『【火志摩 M44突撃銃アサルトライフル】の装着弾倉マガジン残弾数、残り30発。予備弾倉マガジンは、残り0個ゼロです』


 合成音声ナビゲーターに「お前の残り10分の命は、たった30発の弾丸に守られているぞ」と告げられた男は、汗を垂らしながら不敵と笑う。


 男は硬いシートに座り、安全バーでしっかりと身体をシートに固定されている。

 両手には大きな操作レバーが握られ、両脚のブーツは鋼鉄のペダルにベルトで括り付けられている。


 密閉される男の周囲にはレーダー警戒受信RWR表示機、水素ガスタービンエンジンコア回転速度計、エンジン油圧計、水素燃料計、リチウムイオン・キャパシタ電力残量計、姿勢指示計ADI兵装制御パネルACPなどの無数の計器やパネルがひしめき合い、眼前には外の景色を映し出す巨大な3面モニター。


 それらの機械にぎっちりと囲まれているおかげで、男はとてつもない狭隘きょうあい感を味わっている。

 そして頭には、脳波を通じてに意思制御を伝達するためのセンサー内蔵ヘルメット。

 これがなければ、男がどれほど大量の機械や機材に囲まれていようとも、男が乗る〝鋼鉄の巨人〟を御することはできない。


「……右腕RAA兵装を廃棄。B兵装に変更」


『了解。右腕RAA兵装【火志摩 M44突撃銃アサルトライフル】を廃棄、B兵装【ブロソー ERAブロウ】に、変更します』


 OSオペレーティングシステム【火志摩 TITANタイタン】の合成音声は復唱する。

 同時に兵装制御パネルACPに映る銃の形をしたA兵装が赤く点滅し、〝OFFLINEオフライン〟〝LOSTロスト〟と表示される。


 その直後、の形状をしたB兵装が青く点滅し、〝ONLINEオンライン〟となった。


「行くぞ……ッ!!」


 男はそう意気込むと――――レバーを切り、思い切りペダルを踏む。


 刹那――――ビルの影から〝鋼鉄の巨人〟が飛び出した。


 場所は東京のど真ん中、無数のビル群に囲まれたコンクリートジャングル。そこを一気に走り抜ける。


 【ランドウォリアー】。


 それが男が駆る〝鋼鉄の巨人〟、つまり『二脚機動兵器』の総称だ。


 男が乗るのは【48式 灰簾カイレン】。

 この機体を知る者達は、親しみを込めて〝ヨンパチ〟と呼ぶ。

 全長6メートル、重量15トン、軽量合金で全身を構成し、人体同様に二腕二脚があり、腕には5本の指マニュピレータを持つ。

 全体的に角ばったというデザインで、色も全体的にダークブラウンという渋い色使いだ。

 特徴的と言えば、両肩の装甲が大きく凹んでおり、追加で兵装を搭載できる機外兵装ステーションハードポイントとなっている。他にも腕、脚、腰などにもハードポイントが存在し、武器を保持できる設計になっている。

 また肩装甲の色のみオリーブドラブODとカーキの2色迷彩が施してある。もっとも、こんな都市の中では森林用の迷彩など役に立たないが。


 そんな機体が、道路の上を全速力で走る。

 1歩、また1歩と地面を踏み締める度に、関節の駆動系が激しく機械音を発し、油圧シリンダーが前後する。


 銃などない。身を守る盾もない。

 装備される兵装は、右手に握られたブロソー社製のLW用の格闘武器ナックル【ブロソー ERAブロウ】のみ。


 走る。走る。


 すると、目の前のビルに隠れていたLWが姿を見せる。

 機体は男と同じ48式 灰簾カイレン。しかし向こうは右手に【火志摩 M44突撃銃アサルトライフル】、左手には下部にスパイクが付いた【パイルドライバー・シールド】を保持している。


 その機体はこちらの機体を見るなり、いきなり突撃銃アサルトライフル連射フルオートでぶっ放してくる。


 【火志摩 M44突撃銃アサルトライフル】から放たれる25ミリ徹甲榴弾APHEは全弾命中とはいかないまでも、直撃する度に機体の装甲を破損させていく。

 48式 灰簾カイレンに使われる軽量合金では、25ミリ弾に対して十分な防御力を発揮できないのだ。


 しかし――――


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 男は被弾に臆することなく、ひたすら前へと突き進む。

 無鉄砲、命知らず、猪武者、今の男を表現するなら、そんな言葉がぴったりかもしれない。


 突撃、突撃突撃突撃――――。


 そして男の駆る48式 灰簾カイレンはボロボロになった状態で、敵の48式 灰簾カイレンの眼前に到達する。

 そこは、格闘武器の間合いだ。


「おおおおおおおおおおおおおッッ、ラアアアッ!!!」


 男の48式 灰簾カイレンは、右手に装備した【ブロソー ERAブロウ】で殴りかかる。

 15トンという巨人の全体重を乗せた、鋼の拳。

 その拳は敵が盾で防御するよりも早く――胴体へとクリーンヒットする。


 そして――――〝爆発〟。


 【ブロソー ERAブロウ】に仕込まれた複数の爆発反応装甲ERAモジュールが、直撃の瞬間一斉に爆発したのだ。


 この衝撃で敵の48式 灰簾カイレンは派手に吹っ飛び、コンクリートの地面に倒れたまま行動不能になった。


「へ、へへ……ざまーみろってんだ……」


 男は冷や汗を流しながら勝利の美酒に酔いしれる。

 目の前のモニターには、胴体から煙を上げて倒れるの姿が映る。大変な優越感だ。


「さーて……あとは、ヒデトの奴だけか」


 そして次の得物を探そうとしたが――――


『俺が……なんだって?』


 機内の無線機からそんな声が聞こえた瞬間、ボロボロになった男の48式 灰簾カイレンの後頭部に、コツンと銃口が押し付けられる。


「へ……?」


『悪いな循庸じゅんよう、〝フリーズ〟だ』


 気が付けば、男の48式 灰簾カイレンの背後に、いつの間にかもう1機の48式 灰簾カイレンの姿。

 それが、突撃銃アサルトライフルをこちらに突き付けている。


 そして、俗に言うフリーズコールという物を宣言された瞬間、


『訓練終了! ブルーチームの勝利!』


 機内に教官の声が響き渡った。

 いや、男からすれば、それは〝先生〟と呼べる存在か。


「ッッッだああああッ! チクショオオッッ!!!」


 男は天を仰ぎ、声を大にして絶叫する。

 英語なら「Goddamn itやっちまったぜ☆ !!」とでも叫んでいる場面だろう。


 一通りコックピットの中で暴れ回ると落ち着きを取り戻し、ヘルメットを脱いで安全バーを上に上げる。そしてシートから立ち上がり、から外に出る。


 するとそこは――――だった


 コンクリートジャングルのビル群など何処にもない。

 当然である。男は今まで〝本物の48式 灰簾カイレン〟になど乗っておらず、卵型のVRバーチャルリアリティ訓練装置の中に入っていたのだから。


「あーもう……あと一歩だったのに……」


 男は悔しそうに頭を掻く。


 ――男の名は、些嵜さざき循庸じゅんよう


 『火志摩工業専修高校』。通称『火志摩高』に通う高校2年生だ。

 歳は17。背丈は170より少し高いくらいか。

 血気盛ん、青春真っ盛りなお年頃であるため、顔は比較的可愛らしい優男。

 髪は短い黒髪。生粋のアジア人であることがすぐに分かる髪の色だ。

 服装は比較的ゆったりとしたパイロットスーツ。

 まあ、その見た目はスーツというより〝ツナギ〟に近い物があるかもしれない。


 そんなツナギみたいなスーツを着た循庸じゅんようの前に、1人の男が歩いて来る。

 歳は40半ばで髪は白髪と中年を思わせるが、180を超える長身痩躯は筋肉質で引き締まっており、髪もカッチリと整えられている。目つきも鋭く、平たく表現すれば〝かっこいいおっさん〟といった風貌だ。


「……些嵜さざき、お前は何度言ったら分かるんだ?」


 中年の男はギロリと循庸じゅんようを睨み付ける。

 その眼光は、カエルを狙う蛇に近い物があるかもしれない。


「や、やだなあ先生。今回はちゃんとチームワークを重んじたじゃん。その結果に、ちゃんと最後はヒデト1人まで追い詰めたワケだし」


「そうではなく、だな……」


 中年の男は目頭を指で押さえ、露骨に怒っている様子を見せるが、その口から言葉がさらに出る前に――――


「くぅぉ~~~~ぬぉ~~~~ぶぁかバカ循庸じゅんようッ!!!」


 1人の女子が猛ダッシュで走り、その勢いを一切殺さないまま強烈なドロップキックを循庸じゅんようの横腹に突き刺さした。


「ふぬぅッ!?」


 ぶっ飛ぶ循庸じゅんよう

 しかしその女子はぶっ飛んでぶっ倒れた循庸じゅんようの襟をむんずと掴み、これでもかというほど恐ろしい表情で迫る。


「なぁんで最後に接近戦なんて仕掛けたの!? あそこでたった10分持久戦に持ち込んでれば、アンタ倒されなかったのよ!? 最悪引き分けにできたかもしれなかったのにぃ!!」


「い……痛ぇよ……ナオミ……」


 循庸じゅんようの襟を掴んで激しく揺さぶるこの少女の名前は、ナオミ・ウォン・ヤンファという。

 呼んで字の如く彼女は元々中華系オーストラリア人で、ヨーロッパ系白人であるオーストラリア人の父とアジア系である中国人の母を持つハーフである。

 現在は日本に国籍を持っているれっきとした日本人だが、人種という意味で日本人離れしたハーフらしい端正な顔立ちと栗色の髪の毛は人目を引きやすい。

 歳は循庸じゅんようと同じ17歳。身長は165センチ程度なこともあって、綺麗というよりは可愛い系だ。

 そんなナオミは、循庸じゅんようと同じツナギ状のスーツを着ている。

 彼女も、ついさっきまで循庸じゅんようと同じレッドチームの一員として訓練に参加していた。

 しかし彼よりも早く倒されてしまい、残りの時間はモニター越しに訓練を観戦していたのだ。

 その結果、最後の最後に敵に向けて突撃する循庸じゅんようの姿に怒りを超えてキレている、という次第である。


「だ、だってさ、やっぱり最後は格闘で決めたいじゃん? 格闘はロマンだって色んなロボットアニメでも――――」


「アンタのロマンなんて聞いてないわよ! おかげでヒデトとの賭けに負けちゃったじゃない! 今夜のブルーチーム4人分の学食、アタシが全部奢ることになっちゃったのよ!? この責任どう取ってくれるのよぉ!」


 もはや半分が入った表情で、循庸じゅんようの頭をガックンガックンと激しく前後に揺さぶるナオミ。


「わ、分かった、俺も半分払うから、許して……」


 このままじゃ頸椎が折られると本能で危険を察した循庸じゅんようは、仕方なく自分のポケットマネーを開く決意をした。

 それを聞いたナオミは手を止めるが、怒りと共に滲む涙は納まらない。


「うぅ~……先生も何か言って下さい!」


「……いや、私が言いたいことは、たった今君が全部言ってくれたよ。というより、君もLWの訓練を賭けの対象にするのは止めなさい」


 相変わらず目頭を指で押さえ、ため息混じりにそういう中年の男。

 それを聞いて「むぅ~」と膨れるナオミ。

 すると、


「よう循庸じゅんよう。最後は惜しかったな」


 今度は、長髪を結った男がそう話し掛けてくる。

 同じくツナギ状のスーツを着ており、身長は循庸じゅんようより少し高めの170センチ後半だ。


「ヒデト、お前……最後のな……?」


 循庸じゅんようはじっとりとした視線を向ける。


「別にぃ? まーお前なら、あの状況じゃ突っ込む以外の選択肢を考えないだろーなー、とか思っただけだよ」


「やっぱり狙ったんじゃねえか……」


 悔しそうに歯を噛み締める循庸じゅんよう


 この長髪の男は火志摩かしまヒデト。

 循庸じゅんようの悪友であり、循庸じゅんよう・ヒデト・ナオミの3人は、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だ。


「まあ勝ちは勝ちだ。俺達の晩飯は盛大に奢ってもらうぜ、ナ・オ・ミ?」


「ぐうぅ~……循庸じゅんようのせいでぇ~……」


「か、格闘はロマンなんだよ……」


 3人がLWの戦闘訓練を追えると、だいたいこんな感じでカオスな寸劇が披露される。

 そんな光景を見た中年の男は、


「……君達、後で職員室に来なさい」


 ため息混じりにそう言った。





 ――――西暦2056年。○月×日。


 こうして、循庸じゅんよう達の〝240回目のLW戦闘訓練授業〟は終わったのであった。

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