第2話

 どうも。

 名前もまだないメイドです。

 さあ現状の確認をしよう。

 右を見て、木々が生い茂り。

 左を見ても木々が生い茂り。

 前も後ろも似たような感じ。

 ええ、森の中です。本当にありがとうございました。

 四頭の羊たちは思い思いに過ごしている。

 草を食む、角を木にこすり付ける、こちらをじっと見ているのは一番角の大きな子だ。身体の比較的小さな子は寝ているのだろうか、後足が伸びている。

 さて自分はと言えば、格好は正しく英国式ヴィクトリアンメイドそのもの。

 そっと胸に手を当ててみれば、ふへへへへ。おっぱいがあるじゃないか。

 申し訳程度に膨らんでいる、おっぱい。

 はっ!?これは確かめねばなるまい。いいか?これは確認なのだ。本当に僕が女性になっているのか確認の為にしかたなくだな……。

 自分に言い訳しながらロングスカートの中に手を伸ばし、ああ毛糸のガーターストッキングだ。しかし目的はそこじゃない。その奥だ。

 ふおおおお!長年にわたり鎮座し続けていた棒と玉が無い!鎮座だけに!ってうるせえ!下ネタか!下ネタだった。


「変態か、僕は」


 冷静になって自らの行いを振り返ると普通に変態である。

 こほんと誰に聞かせるでもない咳払いをして立ち上がると、羊も立ち上がった。寝ていた子はよろよろとだが。

 どうやらマッチョ神が授けてくれた羊というのは彼らであっているらしい。


「お前たちはなんていう羊かな」


 マッチョ神に聞いておけばよかった。

 見上げるのは少し首が疲れるけれど、こちらが意識すると首を下げてくれる。

 体長は5メートルくらいだろうか。

 しっかりした四肢とシュッとした顔が黒い、海外アニメの羊みたいだ。

 あのクレイアニメはとても好きだった。

 そう思いながら歩き出そうとして、メスに襟元を咥えられた。

 オスの一頭がしゃがんで、咥えたメスが僕をそのオスに乗せた。


「乗せてくれるんだ、ありがとう」


「むぇー」


 舌足らずな鳴き方のオスだなこいつ。

 ではとりあえずまっすぐにゴー!


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 そんなに歩くことなく、というか僕自身は歩いてないのだけれど。

 羊毛に顔をうずめて進むうち、森を抜けて綺麗な湖に出た。

 羊たちは休憩をとるのかしゃがんだり水を飲んだり。

 水辺で座り込んだ羊からそっと降りて、僕も水を飲むとしよう。

 羊毛が足場になって思いのほか簡単に降りられた。

 登るのも楽そうだな。


「つめてー。しっかし綺麗だな」


 水底をしっかり視認できるほど澄んでいる。

 生水って飲んじゃいけないんだっけ?まあいいや。

 こんなに綺麗なら大丈夫だろう、多分。

 羊たち……いつまでも羊たちって呼ぶのも何かな。

 名前を付けてあげよう。


「お前たちー、こっちおいでー」


 遠くから見る分には、色を気にしなければ普通の羊なのに近づいてくるとその大きさに圧倒されるな。

 並んでしゃがんでかわいい。

 一番大きくて角も立派なオス。凄く癖のある独特の鳴き方をする。

 次に大きいオスはさっき僕を乗せてくれた、舌足らずな鳴き方の子。

 移動の際にやたら早足だったメスはちょっとダミ声かもしれない。

 どちらかと言えばおっとりタイプなメスは普通の鳴き方をする。僕を咥えた時、正直どうなることかと思ったのは内緒。


「お前はムートン」


「ヴェエエェ~」


「お前はマトン」


「むぇ」


「お前はラム」


「べえーぇ」


「お前はウールだ」


「めー」


 個性豊かだなあ。

 名前はまあ、部位とか毛皮とかそこらへんから。

 男の子組がとても仲よさそうに見えたから、語源の同じ名前にしてみた。

 群れだとケンカしそうなものだけど、家畜として考えたらいい事かも。

 人間が品種改良し続けた結果、野生ではあまり長生きしないのだけれど。

 こういう闘争本能みたいな部分が薄れて仲よしになるんだったら大歓迎。


 ふと、あたりを見渡すと。

 透き通るような青空をバックに、大きな城がそびえたっていた。

 方角はちょうど、森の出口からまっすぐに。

 マトンに乗っていた時は気が付かなかったのにって毛に顔うずめてました。


「次の目的地、決定」


 異世界、まだ見ぬ剣と魔法のファンタジーときて、城である。

 人ごみとか苦手だけど、さすがにアレだ。人間の少ない地域にしてもらったけど、最低限は人とかかわるべきだと思うんだ。

 という訳で、いざゆかん!謎の城!


 あ、でも待って。

 もう一口飲んでからにしよう。

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