メイド、魔王城にて羊を飼う

欲望貯金箱

第1話

 何気ない日常。

 何気ない生活。

 一つの不自由もなく、かといって自由の無い普通の人生。

 欲望なんて無く、願いなんて無い。

 つまらない人生。

 そんな僕の毎日は突如として終わりを告げた。

 今、僕の目の前には筋骨隆々の巨大な老人がいる。


「やあ、少年。私は神だ。残念だが君は死んでしまったよ。情けないね」


 どこかで聞いたセリフですね、と返すことができれば上出来だったかもしれない。

 しかし老人の謎ポージングにより圧倒されていて言葉が出なかった。

 あまり詳しくないのだけれど、ボディビルダーのようなポージング。

 言葉を紡ぐたびにポーズを変えるその姿は正直うっとうしい。


「しかしだね、少年。まだ君は若い。若すぎる」


「はあ」


「そこでどうだろう。新たな人生を歩むというのは」


 新たな人生。

 転生という、命を終えたものが新しい肉体に再生することを定義した宗教学者もいたアレだ。

 と理解してもどうしても頭に入っていかない。

 視覚の暴力がひどい。


「君の望むままに、君の思い通りに、新たな人生を歩んでほしい!私はそう思っている。どうだろうか。魅力的な話ではないかな?」


「はあ」


「うむ、うむ。新たな人生が心配なのだろう?だが大丈夫!なんたって私が送り出すのだからね!」


「はあ」


 自信満々である。

 てらてら光る体を惜しげもなく晒して自信満々に言った。


「そうだなあ、君は今まで普通の世界に居た。ならば気分を変えて剣と魔法の異世界に行きたくはないかな?行きたいだろう!わかるぞお、冒険したい年頃というやつだものな!」


 まあ否定はしない。

 小さいころからファンタジー絵本や児童書を読み漁り、アニメやマンガも大好きだ。コンビニでついつい幻想世界の用語集を買ってしまい目的を見失うなんてよくやった。


「ちょっとしたズルも今回は許してしまおうか。君は今、新たな扉を開こうとしている。なに、心配はいらない!私がついている!」


 ついている……“憑いて”いる?

 いやいや、普通に付いているだな。そうに違いない。


「何か希望があるなら聞こう!どうしたいかな?」


「じゃあ」


「お、なんだい?」


「人間にしてください」


「え?」


 あれ、何かまずかったかな。

 大事だと思うんだけど。

 犬とか、ファンタジーならドラゴンとか、意思のある武器とか。

 そういうのはちょっと遠慮したい。

 勝手が違うだろうし。


「あ、ああ。構わないよ。大丈夫だとも!なんたって新しい人生なのだから!」


 そういえばそうだった。

 人生なんだから人間だよね。


「じゃあ女性にしてください」


「男の子なら一度は考えたことがある願いだね、良いとも!君を女性にしてあげよう!」


「できれば背は高め、胸は小さめ、表情筋はあまり動かない方向で」


「お、自分の意見が出てきたじゃないか。それでそれで?」


「あー……今の年齢からスタートって出来ますかね」


「ああ!かまわないよ。確かに乳飲み子から再スタートするのは気恥ずかしい」


 うん、うん、と頷くのだけど。

 僕は今の続きがしたいだけでそんなこと考えてなかっただけだったり。

 女性になる時点で続きなんてないけど。


「他にはないかな?スーパーパワーが欲しい、最強になりたい、どんなところからスタートしたい、どんな状態で居たい。いろいろ受け付けるぞ!」


「じゃあ、防御したり避けたり受け流したり。そういう技能がうまくなりたいです」


「なるほど!痛い思いをするのは嫌だものな」


「それと、あまり人の多いところには行きたくないです」


「ふむ、人間の少ない地域に送ってあげよう」


 なんか違和感のある言い方。

 まあいいや。


「あと、羊飼いになりたいです」


「ほう?それはまたどうして」


「カワイイじゃないですか、羊」


「うむ、可愛らしいな。それでは新たな世界で最も等級の高い羊を4頭ほど」


「いえ普通の羊で」


「遠慮することはない!」


「ホントに普通で良いです」


「いや、それは遠慮だとも!わかっている、大丈夫だ。私は優しい神だからな。最も等級の高い4頭の羊を与えよう!」


 ホントに普通の羊で良いんだけどな。

 他に、他に……そうだ。


「メイドにしてください。ロングスカートの。英国式ヴィクトリアンの。室内帽ホワイトブリムの」


 メイドは夢。

 そして希望。

 欲望に忠実に。

 願いなんて無い、なんて。

 そんなことは無かった。

 現実にメイドが居ないなら。


「僕がメイドになればいい!」


「ちょっと私は理解が出来ないかな」


 残念です。

 でも、それで。

 お願いします。


「ふむ、それでは条件を固定しようじゃあないか。心配はいらない。私が君の行く先に幸あれと願えば叶う。何せ私は神だからな!」


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 はて、ここはどこだろう。

 そう思いながら身を起こす。

 そして違和感。

 はっとして現状を確認した。

 黒、そして白。

 正しく正しくメイド服。

 由緒正しき英国式ヴィクトリアンメイドの姿。

 独自に進化したジャパニーズメイドでも、派手さを重視したフレンチメイドでもなく、夢にまで見たメイドさんである。

 ああ、憧れのメイド。

 素晴らしい。


「めー」


「べー」


「ヴェー」


「むぇー」


 ふと、目を向けると。

 エメラルド色したムフロンのような大きい角を持つ二頭の羊と、角を持たない二頭の羊がいた。

 その体毛は白く見えるものの、よく観察するとうっすら緑だ。

 しかし四肢や顔はサフォークのように黒い。

 そしてもう一つ特徴を上げるとすれば。


「めー?」


「べえぇー!」


「ヴェ~」


「むぇ」


「僕の身長、結構あると思うんだけど」


 一頭一頭が、明らかに大きいのだ。

 至近距離で象とか見たことないけど。

 たぶんそんなに変わらないんじゃないかなあ。

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