第14話・彼らは何を齎す




 暫く茶を呑みながらゆったりとした時間を過ごしていた三人だが、それは唐突に終わりを迎える。

「……晶子と小母さんはここにいろ」

 急に外が騒がしくなったのだ。

 それを感じ取った一瞬で鋭い気配を纏ったカイルが、窓に近く。

「!」

 途端、カイルの全身から殺気がほとばしった。

「……カイルさん?」

 窓の外を警戒しつつ覗いた直後、無言で外套を羽織り、腰にく剣の柄を握り締めるカイルの様子からある程度の状況を察した晶子は、表情を硬くする。

「……街が敵に襲われてる。放っておけばこっちに来るのも時間の問題だろう。だからそうならないように、ちょっと行って来る」

 出来るだけ心配を掛けないように、表情を和らげてカイルは告げた。

「ですが……」

 不安に顔を染める晶子をカイルは引き寄せた。

「大丈夫。そこまで数は多くないようだから、そんなに掛からずに帰って来れる」

「……分かりました」

 頷いた晶子だが、それでも不安の色は濃い。

 そんな晶子の額にカイルは口付けた。

「──直ぐに戻る」

 そっと、名残惜しげに身体を離したカイルはセラを見遣る。

「晶子を頼む」

「任せときな」

 しっかりと頷いたセラに軽く口角を上げたカイルは、片手を上げて家を後にした。

「カイルは強い。だからそんなに心配しなくても大丈夫さ。ね?気を張るのはお止め。腹の子のためにならないよ」

 暫くカイルが出て行った扉を見つめ、両手を胸の前で握り締めていた晶子の肩に手を置き、セラは声を掛ける。

「……はい……」

 返事はするものの心配そうな表情は変わらない。

 けれど握り締めていた手を緩め、その手で自分の腹をそっと撫でた。

 そこへ、扉が叩かれる音が届いた。

「!」

「お待ち晶子。私が出るよ」

 カイルかも知れないと、はっとして顔を上げた晶子。

 今にも扉に駆け寄りそうな彼女を止め、セラが扉に足を進めた。

 内と外とを遮るそれに手を置き、声を掛ける。

「……誰だい?」

「──モリソンだ」

「……侯爵?」

 眉を顰めたセラは後ろを振り返る。

 視線を受けて、晶子はコート掛けに掛けてあった外套を素早く羽織り、フードで髪と瞳を隠した。

 それを確認したセラは、ドアノブに手を掛ける。

 ──ゆっくりと押し開いた扉の向こうに立っていたのは、何時かカイルを軍にと誘ったあの男。

 その背後には七人ばかり騎士が控えていた。

 物々しい様子に、セラの表情は険しいまま。

「……侯爵が一体何のご用で?生憎とカイルは留守なんですがね」

 彼がしつこくカイルを軍に勧誘している事はセラも知る事。

 故に言葉には嫌悪が宿る。

 しかし、モリソンの返答は想定外のもので。

「いや。今日はカイル殿の奥方に用がある」

「……え……?」

 思わず晶子から困惑の声が漏れた。

 声に釣られて視線をセラの背後へと向けたモリソンは、晶子をその目に捉える。

「そなたが奥方か」

「……この娘に、何のご用です?」

 視線を遮るように二人の間に身体を移動させたセラは、先程よりも険の籠った問い掛けをモリソンに向ける。

「何、少しばかり城まで同行して貰いたいだけだ」

 そうモリソンが答えるや否や、その背後に控えていた騎士が動いた。

「ちょっと……っ!」

 建物内に入ろうとする彼らをセラが慌てて止めようとするが、しかし押し退けられて侵入を許してしまう。

 屋内に足を踏み入れた騎士らは躊躇う事なく晶子へと近付いた。

「っ、やめて!」

 腕を掴まれた晶子は、抵抗を示した。

 けれども、身重。

 下手に動けない。

 ──その時、ぱさっと外套のフードが背後へとずれて、今まで隠されていた晶子の髪と瞳が露わとなった。

「ぁっ……!」

「……これは……!!」

 晶子とセラはさっと青褪めるが、もう遅い。

 騎士らは息を呑み、モリソンは声を上げた。

 だが、驚愕の表情を浮かべたのも僅か。モリソンは、にっ、と口角を上げる。

「これは良い。陛下もお気に召すだろう」

 呟かれた言葉に、はっと顔を向けたのはセラだった。

「あんた、まさかこの子を……ゔっ……!」

「セラさんっっ!!」

「早く拘束せよ」

 何かに勘付いたらしいセラがモリソンに詰め寄ろうとするのを騎士の一人が腹に拳を打ち込んで止め、床に落とした。

 叫んだ晶子が、セラに手を伸ばす。

 けれどもモリソンの命に従う騎士に遮られ、その手がセラに届く事はない。

「離してっ……」

「怪我をしたくなければ、大人しくしておれ」

「っ……」

 両腕を捕られた晶子が拘束から逃れようと身をよじると、モリソンから言葉が飛んだ。

 ──自分だけが怪我をするのならば、まだ良い。けれども、自身に何らかの衝撃が与えられれば、それは腹にいる我が子に影響を及ぼす。

「……ふっ。物分りが良くて、助かるわ」

 抵抗を止めた晶子に、モリソンは満足そうに笑んだ。

 そのまま騎士に連行され、晶子はモリソンと共に扉の外へと消えて行く。



「……しょ……こ……」

 薄らぐ意識の中、セラは遠去かる晶子の後ろ姿に手を伸ばした──。



・*・*・*・*・*・



 近くに入り込んでいた敵を一通り片付けて家に戻ったカイルは、扉が僅かに開いている事に気付き、一瞬で気を張った。

 腰に帯く剣を鞘から抜き、警戒しながら慎重に扉を開く。

「……!!」

 瞬間、視線が捉えたのは床に力なく倒れたセラの姿。

 室内に敵の姿がないのを確認すると、カイルは足早にセラに近寄った。

 倒れる彼女の傍に膝を折り、首元に指を触れる。

 ──どく、どく。指先に伝わるのは、心臓が送り出す血液の流れ。

 命がある事を確認し、ほっと息を吐いたカイルは静かに立ち上がり、素早く家内全体を見回った。

 だが、人の気配も姿も一切なく。

 ──そんな事、あってはならない。

 いなくてはならない人が、いない。

「っっ、」

 カイルはセラの許まで駆け戻った。

 そして、はやる気持ちを抑えながら仰向けにしたセラの肩を叩く。

「──小母さんっ!……セラ小母さん!!」

「……っ、」

 幾度か呼び掛けると、セラは小さく呻いた。

 瞼が震え、目を開けたセラは夢と現実の境がまだはっきりしていないようで朦朧とした様子を見せる。

 しかし脳内に掛かる靄が僅かに晴れるや否や、ハッとした様子で慌てて上体を起こした。

「……っ」

「小母さん!」

 急に頭を起こした事で眩暈を起こし床に手を付いたセラを、カイルは慌てて支える。

「しょ……こが……!」

 揺らぐ視界の不快さに顔を歪めながらも、セラはカイルに縋り付く。

「晶子が、侯爵に連れて行かれちまったんだよ……!」

「!!どういう事だ!?」

 咄嗟に掴みかかりそうになり、カイルは慌てて自重する。けれどもその言葉には焦りと怒りと焦燥が現れ。

「急に、モリソン侯爵が騎士共を連れて来たんだ。それで晶子を……っ。あいつら、晶子を王に献上する気だよ……!!」


 『王に献上』。


 その言葉にカイルの心臓はドグンッと嫌な音を立てた。

「早く、早く行ってやっておくれ!晶子を助けてやっておくれ……っ!!」

「……っ、小母さん、は」

 剣の柄を怒りのために握り締め、我を忘れそうになるのを必死に抑える。

「私の事は良い!腹に一発喰らっただけさ。だから、早く行っておくれ……!!」

 未だ苦しそうに息を乱しながらも必死の形相のセラに、カイルは頷いた。

「……すまない!」

 気にせず行けと促すセラに背中を押され、カイルは家を飛び出した。

(……晶子──……っ!!)

 胸の奥で悲鳴に似た叫びが上がった。




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