第12話・共に(※睦み合う場面有)




 ──ジェスの亡骸は早々に家の外、敷地内に埋葬された。

 その最期が、あまりにも悲惨だったがために。



 ジェスの訃報を聞いた人の弔問の列は、陽が沈んでも途切れる事はなく、怪我と自身の持つ色のために人前に出る事が出来ない晶子の代わりに、セラが目を赤く染めながらも客人の相手を務めてくれた。

 カイルは酷く傷悴しょうすいし、誰とも言葉を交わす事はなく。

「……それじゃあ、私は帰るからね。ちゃんと、休むんだよ?」

 漸く弔問客が帰ると、セラはそう言ってウィルソン家を後にした。

 見送った晶子は、カイルのいる彼の部屋へと足を向ける。

「──カイルさん、晶子です。入りますね」

 返事を待たずに扉を開けると、寝台に腰を下ろしたカイルが項垂れている。

 部屋に足を踏み入れた晶子は、カイルの傍に立ち、手を伸ばして彼をその胸に引き寄せた。

「……祖父さん、悔しかったよな……」

 ぽつりと呟かれたそれに、抱き締める腕に力を籠めた晶子はカイルの頭部に頬を寄せた。

「──それでもきっと、カイルさんが仇を取ってくれると分かっていたはずです」

 それを証明するかのように、ジェスの最期の表情は穏やかだった。

 小さく頷いたカイルは、そっと包帯の巻かれた晶子の腕に触れた。

 晶子が抱き締める力を緩めると、カイルはその腕を取る。

 優しく、労わるように包帯に指先を触れたカイルは、苦しげに口を開いた。

「……ごめん」

 護ると誓ったのに逆に傷付けて、と。

 晶子は頭を振り、ふわりと微笑む。

「名誉の勲章です」

 カイルに自分を取り戻させる事が出来たのならば、一生残ると言われる疵でも気にはならないから。

 その言いように、軽く頬を緩めたカイルは、そっと包帯の上から腕に唇を付けた。

「っ、」

 息を詰め、僅かにぴくりと反応を示した晶子を、その体勢のままカイルは見上げる。その瞳の奥には燻る何かが。


 ──それを認めた晶子は、カイルの全てを受け止める覚悟を決めた。


 カイルは傷付いた腕を伝ってゆっくりと上へと上がって来る。

 僅かな時間、鼻先が触れる程近くで交わる視線。そして──触れ合う唇。

 晶子は抵抗する事なくそれを受け入れ、カイルは口付けを深めた。

 立ち上がったカイルに腰を引き寄せられ、舌を絡め取られる。

 いつの間にか身体の向きを変えられ。左腕を気遣われながらも、どさっ、とベッドへ仰向けに倒された。

 直ぐさま身体にカイルが跨るように覆い被さり、再び晶子の唇は奪われる。

 身に纏うワンピースの裾をたくし上げられ、カイルの指が長く美しい晶子の脚に直接触れた。

「んっ」

 口付けながら、その滑らかで柔らかな肌の感触を楽しむかのように、カイルは暫く晶子の太腿に手を這わせ。

 ワンピースに手を掛けると、そのまま一気に脱がせた。

 露わになる、白くきめ細やかな肌。

 下着だけを身に着けたその姿は艶めかしく。

 自身も上着を脱ぎ捨てたカイルは今一度晶子に深く口付け、そのまま唇で肌を滑って行く。

「っ、ぁ……、ふっ……」

 与えられる刺激に声を漏らす晶子の目尻から、透明な液体が止めどなく流れ落ちる。

 自分を取り戻したと言っても、完全にというわけではない。

 カイルはどうしようもない悲しみと喪失感を持て余し、それをぶつけるため、または消化するために晶子に触れていて。

 愛しているからこそ、全てを受け止めると決めた。

 彼を拒絶しないと決めた。

 けれど、そこに心がない事が悲しくて。

 ──ただ、それだけが悲しくて。


 初めて貫かれた時、痛みに息を詰めた晶子に構わず、カイルは腰を動かし。

 次第に快楽に顔を歪ませ、声を上げだした晶子を容赦なく揺らしたカイルは、絶頂に晶子が気を失うまで、その行為を続けた。




・*・*・*・*・*・




 ゆっくりと瞼を上げた晶子は数度瞬きを繰り返し、自分を包む、温もりのある横に視線を移した。

 そこには瞼を下ろし、規則正しく呼吸をしているカイルの姿が。

「──」

 起こさぬように腕を退け、ベッドから抜け出た晶子は、自身の中から流れ出るそれに覚えた、愛しさと寂しさを振り払うかのように軽く頭を振ると、昨夜脱がされた衣類を拾い集めて再び身に着けた。

 カイルの服も畳んでベッドのわきに置き、静かに扉に手を掛けた晶子は一度後ろを振り返る。

 そして、ベッドに横になって眠るカイルを少しだけ見つめると、音を立てないように気を付けながら部屋を後にした。




 ──隣にあるはずの温もりを求めて手を伸ばしたカイルはそれがないことに気付き、ばっ、と勢い良く瞼を押し上げた。

「っ」

 慌てて寝具を捲るが、やはりおらず。

「しょうこ!?」

 部屋を見渡しても、その姿は見当たらない。

 その時、寝具に付くものが視界に入った。

「ぁ……、くそっ」

 それは破瓜によって零れ出た血の跡。

 ──昨夜の、いや、二、三時間前までの情事を鮮明に思い出したカイルは、自分のした最低な行為を酷く悔やんだ。

 初めての痛みに耐える晶子を気遣う事もせず、己の欲望のままに、本能のままに彼女を抱き続け。

 その行為の最中に微かに視界に入った涙に、自身の罪の重さを自覚する。

 慌てて服を着て探そうと思った時、自分の脱ぎ捨てた服が丁寧に畳んである事に気が付いた。

「っ」

 取り返しのつかない事をした自分に向けてくれる優しさに、胸が締め付けられる。

 ──昨日だって、そうだ。

 晶子の目の前で幾人も殺害し、あまつさえ彼女を斬り付けた。

 戦いに身を投じる事なくこれまでを生きて来た彼女。怖がられても当然だった。

 なのに、晶子はカイルを包み込んでくれて。

 その優しさに甘えて、身体を奪った。

「しょうこ……!」

 手早く服を身に着けたカイルは急ぎ部屋を後にする。けれど、家の何処にも求める姿はなく。

「しょうこっ!!」

 カイルは焦燥に駆られる。

 ──今は漸く夜が明ける時刻。

(何処にいる、しょうこ!頼む。何処にも行かないでくれ……!俺の傍にいてくれ……!!)

 必死に晶子を求めるカイルは、外へと通じる扉を開いた。




 ──早朝の冷たい風が、晶子の身体を撫でる。

 外套のフードが飛ばないようにと指先で摘み、晶子は少し視線を下げて、ある一点を見つめていた。包帯の巻かれた左腕は、僅かに熱を持つ。

「……ジェスさん」

 目の前にあるのは、太い木の枝で十字を模した物。

 簡易的に作られたその墓標の下に、ジェスは眠っている。

 ──ジェスは第二の祖父のような人だった。

 常に晶子を気に掛け、過ごしやすいようにと心を砕いてくれていた。

 瞼を下せば、ジェスの笑顔が浮かぶ。

 最後に言葉を交わした時が浮かぶ。

 つうっ、と頬を涙が伝った。

「……もしかすると、私、ここを出て行く事になるかもしれません」

 ──カイルに身体を差し出した事。後悔もしていなければ、見返りを求めようなどと思ってもいない。

 彼が望むなら、自分の胸の奥にしまい、無かった事としても良い。

 けれど、そうはいかないだろう。

 カイルはきっと気にするはず。顔を合わせる事を嫌に思うかも知れない。もしくは、責任を取ろうとするか。

 晶子は罪悪感や責任感で、どうこうして欲しくはなかった。

 自分の中にある想いは──。

「もっと、支えて行きたかったけれど……」

 ただただ純粋に、カイルを支えたいだけ。

 晶子は無意識に、首に下がる形見の指輪を服の上から握り締めた。


「……──しょうこっ!」


「!?」

 驚いて振り向いた晶子の目に映ったのは、家から慌てて飛び出したカイルの姿。

「しょうこ……。良かった。見つけた……」

 カイルは晶子を認めると、安心したように表情を崩す。

 慌てて後ろを向き、流れる涙を拭った晶子は、笑みを浮かべてカイルを振り返った。

「おはようございます、カイルさん。すぐに朝食の用意をしますね」

 それに戸惑いの色を浮かべたカイルは、唇を重そうに開いた。

「あ、のさ。昨夜の事、なんだけど……」

「昨夜ですか?何かありましたか?」

「!」

 それは、二人が身体を重ねた事を無かった事にするという意思表示。

 気に病まないで欲しいという、晶子の想い。

 このままカイルが言葉を引けば、昨夜の情事に触れる事は二度と出来なくなるだろう。

 そうはさせないと、話す事はないのだと言わんばかりの晶子をカイルは強い瞳で見据えた。

「──話を、聴いて欲しい」

 無かった事にしたくはないのだと告げるカイルの瞳に射抜かれ、晶子は無意識の内に形見の指輪を再び強く握り締めていた。

 ──覚悟を決めなければならないのかも知れない。離れる覚悟を。

 恐怖を胸に押し隠す晶子を見つめ、一度深く呼吸をしたカイルは、ゆっくりと口を開いた。

「……あんな事をしておいて、信じられないかも知れない。こんな事、言う資格が無いのも分かってる」

 拳を握り締めたカイルは、緊張を孕んだ声音で告げた。

「──俺はしょうこを、愛している」

「っっ!?」

 真剣なその眼差しに、その言葉に、晶子は息を詰めた。

 カイルは真っ直ぐに見つめたまま言葉を続けた。

「……だからと言って、許される事じゃないのも分かってる。しょうこの優しさに縋って、しょうこの心を無視して抱いて。最低な事をしたって、分かってる。嫌われて、憎まれて、恨まれて、出て行かれても仕方がないって事も、分かってるんだ。……でも、俺は……、それでも俺は、しょうこを失いたくない──……っ」

 カイルの言葉が嘘でない事は、その表情が、声が伝えてくれる。

「──……」

 口を手で覆った晶子は、その目から涙を零した。

「!!しょうこっ」

 頬を伝う涙を認めた瞬間、カイルは焦った様子で駆け寄った。

 手でその頬に触れようとして、けれどもそれをすんでの事で引っ込める。

「……そんなに、憎いか……?」

 苦しげなその問いに、晶子は頭を振った。

「っ、ち、がいます……。嬉しくて……」

 その返答に、カイルは困惑したように首を傾げる。

 その彼を涙で歪む視界の中、必死に見つめて、晶子は言葉を紡いだ。

「あの行為に心は無かったと思っていたから、辛くて……、でも、そこに心があったと知って、嬉しいんです」

 涙を流しながら告げられた心に、カイルは胸を締め付けられた。

 ──優しい晶子をやはり苦しめていたのだ、と。

 けれどそんなカイルに、晶子は頬に涙を伝わらせながらも笑みを向けた。

「──私も、カイルさんを愛しています」

「!!しょうこ……」

 まさか、気持ちを返してくれるとは思ってもいなかった。

 決して浅くはない傷を心に負わせた相手に真っ直ぐに心を向けてくれる晶子を、カイルは抱き締めたいという気持ちに駆られる。

 だが、一度深く傷付けてしまったために、その衝動を押さえ込みつつ、晶子の心を確かめる。

「抱き締めても、良いか……?」

 何処か恐れを含んだそれに、晶子は頷いた。

 恐る恐る伸ばされた手は晶子の肩に触れ、背に廻り、ゆっくりとその身体を包み込む。

 反応を確かめるように、徐々にその力が増して行く。

 けれども晶子がカイルの背に腕を廻した事で、一気にそれが強まった。

「──しょうこ、一生大切にする。二度と傷付けない。何があっても、何に代えても護る。しょうこが元いた場所に帰るとしても、離れない。共にあると誓う。だから、……だから、俺の妻になって欲しい」

 懇願する声に、言葉に、晶子の流す涙は量を増す。

「……っ、はいっ……」

 カイルの腕の中で、何度も何度も頷いた。

「ありがとう、しょうこ。……ありがとう……」

 抱き締める腕に力を籠め、そしてゆっくりと身体を離したカイルは、晶子の涙に濡れる頬に手を添えた。

 徐々に近付く顔に、晶子は瞼を下ろし。

 ──そっと、優しく唇が重なった。

 暫く後にゆっくりと唇を離したカイルは晶子の両瞼にも口付けを落とし、恥ずかしそうに頬を染め、けれども嬉しそうに微笑む愛しい女の身体を抱き上げた。

「っ、ぁ……」

 驚き、小さく声を上げて咄嗟に首に腕を廻した晶子の額に軽く唇を触れさせ、顔を覗き込む。

「……昨夜の上書きをさせて欲しい」

「……え……?」

 晶子の瞳に戸惑いの色が浮かぶ。

「……酷い抱き方をした事を、取り消す事もやり直す事も出来ないから。せめて、晶子の身体に上書きをしたいんだ。……嫌か?」

 窺うような瞳は、晶子が嫌だと言えばそれを尊重する事を告げている。

 けれど──。

「……」

 頬を真っ赤に染めた晶子は首を横に振った。

 カイルの瞳に歓喜の色が宿る。

「……ぁ、でも、その……、昨夜からまだ湯浴みはしてなくて……」

 それからでも良いかと問う晶子に、カイルは口を開く。

「俺もまだだから、一緒に入ろう」

「えっ……!?」

「嫌?」

 思わぬ返答に焦る晶子を、カイルは見つめた。

 動揺し、目を泳がせた晶子は、更に顔を赤くし俯いた。

「……あまり、見ないで下さいね……?」

 小さく呟くような声にカイルは頬を緩め、ちゅ、と再び額に唇を落とすと、家へと足を向けた。


 ──遠去かる二人の身体を、ジェスの墓がある方角から吹いた柔らかい風が撫でる。


 場を去る直前、墓に視線を移したカイルが亡き祖父に向けて落とした言葉。

「……大切にするから、見守っていてくれ」


 その風は、まるでジェスがそれに応えたかのようで。

 とても、優しかった。




 ・*・*・*・*・*・




「……カイル殿、頼む。ベペアヴァムとの関係は更に悪化していて、貴殿の力が必要なのだ。軍に入ってくれ」

「いくら言われようとも、答えは変わりません。俺は何があっても、愛するひとの傍を離れないと誓った」

 ジェスが世を去ったのち、今まで以上にしつこく入隊を要求する侯爵に、しかしカイルの返答は揺るがない。


「──どうだった?」

 城の一室。

 見るからに上質な物と分かる衣服に身を包んだ壮年の男は、モリソン侯爵に視線を送る。

 侯爵は頭を振った。

「相変わらずの答えで……」

 それに男は嘆息した。

「ウィルソン将軍が世を去り、今ならば良い返事を聞けると思うたが……」

「それが、愛する者が出来たようで」

「──ほう。人を容易くうちに入れないアレに、そのような者が出来たか……」

 男の瞳に、好奇心が宿った。

「ふむ。一度その者とみたいものだ……」

 男の小さな呟き。

 それに侯爵は深く頭を下げた──。

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