第11話・悲しみ




 家に向かう中で、異変に気付いた。

 何がとははっきりしないが、樹々や生物が騒々しいように感じ、二人を嫌な気が包み込む。

「悪い、急ぐ。──来い」

「はい」

 馬に飛び跨ったカイルは晶子を引き上げ、馬を駆けさせた。




 ──着いた家の前には見知らぬ男が三人。

 その中の一人の手には剣と、──血が滴り落ちる人の首。

 その顔は、ジェスのもので。

 男の足許には、首のない人間の亡骸があった。

「「!!」」

 二人の心臓が嫌な音を立てる。

 男達は、目を見開き固まる二人に気付くと顔を向けた。そして、笑みを浮かべる。

「あ?お前らこのジジィの身内か?こいつ、俺らにやる金は鐚一文びたいちもんねぇってほざきやがるから、ムカついてよ。殺しちまった」

 悪りぃなと、けらけら笑う男は、手にしていたジェスの首を二人に向かって放り投げる。

「ほら。返すぜ」

「「!!」」

 放物線を描き地面に落下したジェスの首は、二人の乗る馬の手前で止まり。

 カイルは静かに馬の背から降りた。


 ──その身体からは身を焼くような激しい怒りが放たれている。


 ゆらり、と一歩前に足を出したと思った瞬間には、もうそこに彼の姿はない。

 地を蹴ったカイルは一気に間合いを詰め、腰に帯いていた剣を抜くと同時に横に一線を描いた。

「ぐわっっ……!!」

「こいつっ!!」

 一人を一瞬で斬り倒すと、残りの二人がそれまでの表情を一変させ、憤怒の形相で剣を抜いた。

 と、騒ぎを聞きつけ、屋内からぞろぞろと六人程の男が姿を見せた。

「どうした!?」

「なんだ!?」

 どうやら男達の仲間らしいその者達は、抜き身の剣を手に立つカイルの足許にたった今彼が倒した男の遺体を目にすると、顔色を変えて一斉に剣を抜いた。

 カイルは、あっという間に八人の男に取り囲まれる。

 人が斬り殺されるという光景を目の当たりにした晶子は目を見開き、その身を硬直させていたが、しかしカイルが囲まれたのを見ると、何とか我に返った。

 震え、力が入りにくい己の身体を叱咤し、馬から降りる。

 カイルは一対八という圧倒的に不利な状況下にいながら、しかし怯む事なく、寧ろ殺気を増幅させ、剣を持って向かって来る男達を素早い動きで迎えた。

 その力量は歴然としていて。

 男達の剣はカイルに掠りもしなかった。

 晶子は数歩足を進め、地に無残に転がるジェスの頭部に手を伸ばした。

「……ジェスさん……」

 屈み込み、それを大事そうに抱えた晶子は涙を一筋流した。

 けれども今、悲しみに浸るわけにはいかないと、晶子は涙を拭う。

 目の前では、尚もカイルが剣を振るっている。

 その実力から、カイルが負けるという事はないと分かる。

 しかし、今現在カイルは怒りに囚われ、我を失っている。──とても危うい状態だ。

 このままでは自分自身さえも傷付けかねない。

 晶子はジェスの頭部を今一度抱き締めると、その額に口付けた。

 そして、馬の傍にそっと置く。

「──ジェスさんを、護ってあげて」

 馬に語り掛けた晶子は、カイルの方へと身体を向けた。

 ──カイルの周りに残っているのは、ジェスの頭部を投げた男のみ。

 他は皆、既に地に倒れていた。

 カイルはその男の身体を少しずつ剣で刻み行く。

 ──楽に死なせるつもりなど毛頭ない。

「……や、やめろっ!!」

 男は無様に剣を振り回すが、それがカイルに掠る事はない。

 じりじりと男を追い詰めて行く。

「ゔぎゃあ"ぁ"ぁ"っっ……!!」

 腕を一本斬り落とされた男は耳障りな悲鳴を上げた。

 しかしそれを気に留める事なく剣を持つ手を返したカイルは、男の耳を削ぎ落とす。

「ゔあ"ぁ"ぁ"……っ!!」


 ──カイルは、完全に怒りに呑み込まれていた。


 目の前で繰り広げられる凄惨たる光景に、一瞬呑まれそうになるが、しかし晶子はカイルの危うさに己を叱咤した。

 ──このままではカイルは壊れる。何としても自分を取り戻させねばならない。

 晶子は躊躇わずに地を蹴った。カイルの許へと駆ける。

 けれどそれは危険な行為。

 怒りに狂った者は正気に戻さなければ敵味方の判別が付きにくい。

 現に、彼の剣が届く距離まで近付いた晶子は、カイルから攻撃を受ける事となった。

 がしかし、本能では敵ではないと分かっているのだろう。

 加えて、目の前の男への激しい怒り。ぎりぎり晶子はかわす事が出来た。

 しかし致命傷は回避出来るとはいえ、カイルの振るう剣はその皮膚に線のような疵を幾つも生み出した。

 晶子はカイルとの距離を縮める。

「っ、カイルさん!」

 もう、男は意識を失っている。

 微かに胸は動いているため、まだ息はあると知れるが、事切れるのも時間の問題。

 それでもカイルは男に対して繰り出す剣を止める事はなく。

(──このままじゃ……!!)

「っっ、」

 左腕に鋭い痛みが走った。

 ぼたぼたっ、と腕から少なくはない血が流れ落ちる。

 晶子は苦痛に顔を顰めるが、構わずにカイルに手を伸ばした。

「──カイルさんっ!!」

 漸く、その指先が届いた。


「……しょ……こ……?」


 ──その優しい温もりに、幾度も自分を呼ぶ護りたい存在の声に、カイルの動きが止まる。

 晶子は、安堵の息を吐いた。そして、弱々しく名前を口にしたカイルを抱き締める腕に力を籠めた。

「カイルさん。ジェスさんを早く弔ってあげましょう?ずっとあのままなんて、あまりにも酷すぎます」

 その言葉に、カイルは首を動かした。

 その目に、首のないジェスの身体と、馬の傍らに置かれたジェスの頭部が映る。

 ──ふら、と引き寄せられるようにカイルは足を踏み出した。

 覚束おぼつかない足取りで馬の傍まで行くと、崩れるようにして地に膝をついた。

 震える指先がジェスの頭部に触れる。

 恐る恐るといった様子でそれを抱き上げたカイルを、寄り添うように傍に膝をついた晶子は自身の怪我などお構いなしに包み込むように抱き締めた。

 労わる手付きでカイルの髪を撫でる。

「……泣いて下さい。ジェスさんのために」

「っっ、」

 カイルはジェスの頭部を強く抱き締めた。



「あ"ぁぁぁぁぁっっっ──……!!」



 カイルの悲痛な叫びを聞きながら、晶子は静かに涙を流した。



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