第5話・過去の真実・開かれる扉(犯罪場面あり)




 深夜。

 遅い夕食、と言ってもスープを口にしただけの晶子は、ベッドに身体を横たえていた。

 けれども神経が過敏になっているのか、はたまた予感があるのか、あるいはその両方か。目を閉じていても眠りにつく事はなく、時間だけがただ過ぎる。


 ベッドに身を任せて、どのくらいの時間が経ったのか。

 ──カシャンッ、と自室の窓硝子が割れる音が聞こえた。


「っ!」

 何事かと飛び起きた晶子は、目を見開いた。

 暗い室内に人の姿がある。──それは一人。

 警戒する晶子の許に素早く近付いたそれは、躊躇うことなく晶子をベッドに押し倒した。

 近距離で分かる相手の顔。

「──貴史さん!?」

 自分に跨る男に、目を見開いた。すぐに口を手で塞がれる。

「黙ってろよ。すぐに気持ち良くしてやるから」

 にやり、と気持ちの悪い笑みを浮かべた貴史は口を覆っていた手を退けて迷う事なく晶子のワンピースの裾を捲り上げた。同時に声を出せないように激しく唇を奪う。

「っっ!!」

 突然の事に一瞬硬直した隙を突かれて、口内に舌を入れられる。

 中を蹂躙じゅうりんする貴史の舌に強烈な嫌悪感を感じ、抵抗のために噛み付いた。

 ──微かに血の味が広がった。

「っ、テメェ!!」

 ばっと離れた貴史は晶子の顔を殴り付けた。

「っ」

「これ以上痛い目を見たくないんだったら、大人しくしてろ!」

 言って、晶子の露わになっている美しい脚と、秘部を覆う布に視線をやる。

 それを舌舐めずりしながら見た貴史の瞳には欲望の色が浮かんでいて。

 いやらしい手付きで晶子の脚を撫で、中心へと指を滑らせる。

「俺、晶子の事、前から狙ってたんだ。今日は母さんの命令だけど、晶子とヤレるんならなんだって良いや」

 触れられ、全身が嫌悪感から震え、吐き気をもよおす。

 けれども何とか自分が置かれている状況と貴史の言葉を理解すると、口を開いた。

「……伯母様の命令って……?」

 声が震えたのは迫り上がって来るものを抑えるため。

 だが、それを恐怖から来たものだと勘違いしたらしい貴史は、愉悦に顔を歪ませる。

 晶子は女。男の自分に力では敵わないと、企みを口にした。

「祖父さんの遺産を相続するお前に子供が生まれれば、いずれそいつが相続する。だから、晶子に俺の種を植え付けるんだ。父親にも親権はあるからな。ガキが小さい内にお前を死んだ事にして遺産を相続させれば、手に入れたも同然だろう?──大丈夫だ。晶子は本当に死ぬまで俺が閉じ籠めて可愛がってやるから」

 言うと、晶子の顔に自分のそれを息が掛かる程近付けた。

「安心しろよ。今からたっぷりと生で入れて中に注いでやる」

 にぃっ、と口角を上げた。

 だが──。

「っっ、っ!ヴッ……」

 ゴチッ、と鈍い音が聞こえたかと思うと、今度は貴史の呻き声。

 倒れて来た貴史の身体を退け、晶子は立ち上がった。

 貴史は股間と腹を押さえて、ベッドの上にうずくまっている。

 先程晶子は、顔を近付けていた貴史の頭に自分の頭を叩きつけ、貴史が痛みと衝撃に怯んだ隙に股間目掛けて膝を打ち込み、同時に緩んだ手の拘束から抜け出し、貴史の鳩尾に拳を力一杯入れていたのだ。


 ──実は、一昔前、晶子は小学校からの帰り道で誘拐未遂に遭っている。

 車に連れ込まれそうになったものの、幸いにも人が通ったために事なきを得たが、しかし心配した喬尚の指示の許、晶子は護身のために合気道と剣道を学んだ。

 警護を付けても、万が一の事があるからと。

 故に、この程度ならばそつなく熟せる。


 貴史を残して晶子は部屋を飛び出した。

 今騒げば、貴史が失敗したと気付いて公子らが逃亡を図る可能性がある。

 なるべく静かに尚之の許へ行こう、と廊下を駆け進んでいると、ある部屋に程近い廊下の片隅で会話する男女の声を耳が捉え、晶子は足を止めた。

 そっと物陰に身を隠し、様子を窺う。

 ──それは今、会いたくはない公子と哲夫だった。

「──たかしら」

「今頃、励んでいるんじゃないか?」

 小声で話す二人。

 晶子は耳をそばだてた。

「しかし、公子も良く考えたな。晶子に貴史の子を産ませて、晶子が相続した遺産をその子供に相続させるなんて。で、晶子は死んだ事にして貴史に与えるんだったか」

「そうでもしないとお金が手に入らないじゃないの。相続人が未成年なら保護者が管理するし、父親なら親権があるから。晶子を殺さないだけ、褒めて欲しいわ」

「よく言うよ。昔、晶子を誘拐して身代金をたっぷり頂いた後で殺そうとしていたくせに」

「!」

 それに晶子は、はっとした。

「煩いわね。結局、彼奴あいつらは拐うのに失敗したんだから、関係ない事でしょう?て言うか彼奴ら、本当に使えない奴らだったわ」

 思い出して、不機嫌に顔を顰める公子。

 晶子は愕然としていた。

(……あれは、伯母様の指示……)

 ──幼い頃の嫌な記憶が蘇る。



 それは小学二年生の時だった。

 全ての感情を胸の奥に閉じ籠めていた人形のような状態から、少しずつ回復し始めていた頃。

 普段は家庭内学習を行っていたが、少しでも外の環境に慣れるためと、一ヶ月に一度の頻度で学校に通っていた。

 その帰り道だった。

 晶子を気遣って共に帰ってくれるクラスメイトと静かな住宅街を歩いていた、その時。

 突然の現れた男に口を手で塞がれた。

 傍にいたクラスメイトは驚きと恐怖のあまり固まっていて。

 目の前で走り止まったワンボックス車の後部座席のドアが勢い良く開く。

 そして後部座席に乗っていた男が手を伸ばし、早く乗れ、と晶子を抱える男に指示を出した。その言葉に従うように晶子を抱える男が車に向かって一歩足を踏み出す。

 悲鳴を上げぬよう塞がれた口許。恐怖と息苦しさに全身の血の気が引くのを感じながら、ちらりと視界に入ったクラスメイトの姿に安堵する。

 その子に男達の手が伸びなかったのがせめてもの救いだと思った。

 車内まで後一m。──と。

『何をしているんだ!!』

『──お嬢様!!』

 近くの住人が家の中からそれに気付いて飛び出して来ながら声を上げ、晶子を迎えに来ていた使用人が走り寄る。

 彼らの声で、何事かと側近くの家に暮らす住人らが建物内から顔を出し、流石に男らもまずいと思ったのか晶子を離して車に乗り込み逃走した。

 乱暴に解放されたため擦り傷を負ったが、けれどそれだけで済み。

 事件を知った喬尚は、会社から飛んで戻り、晶子を掻き抱いた。


 ──その誘拐未遂事件が、公子の指示によるものだったと。

 しかも、身代金を得た後は自分を殺すつもりだったと。


 衝撃を受ける晶子の耳に、更なる真実が届けられる。


「──全く。あの時、晶子も家にいる事を確認した上で火を付けるべきだったわ」


 ──待って、と。


(どう、いう、……こと……?……火って……)

 火と聞いて頭に浮かぶのは、両親を奪った放火の事。

 まさか。

 まさか、まさか、まさか、まさか。

 ──まさか。

 けれども、確かに『晶子も家にいる事を確認した上で火を付けるべきだった』と公子は言った。

 それが意味するのは──。


「本当に。あんな事、金で雇った奴らにさせたら何処で漏れるか分からないからわざわざ俺達自身の手でやったのに、誤算だった。まさかこの邸に晶子が泊まっていたなんて。結局死んだのは亮子と彰だけだったし」

「そうよ。あの時晶子も死んでいれば、こんな事にはならなかったのに……。腹が立つったらないわ!」


 それは晶子の両親を殺害したという告白。


「……っ」

 心に受けた衝撃があまりにも強大で、全身が震え、力が抜けた。

 がくんっ、と座り込みそうになるのを壁に手を付く事で何とか支え。

 ここにいてはならない、と。

 がくがくと震え力が入らず、鉛のように重くなった足を必死に運び、そこから離れた。

 ──懸命に足を運ぶ晶子は、無意識に庭に出て。

 広大な庭の一角にはウメモドキが一本植わっている。

 それは晶子が生まれた十一月八日の誕生樹であり、晶子の成長を願い、喬尚が植えたもの。

 その樹が植わった事は、両親である彰と亮子もとても喜んだらしく。

「……お、父さん、……お母、さん……お祖父様っ」

 ウメモドキの前に立った晶子は小さく震える声を上げた。

 その手は、胸許の指輪を握り締め。

(──どうして、二人が殺されなければならなかったの……っ!?)


「く、るしい、よ……っ。お父さん、お母さん、お祖父様……、──助けて……っ」


 胸許を抱き込むように背中を丸め、ぼろぼろと涙を流す目をきつく閉じた。

 ──その時。

 晶子の抱く、彼女を愛した者達が遺した三つの指輪が強い輝きを放った。






「……──お前、どうした!?」

「……もう、い、や。助、け……て」



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