連続通り魔事件の真相
取り壊されることなく、建物だけが残ったショッピングモールの周りには、雑草が生い茂っていた。壊された自動ドアのガラスがアスファルトの上に散乱し、固く閉じられたはずのドアは、誰でも出入りできるようになっていた。
三年前に無差別殺傷事件が発生してから、倒産が決まり廃墟になったショッピングモールを、愛澤春樹は一人で訪れる。その場所に犯人が潜伏していると信じた彼は、懐中電灯を手にして、暗闇の中を進む。
しばらく一階を歩いた彼は、人の気配を感じ取り、立ち止まった。
「隠れていないで出てきたらどうですか? 渋谷花蓮さん」
足音が廃墟に響き、愛澤は音の鳴る方向へ懐中電灯を当てた。すると、渋谷花蓮の顔が浮かび上がる。
「あなたは警察官ですか?」
渋谷花蓮が尋ねると、愛澤は首を横に振った。
「申し遅れました。愛澤春樹。熱狂的な野次馬だと思ってください。病院から姿を消したと聞いて、あなたならここに来るのではないかと思いましたよ。このショッピングモールは、連続通り魔事件の始まった場所だから。この場所であなたのお兄さんは、殺されたんです。だから僕と同じように、犯人を説得するために潜伏していたのではありませんか? あなたに代わって林警部補の敵討ちをした犯人を」
暗闇の中で犯人は唇を強く噛む。続けて渋谷花蓮は頷いた。
「この場所はお兄ちゃんが村上を取り押さえようとして、殉職した場所だから。お兄ちゃんは勇気を振り絞って事件を解決しようとした。だから私も勇気を出して犯人を説得しようと思った。この場所にあの人を呼び出して、自首を勧めるために」
息を潜める犯人は怒りにより目を充血させ、声のする方向を睨み付けた。
「横浜市で三件の通り魔事件を起こし、丸山翔を殺害した犯人は、あなたですね。大倉春香さん」
気配を消したはずの大倉春香は、懐中電灯の光に目が眩んだ。その女の首筋には絆創膏が貼ってある。
「どうして私が犯人なんですか?」
大倉春香が疑問を投げかけると、愛澤春樹は頬を緩め真相を語る。
「なぜ三件目の通り魔事件の時、あなたは都合よく現場にいて、渋谷さんの応急処理を施したのか。その出来事に疑問に感じた僕は、あなたのことを調べたんです。その結果、あなたと三年前の事件の犯人、村上は交際していたことが分かったんです」
「確かに私は村上と付き合っていたけれど、そんなことで疑うのですか? どうして私はあの事件で殉職した刑事の敵討ちをしなければならないのでしょう? あの刑事の遺族が犯人だったら、辻褄が合いますが」
「なぜ犯人は入手困難なナイフを犯行に使ったのか? あの事件の敵討ちなら、無差別殺傷事件の時に使ったナイフと同じ物を使うはず。しかし、あなたは普通のサバイバルナイフを使わなかった。その理由は友人が教えてくれましたよ。単純に使い慣れたナイフだからだと。通り魔事件で使われたナイフは、イギリスの伝統的な物。帰国子女のあなたは、あのナイフを使う種族の末裔の家にホームステイしていたようです。もっともあえて入手困難なナイフを使って、捜査をかく乱することも目的もあるかもしれませんが」
「そんなの状況証拠しかないでしょう。大体私は三件目の通り魔事件の時、渋谷さんの近くにいて、通り魔が彼女を刺す場面を見ているんですよ」
慌てて弁明する大倉春香に、愛澤は堂々とした顔付きを見せる。
「おそらく一件目と二件目は、あなたの犯行なのでしょう。しかし三件目は、あなたのアリバイを作るために、丸山翔に襲わせたのではありませんか? 覚せい剤売買に関することで彼を脅迫し、最終的に殺害した。それと物的証拠は丸山翔を殺害した時に出たようですよ。彼の爪からは誰かの皮膚片が検出されたと聞きます。それを調べたらすぐに分かると思います。あからさまにあなたの首筋には絆創膏が貼ってありますから、先々に疑うことになる。さらに、あなたは何度も非通知で丸山を脅迫していたようですが、彼の携帯電話にはちゃんと履歴が残っているんですよ」
大倉春香は、全てを諦め重い肩を落とした。
「まさか野次馬に真相を見抜かれるなんてね。あなたの推理通り、私が丸山を殺したんですよ。三件の通り魔事件は殺害のための通過点に過ぎない。ただ殺すのも面白くないから、あの男をジワジワと苦しめてから殺そうと決めてね。そのために林警部補を利用したってわけ。ある人から三年前の事件で殉職した刑事は丸山が覚せい剤の売買を行っていることを聞いて、使えると思ったから。通り魔事件の被害者は、彼の周りにいる女性。苗字の頭をとれば、ハヤシという名前が浮かび上がるという二つの条件を満たす女が二人いたから、彼女達を刺したんですよ。渋谷さんはあの事件の被害者の中から後者の条件を満たす人を選んだだけ。シの付く苗字の女性が彼の周りにはいなかったから」
凶変したようにペラペラと自供する大倉春香の話を黙って聞いている渋谷花蓮に、黒い影が忍び寄る。その影は彼女の背後から、花蓮の首筋にスタンガンを当てた。そうして彼女の体に電流が流れ、花蓮はそのまま気を失う。その異変に愛澤春樹は気が付いたが、それを無視して、大倉に尋ねる。
「最後にお聞きします。どうやってあなたはこの国では入手困難なナイフを手に入れたのでしょうか?」
「ある人から聞いた。それが答えです」
大倉春香はそう言い、瞳を閉じた。
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