ACT. 2 突撃する生き物

『それで? 結局その子と一緒に行くって言うんですか? A級依頼を?』

「まあ、そうなるな……」


 安い宿の一室、硬いベッドに寝転びながらライは夕食時にあった出来事をミューアに話した。なんとなく了承したものの、やはり不安も拭えずにいたのだが、案の定レシーバーから盛大なため息とあきれた声が聞こえてくる。


『あなたらしいと言えばそうですが……相変わらずバカですねえ』

「うるせーよ」


 小馬鹿にされて一瞬不貞腐れるも、反論のしようがないので、とりあえず寝返りをうっておく。


『まあ、そんなお人好しなライも嫌いではありませんけどね』


 そう言われてしまうと複雑な気持ちとなるのだが、ミューアは気にもせず話を切り替えてくる。


『で、その子のことを調べたらいいんですね?』

「……ああ。念のため頼むよ」


 身分証が本物とは限らない。念を入れるに越したことはないだろうと相棒に依頼するが、内心では何も出てこないと踏んでいる。


『そうですねえ……データベース上には確かにその子の記録はありますね。まあ、これは表面上のことなのでもっと内部まで探ってみないと本当のとこはわかりませんが……しかし、ライはこういう子が好みでしたっけ? 随分と地味そうな子ですね』


 恐らくミューアは検索に合致したあの少女の写真かなにかを見つけてそんな感想を漏らしたのだろう。確かにあのミクと名乗った研究者リサーチャーは、どちらかというと地味で、もっさりとした印象が強かった。


「言っとくけど、それはないからな。俺の好みは、俺よりも美人であることだ」

『それはなかなか難しいですね。あなたが男らしくなれば問題ないのでは?』

「……おまえ、喧嘩売ってるだろ?」


 ライの美人っぷりはそれだけのものがある。誰かの言葉を借りるならば、男にしておくのが勿体ない、そんなところだ。

 相棒の冷静な突っ込みにライはやはり頬を引きつらせるのだった。


『そんなことありませんよ。さて、このミクという少女について調べるのは構いませんが、これはすぐには無理そうですよ?』

「なんでだよ?」

『当然でしょう。連合のセキュリティを突破するのは容易ではありません』


 なんせ世界で一番大きな組織であり、人類の未来を握るとされている組織なのだから。この組織なくして、今の世界は運用できない。


「でもミューアなら出来るだろ?」

『ええ、出来ますよ。でも簡単じゃないのでね、せめて半日は欲しいです。が、ライは明日の朝、街を出発するのでしょ?』

「まあ、そうだな」

『その周辺は電波状況があまり芳しくないようで、街を出てしまうと通信が難しくなります。従って僕が調べ終わる頃、ライに連絡を入れるのは至難かと』


 A級依頼の目的地はこの街から数時間ほど西に向かった先だ。暗くなるまでに街に再び戻ってくることを考えると朝のうちに街を発つ必要がある。


「そこをなんとかしてくれ。おまえなら無理矢理電波でもなんでも飛ばせるんじゃねえ?」

『なにを馬鹿なことを。努力はしますが、無理なものは無理なのでそのつもりで』

「へいへい。ま、どっちにしろなんもでねーだろ」


 きっと徒労に終わることは目に見えているのだ。

 だから適当に話を打ち切って、明日に備え身体を休めることにする。


「じゃあ俺寝るから。よろしく」

『……おやすみなさい』


 そして通信は途絶えた。


◇◆◇


「おはようごさいます!」


 翌朝、ライが準備を整え外に出ると、宿の前で有川ミクが笑顔で立っていた。

 昨日と変わらず三つ編みおさげに、大きなメガネと目立つそばかす。コートの下はハーフパンツにハイソックス、ワークブーツと比較的動きやすい服装で、荷物も小さなリュックサックをさげてるのみだ。


(まあ、及第点ってとこかな)


 とりあえず動ける服装なので良しとする。

 以前、狩りを知らない女性を成行で同行させたとき、薄手のワンピースにハイヒールという出で立ちでとても面倒なことになった記憶がある。その時はC級の変異種が相手だった為、鬱陶しくはあったが事なきを得た。

 しかし今回はさらに上級、つまり狂暴で狩りの難易度が上がるA級が相手である。流石に服装から問題外であれば連れていく気にはなれない。

 だからこの少女は、その点だけでいえばマシ、なのだろう。


「……やっぱり行くんだな」

「当然です! 昨日そう言ったじゃないですかー!」


 それでも見た目どんくさそうなこの少女を連れていくことに気が引けるのだが、当の本人が行く気満々で、思わずため息がでる。


「それじゃあ、行くか。あ、死んでも責任取らないからな」

「分かってますって」


 簡単に返事をするが、冗談ぬきで死ぬ可能性だってあるのだ。その辺のところ本当に理解しているのか謎だが、とりあえずライは忠告をしたので、良しとした。


「あ! そう言えば君の名前をまだ聞いてませんでしたね?」


 今更ながらミクは首を傾げる。

 名乗っていないことにライも気がついたが、てっきり既に知っているものだと思っていた。


「ライトリル。まあ、だいたいはライと呼ばれているけど、好きに呼んでくれていいよ」

「そうですか。では私は敢えてリルさんとお呼びしましょうか」

「…………分かった」


 愛称として間違ってはいないが、印象的に女性のように感じてしまいライはあまりその呼ばれ方が好きではない。

 しかし好きに呼んでいいと言った手前、拒否するのもどうかと思い、少しの間を置いてなんとか了承するのだった。


「私のことはミクと呼んでください」

「ああ、そうするよ。ところでミク、おまえさんは何か武器を持っているのか?」

「武器、ですか……?」


 ミクはきょとんとしているが、これは出発の前に確認しておきたいことだ。いざというとき、何か身を守る物を持っているのとそうでないのとでは全然違う。


「ほら、剣……は持ってないだろうけど、ナイフの一つぐらい持ってないのか?」

「それはLH武器のってことですよね? ……すみません、そういう刃物類は持ってないです」


 眉尻を下げる少女にライは嘆息した。仕方がないと言えば、そうなのだ。だから己の懐を探って一本のナイフを取り出す。


「じゃあこれを一応持っていてくれ。護身用にはなるだろ」

「……ありがとうございます」


 そう言って渡したのは昨日購入したナイフだ。一つ余分に手に入っていたので丁度良かった。

 ミクは渡されたナイフをじっと見つめて、コートのポケットに入れる。


「どうかした?」

「いえ。リルさんはナイフをよく使うんですか? のハンターは珍しいので、どんな武器を使うものなのだろうかと思っただけです」


 ゆっくりと歩きながら話すミクの言葉にライは首を傾げる。


(女性のハンター……?)


 同時にもしかして、と予想をする。昨夜もそうだった。

 この少女は何か思い違いをしている。


「リルさんみたいな美人さんがハンターってほんと、驚きです。女性のハンターって言うから凄くゴツい……いえ、逞しい方を想像していたんですけど」


 ライの容姿を正確に聞いていなかったようで、始めて店内でその姿を見たときは目を疑ったそうだ。

 そんな話を隣でされて、ライはどうしたものかと考える。


(完全に誤解したままだよな……)


 誤解されるのはよくあることだ。特別珍しいことではないので、慣れてはいる。


(一応言っといた方がいいのか? でもなあ、なんか……面倒だな)


 完全に女性だと思い込んでいる様子に男だと話すと、驚きと質問が重なり面倒になることが目に見えている。それを予測できて、今更訂正を入れるのもどうかと思い、結局ライは特に何も言わずにいた。


(ま、大した問題でもないだろ)


 端的に言えば狩りをするだけだ。性別は関係ない。普段から女性と間違われてもライは否定も肯定もしないのだ。今回もそれと同じである。

 そんな安楽な気持ちでいたのが、間違いだったのかもしれない。


◇◆◇


 街から西に向かい三時間ほどの場所に目的地はある。これは車での所要時間であり、流石に徒歩で行くには遠すぎる場所なので、ジープに乗り込んで行った。


「これ以上は進めそうにないな」


 荒れた大地を進み、林を抜け、山の麓までは難なく進めた。

 しかし目の前に広がる山へ続く細い道に、車の進入は無理そうだ。

 仕方なく手前で車を止めて外に出る。


「そんなに険しい山ではないと聞きました。ただ生息地は谷間の方らしいです」

「なんだ、ちゃんと調べているんだな」


 感心したようにライが呟けば、少女は笑顔で頷く。

 土地に明るくない場合、ある程度の下調べは重要だ。もちろんライもそのへんのことは心得ており、更に詳しい位置まで把握済みである。なぜならライには優秀な相棒がいるからなのだが、それをミクに話すことはない。


「んじゃあ、行くか。このへんは変異種が出やすいみたいだからな、気を付けろよー」

「わかりました」


 呑気に声をかけながら、草木を掻き分けて鬱蒼とした山の中に足を踏み入れた。

 今は太陽が昇り空が明るいのでこんな山道も苦ではないが、日が暮れてしまえばそうも言ってられないだろうと、ライは思う。


(やっぱ、朝から出て正解だな。なんとか夕方までにはここを出たいが……)


 先に進むことに集中し、黙々と二人は歩みを進める。時折動物の鳴き声や、虫の動く姿が目にはいるが、こんなものは気にする必要はない。

 警戒しなければならないのは、それらが突然変異をおこした生き物――変異種の存在だけだ。

 あれらは揃って狂暴で、人を見かけると無差別に襲いかかってくる。

 いつ、どこで襲われても対処出来るように周囲に目を配り、耳を傾ける。


「……ちょっと待った」


 微かに違う音が聞こえた気がしてライは静かに制止の声をかけた 。

 聞こえてくるのは風に揺られた葉が擦れる音。

 しかし静寂の中に紛れるように感じ取れる嫌な気配。


(なにか、いるな)


 周囲を見渡し、ごくりと唾を飲み込む。その一瞬後、草を掻き分ける音と獣の唸り声が同時に聞こえ、もうスピードでかけてくる姿を目にとらえた。

 それは二人がいる方へ脇目も振らず進み襲いかかろうとする。

 咄嗟にライは隣の少女の腕を掴みそのまま横へ飛んでよける。そして少女が驚きの声を出す間もなく腕をひいて走り出した。


(やっぱ追ってくるよな……デカくて速い。応戦した方がいいか……?)


 逃げ切れるならそれに越したことはないが、見逃してくれる気配はない。仕方がないので、木の陰にミクを押し退けると、ライは方向転換をして再び走り出した。


「ちょ、ちょっとリルさん……?!」

「おまえはそこにいろよ!」


 動揺するミクを他所に、ライは一言放つと腰から対となる短剣を抜き構える。

 一直線に向かってくる変異種の姿形から、元は猪の類いだろうと想像できるが、通常のそれより何倍も大きいのだから、猪だと断言するのは躊躇われる。


「よっ、……と!」


 勢いをそのままに、直前に身を翻し剣を突き立てる。そのまま切り裂けるかと考えていたのだが、想像以上に巨体は固く深く突き刺すことが出来なかった。


(浅い……!)


 ライは手応えがないことに舌打ちをし、急いで体勢を整える。中途半端に傷を負わせたことで、変異種は怒りを露にしその勢いを止めることなく周囲を蹴散らし始めた。


「おおっと……?!」

「あ、リルさん……!」


 咄嗟に身体を反らして変異種の突進を避けるが、足元が不安定だったのか、バランスを崩しそうになった。もちろんライはその程度で転けるなんてことになるはずもないのだが、様子を見ていたミクは慌てて駆け寄ってきた。


「バカ……! なんで出てくるんだよ!」


 少女の行動に驚き、再度舌打ちをしながら叱咤した。それにミクが何かを答える前に突進してくる変異種に気がつき、ライは少女を引き寄せ、抱えるように飛び退いた。


「とりあえずここでじっとしていろ!」


 胸元にいる少女に怒鳴るように言い放つとそのまま身体を離し、変異種の方へこちらから飛び出す。

 右手にある剣を投げ飛ばし見事その目に突き刺さると変異種は狂暴な呻き声を上げるが、それを意に介することなくライは更に踏み込み片割れの剣を両手で持ち上げ、胴体を大きく切り裂いた。

 今度は確実に致命傷を与えた手応えがあり、そのまま変異種は息絶える。


「はああああ……」


 ライは動かなくなった巨体を確認し、一つ大きく息を吐き出した。

 変異種の特徴である金色の血がその場を染めていく。

 本体に剣を突き刺すと更に金色の液体はあふれでるが、気にすることなく中から赤い核を取り出した。

 核は大きさ以外、どの変異種のものでも見た目に違いはない。今回は比較的大きめのものだが、それでも手のひらに余裕で収まるほどだ。

 研究者リサーチャーなら核を見ただけでその違いや価値を判別できるらしいが、生憎狩人ハンターのライにそんな特技はない。

 後ろにいる少女が研究者リサーチャーであることを思いだし、核を見せようと振り返ると、なぜかミクは己の手と呆然と見つめていた。


「おーい?」


 とりあえず声をかけてみると、これまたなぜか怪訝そうな表情で見られた為、ライは首を傾げる。

 そして無言で近寄ってきたミクはそのまま自身の手のひらをライの胸に押しあてて、その様を凝視してきた。


「…………おい」


 奇妙な行動の意味が分からず、ライは思わず剣呑とするのだが、ミクは暫しの沈黙を守ったあと、真剣な表情を向けた。

 余りにもその表情が真剣で、ごくりと唾を飲み込む。そして深刻な雰囲気を感じとったライも真面目に少女を見つめ返しては、発せられる言葉を待った。

 そしてミクはゆっくりと口を開く。


「リルさんは……貧乳なんですか?」


 その瞬間、確かに冷気が襲い、世界が、空気が凍りついた。言われた意味が一瞬分からず、しかし理解すると同時にライは完璧なほど美しく作られた笑みを貼り付けることになるのだった。





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