駄目なひと

それで、例の人とはどうなったの? 友人らしい友人も数えるほどしかいないので、彼女と年に一度ほど会って近況をお互いに話すのもそんなに悪いものではない。何年か前に都会へ引越した彼女は、それなりにいい生活をしているようで、毎年それなりにいいレストランでお互いに話をする。靴も唇も爪もなにかと赤い彼女は、レアか生かあやしい赤い肉を切り分けて口に運び、ときおり赤ワインを傾けては私のことをいろいろと訊ねる。私はそれにこたえる。昨年までに彼女に何をどう伝えたのかを思い出して、そこに最近の話を付け加える。人生にセーブポイントがあるなら、きっとこの近況報告がそれにあたる。

ワイングラスに口紅が残る。彼女は私の事情、特に恋愛事情を聞き出したがるが、決まってメインの肉料理が終わる頃に切り出してくる。きっと彼女なりに、踏み込んだ話をするまでの助走があるのだろう。私は肉を切りながら、例の人とはうまくいかなかった、それどころか始まることもなかったと報告する。そっか、その人に恋人でもいたの?いや、いないって。そうなんだ、でも、よく飲みに誘われたりしてたよね?うん、でもね、うちに泊まった朝も、書き置きだけ残していなくなってたりするんだよね。えっ、泊めてたの?うん、たまにね。それじゃあ相手は、どう思ってるかとかは知ってるんだ。まあ、わざわざ言ってはないけど、たぶん気づいてはいたと思うよ。じゃあ、好きってわかってて曖昧にしてたんだね。彼女は呆れたような、少し怒ったような、そういう顔をして、私に話しはじめた。

その人はさ、やっぱり駄目なひとだよ。そういうひとはいっぱいいる。親密になって、他人から愛されることだけを求めているのに自分からは何も返そうとしない。まるで愛されることが収入で、人に愛情を向けることが支出みたいに考えてるひと。愛され続けて、いっぱい執着されて、愛情の収支をプラスにしたがる、そういうずるいひとと仲良くなろうとしたって辛くなるだけだよ。一方的に愛されることが自分の資産になると思っているから、そのひとは何も返さないの。その人は、愛されるって体験のために他人を使う、駄目なひとだよ。

そんなことを言われても、私は困るしかなかった。彼女は毎年、私のことをそれなりにきちんとしたレストランに誘ってくれる。会話の節々からは私を気遣う様子も感じられる。赤い爪だって昨日塗り直したみたいにきちんとしている。髪だって今日のためにセットしたのだろう。これだって毎年のことだ。私は彼女に愛されているし、私がそれに気付いていることも、彼女は察している。それでも私は何も返さない。私が彼女に何かを返してしまったらきっと、彼女は今ほど私に執着しないだろう。彼女と年に一度ほど会うのも悪いものではない。きっと私も、彼女のいう「駄目なひと」だ。

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