効率の良い精神の投資

 世の中の多くの男性は多くの女性にとって幼稚な精神と高慢な自尊心の塊に映り、私と彼も多くの男女に数えられる。こういう男とうまくやっていくにはある種の手順が存在していて、マニュアルに沿って手順をこなすことで自尊心を満たしてやることができる。ありがたいことに彼は型通りで、私にとって扱いやすい人間であるらしい。そしてそれは人間としては残念なことだ。彼と親密になってから五年が経ち、それらの手順の多くは私に染みついてしまった。

 彼が機嫌よさそうに何かを話しているなら、七割方聞き流して相槌を供給すればよい。彼が私のしていることに興味を持ったなら、簡素に説明して疑問を持たせなければよい。彼がお土産と称して高級そうなチョコレートでも買ってきたなら、夢中になる様子を見せればよい。彼が私のために何かをしてあげたそうなら、してもらって威張らせてあげればよい。彼が私に何かを言外に要求したなら、素知らぬ顔でそれなりに施してやればよい。

 そんなふうに過ごして気付いたら五年経っちゃってさ、とユカに愚痴をこぼす。そんなのって非道いよ、とユカはグラスを傾けながら心底同情したような薄い相槌をいれる。それからユカは正論を私に投げつける。彼女の言うには、今の私の役割は彼の機嫌に責任を持つことらしい。現状は成熟した男女の恋愛ではなく、彼を子守しているだけだ、とまで言われてしまった。ユカの中では他人に自分の機嫌を取ることを要求する彼の精神は幼稚で、私はそれに振り回されるかわいそうな女として分類されたようだ。

 ユカはなにもわかっていない。長年にわたり私によって承認された彼が、いかに矮小な存在になっているか。自尊心が脆弱な彼が、私なしで何ができるか。そして、扱いやすい自尊心を持った彼に肯定を供給することが、どれだけ効率の良い精神の投資であるかを彼女は知らないのだ。

清廉な友人と軽易な彼のおかげで、私は彼女とわかれてひとり、電車の中で優越感に浸ることができる。

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