詰みあがるチップを君へ

「つまり、私たちはきっと私たちから、性別を分離させたいんだよ。カラダのことと、ココロのこと。すっかり分けちゃえば楽だもんね。独占欲とか嫉妬とかの、性の話はシゴト向きじゃないよ、生々しすぎる。あまりに人間的すぎる。仕事をしているときの自分を人間じゃないみたいにすれば、自分のやってる仕事も、何もかもを人間としての自分の決定から離れて保存してあげられる。カラダに正直な自分だけはニンゲン。でも社会にいる間の自分はニンゲンじゃない。これって大事なことで、自分がまだ大事ななにかを失ってない人間だと思い込むために、わるいところを全部まるっと社会に肩代わりさせるの。だからほんとの自分は綺麗なままだし、仕事で擦れきったとしてもケガレを自分に持ち込まないの。みんなそうだよ、わかるでしょ?」

彼女はそう言って、自分のお皿を一枚、私の皿の山に乗せた。これは単純なゲームだ。

ルールは簡単。自分に酔った中身のない説教を創作し、それっぽく喋りきれたら自分の食べた寿司皿を一皿相手におしつける。食事しながら適当に繰り返し、両者が満腹になったらお会計。

私と彼女はおおよそ月に一度、こうしたゲームを行う。ルールは毎月変わり、会話のメタ化を進めるごとにお寿司一皿だったり、相手にばれないように嘘を吐けたら黙って一枚皿を押し付けたり、相手の冗談を面白いと感じたら一枚引き受けるルールの日もあった。

今日のルールは彼女が決めた。どうも彼女は芝居じみたルールが好みらしい。

さて、私の番だ。

「いい物語って、何だと思う? お客さんを泣かせるものでもなければ、感動させるものでもない。一番よい物語は、登場するすべての記号が意味を持つもの。無駄がないっていうか、どのシーンを取り去っても成立しないものって言えば分かりやすいやつ。ところで、人生って何にでも例えられるよね。釣りとか野球に例えたがる人も多いし、登山なんてのも多いね。その中で、悲劇的とか喜劇的ってのがあってさ、人生ってやっぱり、物語的なのよ。カタカナつかうとナラティブってやつ。でさ、子供に向けて注意するときに、こういうことしちゃだめだよーって言うお母さんいるじゃん。あれってすごく神話的なの。神話って、約束は破られるつくりになっていて、木の実は食べるし後ろは振り返るし開けちゃいけない扉は開けるの。だから、人に向けてこういうことしないでねーって言うのは、絶対やられるの。そういうつくりだから」

話し終えた私が彼女の手元にお皿を一枚動かそうとすると、彼女は私の皿を何枚かまとめて動かしてしまった。どうも怪訝な顔をしたらしい私に彼女が言うには、人生まで語りだしたら中身の無さも自分に酔う度合いも最高だそうだ。その結果のダブルスコア。

馬鹿にされているのか褒められているのか分からないまま、今日のゲームは終わった。

変わったゲームかもしれない。しかしこうでもしないと私たちは、喋ることを純粋には楽しめない。


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