不快感のスープ
何万文字書いても表現しきれるはずのなかったあの感情も、いまではほんの百四十文字程度で満足してしまうなんて、あなたの心うつりは随分と大忙しじゃない。そう言って、いつからか僕の正面には座らなくなった彼女は、暗に僕のことを責めたてるのだ。いや、責めているのではない、悔しがっているのだ。ただ悔しがることを僕に察知されるのが嫌いなだけなのだ。前にこれと似たようなことを言ったら冷ややかな視線と共に、やっぱり何一つ分かってはいないのね、あなたは。と、言われたことを思い出し、僕は愚直に彼女の問いに答える。それじゃあやっぱり僕は、これまでのように言葉にすることにすればいいのかと聞くと、それは違うと言いきられてしまう。仕方がないので僕は二の句を継いで、言葉の多寡は想いの多寡とは限らない、だなんて使い古したような言い訳を臆面せずに言ってやる。彼女の頬に僅かばかりに赤みが差しているのが見え、彼女の内面が次第に浮かび上がる。ここまでくれば僕の勝利はもはや確信へと変わってしまう。いつもと変わらない調子で、自分が彼女の拍の実権を握るかのように口を回す。浮かぶ限りの思いの丈を言い澱むことなく彼女にぶつけ続けてしばらく経つと、彼女の方も我慢が効かなくなったようで、僕の手元に手を伸ばす。僕はこうなることを日々の経験から知っていたので、手持無沙汰から手元に置いておいた濡れ布巾を手放し、一寸待つ。案の定布巾が顔面に目掛けて飛んでくる。
僕の感情は一辺倒にはいかないらしく、こうして痺れを切らすのを待ちわびるしかないようだ。厄介な語り草は電子機器に依存し、私小説じみたまとまった量の日記に鬱憤を散りばめることをやめた。彼女には度々対して面白くも無い話をあえて聞かせて、仕舞いにはお互いに鬱屈した思いを発散する。これが僕らの信頼関係の形であり、儀式なのだ。僕は彼女を愛するわけではないし、それは彼女も同じだろう。しかし、互いに不可欠であるこのはけ口を、みすみす逃すわけもなく毒を吐き、依存するのである。
そして僕らは煮込まれた毒を飲み干し、自分の社会に戻る。このくらいの異常が、ちょうどいいのだ。
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