第2話
魔王アセルミアを倒した後、ヴィルは女神アトラの神託を受けた。
神聖なるアトラはこう告げた。
《ヴィルよ。ヴィル・ザ・ハーケンスよ。よくぞやってくれました。貴方の仲間達の死を何と言って悔やんで良いか・・・・・・、きっと貴方は私を恨む事でしょう。それは構いません。ですが、どうか、もう一つだけ頼みを聞いて下さい。それは魔王を倒すのに比べたら遙かに容易い任務ですが、それでも重要なものです》
これを聞き、ヴィルは無感情に答えた。
「女神よ・・・・・・何でも言って下さい、もはや、命など惜しくはありません。ヒヨコ豆-団や皆の守ったこの世界の為に役立てるなら、残ったこの命など捧げて見せましょう」
《ありがとうございます、ヴィルよ。ですが、此度のクエストはそのような類いのものでは無いのです。貴方にはある人を探して欲しいのです。それは彫刻師です。それは命を吹き込むほどの腕を持った。しかし、私の瞳は魔王の波動の余波で霞み、その者を感じる事は出来ても、何処の誰かまでは分からないのです》
「・・・・・・女神よ。その彫刻師に何を作らせたいのですか?」
その問いに、女神は一拍を置いて答えた。
《像です。星の子を象(かたど)った像。それが必要なのです、魔王の引き起こした黙示録は世界に大きな傷を不可視の形で与えました。故に、新たな世界の器を用意する必要があります》
「待って下さい、それはこの世界が滅びるという事ですか?」
《何千年後かは分かりませんが、人としては遠い未来、神々としては近い未来に、それは必ず訪れます》
この事実にヴィルは一瞬、打ちひしがれた。しかし、女神が打開策を持っているのだろうと信じ、続きを聞く事にした。
《ヴィルよ。星の子の像、さらにそれを守護する幾つかの座を作らせて下さい。それさえ整えば、後は私がそれらに魂を授け、世界の守護の要(かなめ)とします》
「・・・・・・よくは分かりませんが、承知しました。世界で最高の彫刻師を必ずや探し出して見せます。そして、お望みの像と座を必ずや作って頂きます」
《ありがとう、ヴィルよ。悲しみ冷めやらぬ貴方に頼むのは心苦しい限りです。どうか許して下さい。いえ、許さなくても構いませんが、どうかお願いします》
「はい」
そして、ヴィルは旅だった。
聖なるクエスト以外の何もかもを忘れ、ヴィルは世界を旅して回った。
だが、暗い夜には孤独が彼の心を蝕み、かつての仲間達の声は追憶ですら聞こえなかった。代わりに聞こえるのは魔王の嘲笑のみだった。
「うるさい・・・・・・消えろッ!」
自らの叫びで目を覚ますと、それは霧の朝だった。
漂泊者のように霧の中を進むと、そこには一匹の大きな鹿が佇んでいた。
その鹿はあまりに堂々としており、一種の土地神にすら見えた。
大なる鹿は背を向け、ヴィルについてくるように促した。
これは神命だと悟り、ヴィルは聖なる鹿の後をただ追った。
すると、一つの洞穴が見えた。
その洞穴の周囲には数多の石像が安置されていた。それらの石像は恐らく古の名も失われた神々なのだろう。妙な重圧をそれらからヴィルは感じた。
ただし、奇妙な事にそれらは全て動物の角が生えていた。
よく見れば、ヴィルの知っている神々の像もあり、それらも無いハズの角が生えていた。
それらは非常に良く出来ていたが、奇妙な不安感をヴィルに与えた。
しかし、《これも運命なのか》とヴィルは思わざるを得なかった。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
と、ヴィルは洞穴の入り口で律儀に尋ねた。
すると、無言で一人の男がヌッと中から現れた。
彼の顔を見て、ヴィルは思わず驚いた。
「ロー?」
その者の顔は狂戦士ロー・コヨータに良く似ていたのだ。
これを聞き、男は苦笑した。
「いやいや、私は狂戦士などではありませんよ。もしかしたら祖先が同じかも知れませんが、私は狂戦士ではありませんし、彼と会ったこともありません、他人のそら似というやつですよ」
「そ、そうですか」
表には出さずに落胆するヴィルだったが、しかし考えて見れば当たり前の話だった。
ローは死んだのだ。みんな、みんな死んだのだ。帰って来てくれるわけがない。
冷酷な事実を心の内で噛みしめ、ヴィルは男に再び話かけた。
「貴方は彫刻師でしょうか?それならば、頼みがあるのですが・・・・・・・」
そして、ヴィルは全ての事情を包み隠さず話し、男はそれはあっさりと了承した。
こうして、彫刻師の男は(彼は本名を決して語ろうとしなかった)ヴィルに依頼された彫像と座を数年を掛けて作り上げた。
中央に星の子の彫像。さらに、その周囲に赤とんぼ、睡蓮、月、太陽などの座が守護者として結界された。
これを見て、ヴィルは涙ぐみそうになった。
特に星の子は良く出来ており、強いて言えばもう少し可愛らしく作ってくれれば完璧と言えたが、これはこれで正しい形なのかもしれないとヴィルには思えた。
そして、女神アトラも像と座の出来に満足したようで、ヴィルと彫刻師に多大な感謝を示し、空や辺りは光と妙音と甘い香りで満ちた。
今、女神アトラは星の子達に魂を宿さんとした。
それは無事に終わり、像と全ての座は神聖なる輝きに包まれた。
だが刹那、ヴィルの頭と心は警鐘の響きに満ち、彼の視界は暗転した。
・・・・・・・・・・
気づけばそこは世界の中枢アカシック・レコードだった。
しかも、その時間軸は過去であった。
まさしく魔王と対峙している瞬間なのだった。
そこには最愛のティアが居た。
「何が・・・・・・起きてるんだ。俺は像を完成させて・・・・・・」
茫然自失とするヴィル。そんな彼にティアは怒鳴った。
「ヴィル!何ほうけてるの?!魔王を倒すんでしょう!」
「あ、ああ」
すると、魔王が意味深な笑みを発した。しかし、魔王は何も言わず、ヴィル達に襲いかかって来た。
いざ戦闘が始まると、ヴィルの体は独りでに動いた。
それが何よりも幸いだったが、それでも運命は螺旋した。
アセルミアは無数の魔刃を放ってきた。
対し、ヴィルはその攻撃を何とか防ぐも、衝撃で吹き飛ばされていった。
「ウィルッ!」
しかし、ティアのその声は突如として止(や)んだ。
ティアの体から何十もの刃が生えていた。
彼女の背後にはアセルミアが瞬間移動しており、彼女の背から刃を突き立てたのだ。
そして、その刃の一つはティアの心臓を無慈悲に貫いていた。
戦闘において死は唐突(とうとつ)に訪れるものではあるが、それはあまりに切なくもたらされた。
「あ・・・・・・」
何かをウィルに言おうとしても、それを紡ぐ事は出来ない。
そして、全ての刃が引き抜かれ、ティアの体は地面に崩れ落ちた。
「嘘だ・・・・・・夢だ、これは夢だ。ティア・・・・・・」
よろけながらティアに駆け寄ろうとしたヴィルだが、魔王アセルミアに蹴り飛ばされてなすすべもなく地面を転がった。
そして地面を這いつくばるヴィルに対し、魔王アセルミアは残虐な笑いを発した。
「ハッハッハ。さて、これでゆっくりと話せるというものだ、ヴィル・ザ・ハーケンス。いや、あえてこう呼ぼう、ウィルと。いや、既にその名に変換しておいたのだ」
「あぁ・・・・・・」
朦朧とした意識でヴィルは魔王アセルミアを見た。そんな弱々しいヴィルを見下ろし、魔王アセルミアは鼻を鳴らした。
「フッ。やれやれ情けない限りだ。このような者に前回の私は敗れたのか?」
「何を言って・・・・・・」
「分からないのか?これは二度目の世界だ。二周目の世界なのだ。一周目の世界で私は確かにお前に敗れ、そして、時は遡り、この二周目の世界に移行した。そのほうけた顔、何も分かっていないようだ。ウィル・ザ・ハーケンス。私達の住まうこの世界は、かつての惑星アースに比べ波動に満ちている。きちんと確定していないのだ。故に、時間も空間も様々な要素は崩れ狂いうる。一定の手順を踏めば、ほとんど同じ世界を繰り返す事も可能なのだ」
さらに魔王アセルミアは続けた。
「一周目の対決で、お前は私の波動を受けた。それが一種の栞(しおり)となり、その前後の時間がアカシック・レコードに刻まれた。さて、私の波動は実の所、お前の体内で存在し続け、その力を増していた。そして、女神アトラが星の子の像を完成させた時、お前という器を介して、その星の力を利用して世界を巻き戻したのだ」
「お前は・・・・・・何が望みなんだ」
「私の望みか?それは完全なる勝利だ。途中で敗北しようと私は蘇る。何度でも何度でも敵の体内に潜み、そして、時間を巻き戻してさえ私の望む結果に導いてみせる。フフフ。あぁ、そうだ。最後に一つ教えておこう。ウィルよ。何故、私がお前をウィルと呼んでいると思う?それはお前が私に勝利したからだ。勝利のVがお前の名Vill(ヴィル)に加わりWill(ウィル)と化したのだ。そして、私はお前から勝利のVを奪い、再びお前の名をヴィルに戻してやろう。さぁ、来い、聖騎士ウィルよ。ウィル・ザ・ハーケンスよ。どうした、お前の最愛のティアを私は二度も殺したのだぞ、憎くは無いのか?殺したくは無いのか?どうだ?」
この挑発を聞き、ヴィル・・・・・・いやウィルは怒りにその身を委ねた。
ウィルは言葉にならぬ絶叫をあげ、アセルミアに襲いかかった。しかし、アセルミアは余裕の表情で、ウィルを軽くあしらうのだった。
『感情に囚(とら)われるとは愚かなものだ、ウィル・ザ・ハーケンスよッ!』
そう告げ、アセルミアの刃はウィルの体を袈裟(けさ)斬(ぎ)りにした。
これをモロに喰らい、ウィルは鎖骨とその下の動脈を砕かれ、大量に出血しながら倒れていった。
勝敗はついた。もはや、ウィルはアセルミアには敵わない。
それが確定したのだ。
今、アセルミアは勝利を噛みしめていた。
『アカシック・レコードよッ!我に全てを与えたまえッッ!』
と、アセルミアは叫んだ。
それに呼応するかに、アカシック・レコードは打ち震えながら扉を出現させた。
これを見て、アセルミアは狂喜を浮かべた。
ゆっくりと、魔王は扉へと進む。
そして立ち止まり、魔刃を扉に突き立てた。
これを受け、扉は分解されていき、ついには消失した。
おぞましい笑みを浮かべ、アセルミアは中へと足を踏み入れようとする。
次の瞬間、扉の内に広がる黒より、銀色の腕が現れた。
その銀の手から波動がアセルミアへと放たれた。
とっさに大きく後方に跳び、アセルミアはその攻撃を何とか躱(かわ)した。
一方、扉の中からは銀色の甲冑(かっちゅう)と兜(かぶと)に全身を包む騎士が出てきたのだ。顔すら完全に見えず、完全なる銀が騎士を覆っている。しかし、その雰囲気から男である事が覗(うかが)えた。
『貴様は・・・・・・まさか、ゼオスかッ?』
と、アセルミアはその名を口にした。
魔王アセルミアも未来に関する情報は断片でしかなく、この展開は知っていなかった。
これに対し、銀色の騎士は無言で頷(うなず)くのだった。
それを見て、アセルミアは焦燥(しょうそう)と苛立(いらだ)ちで顔を歪(ゆが)めた。
『ゼオス、銀河を統(す)べんとした皇帝ゼロスの模造品(レプリカント)。女神にも見捨てられた失敗作が、何故このような場に』
とのアセルミアの言葉に、ゼオスはようやく口を開いた。
「失敗作か、違うな。母なる女神は俺が完璧すぎるが故に畏(おそ)れ、封印したのさ、このアカシック・レコードの片隅(かたすみ)に」
これを聞き、アセルミアは高笑いを発した。
『貴様が完璧?所詮はオリジナルに勝てなかったのだろう?』
「確かに、一度は敗れた。だが、それは経験の差だ。今の俺は奴にも負けはしない。あぁ、そうだ。もはや眠るのも飽(あ)きた。誰だか知らないが、まずは、お前を倒そう」
そして、ゼオスは銀に輝く宝剣(ほうけん)を抜くのだった。
今、アカシック・レコードを巡(めぐ)る、新たな戦いが幕(まく)を開けるのだった。
一方で、ウィルは何とか立ち上がろうとするも、力が入らずにいた。魔王の刃には禍々(まがまが)しい呪詛(じゅそ)が込(こ)められており、それがウィルの肉体と魂を蝕(むしば)んでいた。
そんな中、ウィルは霞(かす)む視界で、魔王アセルミアとゼオスの戦いを見つめていた。
(どうする・・・・・・どうすれば良い?あの二人、俺よりも遙(はる)かに強い。ティア・・・・・・ティア、教えてくれよ、俺はどうすれば)
などと泣(な)き言(ごと)を思うのだった。それ程までに実力差は圧倒的だった。もちろん、ティアは死しており、何も答えてくれない。
さらに女神アトラは魔王により徐々に封印されており、今やその声は全く届かなかった。
絶望の中、ウィルの脳裏に神聖なる声が響いた。
『ウィル、聞きなさい。世界を再誕させなさい。今の貴方(あなた)ではあの二人には到底(とうてい)、敵(かな)いません。いえ、あの二人に対抗できる者は、この惑星に存在していないのです』
これを聞き、ウィルは心の中で尋(たず)ねた。
(あなたは一体・・・・・・)
すると、再び声が返ってきた。
『私は惑星アークレイの星(せい)霊(れい)です。今、私の娘を亜大陸ランドシンの核として授けます。どうか、アカシック・レコードと娘の力を使い、ランドシン周域の閉鎖領域を輪廻(りんね)させて下(くだ)さい』
(輪廻とは・・・・・・?)
『魔王の核からアカシック・レコードにアクセス出来ます。残った魔力を魔王の核、すなわちオーブに注(そそ)ぎ込(こ)んで下(くだ)さい。後は自動的に行(おこな)われます』
との言葉にウィルは戸惑った。しかし、他に選択肢は無いように思われた。
ウィルは自身の直感を信じ、承諾する事にした。
(分かりました)
『ありがとうございます、光の勇者よ。わずかな時間を稼ぎます。その間にどうか』
そう言い残し、声は消えていった。
次の瞬間、光が生じ、アセルミアとゼオスの体を拘束した。
『これは・・・・・・』
魔王アセルミアは突然の事に声を漏らした。
また、ゼオスは冷静に自身を縛る光を打ち破ろうとするも、叶わなかった。
一方、ウィルは意を決して、半(なか)ば地面に埋め込まれている魔王のオーブへと駆け出した。
手を伸ばし、オーブを掴(つか)む。刹那(せつな)、ウィルの全身を魔王の波動が焼き尽くしていく。しかし、ウィルは決して手を離さなかった。
仲間達をティアを想い、ウィルは最後の力を振り絞り、魔王のオーブへと魔力をこめていった。
『やめろッ!貴様、何をしているッ!』
との魔王の焦燥(しょうそう)の声が響く。
しかし、ウィルの魔力により、アカシック・レコードは起動を開始した。かつてない程の鳴動が生じる。
世界の再誕、転生が今、始まらんとしていた。
一方でゼオスは全てを察し、高笑いを発した。
「ハハッ、これは良いッ!ならば俺も一(いち)登場人物を演じる事としよう。楽しみにしているぞ、新たなる世界にて、お前と相対(あいたい)する時をッ!」
とのゼオスの言葉は再誕の光に飲み込まれていった。
光の中心には小さな星霊なるランドシンが輪廻の術式を発動しているのだった。
(これで皆は・・・・・・)
薄れ行く意識の中、ウィルは思った。
『無駄だ。何度、世界をやり直そうと私は復活を遂げる。だが、次にて今度こそ終わらせて見せよう』
そうアセルミアは捨て台詞を吐くのだった。
今、魔王アセルミアを含め、全てが消失していった。
隔離されたランドシンの全てが次なる周回へと書き換わっていく。
一方で、ウィルの魂は不可思議(ふかしぎ)な領域に存在した。
映像が流れる。
狂ったマザー・コンピュータによる宇宙での戦い。
狼(おおかみ)の頭を持つ戦士ソルガルム。
そして、準マザー級であるシャイネ。
汎用-人型兵器である魔導アルマに乗るクオーツ。
そのクオーツとシャイネこそ、後のクオンとシャインであり、救世の基盤であった。
英雄なる彼らの魂の波動を感じ、ウィルは涙を零(こぼ)した。
「どうか、お願いだ。早く、この惑星に来てくれ。
そして、この惑星アークレイを、亜大陸ランドシンを救う力を貸して欲しい。どうか俺達と共に戦ってくれ、どうか・・・・・・」
その言葉は彼らに直接-届きはしなかったが、その想いは無意識なる領域を経(へ)て、彼らの魂に伝わる事となる。
そして、新たな世界が誕生する。
再誕せし亜大陸ランドシン。
ウィル達が未(いま)だ生まれはしない古(いにしえ)の時、それが今、始まる。
だが時は過ぎ、彼らは亜大陸にやって来るであろう。
その時を惑星アークレイは、亜大陸ランドシンは待ち続けているのだ。
だけど、何かが狂っている。
ウィルは未だに時空の流れの中にあった。
《バグ》が発生している。
再誕、その輪廻は完了したはずだ。しかし、完全には終了していない。
見れば、ウィルは星の子を抱えていた。
それは彫刻師が創りしモノだった。ウィルと星の子の周囲には、同じく彫刻師の刻んだ座が浮いていた。
赤トンボ、睡蓮、月・・・・・・そして太陽?
その時、ウィルはゾッとした何かを太陽から感じた。
『お前は何だッ!何者だ!何故、ここに居る!』
すると、太陽の顔がぐにゃりと歪んだ。さらに太陽の顔から異様な体が生えてきたのだった。
長い胴体と手足を持ったそれはおぞましい光景だった。
神聖だったはずの太陽の座が、邪悪なる妖魔に変貌したのだ。
『お、お前が邪魔しているのか!?』
ウィルは剣を太陽の妖魔に向けた。
対し、太陽の妖魔は《クックック》と邪悪に笑った。
その声にウィルは聞き覚えがあった。
『まさか・・・・・・お前は彫刻師なのか?』
これに太陽の妖魔は頷いた。そして、太陽の顔は歪み、彫刻師の顔が浮かび出た。
金色の顔は告げた。
《グッグッグ、愚かなウィル・ザ・ハーケンスよ。ようやく騙された事に気づいたか》
『騙しただと!?』
《おやおや、未だ気付いて居なかったか。何処まで純真なのかね、君は?》
『お前は何者だッ!』
混乱する状況の中、ウィルは叫んだ。
そうでもしないと太陽の妖魔の狂気に呑み込まれそうだった。
すると、太陽の妖魔はウィルに語った。
《お前にはチャンスがあった。私が悪魔を彫るものだと。角・・・・・・それは悪魔の象徴なのだ。おお、素晴らしきかな、美しく気高き神々に悪魔の印をつけ、その身を堕とさせるのは。さらに、素晴らしきかな、角が生え邪神に堕ちた神々を彫り与え、それを神聖なものと勘違いして拝み喜ぶ人と言う名の子羊たちを見るのは》
『馬鹿な・・・・・・じゃあ、俺が見ていたものは』
《べーべーべー、黒山羊だ、その角は。グッグッグ、私を知りたいか?私こそは魔王アセルミアの影にして本体とも言えよう。その名はこうも呼ばれて居る。邪神ヤグダ・バオトと》
『ヤグダ・バオト・・・・・・』
そのおぞましい名をウィルは苦々しい表情で噛みしめた。
《オオ、オオ、偉大なるかな白の闇よ。白卑(はくひ)の皇(おう)よ。我は偽物の全能主。ですが、神々に見捨てらしこの宇宙を再建したのはこの私なのですぞ。分かったか、この下民がッッ!》
次の瞬間、膨大な白き闇が吹きあれ、ウィルは気が狂いそうになった。
だが、ウィルは防御の陣を示し、それを防いだ。
(何が起きている。いや、しかし、俺は・・・・・・女神アトラさえも欺かれ、今、全ては無に帰そうとしている。それだけは愚かな俺でも分かる。倒さねばならない。相手がどれ程の敵でも、邪神でも。差し違えてでも俺は奴を倒す!)
そうウィルは堅く決意した。
だが、その前にどうしても聞いておかねばならない事があった。
『ヤグダ・バオトよ、答えろ!お前は女神アトラすら騙したというのか!?』
対して、ヤグダ・バオトは邪悪な笑みに顔を歪めて言い放った。
《然り、然りだとも、愚かな女神の騎士よ!あの女神は疑いというものを知らぬ。魔王の力により傷つき、目が曇っていた上、違和感を得ていたとしても、信じてしまったのだ。そして、お前もこの世で最も信頼している狂戦士ローの顔を見て、心許し、騙されたのだ。愚か者どもめ、ハッハッハッハッハ!》
そうヤグダ・バオトは高笑いを発し、魔なる波動を高めた。
さらにはそれと呼応するように、ヤグダ・バオトの口は横に裂け、目はつり上がり、爬虫類(はちゅうるい)の如き瞳が二重に浮かび上がった。
《さぁ、始めようぞ。今こそ全てに決着を!》
これにウィルは無言で剣を構えて答えた。
すると、腹部にくっついていた星の子が恐怖で震えていた。
それは月や赤トンボや睡蓮の座も同じだった。
彼らは生まれたばかりの子供だった。
そして、その灯火が邪神によって消されそうになっている。
ウィルの心に勇猛心の火が灯った。
この子達を守らねばならない。
今、ウィルはさらなる決意を固めた。
そして、剣撃を邪神ヤグダ・バオトに放った。
だが、それはあっさりと弾かれてしまった。
《勝てると思っているのか?人という下位の存在が、神という上位の存在に?》
『人の身でも、悪魔や邪神には勝たねばならない時がある!俺は世界を守るんだ。今まで散っていった皆の為にも!』
すると、ウィルは力が溢れるのを感じた。
見れば、星の子や三種の座がウィルを認証し、彼に力を与えていた。
これを見て、邪神ヤグダ・バオトは弱冠の焦りを見せた。
《アー、アー、アー。良いだろう。私も人で言うならば魔導士なのだ。その術を見せよう》
そして、場は宇宙空間へと変容していった。
さらに、邪神ヤグダ・バオトは膨大に膨らんでいき、さながら本物の太陽か惑星のように熱と質量でウィルの自由を奪おうとした。
対して、ウィルは星の子たちの力を借り、果敢に邪神へと立ち向かうのだった。
特異空間での星々を越えた戦いが巻き起こった。
邪悪なる星々は呪詛の歌を斉唱し、それは星の子たちの守護が無ければ刹那に満たぬ時間でウィルの精神と星霊体を破壊し尽くしただろう。
対して善なる星は未だ見えず、いや見えているのは怯えながらウィルにくっついている星の子たちのみであった。
それでもウィルは果敢に邪神へと立ち向かった。
三種の座にウィルはオーラを媒介してもらい、強力なレーザーを放った。
今、三種の色とりどりの美しいレーザーが邪神に直撃した。
苦悶の声をあげるヤグダ・バオトだったが、それでも余裕の表情は崩さなかった。
《この愚か者どもめッ!我を誰と心得る!?お前達の父君であるぞ!教えてやろう。星の子に、その守護者たる座達よ!お前達は我が子、邪神の子、すなわち悪魔に他ならぬのだ!どうだ、理解したか?そして、悶え苦しむが良い。自身が魔そのものである苦しみに。だが、それを受け入れてさえしまえば、その身を暗く堕としさえすれば、我が子等よ、お前達はシンに我が子等となるのだ。魔なる親子の情と絆が芽生える。さぁ、受け入れよ、闇と魔を。望むならば、邪悪なる輝き発する白き闇に転生させてやろう!暗黒が嫌ならばな!》
そして、狂ったような高笑いを邪神は発した。
これを聞き、星の子達は悲しみに涙した。ポロポロと聖なる涙が宇宙空間を舞い、凍っていった。
そんな中、ウィルは彼らの涙をすくい、彼らの頭を優しく撫でた。
『子供らよ。お前達は決して闇では無い。悪魔などでは無い。確かに、お前達を創り生んだ邪神は魔そのものなようだ。だが、もう一度言わせてくれ。お前達は魔では無い』
さらに、ウィルは邪神ヤグダ・バオトに強く告げた。
『この子達は光だ。光の子だ。この子達の誕生は定められていた。邪神ヤグダ・バオトよ、お前は単なる過程に過ぎない!』
その言の葉の波動を受け、ヤグダ・バオトは苦悶し、邪悪なる憤怒の相を見せた。
《人間ごときが知った口をッ!!》
しかし、ウィルはヤグダ・バオトを無視し、星の子らに優しく話しかけた。
『子供らよ、君達が望むなら、俺が父となり祖父となろう。そして、この身(み)続く限り、永久(とこしえ)
に君達を守り続けよう。神々よ、さらなる善なる超越者よ。俺は誓おう。俺は護法の騎士となる。世界を大宇宙を守護する騎士として、偉大なる法を守ろう。そして、次代の子供らを悠久に守り続けよう!』
刹那、大宇宙は喜びで鳴動した。
三千大千世界は新たな護法の騎士の誕生を祝福し、与えられる限りの力を与えた。
黄金の輝きがウィルと星の子らを包んだ。
『行くぞ、ヤグダ・バオトッッッ!』
この畏るべき事態に、ヤグダ・バオトは震え上がり、しかし悪魔らしい無鉄砲さで立ち向かっていった。
次の瞬間、ウィル達の放つ黄金の剣撃がヤグダ・バオトの顔面に直撃した。
太陽の仮面は砕け、真っ白なヤグダ・バオトの顔が露となった。
『ぎ・さ・まッッッ!』
怒りながら巨大な腕を振るうヤグダ・バオト。
その腕の速さを惑星の自転を遙かに超える速さであったが、ウィル達にかすりはしなかった。
見果てぬ善なる星々はウィル達を祝福し、彼らの為に虹の橋を宇宙に架けた。
それを通る限り、ウィル達にヤグダ・バオトの攻撃が当たることは無かった。
だが、あえてウィルは虹の道を外れ、砕け散った黄金の仮面に近寄った。
『蘇れ、太陽よ。その子よ。そなたもまた光に転じうる。三種の座と共に、どうか星の子を守っておくれ。四天の王の如くに、星を荘厳しておくれ』
そして、ウィルは砕けた太陽にオーラを通していった。それと共に太陽の破片は元の小さな大きさに戻りながら、輪の如き新たな形を成し始めた。
この時、ウィルは母の声を聞いた気がした。それは未来の声でもあった。
『輪(りん)の如くに、魔を摧破(さいは)しなさい。愛しき我が子、護法の騎士たる貴方を私やお父さんは何よりも誇りに思っているのですよ』
「はい」
と、ウィルは母への愛を想いながら答えた。
偉大なるかな、太陽の座は新たな形で転生した。それは宝輪・日輪の如くであり、あまねく衆生を照らす灯明でもあった。
今、四種の座が完成し、ウィルはかつてない力を感じた。
さらに、幼き太陽の座は聖なる光を発し、邪神ヤグダ・バオトを焼き尽くしていった。
そんな中、全身全霊の力を込め、邪神に対してウィルは新たな虹の道を駆け抜けながら、剣を振り抜いた。
声ならぬ絶叫があがり、ヤグダ・バオトの体は左右に真っ二つとなるのだった。
しかし、まだ終わらなかった。
《あ、あ・・・・・・暗黒よ。全てを包み給え。宇宙の終焉の如くに、全てを深淵へ導き給え》
二つに分かれた口から、同時に邪悪なる音霊が発され、刹那、世界は暗黒に転じた。
全ての光は失われた。
太陽の座が無ければ、ウィルは灯火の無い絶望に陥っただろう。
だが、ヤグダ・バオトはさらなる攻撃を仕掛けようとした。
今、邪神は二つの体を歪(いびつ)に融合させ、首から上に二つの男女の顔を有していたのだが、そんな邪神は眷属の女神を三体、召喚しだした。
いや、それらの女神もまた男神の機能を有しており、ヤグダ・バオトの娘であり息子でもあった。
それらの複合女神たちは植物の種子を取り出した。
植物や種子とは彼らにとり憎むべき光であり、それを暗き炎で焼き、暗黒の灯明を生じ始めた。
生じた暗黒波はウィル達に襲いかかり、太陽の座の示す微かな光を覆い隠さんとした。
何もかもが闇と虚無に包まれ、ウィルは抗いようもない敗北が迫るのを感じざるを得なかった。
それでもウィルは諦めなかった。
限界までオーラを振り絞り、暗黒をはねのけようとした。
『俺はッ・・・・・・守る、この子達を、未来を担うこの子達を命に代えて守っていくんだ!』
勇猛心という名の炎が猛り、それは遙か彼方まで呼応した。
声、声が聞こえた。
それを発する主は知れぬが、それは神々に匹敵する崇高な存在であっただろう。
《世尊はその臨終の際にのたまわれた。『いずれ私が入滅した後、法は失われ、世界はあたかも暗黒に包まれたが如くとなるだろう。すなわち、それは末法である。しかし、その時、私の舎利(遺骨)の一部は宝珠マニに転じる。そして、その宝珠は世界を遍く照らし、さらに妙なる花びらを降らし、人々の心を和ませるだろう。さながら春の世に桜が人々を和ませるように、和ませるように・・・・・・』と》
すなわち、それは未来の霊言であった。
そして今、暗闇が破れ、遙か彼方より竜の子マニマニが現れた。
マニマニ、幼き丸き竜、この子こそは宝珠の象徴と言えた。
さらに、未来より未来のマニマニが現れ、それは黄金に輝いて居た。
過去と未来のマニマニは融合し、二つの宝珠マニから現在のマニマニが紡がれる。
暗黒の宇宙は、マニマニから霊言のように明光で照らされていく。
それは偽りの灯明を持ちし女神をも掻き消していく。
さらに、光の花びらが舞い踊り、ウィル達の霊体を再生させていった。
そんなマニマニにウィルは熱い心で声を掛けた。
『マニマニ。来てくれたんだな。ローの代わりに!』
《マニュッ!》
と、マニマニは嬉しそうに答え、狂戦士ローより預かりし
すると、魔刃は聖なる刃に転じ、ウィルを新たな主と認めた。
父と友より託されし二本の刃を手にし、ウィルは邪神へと最後の戦いを仕掛けていった。
星の子を守る座はマニマニを含めて五つと化し、ウィルは彼らを背にして戦った。
それはさながら星の子を中心とした光背の円であり、神聖そのものだった。
対して、ヤグダ・バオトは存在するだけで身を焼かれる苦しみの中、同じ苦しみにウィルや未来における全人類を堕とさんとした。
だが、ヤグダ・バオトの発する巨大な暗黒球は、ウィルに触れんとするや蓮華の花びらと化して散っていった。
さらに、ウィルは光の奔流の中、八連の剣撃と共にそのままヤグダ・バオトの腹部を貫いていった。
今、ヤグダ・バオトの腹部は宝輪の刻印が施されたが如くと成り、一瞬の後に光と共に吹き飛んだ。
ヤグダ・バオトを構成していた白き闇が波動の如くにウィルに襲いかかった。
それは断末魔の攻撃とも言えた。
ウィルは星の子達をかばい、その闇を一身に受けた。
全身が焼き割かれるように痛んだが、その心は安らかだった。
『貴様に指1本、この子達に触れさせてなるものかッ!!』
魂を叫び、ウィルは白き闇を一刀両断した。
それと共に、父の形見の剣は役目を果たしたかに砕けていった。
戦いは終わった。
ウィルは新たな光を有する宇宙空間に横たわっていた。
そんな彼をマニマニ達は心配し、すり寄って回復させんとしていた。
いや、しかし終りでは無かったのだ。
その時、ウィルは自らの体内で巣くうヤグダ・バオトの思念を感じた。
これを滅ぼさねば意味が無い。
ウィルは目を閉じ、自らの内なる小宇宙へとアクセスした。
そこには人間の姿をした彫刻師ヤグダ・バオトが立っていた。
対して、ウィルはローより預かった聖なる刃を手にした。
ヤグダ・バオトは告げる。
「愚かな、ウィル・ザ・ハーケンスよ。それ程の力を持ちながら、宇宙の暗黒に埋もれていくのか?そのような人生で良いのか?私ならば、お前を世界の、いや宇宙の王にだってしてみせるのだぞ」
だが、ウィルは首を横に振った。
「それでも俺は俺の信じた道を行く。ヤグダ・バオトよ。決着の時だ」
この迷い無き答えに、ヤグダ・バオトは怒りで身を震わせた。
「後悔するなッ、下賤がッッッ!」
そして、全身を白き闇で隆起させ、ウィルへと襲いかかって来た。
ヤグダ・バオトは無数の手を生やし、ウィルを打ちのめさんとした。
それをウィルは次々に捌(さば)いていくが、ついには一撃が、さらなる一撃が腹部や胸部や頭部へと炸裂してしまった。
支離滅裂な叫びを発しながら、ヤグダ・バオトはウィルを叩き付けていった。
だが、その時、ウィルは剣で邪神の腕を受け止めた。
ヤグダ・バオトはうろたえた。どんなに力を込めても、腕が動かない。
まるで、さながら大地に腕を突き立ててしまったかのように。
そんな中、ウィルは邪神の腕の一つを切り落とした。
さらに、もう一つの腕を。さらに、もう一つ。
次々に加速していく。
『オオオオオオオッッッッッ!』
一つの境地に到達し、ひたすらに単純に最適に、光の如くに歪んだ空間に置いても最短距離をウィルは軌道していく。
『鳴き貫け、聖なる刃よッッッ!』
自らの命すら消耗させ、ウィルは刃の力を発動し、ヤグダ・バオトを貫いた。
さらに、無数に次々に自らの命を削り、ヤグダ・バオトを斬り刻んでいく。
さながら、鉋(カンナ)のように。聖なる像を刻むためならば、その身を粉にしても構わぬ、そのカンナの聖具のように。
暗黒の中、光は蘇り続ける。
灯火は念々に滅すと言えども、光ありて、暗冥を破らんと。
共鳴が始まった。
相高まる波動が、ヤグダ・バオトの内で膨れあがった。
声ならぬ絶叫があがり、ヤグダ・バオトは内から生じる聖なる光により、超新星(スーパー・ノヴァ)の爆発のように、いや全ての始まりなる宇宙的な大爆発(ビッグ・バン)により消滅していくのだった。
今度こそ全ては終わった。
気づけば、マニマニや星の子達の涙がウィルを慰めた。
(大丈夫だ。大丈夫だよ、子供らよ。君達が生きてさえいてくれれば、俺はそれで満足なんだよ。だから、どうか悲しまないでおくれ。どうか泣かないでおくれ・・・・・・)
しかし、その声は声とならなかった。
刹那、最後の再誕の始まる。
心地よい光の中、ウィルは星の子達と共に、新たな生につくのであった。
そして、ウィルの新たな旅が始まる。
新たなウィル、すなわち勝者であるが回帰した姿、故に、あえてヴィル・ザ・ハーケンスと呼ばせて貰おう。
託されし者達よ。再誕の物語を今、語ろう。
ランドシン伝記Ⅱ キール・アーカーシャ @keel-a
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