ランドシン伝記Ⅱ

キール・アーカーシャ

第1話

 再誕最終


 物語は一つの終着を迎えた。

 吟遊詩人は子供達が帰った後も、一人、丘の上に残り続けた。

 そこには達成感と高揚感があった。

 いつしか辺りは少し早い夕闇に包まれ、チャイムの音楽が流れ始めた。

 これに吟遊詩人は聞き惚れていた。

 しかし、そんな彼の時は足音で遮られた。

 見れば丘のふもとから一人のダーク・エルフが、詩人に向かって歩いて来る。

 彼の顔を吟遊詩人は見覚えがあった。

 それはダーク・エルフのカード使いトゥセに非常に良く似ていた。

 ただし、その男の顔はより鋭く、何処か危うさを帯びていた。

 とはいえ、吟遊詩人は彼が決して危険な人物では無いと確信していた。

「ええと、何か用かな?」

 そう吟遊詩人は声を掛けた。

「子供達から聞いた。無名の英雄達を語る吟遊詩人が居ると。あんたなんだろう?吟遊詩人アルカナイン」

「・・・・・・・私の名を知っているとは」

「知っているさ。俺はヒヨコ豆-団の第17代目の団長だぜ」

 と語るダーク・エルフの顔には、誇りが覗えた。これに詩人アルカナインは得心した。

「なる程。なら君がトゥールズか。前々から会いたいとは思っていたよ」

「それは俺もさ。あんたは歴代のヒヨコ豆-団の団長に会ってきたんだからね。初代ヴィル・ザ・ハーケンスにすら」

 この言葉に詩人アルカナインは意味深な微笑みを浮かべた。

 さらにトゥールズは続けた。

「アルカナイン。異世界における偉大なる王の名を持つ吟遊詩人。あんたは千年以上もの時を越え、世界を放浪し続け、詩(うた)を歌い続ける。そして、歴代の団長に真実を授ける。俺は先代団長よりそう聞いている」

 すると、詩人アルカナインは素直に肯定した。

「その通りだ。本当は君にも早く会いたかったのだけどね。だが、分かって欲しい。私とて不死身では無い。その存在が希薄となり、世界という水面に小さな波紋をさざめかせる事すら出来ない時もある」

「なる程。でも今あんたは戻って来た。このランドシンに。教えてくれ。俺に真実を」

「君は認められたいのだね。真に団長として」

 これにダーク・エルフのトゥールズは顔を微かにしかめた。

「団員達は俺を認めてくれている。ありがたい事に」

「なら、それで十分じゃないか」

「それでも俺はあんたに認められたいんだ。吟遊詩人アルカナイン、あんたに」

 対し、吟遊詩人アルカナインは両目をつむり、大きな溜息を吐いた。

「トゥールズ君。私はね、別に、継承されてきた歴代の団長を認めるも認めないも無いと思っていた」

「過去形だな」

「そう、過去形だ。今の君を見ていると、認めたくない団長も居ると思わざるを得ない」

「・・・・・・酷いな。傷つくぜ」

 と、トゥールズは肩をすくめた。

「君は生き急いでいる。それでは他の冒険者ギルドの団長と同じだ。ヒヨコ豆-団の団長と団員達は焦らなかった。初代のヒヨコ豆-団、彼らが《無名の英雄達》と大陸中で呼ばれるようになったのは、その旅の最後だ。しかし、彼らは無名のままでも嘆きはしなかったのだ。それよりも大切なものを知っていたから」

 すると、トゥールズは感情を露(あらわ)にした。

「俺はッ!あんたが分からない!何故、あんな話を子供達にした?あんたの話は嘘っぱちだ」

「どうして、そう思う」

「俺がトゥセとリーゼの子孫だからだ。その末裔だからだ。二人は生きていたはずだ。だが、あんたの話だと二人は死んでいて子供も居ない。どういう事なんだ?それともあんたは俺の系譜が間違ってると言うのか?」

 しかし、アルカナインは首を横に振った。

「君は正しい、トゥールズ。トゥセとリーゼの遠き子よ。お前はトゥセに良く似ている。いや、生き写しと言ってもいいくらいだ。その武器こそカードでなくナイフのようだがね」

 その言葉にトゥールズはハッとした。

「じゃあ、認めるんだな、あんたの話は嘘っぱちだと」

「いや、私の話は真実だ。もっとも、私自身の至らぬ所で、記憶違いはあるかも知れないが、少なくとも私は私の話が真実だと確信している」

「なら、どういう事だ?」

「・・・・・・あれは失われた物語なのだ、トゥールズ君。そして、真実を君に教える事はたやすい。そうすれば、君も全てを納得するだろう」

「でも、教えてくれないのか?」

 苛立ちと寂しさの混じった瞳でトゥールズは尋ねた。

「その通りだ。今の君にはね。また来るよ、そう遠くない日に。その時には語れるといいのだが」

 と言い、アルカナインは去って行こうとした。

 だが、トゥールズは諦めなかった。

「待てよ、吟遊詩人アルカナイン。俺と決闘をしろ。あんたは歴代の団長と手合わせをしてきたという。そして、歴代の団長に技を教えたという。今がその時だ」

 すると、アルカナインは振り返った。

「・・・・・・時代が違う。決闘は法律で堅く禁じられている」

「じゃあ、言葉を変えよう。俺と訓練をしてくれ。市には許可をとってある。これは歴代のヒヨコ豆-団の伝統だと説得してな」

 と言い、トゥールズは許可証を見せるのだった。

「なる程。それなら法的な問題は無いわけだ。私が応じさえすれば」

「その通りだ」

 今、二人の間には張り詰めた沈黙が流れた。

 そして、吟遊詩人アルカナインは妖しい微笑みを浮かべ、答えた。

「いいだろう。少し教育が必要なようだ。かかってきなさい」

 と告げ、アルカナインは荷物を降ろして、片手をクイクイッと招いて挑発した。

 対し、トゥールズはゴムのナイフを抜いた。

「ゴム製だ。安心してくれ」

「鉄だろうとオリハルコンだろうと関係無い。それは、かすりすらしないだろう」

「そうかいッ!」

 叫び、トゥールズは魔導器で結界を起動させた。これにより周囲への被害は生じない。さらに、これは決闘の合図でもあった。

 今、二人の信念を懸けた戦いが始まった。


 トゥールズのゴム製ナイフが次々にアルカナインへと放たれた。

 これをアルカナインは舞い踊るように、たやすく躱していく。一方、通り過ぎたゴム製ナイフは結界にぶつかり、金属音にも似た響きを発していた。

 そして、アルカナインはトゥールズへと間合いを無造作に詰めていった。

 対し、トゥールズは印を結び、魔法を発動した。

 トゥールズが胸に付ける魔導器の輝きと共に、雷がアルカナインを襲った。

 前方より迫る自然界ではおよそ発生しえぬ雷撃に、アルカナインは全く動じる事が無かった。彼が軽く両腕を振るうや、生じた大気の回転と共に雷撃は逸れていった。

 これにトゥールズは背筋を凍らせた。しかし、怯んでいる余裕は無かった。目の前にアルカナインは迫っているのだから。

 一瞬の内に近接戦闘が繰り広げられた。

 瞬きすら許されぬ戦い。アルカナインの掌底が次々とトゥールズを襲い、トゥールズはそれを躱しながら、なんとかゴム製ナイフで斬りつけようとする。

 だが、どういうわけかトゥールズはかすらせる事すら出来なかった。

 原理的には、たとえ致命傷にならずとも、突き出された腕にナイフを当てる事は可能なはずだっだ。しかし、それが出来ない。アルカナインの掌底は空間の歪みを誘発しており、ナイフの軌道が逸れてしまうのだ。そして、トゥールズは五感と実感でそれを確かに感じ取っていた。

(やはり、ただものじゃない)

 トゥールズはそう感じざるを得なかった。


 すると、一瞬の隙を突き、アルカナインの掌底はトゥールズの右肩に炸裂した。

 この衝撃を殺すために、トゥールズはあえて後ろに跳んだ。

 だが、着地するや、衝撃波が体内で炸裂し、トゥールズは緩やかな傾斜を転がった。

 さらにトゥールズは喰らった波動を相殺しようと、自らの掌で右肩を打った。

 これにより、ようやくトゥールズは波動から解放された。

 そんな様を丘の頂上からアルカナインはジッと見つめていた。

 よろよろと立ち上がるトゥールズに対し、アルカナインは告げた。

「なる程。確かに戦闘の腕は良いようだ。その点では団長になれたのも納得できる。だが、ヒヨコ豆-団は傭兵ギルドでは無い。強さだけで団長を名乗れると思うな」

「だけど弱ければ団員達を守れないんだ」

「強ければ守れるのか?いいや、違う。大切なのは耐える心なのだ。不当な扱いを受けてもジッと耐え、時には理不尽でも頭を下げる。憎しみ、恨み、怒り、そういった負の心を抑え、本当に大切なものを守る。そういった心こそが大切なのだ」

「じゃあ、我慢してあんたに頭を下げろと?」

「・・・・・・君は私の言わんとしている事を欠片も分かろうとしていないようだ」

 そうアルカナインは残念そうに言った。

「もっと具体的に言ってくれなきゃ分からねぇさ。俺はあんたと違って女性の機微も分からないんでね。これも同じ事さ」

「なる程。だが、私も女性の事など分かっているとは言えないよ。妻の事も何も分かっていなかった。彼女の苦しみも絶望も何もかも」

「へぇ、それが異世界でのあんたの過去かい」

「その一端さ。望むならば語ろうか?中世時代における常若の国(チル・ナ・ノグ)の事ならば、誰よりも詳しい自負がある」

 しかし、トゥールズは首を横に振った。

「いや、遠慮しておくよ。二つも別の話を聞くとワケが分からなくなっちまう」

「そうかい。ならば来なさい」

 とアルカナインは告げ、再び構えを見せるのだった。

 だが、その胸中でアルカナインは思っていた。

(この子は本当にトゥセに似ている)

 と。

 

 しばし両者の戦いは無言で行われた。

 口を開く余裕など無い、それ程までにトゥールズの動きは素早く、アルカナインは脳を加速させようか悩んだ程であった。とはいえ、脳加速は様々な制約があるし、さらに古き時代には存在しなかった術式だったので、今回アルカナインはそれを選択しなかった。

 アルカナインはただ心を無にし、トゥールズの疾風の如き攻撃をただ感じ、それを自動的に受け流していった。

 光、光、光、ただ結界内には両者の戦いによる閃光があちらこちらで発されていく。

 それらは両者の戦いが凄まじい速さで結界内を移動している事を意味した。

 勝負は互角に見えた。それを見る事が出来れば、であるが。

 だが、見る者が見れば、アルカナインの方が余裕を持っているのが分かっただろう。

 そして、それは正しく、ついにアルカナインは攻撃を先読みして、突き出されたゴムのナイフを手の甲で跳ねのけ、トゥールズの腕を掴み、彼の体を地面に叩き付けた。

 ただし、アルカナインの技は微妙にずれ、トゥールズの体は地面を転がっていった。

 アルカナインは自らの手を見て、それが雷の魔力により微かに痺れているのを感じた。

(この子は雷をゴムのナイフに纏(まと)わせていたのか・・・・・・。器用な事をする)

 そうアルカナインは思うのだった。

 ゴムは絶縁体だが、帯電させる事は可能である。もっともそれは静電気レベルであり、殺傷力にはならないが、充分に帯電させておけば、麻痺させる事ぐらいは可能であった。

 とはいえ、本来ならばアルカナインはゴムのナイフに触れるようなヘマはしなかった。普通にナイフを握る手や手首などを弾いて、攻撃を逸らしただろう。

 しかし、トゥールズの攻撃があまりにも素早くて、先読みをし過ぎてしまったのだ。

 アルカナインは数瞬後に来るはずの攻撃に反応してしまい、その結果、ズレが生じたの

である。すなわち、手首ではなく、その手が持つナイフへと。

 ただし、思わぬトゥールズの速さにアルカナインは動じる事無く、そのままトゥールズの腕を掴んで、柔術を決めたのだからタダ者では無い。

 

 トゥールズは丘の中腹にあたる平地にて転がるのを止めた。いや、止まったというのが正しいだろう。アルカナインから距離を取るために、あえて緩やかな傾斜を転がったトゥールズであったが(その逃げ方はあまり格好良くないが、トゥセの末裔らしいと言えた)、途中から意識がもうろうとしていたのだ。

(立て、立つんだ、俺ッ・・・・・・)

 しかし、トゥールズの体には力が入らなかった。

 アルカナインの攻撃には全て波動が含まれており、その波動がトゥールズの体を弛緩させていた。

 すると、アルカナインがいつの間にか、トゥールズを傍で見下ろしていた。

「トゥールズ。君は力を求めている。だが、力とは怖ろしいものだ。かつてヒヨコ豆-団でも力を求めし者達が現れた。丁度、4代目の時期だ。ヒヨコ豆-団の歴史の中でも、最も悲しい時代と言えよう。4代目と、4代目に選ばれ無かった副団長が対立し、ヒヨコ豆-団は二つに分かれた。副団長は新ヒヨコ豆-団を設立し、それに多くの団員が従ってしまった」

「知ってるさ、その歴史は・・・・・・」

 なんとかトゥールズは答えた。そんなトゥールズにアルカナインは続けた。

「なら何故、その歴史が起きたと思う?それはその時、4代目より副団長の方が戦闘力に優れていたからだ。さらに副団長の方が演説は上手く、性格も朗らかに見え、女達にもてた。しかし、その副団長こそは、邪神ミロアを崇める悪魔教団から送り込まれた刺客であったのだ。とはいえ、仲間を疑う事を知らぬヒヨコ豆-団の団員達は騙され、あざむかれ、次々に堕ちていった。もっとも結局はその新ヒヨコ豆-団は自滅して、さらなる分裂を引き起こし、互いに呪い戦い合い消えて行った。その上、母体であるはずのミロア教団にも襲いかかり、これによりミロアの悪魔教団も大きな打撃を受けた。皮肉なものだろう?何とか4代目率いる真なるヒヨコ豆-団は残ったが、あの時は火は枯れ、火種と化していた。それを再び燃え上がらせていくのは大変だったのだよ。この教訓として、力ばかりを求めてはいけないと悟らねばならない。力は基準では無いのだ。大切なのは心なのだよ」

 これを聞き、トゥールズは声を絞った。

「俺はッ、悪魔教徒なんかじゃない!あいつらと違って、他人をあざむかねぇし、他人を傷つけたりもしねぇ!女をはべらせたりもしねぇし、というか出来ねぇし!」

「い、いや、君も黙ってれば十分に格好良いと思うけどね」

 そうアルカナインも可哀相に思って慰めた。

「と、ともかく、それでも俺は強くならなきゃいけねぇんだ!近頃、あの悪魔教徒どもの力が増していると聞いた。別に悪魔だろうと邪神だろうと何を信じようと構いはしねぇさ。だが、16代目の時代のように民族・種族間の紛争を煽ったり、何かとんでもない犯罪を奴らがしようとしたら、それに対抗できるだけの力を俺は欲しいんだ。あいつらは、どの国にも所属しない公海上に、浮遊する要塞島を作ろうとしてる、との噂もある。しかも、各国の高官に悪魔教徒が居て陰で協力してるから、誰もそれを止めようとしない。奴らは何か怖ろしいことをしようとしている。それを止めるには力が必要だ。そして、その力をあんたに認めて欲しいんだ!」

「・・・・・・それが君の本心か」

 とのアルカナインの言葉に、トゥールズは微かに頷いた。そんなトゥールズに対し、アルカナインは諭すように告げた。

「だが、その件と君を団長と認めるかは別だ。ミロアの悪魔教徒の動きは私も知っている。とはいえ彼らが動き出すのは先の事だろう。浮遊せし要塞島の建設にはELドライブの技術が必要だ。だが、その技術は未だ実用化に遠いと言う。今少し時間はある。焦るな、トゥールズよ。いずれにせよ今のお前を団長と認めるわけにはいかぬ。今少し修行をし、自らを省みるが良い。いずれ必ずお前が団長とふさわしくなる時が来る。その時は近いが今では無いのだよ」

「それでも俺は今がその時だと思う。あんたが来てくれたこの今を、俺はその時と感じる!」

 と叫び、トゥールズは立ち上がった。

 そして、「うおおおおおおッッッ!」と吼え、アルカナインに突っ込んで行った。

 だが、次の瞬間には再び投げ飛ばされ、トゥールズの体はゴロゴロと力無く丘を転がっていった。

 トゥールズの体は結界にぶつかり止まった。

 なんとか起き上がろうとするも、トゥールズは全身に力がほとんど入らないのを感じた。

 それでも諦めが悪いトゥセの血を引く彼である。震える体で、片膝をつくまでに起き上がった。

 だが、そんな彼の目の前にアルカナインが冷酷そのものとして対峙していた。

「チクショウ・・・・・・」

 思わずトゥールズの口から言葉が漏れた。それは敗北を認めた事を意味した。

 そして、アルカナインは手刀をトゥールズの首に叩き込もうとしたのだが、その時だった。子供達の声が響いた。

「わーん、吟遊詩人さん、団長をいじめないでーーーッ!」

 と泣き叫ぶのは、昼間に詩を聞いていた人間の少女だった。

「バカ、これは神聖な決闘なんだぞ、邪魔しちゃ駄目だって!」

 と、隣のゴブリンの少年がいさめた。

「ご、ごめんなさい」

 そう人間の少女は答えた。

 これにアルカナインは戸惑った。

 いつの間にか結界の外には子供達が居たのだ。

「お前ら・・・・・・」

 一方、キョトンとした顔つきで言い、トゥールズは子供達を見た。

 さらに木の陰などから、同じく隠れて見ていた大人達が出てきた。

 彼らの顔にアルカナインは見覚えがあった。それは数十年の時を経ていたが、忘れる事は無かった。

「そう、か。・・・・・・見ていたのだね、ヒヨコ豆-団の団員達よ」

 と、柔和な声でアルカナインは呟いた。

 そして、同時にアルカナインは悟った。昼間、ヒヨコ豆-団の話を聞かせた子供達もまた、現在のヒヨコ豆-団だったのだ。アルカナインの記憶では16代目からヒヨコ豆-団に入るには成人している必要があり、それより小さい子は団員見習いの扱いだから、正確には子供らは見習いなのだろう。

「続いているのか・・・・・・17代に亘り、そして未来を託すべき子供達にさえ・・・・・・」

 思わずアルカナインは目を潤ませた。

 かつては滅びそうになったヒヨコ豆-団。それが何百年もの時を経て受け継がれ続けている。

 これ程、嬉しい事は無い。

 正直、アルカナインは恐れていたのだ。

 現在は科学の時代。多くの伝統が失われている時代でもある。

 そんな中、ヒヨコ豆-団が果たして残って居てくれるか。

 もしかしたら、その火が消えかかっているのでは無いか、そうアルカナインは恐れていたのだ。

 だが、全ては杞憂だった。

 それは残り続け、確かに受け継がれていた。

 今代の団長は少し心許なくもあるが、その芯は熱く真っ直ぐで、時と共に偉大なる団長となる事だろう。

 かつて初代ヒヨコ豆-団の時代に、サーゲニア皇帝はその最後にヒヨコ豆-団をこう評したと言う。

『彼らはさながら一つの国だな』と

 それは正しかった。

 いや、この数百年を越えずに数多の国が滅ぶ中、ヒヨコ豆-団という《国》は残り続けたのだ。

 今、アルカナインは思った。

(それは残り続けるだろう。この星が滅んでさえも。その星の核を抱き、その祝福を受け、遙かな時を越え、残り続けるのだ。いずれ大宇宙も彼らを知るだろう。それは既に金剛石のように運命として定められたのだ)

 気づけば、アルカナインの頬を涙が伝っていた。

 それをさりげなく拭い、アルカナインはトゥールズに目を向けた。

 対して、トゥールズは戦意を喪失しつつあった。

 

 この時、中年女性の声が響いた。

「こら、トゥールズ!あんた、なに諦めてるの!?もう少し頑張りなさい!」

 その声を聞き、トゥールズはギョッとした。

「か、母ちゃん・・・・・・」

「ほら、出張中のお父さんも見てるわよ!」

 と言って、トゥールズの母は少し大きめのタブレット端末を掲げて見せた。

 そこの画面にはテレビ電話で、トゥールズの父が映っているのだった。

『なぁ、母さん。これ、もしかして遺影みたいに見えないかねぇ?なぁ?』

 などと、トゥールズの父は少し不安そうに言った。

「うっさいわね、それどころじゃないのよ、今は!」

『えぇ、じゃあ、遺影に見えるって事なのかい?』

「気にしないのよ!」

『えぇ・・・・・・』

 との夫婦のやり取りに、アルカナインは思わず失笑してしまいそうになった。

 彼らと会うのも数十年ぶりだったが、その本質は変わらなかった。

 しかし、気を取り直して彼らを見てみると、トゥールズの母アイセは格闘家アーゼの血を引いているのが伺え、トゥールズの父ディレはトゥセが髭を生やした姿にそっくりだった。両者の血族は遠い日を経て、一つとなったのだ。

 

 すると、トゥールズはニヤリとしながら立ち上がった。

「全くよ、内緒だって言ったのにさ。市長」

 と、背後で見ている市長に言うのだった。

 この市長はゴブリンの翁で、トゥールズにアルカナインとの訓練の許可を限定的に与えていた。

 市長はトゥールズの言葉に、少し気まずそうに苦笑していた。

「こりゃ、いっそう負けられねぇや。少し本気出しちゃうぜ」

 そして、トゥールズは魔力をその身に纏った。対し、アルカナインは告げた。

「来なさい。手加減はしないがね」

「分かってるさ。だが、一つだけ聞かせてくれ。アルカナインさん。あんたは不死王アーバインと戦ったら勝てるかい?あんたと不死王ならどっちが強い?」

 この問いに、アルカナインは微かに逡巡するも答えた。

「仮に・・・・・・私の全盛期の頃に相対(あいたい)するとすれば、それは互角と言えただろう。だが、今の私は全盛期の三分の一も力を有していない」

「なら、俺はトゥセの三分の一以下って事かい」

「もちろん、当時に比べ、現在は魔導技術も進んでいるし、物理法則の檻も解放されつつある。故に、強さとはその時代における相対的なものだ。とはいえ、君の言っている事は正しいと言っても差し支えないだろう」

 それを聞き、トゥールズは嬉しそうに笑みを見せた。

「そっか、偉大なんだなぁ、俺のご先祖はさ」

「違いない」

 と、アルカナインも肯定するのだった。

 しばし、両者の間で沈黙が流れた。

 それを先に破ったのはトゥールズだった。

「これから俺は一つの刃となる。一つの拳(けん)となる。俺の全ては加速され、誰もが俺を留め得ない。アルカナインさん。あんたとおしゃべり出来るのも、この訓練が終わった後だ。だから今の内に言っておくよ。この戦いに勝っても負けても、俺は成長できたと思う。そして、その事に感謝するよ。結果がどうあれさ」

「感謝するのは私の方さ、トゥールズ君。年寄りというのは相手をしてもらえるのが最たる喜びなのだよ」

「あんたはとても年寄りに見えないけどな」

 そして、二人は苦笑気味に笑いあった。

 だが、笑みは途切れ真剣の時が始まる。

 もはや言葉は無いし、要らなかった。あるのは祈りにも似た戦いのみだった。

『来なさい』とアルカナインはもはや言わなかったが、彼の心がそう告げたのをトゥールズは感じた。そして、トゥールズは疾風の如くアルカナインへと向かうのだった。


 トゥールズのナイフとアルカナインの掌底が空間を錯綜していく。

 観衆には残像の残像まで映り、結界内の様子は一種の不確定性すら帯びてきた。

 猛攻を仕掛けるトゥールズに思わず距離をとるアルカナイン。

 そんな彼にトゥールズは次々にナイフを放っていく。

 さらにナイフは電荷を帯びているため、魔力的だけでなく物理的にも湾曲した軌道をとってアルカナインを悩ませた。

(物理と魔法の融合・・・・・・これが今の時代か)

 思わずアルカナインは感心し、羨ましくも思った。

 自分が徐々に時代に取り残されている感覚。しかし、アルカナインは人間だった時代に、常に最先端を行った男である。彼は今の時代にも適応していた。

 胸の魔導器を発動し、アルカナインは音波を発生させて、大気を震動させて、ナイフの軌道を逸らした。

 今や両者の戦いは千日手の様を呈しつつあった。

だが、決着は唐突についた。

 アルカナインは覚悟を決めたのだった。

 トゥールズのナイフを片手で掴み(これによりゴムのナイフとは言えアルカナインの手の甲まで貫かれた)、そして、もう片手でトゥールズの胸部を打ったのである。

 これを喰らい、トゥールズは胸の魔導器を破壊された上、衝撃と波動をも受けた。

 丁度、丘の頂上に吹き飛び倒れる形となった。

(終わった・・・・・・)

 今、トゥールズは全身が動きようも無いのを感じた。

 肝心の魔導器も破壊され、いや腕などに予備の魔導器を備えてはいたが、それらはあくまで予備であって使い勝手が違う。すなわち、もはや今までと同じだけの魔導は使えず、さらには体だって限界を越えてしまった。

 勝敗は決したと言えた。

 一方、アルカナインは手に刺さったナイフを子供達に見えないようにさりげなく抜き取り、スタスタとトゥールズに歩み寄っていた。

 そして、敗者たるトゥールズに何か言葉を掛けようとした刹那だった。

 声という声が響いた。

 それらはヒヨコ豆-団の団員達の切なる声だった。

「団長、負けないで!」

「負けるな、団長!」

「しっかりしな、トゥールズ!諦めの悪さが、ウチの一家の取り柄だろう!」

『そうだぞ、トゥールズ!俺達の自慢の息子!お前のご先祖は不死王アーバインにだって勝ったんだ。お前に出来ないはずが無い!』

 さらに団員達は「団長!」「団長」と声をあげていった。

 彼らの中には初代ヒヨコ豆-団の団員達の末裔もいたが、それだけでは無かった。

 たとえば、空間転移魔法の使い手シーレイ、彼の親族の子孫もまた現在のヒヨコ豆-団の団員として在籍していた。

 他にも血族ばかりでなく、新たな風として新たな人々が団員として参加していた。

 それら全ての団員達の声援がトゥールズに響いていく。

 これを受け、トゥールズの瞳に光が宿った。

 起き上がれないはずの彼は、必死に立ち上がらんとしていた。

 それをアルカナインは黙って見つめていた。

 だが、物理法則には限界があり、トゥールズの膝は折れそうになった。

 その時、リンとした女性の声が響いた。

「トゥールズ。私はあなたに託したのですよ。このような場で負けて良いのですか?勝てなくても良い。でも、負けない心で戦いなさい」

 それは先代の団長である第16代団長のマリンだった。初老を迎えた小人(クシュク)族の彼女であったが、未だにその美しさと高貴さは失われていなかった。

「敵わねぇな。全く・・・・・・」

 苦笑しつつトゥールズは完全に立ち上がった。

「さぁ、第2ラウンドと行こうぜ、異世界の不死なる皇帝アルカナインさんよぅ!」

 と、ニヤリとしながらトゥールズは叫んだ。

 思わずアルカナインは怯んだ。

 それはトゥールズに怯んだのでは無かった。

 彼の背後にある力を畏れたのだ。それは光だった。

 彼を援護し守らんとする団員達の光だった。

 いや、その光は現在の団員達だけでは無い。

 過去にランドシンに実在した人々、ヒヨコ豆-団の歴代の団員達と彼らに救われてきた人々が、その霊なる魂達がトゥールズに力を与えていた。

 トゥールズ一人ならば決して大きな力では無い。

 しかし、それらの継承されてきた魂、さらに彼を守らんとする大いなる力を得たその時、トゥールズは誰よりも偉大なる力を発揮するのだった。

 それが継承者なのだ。


 かつて個の極致とも崇められた皇帝アルカナイン・・・・・・吟遊詩人になり遙かな時を経た彼であるが、この時、初めて《継承者》の意味を知った。

 アルカナインは多くの魔導士が幽鬼(ゴースト)のように力を合わせて向って来ても、その悉(ことごと)くを個の力で粉砕してきた。影の密集でしか無い彼らに哀れみさえ覚えた。

 だが、それとは全く違う形、聖なる形での継承、その連なり高まる力を目にし、自らの小ささを思い知った。

 それでもアルカナインは戦意を失う事は無かった。

 彼には彼なりの矜恃(きょうじ)があったのだから。


 そして、アルカナインは告げた。

「トゥールズ・・・・・・確かに君はヒヨコ豆-団の団長として認められているようだ。だが、あと少し、あと少しを私に見せておくれ。その魂の輝きを。次代を継承するに足る不動心を」

 これにトゥールズは頷き、「はい」と高らかに答えた。

 それにアルカナインも満足そうに頷き、一つの構えを見せた。

 この構えこそは《不動の構え》であり、全盛期のアルカナインが最も重んじた技であった。

 構えが成されると共に空気は張り詰め、結界越しなのに観衆は冷や汗をかいた。

 しかし、トゥールズは冷静に目の前を見据え、ただ祈るように自らの武具を構えた。

 刹那、最後の連撃が始まった。

 次々と繰り出されるトゥールズの攻撃をアルカナインはほとんど足を動かさずに受け流し、さらにトゥールズを上方に投げ飛ばそうとした。

 掴まれていないのに不可視の力を受けて、トゥールズは宙を引っ繰り返った。

 背中を見せて成すすべも無く落下する彼に、アルカナインはトドメの一撃を叩き込もうとした。

 その瞬間だった。

 トゥールズは指を鳴らした。

 それが合図と成り、結界内、丘の地表に落ちていた無数のナイフが魔力と電磁力により浮かび上がった。

 さらにトゥールズは微かな雷を上方から降らし、それはアルカナインの手刀により弾かれ、アルカナインの足下へと落ちていった。

 だが、弾く際にアルカナインは電磁気を帯びてしまい、それに向かって大量のナイフが猛烈な勢いで四方八方から襲いかかった。

 思わずアルカナインは苦手な脳加速を使用した。それを使うと、同時には音波による魔導は使えないが、その音波魔法は前方にしか使えないので今回の場合は問題なかった。

 凍れる時の中、次々にアルカナインは迫るナイフの群れを叩き落としていった。

 それは一つでも間違えれば全身が串刺しになるが、アルカナインは全てを対処出来る自信と自負があった。膨大な戦闘経験と人生経験が彼の動きを裏打ちさせた。

 しかし、アルカナインにも誤算があった。

 上空から降ってくるトゥールズの存在である。

 彼は凍れる時の中、脳加速もせずに、いやメインの魔導器の故障から出来ずに、それでも冷静に緩やかに宙を舞いながらナイフを放っていった。

真下からを除く全ての方位からの攻撃がアルカナインに迫った。

それでもアルカナインは必死に計算しながら、それでも対処できると確信した。

 だが、さらなる誤算がアルカナインを襲った。

 地面からゴムのナイフが出てきたのである。

 その内の一つはアルカナインの足の裏から甲を貫いた。

 他のナイフに関しては避けていたが、アルカナインは大きく体勢を崩さざるを得なかった。

 今のアルカナインには気づくよしも無かったが、トゥールズは戦闘の途中で地面のあちこちにナイフを埋め込んでいたのだった。それらは地中を移動して、少し遅ればせながらもアルカナインに到達したのである。

 

 そして、アルカナインは完全なる勝利を捨てた。

 もはや攻撃の全てを捌(さば)くのを止(や)め、上方のトゥールズに一撃を叩き込む事に専念しようとした。

 トゥールズにアルカナインの掌底が迫った。

 だがその時、最後にして最大の誤算がアルカナインを襲った。

 今、トゥールズは何とナイフを捨て、アルカナインの腕を緩やかに掴んだのだった。

 さらに回るようにアルカナインを空(くう)に投げ飛ばし、逆に自分は地面に着地した。

 その時、アルカナインは大きな事実を忘れていた事に気づいた。

 すなわち、トゥールズはトゥセの末裔であるだけでなく、その相棒にして格闘家アーゼの末裔でもあったのだ。

 隠して居たトゥールズの格闘センスを、最後の最後で味わう事になったのである。

 勝敗は決した。

 宙に投げ出されたアルカナインに、残りのナイフが迫る。

 なんとか弾こうとするアルカナインだったが、ナイフ全体から雷が発されて自らに迫るのを見て、抗うのを止めた。

(なる程、トゥールズ。トゥセとアーゼの末裔よ。そなたは確かにヒヨコ豆-団の団長足るにふさわしく、真なる継承者に違いない)

 そうアルカナインは凍れる時の中で告げた。この霊なる言葉はトゥールズに確かに届き、彼は微かに頭を下げ、かつ頷いた。

 次の瞬間、時の流れは戻り、雷光が結界内を包んだ。


 茫然自失とトゥールズは両膝を着いた。

 結界は自動的に消えて行き、今、訓練という名の決闘は終わった。

 団員達が丘を駆け上がり、トゥールズを囲んだ。

「あんたよくやったね!ほんとあんたは私達の誇りだよ!」

 と、母に抱擁されるもトゥールズには実感が無かった。

 逆に地面に放られたタブレット端末から『おーい、母さん!父さんにもトゥールズを見せてくれー!草しか見えないが良くやったぞ、我が子よー!』との父の声が妙に小気味よく心に響いた。

 団員の子供達は事情を良く分かってないだろうが、泣きじゃくっていた。

 そんな彼らの頭をトゥールズはポンポンと撫でるのだった。


 一方、アルカナインは微かに焼き焦げた衣服で、地面に力無く横たわっていた。

 そんな彼に、第16代目の団長マリンが治癒魔法を掛けていた。

「どうです?ウチの新しい団長は?次代の継承者は?」

 と、マリンは少し自慢げに尋ねた。対して、アルカナインは敬語で答えた。

 どうにもアルカナインすらマリンに対しては彼女が若い頃から、敬語を使ってしまうのである。

「完敗ですよ。まったく団長に負けるのも久しぶりです」

「あら?私との決闘は私の勝ちだと思いましたけど」

「あれは引き分けだと思いますけどね」

「あらあら、強情な事」

 そして、二人は朗らかに笑い合うのだった。


「しっかし、あんたよく脳加速も使わずに、あれだけ動けたね」

 と、トゥールズの母アイセは息子に言った。

「ん?あれ?あ、そうだ。アルカナインさんを倒さねーと!」

 そう言い、トゥールズは立ち上がろうとするも、こけてしまった。そんなトゥールズに急いで団員の治癒術士が魔法を掛けて、動かないように戒めた。

 妙な沈黙が団員達に流れた。

「これは・・・・・・」

「もしかすると・・・・・・」

「体が勝手に動いただけでは?」

「火事場の馬鹿力という奴か」

「ま、まぁ、運も実力の内と言うしな」

 と、各々納得する事にした。

 そんな中、『おーい、母さん。いい加減、息子の顔を見せてくれー!』との悲痛な叫びがタブレット端末から発されていたが、それを聞いていたのは小さなキリギリスのみだった。


 さて、アルカナインは先代団長マリンと、先代からの副団長である大男に連れられて、トゥールズの前に立った。(ちなみに副団長の大男の名はロザンである)

 そして、アルカナインは満足げな微笑みをたたえながら、トゥールズに手を差し伸べた。

「完敗たよ。素晴らしかった、トゥールズ君。第17代目ヒヨコ豆-団・団長よ」

 差し伸べられた手を握り返すも、トゥールズは「ど、どうも」と実感が湧かずに首を傾げた。そんな彼にアルカナインはさらに言葉を掛けた。

「しかし、末恐ろしい限りだ。ゴムじゃなくて金属のナイフだったらと思うと、ゾッとするね」

「え?あ、そうですか?いやぁ、まぁ、それ程でもありますけど。アッハッハ」

 と、トゥールズは少し調子に乗るも、先代団長マリンにたしなめられた。

「こら。あまり驕(おご)り高ぶってはいけませんよ、トゥールズ。増上慢は最も忌避せねばなりません。第一、アルカナインさんも本気を出していなかったのですから。彼は《殺し》を全く使ってなかったのですよ」

「え?あー。す、すいません」

 そうトゥールズはとりあえず謝っておいたが、妙に頭がぐらついてきて、倒れこんでしまった。

「トゥールズ!?」

 との母の声が響く中、トゥールズは深い眠りにつくのだった。


 トゥールズは妙な夢を見ていた。

 道を初代ヒヨコ豆-団の団員達が歩いていた。その真ん中を初代団長ヴィルが進んでいた。

 そして、次に2代目団長となった少し歳老いたアーゼが歩いていき・・・・・・。

 さらに3代目、4代目と継承されていく。

 4代目では道は二つに分かれ、片方は薄暗く地面の底へと細く進むも、途中で幾つにも分裂し、その悉(ことごと)く全てが消えていた。

 もう片方は最初はか細い道だったが、確かにそれは上へと進む正しい道であり、再び大きな流れと化して光の中にあった。

 時は流れていく。

 栄光の新生エストネア皇国も15代で王朝は途切れた。

 だが、ヒヨコ豆-団は16代目に受け継がれ、そして、そのバトンを今トゥールズが確かに受け取ったのだ。

 彼は前を振り向き、道の先を見た。

 その先には子供達が居た。

 さらにその先にはまだ見ぬ子らが居て、彼らの顔は光で良く見えない。

 それでもトゥールズは未来の子らに継承して、託していくのだという、確信と決意を抱くのだった。

 遙か、遙か彼方まで道を繋いでいく為に・・・・・・。


 トゥールズはハッと目を覚ました。

 胸が熱く、零れた涙を思わずトゥールズは拭った。

 彼は悟っていた。自分は自分が思っていた以上に、大切な使命を帯びていると。

 そして、未来永劫、この宇宙が滅びるまで、いやもしかしたらその先にまで継承し残していかねばならないのだと。

「覚悟が足りなかった。俺は甘ったれだった。アルカナインさんが簡単に認めてくれないわけだ。でも・・・・・・少しは成長できたかも知れない」

 すると、待ち構えていたかに扉が開き、アルカナインが入って来た。

「起きたのだね。体調はどうだい?」

「えぇ、最高に良いです」

「そうかい。悪かったね。少しやり過ぎてしまった」

「いえ、俺の鍛錬不足です」

 今、二人は真に分かり合い、互いに心から笑い合った。

 微笑みを消し、真剣な表情でアルカナインは告げた。

「さて・・・・・・約束を果たそうか。知りたいのだろう、真実を?」

「ええ。ですが、知るのは皆もです。子供達も大人達も知っておく必要があると思うのです」

「・・・・・・なる程。確かにその通りだ。ならば、皆を集めよう。あの丘の先、ニアの大樹があるだろう。夜明けにそこで待っているよ」

 そう言い残し、アルカナインは幻影のように月夜へ去って行った。


 その木はニアと言った。本来はニヤという木で亜熱帯(亜種が砂漠地帯でも)などで見られる樹木であった。その木肌は白く、その枝葉は雨を防ぎ、スコールすら通さない。

 かつて僧侶はニヤの木の下で説法を施したものである。

 それを知ってか知らずか、アルカナインはその場を選んだ。

 さて、では何故ニヤの木がニアと呼ばれるのか。その答えは初代ヒヨコ豆-団の時代における女魔剣士ニアに由来し、彼女は死後、聖なる樹木と化し幼子達を守ったとされる由縁である。

 以来、ランドシンではニヤの木を《ニア》と、親しみと敬意を持って言うのだ。

 そんな初代ヒヨコ豆-団と縁深き名を持つ樹の下で、アルカナインは待った。


 いつしか夜は明け、そして彼らは来た。

 第17代ヒヨコ豆-団達、彼らが老若男女関わらず、子供達を含めてやって来た。

 それを見て、アルカナインは微笑みを見せた。

 先頭を行くトゥールズはアルカナインの前で止まり、恭しく乞うた。

「どうか、お話し下さい、アルカナイン様。我々は知らねばならないのです。どうか」

 その口調や動作はかつてのトゥールズらしからなかった。

 しかし、この場での説法にも似た語りが、聖なる意味を持つとの確信がトゥールズにはあったのだ。

 対し、アルカナインは柔和にそれでいて厳粛に答えた。

「善(よ)い哉(かな)。託されし子らよ、そなたらには全てを知る権利がある。かつて《密より顕に》と世尊はおっしゃられたが、凡庸にして矮小なる私も、それにまねばせて貰おう。しかし、どうか体を楽にして聞いておくれ。さらにこれは悪魔との戦いの話でもある。全てを語るには、汚れや邪淫も有する事となる。だが、それは子供達にはふさわしからぬ事となろう。故に、それに該する部分は子供達の寝静まる夜に聞かせよう。そして、誰もが聞いて差し支え無い部分は昼に説こう。大人達よ、それを十二分に心して、後々に子供達にも語り伝えると良い」

 その言葉にトゥールズ達は頷いた。

「では、望むなら語ろうか。亜大陸ランドシンにおける無名の英雄達の物語を。そして、その真実にして神聖なる物語を」

 今、前夜より天を覆っていた雲は割れ、七色の明光がその隙間より降り注ぎ、彼らを隔てなく祝福した。

 そのような中、吟遊詩人アルカナインは再び物語を美しき妙音と共に奏で出すのだった。



 ・・・・・・・・・・


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