17 ささやかな分岐


 涙が乾いた頃。


 「どうりで──」


 わたしは身体を起こすと、改めてイルマの姿を確かめる。

 彼は怪しげな影法師かげぼうしなどではなく、いつもどおりの飄然ひょうぜんとしたイルマだった。


 「──時間ならたっぷりあるわけだ」


 わたしは肩をすくめる。

 イルマが繰り返してきた台詞の意味がようやく分かった。


 「十五年後ですからねぇ」とイルマはそっぽを向いたまま答えた。


 「焦る必要はありません。焦りようもありませんから」


 言いながら、両手の中で何かをはずませるように転がしていた。


 ──十五年。


 わたしは眉をきゅっと寄せる。

 とてもではないけれど、わたしには手が届きそうもない未来。

 けれど最後に感じた口の中いっぱいに広がる睡眠薬の苦さは、当分わすれられそうになかった。

 夢はそこで終わってしまった。

 そして、続きはないのだ。永遠に。


 「どうにかならないかな?」

 「なりません」


 イルマはあっさり首を振る。


 「なりませんが、なるフリなら可能です」

 「意味が」

 「はじめから枝は別れていました」

 「さっぱり」

 「今回はタマサカのミスです」

 「分からない」


 狙っているのか、狙っていないのか。

 核心的な部分に限って、イルマとの会話は頓智とんちになってしまう。


 「分かるように説明できない?」

 「できません」


 またしても憎たらしいくらいあっさりイルマは首を振る。

 この手のやりとりは日頃から何度も繰り返しているけれど、イルマいわく、「貴女の中に答えがなければ引き出せない」の一点張いってんばりなのだ。


 「まぁ」とイルマは続ける。


 彼は両手で転がしていた何かを、わたしの鼻先にかかげて見せた。

 あっ、と息を呑んで、わたしは瞠目どうもくする。

 イルマが手にしていたのは、先日、チカが衝動買いしたふたが天使のカメオになったロココ調のジュエリーケースだった。


 「可能性の未来への分岐ぶんき──きっかけのひとつは排除しました」


 チカは未来でこのジュエリーケースの中に睡眠薬を溜め込んでいたのだ。


 「いつの間に……」

 「チカが飲みに来た晩。荷物から抜いておきました」

 「解決はできないんじゃなかったの?」

 「解決はしていません。可能性のひとつを排除しただけですから」

 「……なんだ」


 肩から力が抜けた。

 イルマはとっくに対策をとっていたのだ。

 ロココ調のジュエリーケース。

 それは小さな小さなきっかけのひとつに過ぎない。

 けれど十五年も先の未来を変えるには、そうやって小さな可能性の芽を、ひとつひとつ気長に摘んでいくしかないのかもしれない。


 「それならそうと」


 教えてくれればよかったのに、と言いかけて、わたしは言葉を引っ込める。


 ──貴女の中に答えがなければ引き出せない。


 イルマのわんとしていたことが、少しだけ分かった気がした。


 「はああぁ。つかれたぁ」


 わたしは思い切り伸びをすると、もう一度ソファに寝転がった。



   GIFT 4  (了)

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