3 僕からの突破


 スミがマナカを殺してしまう。

 それを止めようと必死で走った、あの朝。

 わたしは“突破”した──のだそうだ。


 最後まで分からなかった現場。

 地下鉄出入口の番号は三番だった。


 イルマがヒントを残してくれていたけれど、それに気付いたのは全てが終わった後だった。


 わたしはあの時、


 走りながらスミの意識と完璧に“同調”した。


 スミの身体とスミの意識を通して世界を知覚し、彼女の視覚と記憶によって地下鉄出入口の番号を知った。

 漠然ばくぜんとした雰囲気や、一瞬のフラッシュバックでしかなかった“混線”が、より現実に肉薄にくはくした“共有”へと、一歩近づいたのだ。


 それをイルマは“突破”と呼んだ。


 ずいぶん仰々ぎょうぎょうしい表現のわりに、日常では大した変化もなかった。

 “混線”の感度が三割あがって、おまけの頭痛は三倍増した。

 感度と頭痛に相関関係があるのかは謎だけれど、この比率で進歩を続けたら、遠からずわたしの頭は割れてしまう。


 感度が増したおかげで複数人での会話も苦痛になった。

 “大混線”してしまうのだ。

 数人でも辛いのに大人数の講堂や雑踏など、考えるだけでも恐ろしい。


 イルマは「そのうち慣れますよ」と言う。


 そして「そのうち慣れますよ」としか言わない。


 いらない情報は無限に喋るけれど、必要な情報には辿りつかない。

 それがイルマの仕様だった。


 「頭が痛い」と呻くわたしの傍らで、イルマは最後のケーキを食べ終える。

 カチャン、とフォークが皿に置かれた瞬間、

 まるではかったように──きっとはかったのだろう──部屋の扉が開いた。


 首だけをめぐらせて訪問者を確認したわたしは、飛び上がるように背筋をのばして居住まいを正す。


 突然の訪問者は、タマサカさんだった。


 彼は挨拶もなしにツカツカと上がり込んでくる。


 いらっしゃい、とイルマが声をかけた。


 「貴方の分のお茶もケーキもありませんけどね」


 「いらん」


 タマサカさんは切り捨てるようにこたえた。

 そのままイルマには見向きもせず、わたしを睥睨へいげいする。

 相変わらずその目は猛禽類もうきんるいのように鋭い。


 「チカをトレースしろ」


 何故?


 わたしの問い掛けよりもタマサカさんの答えのほうが早かった。



 「チカが死ぬ」

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