第5話 夢の記憶と現実の記憶

 その日は、学校行事で同学年の生徒はみんな朝から近くの市民会館まで出かけされていた。

 あまり面白くもない学校行事は淡々と進んで退屈なまま終わり、僕らは学校に戻ることなく流れ解散になった。早く家に帰れることを喜びながら一人流れに任せて徒歩で家へと向かっていた。

(でも、夏目さんと冬月さんと会話できないのは寂しいな……)

 今週は勉強会という名目で、放課後は毎日三人で会っていただけに楽しみがなくなりアスファルトの歩道を見つめながら虚しく歩いていた。

(まあ、自分なんかがあんな可愛い女の子たちと話す機会があるのが不思議なことなんだよな……)

「あ、いた。藤堂君だ」

「藤堂君、こんにちは」

 ぶつぶつとそんなことを口の中で呟いていたので、真正面で立っている二人に呼びかけられた時も禁断症状からでた幻聴だと思った。わりと本気で思っていた。

「お、おう」

 元気に手を振る夏目さんと、軽く頭を下げる冬月さんが近づいてきて、どうやら幻ではないことが分かったけれど、誰かクラスの女の子を待っているのだろうと思った。たまたま通りがかった自分にも手を振ってくれたのだと解釈して適当に挨拶だけして通り過ぎようとした。

(え?)

 だから、僕の右に夏目さんが、左に冬月さんが並んで歩き出した時には内心では何ごとかと驚いていた。

「だから言ったでしょ。藤堂君なら家まで歩くって」

「藤堂君の家なら、ちょっと遠回りでもバスに乗った方が早いと思ったのですけど……」

「え? 何? 僕を待っていてくれたの?」

 待っていてくれたことにも驚いたけれど、僕の家を知っていることにも驚いていた。特に会話の中で話題になったこともないので、嬉しいけれどちょっと怖い気もしてしまう。

「ええ」

「嬉しいでしょ?」

 そっけなくこちらを向きもせずに返事をした冬月さんに続いて、夏目さんはそう言うと、僕の顔を覗き込むようにしてにっこりと笑った。

「ま、まあね」

 ここで中学生男子みたいな照れ方をしても仕方がないので、素直に両手に花の状態を感謝することにした。

「今夜の相談をしないとね」

夏目さんの言葉に、冬月さんも反応してちょっとだけこちらを向いてうなずいた。

 やっぱり夢の話だよねと思いながらも、これ以上、二人のことを知ることができて、さらにお近づきになれる話もないので特に落胆もせずに楽しんで受け止めていた。

「うーん。じゃあ、今日は普通に……」

「なんですか『普通」って」

 こういう時の冬月さんの指摘は速く厳しい。ちょっと怯えながら、僕はまとまりきらない説明をする。

「なんというか、いつもは……変なシチュエーションで……その……触るだけだから、普通に最後までしてみたいな……って」

 僕の言葉に、冬月さんは今度は即座に突っ込んだりはしないで、歩きながらちょっと考えていた。

「気持ち悪いから嫌です」

 冬月さんが慎重に考えた上の返事はこれだった。

「わ、私はいいけど……ああ、やっぱり照れくさいから駄目かな。えへへ」

 夏目さんもちょっと考えた上でのお返事はこれだった。終始明るい笑顔で答えているのが僕の心には逆に突き刺さった。

「……さすがにちょっとへこむ」

「そんなこと言ったって、仕方がないじゃないですか。そんな恋人同士みたいなことできないです」

 冬月さんにとって、何が仕方がないのかはよく分からないけれど、まあ僕みたいな男と恋人みたいなことはしたくないことは何となく理解できた。

「でも、縛られて監禁されるみたいなのはいいんだ?」

「ま、まあそうですね。その方が演技なんだと思えます」

「ふーん」

 なるほど、あくまでも演技と分かる夢なら良いということらしい。

「それじゃあ、監禁して縛ったシチュエーションの流れで押し倒すのならいいということだね」

 僕は、まるで名探偵が推理を披露するような口調で最低な発言をした。

「え。いや、それは……」

 冬月さんは一瞬、嫌がって僕から離れた。

「いいですよ……まあ、夢ですし……」

 空気の妖精に囁くように、とても小さな声で頬を赤く染めながらそう続けた。僕は冗談交じりのセクハラ発言だったけれど、そんな可愛らしくオッケーをもらうと気持ちも高まってしまった。思わず拳を握りしめて小さく振り上げて喜びながら今夜の夢でどうやって強引に押し倒すかを妄想していると、後ろから頭を叩かれた。

「え?」

 きっと夏目さんが、僕の心を読んでつっこみを入れたのだと思ったのだけれど、隣の夏目さんは何もしていなかった。夏目さんもちょっとびっくりした表情で僕のやや後ろの誰かを見ていた。

(誰が……?)

「と、藤堂。犯罪は駄目だよ」

 振り返ると幼なじみの有紀がいた。今時、古風なセーラ服に身を包んで、冬月さんより高い身長から僕をちょっと威嚇するように立っていた。僕よりも短いショートな髪と筋肉のついた肩は、名門バレー部でも期待の星だと言われているらしいことに納得していた。

「え、有紀? な、なんで」

「なんでって、ここは私たちの家の近くじゃない」

 そう言われればそうだった。同級生と一緒に歩いていたから、学校のコミュニティにいるつもりだったけれど、今日はもう僕の家の近くまで来ているのだった。

「あの……どなたでしょう?」

 夏目さんがいつもの元気なテンションではなくて、大人しく静かな口調で僕と有紀の間に割り込むように声をかけた。知らない多人への礼儀と思いながらも、どこか冷たいような空気も漂っていた。

「あ、ええと。僕の幼なじみの有紀って言います。近所に住んでいるんだ」

 引きつった愛想笑いをしながら、僕の方から夏目さんと冬月さんに幼なじみを紹介した。なぜ、愛想笑いをしないといけないのか自分でも謎だったけれど……。

「よ、よろしく」

 有紀は、左右に首を振りながら僕に似つかわしくない夏目さんと冬月さんが何者かを確かめようとしているようだった。

「そ、それよりも藤堂! こんな可愛らしい女の子たちにそ、そのあれだ……犯罪は駄目だよ」

 人通りは少ない細い道だったけれど、道のど真ん中で有紀は大声で僕に注意した。

「は、犯罪なんてしていない!」

「し、縛るとか、押し倒すとか宣言していたじゃない!」

(ぐおっ)

 僕は内心では血反吐を吐いて倒れていた。近くに同じ学校の生徒はいなかったので、油断しただろうか。ちょっと最近の第二図書準備室の悪ノリで喋りすぎたと反省した。

(ど、どうしよう。二人に迷惑がかかってもいけないし)

 シャツの中は冷や汗が溢れていたけれど、気取られないように冷静な表情のまま有紀に向かいあっていた。

 でも、頭の中が真っ白で何も言い訳が浮かんでこなかった。

「あの……。私たちゲームの話をしていただけなんですよ」

 冬月さんが、『話をあわせなさい』と言いたそうに僕の方をちらりと目線を向けると、僕と有紀の間に割り込んできた。

(僕を助けようとしてくれているのかな……)

 冬月さんからすれば、他の学校で知らない人なわけだから変な噂で困ることもないだろう。でも、下手したら近所から家族にまで伝わってしまいそうな僕のために助けようとしてくれているのだとちょっと感激していた。

「げ、ゲーム?」

「はい。私たち、毎晩一緒にプレイしているんです」

 あまりゲームに詳しくない有紀は、混乱したように頭を抱えていた。

「縛ったり、監禁したりするゲーム……があるの?」

「それが目的ではないですが、冒険の合間に仲間内でそのような行為を楽しむこともできるのです」

 表情を全く変えないまま冬月さんは、嘘の説明を続けていた。

「はー。今はそんなことができるんだねー。そ、それを三人でしているの?」

「そうです。私たちは必要なアイテムが欲しければと脅されて、藤堂君の求めるプレイに応じているのです」

(あれ? 何か冬月さんおかしな方向になっていない?)

 僕がひきつった笑顔になっていくのはお構いなしで有紀と冬月さんの会話は続いていた。

「プ、プレイ? と、藤堂が求める?」

「はい。その娘は女騎士で、私はお姫様で藤堂君に囚われてしまうのです。わざわざ私は白いドレスに着替えさせられて、鎖で上から吊されて藤堂君の辱めを受ける。そんなプレイです」

(ちょっっとー。ちょっとー。冬月さん、僕を助けようとしてくれたんじゃないの?)

「へ、変態」

 有紀は蔑む目で僕を見た。ああ、でも何かこれは昔からよく向けられていた懐かしい視線な気もする。悲しいけれど。

「で、でも、藤堂が確かに好きそう」

 有紀は納得していた。さすが幼なじみ。僕のことをよく分かっている。うん、何で知っているんだろう……。

「あくまでもゲームの中ですよ」

 にっこりと笑いながら冬月さんは、釘を刺す説明をしてくれていた。もう手遅れな気もしたけれど。

「普段は清く正しく付き合わせていただいております」

 冬月さんの静かだけれどはっきりとした声に、有紀はちょっと困惑したように夏目さんをもう一度見た後で、僕の顔をじっと見ながら考え込んでいた。

 明らかに、『あれ? この娘って彼女なの? いや、違うな。こんな可愛い娘が藤堂の彼女のわけがない。言葉のあやだな』と言いたい失礼な表情でしばらく僕を見つめたままだった。

「う、うん。ゲームの話なんだね。まあ、それならいいかな。お邪魔しちゃったかな。ごめんね。じゃ、じゃあね」

 有紀はそう言うと、右手を素早く挙げて逃げるように小走りで走り去った。

「ふ、冬月さーーん?」

 有紀の姿が小さくなったので、さっきの言葉を問いただすように冬月さんの方を向いた。

「ある程度、真実を混ぜた方が信じてくれるものですから」

 冬月さんは、全く動ぜずに僕の方を向くことなく歩き出した。動じていないというよりもちょっと不機嫌でそっぽを向いているように見えてしまう。

「ゲームの話ということにしておけば、ご近所の人に言いふらして、広まるようなこともないでしょう」

「そ、そう……かな」

 ちょっと早足で追いついた僕たちに、冬月さんはそう言った。

「まあ、でもー。あの娘清流院女学園でしょ? アプリのこともよく知っていると思うんだけどねー」

 夏目さんは、鞄を大きく振りながら僕たちに追いつくと明るい声でそう言った。

「ああ、そうでしたか。……無駄なことをしてしまったでしょうか……」

「有紀の学校がどうかしたの?」

「例の都市伝説が有名になった学校って……もがもが」

 説明をしようとする夏目さんの口を冬月さんが塞いでいた。もう以前に夏目さんから大体聞いた気がするので、何をしているんだろうと思いながら微笑ましい二人を見ていた。

「それより、あの娘のことは名前で呼び捨てなんですね」

 冬月さんは、視線を鋭くして僕に問いかけた。

「え? ああ、あいつ名字が佐藤だからね」

 小学校の時から、クラスメイトに何人も佐藤がいたので自然とそんな呼び方になってしまったのだけれど、そのことに今まで特に疑問をもったこともなかった。

「そうですか」

 冬月さんは、自分から聞いてきたのに興味がなさそうな素振りでそれきり黙ってしまった。

「冬ちゃんも、名前で呼んで欲しいって」

「そんなこと言っていません」

「えー。明らかにそんな流れだったじゃない。まあ、いいや。それであの娘は幼なじみなの?」

「ああ、幼稚園と小学校の時に一緒でした」

「や、やっぱり、朝寝坊するとあの娘が代わりに起こしに来てくれたりするの?」

「え?」

 その発言の意味が分からずしばらく考え込んだ。

「夏目さん、僕の持っている漫画の読みすぎなんじゃない?」

「え? 現実にはないの? ああいうのって」

「無いです。家も別に隣じゃないですし」

「ないんだ。私、小さい頃引っ越しが多くて、幼なじみとかいないからちょっと憧れていたのに。残念ー」

 夏目さんは、明らかに落ち込んだあとで、そのまま下に向かった頭が反動で跳ね上がるように伸びると、僕の顔に顔を近づけた。

「じゃあ、今夜の夢はそんなシチュエーションでね」

 夏目さんにウィンクをしながらそう言われて、即諾しない男子高校生がいるだろうか。

「はい。おっけいです」

「よーし、冬ちゃんも参加する?」

 夏目さんに話をふられた冬月さんは、しばらくどんなシチュエーションなのかを理解しようと首をひねりながら考え込んでいた。

「うーん。幼なじみシチュエーションってことですよね。あまり楽しくなさそうですし、私はいいかな」

 僕も夏目さんが、いまいちどんなのを想像しているのかは分からなかったけれど、冬月さんは色々想像した上であまりお気に召さなかったのか拒否した。

「それにあの娘の代わりってことですよね……」

 冬月さんは不満そうにつぶやくと歩きだした。

「残念。じゃあ、今夜は私たちだけでね」

 夏目さんはいけない内緒の話みたいに、僕の耳元でささやいた。これ以上、どきどきするシチュエーションなんてあるだろうかと僕はもうなんの話も頭に入ってこなかった。



 いつも通りの朝だった。枕元においてあるスマートフォンが上品に、丁寧にアラームを鳴らしている。

「うーん」

 僕は、スマホを手に取るとアラームを止めた。『もうちょっと大丈夫だな」と確認するとちょっとだけちょっとだけまた目を閉じた。

「藤堂! 朝だよ。 起きなさーい」

 いつの間にか、誰かが部屋に入ってきていた。

(え? あれ?)

 僕はしばらくぼーっとしていたけれど、徐々にまともに頭が動きだしてきた。『そう、勝手に部屋に入ってくるのなんて隣の家の夏目未祐しかいないじゃないか』と笑っていた。

 夏目家とは隣の家で、

「おばさまがいないって言うから見に来てみたら、案の定まだ寝てるし」

「うーん。あと五分だけ……」

 布団を頭までかけ直すと、お約束の言葉を言いながら粘ろうとした。

「駄目よ。本当に遅れるわよ」

「ぐおっ」

 布団を引き剥がそうとするのかと思ったら、未祐は布団の上に跨がって乗っかろうとしてきた。

「ちょ、ちょっと待って。お、折れる」 

「え? 折れる?」 

 未祐が乗っかった場所が悪かった。布団越しとはいえ僕の股間のそそり立つ場所にベストフィットした位置に未祐は跨がっていた。

「え、ええっ」

 やっと分かってくれたらしいけれど、自分から乗り掛かってきたのに、何故か僕が枕で叩かれるはめになった。

 これもいつものことだ。


「ひどいよね」

「そもそも、藤堂がちゃんと起きないのがいけないのよ。五分寝てたら、朝ごはんも食べられなくなってたわよ」

 とりあえずトーストを牛乳で流し込んで僕たちは、学校に向かうため駅までまでの道のりを歩いていた。

 さすがにパンを口にくわえながら、走っていたりはしなかった。これも幼なじみ歴の長さのおかげだった。僕がごねる時間まで計算に入れて未祐は起こしにきてくれていた。

「と、ところでさ」

「うん」

「この間、一緒に帰っていた娘は誰なの?」

 さりげなく朝の会話の中で聞いているつもりだったのかもしれないけれど、僕には唐突に尋問されているようにしか感じられなかった。

「何って言われても、読書クラブっていうのが人がいなくて廃部寸前だから名前だけでも入って欲しいって言われて……」

「へえ。なんで藤堂に」

「何でだろう。たまたま暇そうだったからじゃない?」

「ふーん」

 未祐は、ちょっと真剣そうに考えこんでいた。しばらくの間のあとで、何かを思いついたように頭をあげると僕に提案してきた。

「今晩もおばさまは帰ってこないのよね? 私、ご飯作って持っていってあげようか」

「え? いや、そんな悪いよ」

「作ってあげるわ」

 一度は、本当に申し訳ないと思って断ろうとしたけれど、駅前の人混みの中で真っすぐ向かい合った決意に満ちた瞳に押し切られてしまった。



「料理が上手くなったね」

 僕は晩ご飯を食べた後、素直な感想が口からでていた。カレーではない未祐の料理はあまり記憶にないけれど、豚肉の生姜焼きは僕の好みの味だった。

「何よ。藤堂が褒めるとか気持ち悪い」

 晩ご飯を作ってもらうのは数年ぶりくらいだったけれど、別にこれも普段のやり取りだった。いつもの僕らのやり取り。

「あー。今日はそんな態度じゃ駄目なんだってば」

 僕の食器も抱えながら流しまで持っていってくれている途中で、未祐は何やら一人反省の言葉を唱えていた。

「と、藤堂」

 食器を水につけておくと、未祐は決意に満ちた表情で僕の前まで歩いてきた。テレビの音量を上げようと思って手に取ったリモコンだったけれど、電源を切るとそのままテーブルの上に置いた。

「うん」

 完全に静寂になってしまって、未祐の方もちょっと戸惑ったみたいだけれど怯まずに椅子に座っている僕の膝に乗りそうな勢いで距離を詰めてきた。

「あ、あの娘とは付き合っているの?」

「あの娘って、冬月さん? いや、そんなことないよ」

 未祐に安心した表情が一瞬だけ浮かんだのが分かった。さすがに恋愛ごとに疎い僕でもその後に出てくる言葉は想像できる。

「藤堂。好き」

 『こいつこんなに可愛かったかなあ』と間近で見た幼なじみの表情に僕はハートを射抜かれてしまう。

「ずっと好きだった」

「お、俺もだ」

「こんな時だけ『俺』とか格好つけちゃって」

 未祐は、嬉しくて泣きそうな瞳になってしまっているのを誤魔化すように、いつもの様な生意気な言動をしていた。

 僕は未祐のその軽口をふさぐため唇を重ねた。未祐は何の抵抗もないどころか、そのまま僕の首に手を回してうっとりとした瞳で見つめ合っていた。

 もう一度深く唇を重ねると、僕は決意して未祐を抱きかかえて立ち上がった。

「え?」

「部屋に行こう」

 僕は、未祐をお姫様抱っこすると僕の部屋へと向かった。

「ちょ、ちょっと色々準備が……。え、い、嫌じゃないけど。嫌じゃないよ」

 未祐は運ばれている最中は色々と言っていたけれど、部屋の前まで来るとすっかり大人しくなって僕に抱きついたままだった。

 未祐をベッドに下ろすと、そのまま未祐の背中を持ったまま倒して寝かせた。僕のベッドの上で制服姿にエプロンをつけたままの未祐はしばらくは恥ずかしそうに横を向いていたけれど、覚悟を決めたかの様に僕の方に向かい直した。

「エプロン姿も、かわいいな」

「エプロンなんて、色々飛び散っていて汚いから」

 エプロンを撫でていた僕を、未祐は注意した。

「うん、じゃあ、さっさと脱がそう」

「ええっ、ああ。うん」

 いつものノリで拒否しようとした未祐だったけれど、思いとどまって今夜は大人しくしていた。背中に手をまわしてエプロンを脱がすと、制服姿を上からじっくりと観察していた。成長した胸はワイシャツだけで寝かせると弾けそうな勢いで主張していた。

 未祐は最初は頑張っていたけれど、僕が制服のボタンに手をかけて一枚ずつ脱がしていくと恥ずかしそうにまた顔を横に向いて背けた。

 スカートの中に手を伸ばして、下着に手をかけるともう顔を手で覆って見せてくれなくなってしまった。

 靴下以外は脱がし終わると、僕は未祐の真っ赤に染まった頬に、何度か唇で優しく触れた。

 何度目かでやっと顔を覆っていた手を剥がしてこちらを向いて、唇を重ねてくれた。

「いい?」

 未祐の下腹部を優しく撫でてあげてあげたあとで、僕もズボンを脱ぐと未祐の広げた脚の間に僕自身を密着させた。

「うん。いいよ」

 未祐は僕の首に手をまわしてしっかりと抱き寄せた。



 次の朝、自分のベッドで目が覚めると夏目未祐はいなかった。

(夜中に帰ったのかな)

 ちょっと残念な気持ちもしながら、『今日も学校だからな。仕方ない』そう思いながら身支度を調える。

「っていうか、もうこんな時間!」

 今日は起こしに来てくれなかった幼なじみに理不尽な文句を言いながら、大慌てで駅までの道を走っていった。

 電車にさえ間に合ってしまえば、教室にはぎりぎりの時間だけれど滑り込みに成功した。

「おはよう」

「ああ、未祐。何で今朝は起こしてくれなかった……」

 机でうつ伏せになって休憩している僕に話しかけてくれる女子なんて、夏目未祐くらいだった。それは間違っていない。そうだけど、少し後ろに冬月さんの姿も見えて僕は何か変だと気がつき始めた。

(あれ? 幼なじみ? 違う! 夏目さんは僕の隣の家じゃ……ないだろ)

「はーい。未祐だよ。藤堂君」

「未祐?」

 にこやかに笑う夏目さんの後ろで、冬月さんが不審そうな視線を僕と夏目さんに向けていた。

「あっ、夏目さん。いや、何でもないよ。ちょっと寝ぼけただけさ」

 僕はしっかりと椅子に座りなおして、夏目さんに言い訳をしていた。どちらかというと夏目さんの後ろで、不機嫌そうに突き刺すような視線を向けている冬月さんに対しての言い訳だった。

「残念。気がついちゃったのね」

 夏目さんは、慌てている僕を横目にそう言ってにっこりと笑っていた。

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