第4話 今夜は三人で

「昨晩は良かったわ。」

 なんて耳元でささやかれる日が来るとは思ってもみなかった。おしゃれな映画でも実際見たことのない言葉に僕は舞い上がるところだった。

(いや、待て待て。夏目さんに夢でも何かした記憶がない)

 きっとこれはなにかの勘違いだ。もしくはからかわれているんだ。そう推測しながら、僕は、探るように愛想笑いで夏目さんの方に顔を傾けた。

「あれ? 違った?」

 夏目さんは、そう続けた。薄い反応のままの僕のことを、不思議そうな目で見たままだった

「違うって……何が?」

 まあ、推測するなら繫がっている夢だと思っていたけれど、ただの夏目さんの夢だったということだろうか。

「入れ替わってる?」

 夏目さんが口の中だけで、つぶやいたつもりの小さな音が聞こえてしまった。あごに手を当ててちょっと悩んだ素振りをしたけれど、それは一瞬だけだった。

「あー。夢で繫がっていると思ったけれど違うのね。やだな。恥ずかしいー」

 いつもの夏目さんに戻ったようで、明るい声で両手をぱたぱた振りながら、笑っていた。

 夏目さんもさすがに恥ずかしいことを言ったと思ったらしい。

「あはは、今のは無しね」

 夏目さんは明らかに動揺した様子で頬を赤くしながら立ち上がった。いつもからかわれるというか翻弄されるばかりだったので、ちょっと珍しいこの状況は困惑しながらも嬉しかった。

「夢の中の僕は、いったいどんなことをしたの?」

 僕は去ろうとしている夏目さんに問いかけた。冗談めかして聞いたけれど、どんな内容だったのか聞きたいのは本心だった。

「あはは、ちょっと言えないようなことかな。じゃあ、また夢でね」

 夏目さんは、扉に手をかけたところで、僕の方に振り返った。嬉しいような、現実では用がないと言われているような別れの挨拶をされて、第二図書準備室を出ていった。  


 

 落ち着いて考えてみる。

(今朝の夏目さんの夢に僕は繫がって、出演したけれど、僕が忘れているだけという可能性もあるよな……)

 『勿体無い』

 そんな感想が真っ先に浮かんできた。我ながら阿呆な感想だとは思う。でも、思春期の男子高校生にはとても大事なことだった。

(確実に覚えているにはどうすればいいのか……)

 第二図書館準備室でひとり残されて真剣にそのことを考えていた。

 人間は、寝ているときには必ず夢を見ているけれど起きる直前の夢しか覚えていないという話を思い出した。

(昨晩は三人が登場する話じゃなかったってことだよな……。その夜に見る夢を一つにまとめてしまえばいいんじゃないか)

 僕は、ろくでもない決意をした。

  

 

「今夜は、三人でしませんか」

 翌日、勉強会での僕の発言に、冬月さんも夏目さんも汚い虫ケラを見る目で僕を睨んでいた。

「もちろん、夢の話だよ」

「当たり前です」

 そっぽを向きながら冬月さんはつれない返事をしてきた。

「それは分かった上で、その発言って、気持ち悪いって思っただけ」

 夏目さんまで、肘を机につけながら呆れた様子でそう言った。

「でも、最初の夢で出会ったから、今、こうして僕たちは集まっているわけだし」 

「ま、まあ、それはそうですけど……」

 冬月さんはちょっと目を伏せながら僕の様子を窺っていた。これはちょっと強引に押して欲しい時の態度だ。夢の中で学んだことを現実でも応用しようとしてみる。

「じゃあ、三人で久しぶりに同じ夢を見るように設定してみよう」

 夢で大丈夫だったからという理由で、強引にいってみようなんて、ちょっと自分でも危ない人なんじゃないかと思うけれど、本当に望んでいるという自信があった。

 (これは二人を引き合わせて、心を開かせるための作戦なんだ!)

 決して、僕が二人同時にいやらしい姿を見たいわけではないと自分に言い聞かせた。

「私はいいわよ」

 夏目さんは高らかに宣言した。僕はこれで勝ったと心の中でガッツポーズをしていた。

「え、いいの」

「だって、前に三人で夢が繫がった時は私は見ているだけだったし。寂しかったわ。仲間に入りたい」

「えっ、は、はい」

 『仲間に入りたい』と夏目さんに詰め寄られては、冬月さんも断りにくかったようでただただうなずいて承諾していた。

「まあ、この勉強会だって、元々はその目的だったわけだし。ねっ」

「えっ、いえ。ちが……うこともないですけど。あの……」

 夏目さんに両手をしっかりと握られた上に、近距離で不適な笑顔で迫られて、冬月さんはわずかな抵抗も虚しく押し切られようとしていた。

「前の夢の続きが見たいな。あの後、冬月さんの設定では見ていた私も含めてどうなる予定だったの?」

「あ、あの夢の続きは駄目です。いやらしすぎます」

 冬月さんは真っ赤になりながら、大きく手を振りながら後退りしていた。

 『冬月さんの妄想なのにね』と僕は夏目さんと目を合わせて、微笑んでいた。



「分かりました。……けれど、夏目さんちょっといいですか?」

 わずかに落ち着いた冬月さんは、夏目さんを奥の本棚の方に手招きするとかなり顔を近づかせて、何事か相談していた。

「あの……三人だと……ない……な話が……しょうか?」

「あー。もう大丈夫なんじゃない? 気にしなくていいんじゃないかな。……結果的に」

 別に盗み聞きするつもりはないのだけれど、遮るものもないので、二人の会話はかなり聴こえてしまっていた。特に夏目さんは、秘密にする気もなさそうな声ではっきりと聞こえてしまっていた。

(前に夏目さんが話していたことかな? まあ、大したこともなさそうで何より)

 僕はもう聞き耳を立てることもなく、冷たいペットボトルのお茶を飲みながらくつろいでいた。

「私の……にあわせるということでいいのかしら」

 もう話は終わったようで、夏目さんはゆっくりと冬月さんと話しながら戻ってきた。

「……はい、いいですよ」

 冬月さんは、一瞬、何故か僕の方に視線に向けて慎重に考えた上でそう答えた。

 美少女二人のやり取りをあまり興味無さそうに眺めていたけれど、僕は内心では何か色っぽい雰囲気のある二人の表情を脳裏に焼き付けていた。

(夏目さんの好きなシチュエーションにしたいということなんだろうけれど、そうはいかない。今夜は僕主導で進めさせてもらう!)

 邪でどうでもいい決意がばれないようにしながら、僕は二人が席に着くのを待っていた。

「さて、じゃあ今夜のエッチなシチュエーションを決めましょうか」

 夏目さんは机に勢い良く両手をつきポニーテールをなびかせながら、これ以上ない格好良い声で、これ以上ないお馬鹿な議題を僕と冬月さんに宣言した。



 夏目さんと冬月さんは両手を縛られて、更には二人の両手を縛っている紐は天井を走るパイプから吊り下げられていた。

「ちょっと何よこれ?」

「ほどきなさい」

 夏目さんと冬月さんは、きつい目つきで抗議の声をあげていた。


 昼間の第二図書館準備室での議論は白熱した。

 色々な案が出たけれど、合間合間に冬月さんは『縛られているのとか……』『拘束されているのっていいですよね……』と小声で時々アピールしてきたので、それは基本路線で行くことになった。


 二人は、白いドレス姿でわずかに爪先がつく高さで並んで立っていた。スカートの丈はかなり短くて二人の下着が見えそうなくらいの長さで二人の太腿から足まで綺麗な肌色が劣情をそそっていた。現実世界ではあり得なさそうなこのドレスはどう考えても僕の趣味だった。

(つまり今夜の夢は僕の夢だ)

 夢の中で僕はニヤリと微笑んだ。

 捕らわれたお姫様とか女騎士とかいいよねというところまでは、共感してもらえたのだけれど真っ白なドレス姿に対する僕の好みはあまり理解してもらえなかった。

 むしろ『なんか気持ち悪い』と冬月さんには蔑まれてしまった。

(冬月さんが白いワンピース姿だったら、世の中の男子はイチコロだと思うんだけどな……)

 世の中の男子は言いすぎかもしれない。でも、少なくとも僕はイチコロなのは間違いないだろう。

 実際、今、夢の中の冬月さんに心奪われてひたすらじっと眺めていた。

(でも、夏目さんも予想以上にいい)

 両手を上から吊り下げられていることで、かなり胸が強調される格好にはなるけれど白いドレスは下品にはならないように包んで魅せていた。冬月さんに比べるとすらりと綺麗な脚ではないけれど、爪先立ちで伸びて白いドレスから見える健康的な太ももも素晴らしかった。

(つまりどちらも素晴らしい。そして、やはり白いドレス最高だ)

「な、何か言いなさいよ」

「近寄らないで」

 僕が無言のまま近づくと二人は怯えながら、わめいていた。実際には自分のおバカな妄想に感動しているだけだったのだけれど、二人には余裕たっぷりで不気味に映ったようだった。

 冬月さんを守るように、夏目さんは体をちょっと前に乗り出していた。

 上からちょうどいい長さの紐で縛られているから、あまり動くことはできない。あまり意味はないし、紐で引っ張られて揺れる姿はむしろ無防備になっているのだけれど、健気なその姿に、冬月さんは感激しているような目で夏目さんを見つめていた。

「ふふ、いいね」

 僕は変な微笑をしながら、夏目さんの胸に手を伸ばした。

「ちょ、ちょっとやめて」

 上から紐で引っ張られて、さらに僕の手から逃れようと体をよじった結果。むしろ僕の方に倒れ込んできてしまい、二つのふくらみはみごとに僕の手のひらに包まれた。

(すごい。柔らかいとはこういうことか)

 もうこれだけで、満足して果ててしまいそうだったけれど、今夜の夢での自分が演じているのは、二人に怪しく迫るクールで権力もある強引に迫る俺様な大富豪だということを思い出して立ち直った。

「大人しくしないと、冬月さんに相手をしてもらうことになるよ」

 僕が耳元で囁くと、夏目さんは一瞬ビクッと動いたあと抵抗するのをやめた。

 大人しくなったのを確認して、僕は夏目さんの胸を揉みしだく。吊されたように倒れかかって下向きになった夏目さんの二つのふくらみは、僕の両手からこぼれおちそうなボリュームだった。

 ドレスの上からでもはっきりと感じる丸い形だったけれど、もっと感じてみたいと、肩紐に指をかけた。肩紐を引っ張ったけれど、上から両手を引っ張られているのでそれ以上は引きちぎらないとどうしようもなかった。夢の中だというのに僕はドレスを引きちぎってしまうのはもったいなかったので、引っ張った首元からドレスの中に手を差し込んだ。

「うっ」

 夏目さんは、思わず小さな声を出してしまったあとで僕から顔を背けた。

 (痛くはないよね。感じてしまったとか……単に恥ずかしくて嫌なだけか)

 夢の中での役なのに、夏目さんの反応が気になってしまう。

 しばらくの間、固まってしまった僕の右手だったけれど、役目を果たすためにドレスの中で活動を再開した。

 ブラジャーごと大きなふくらみを包みこんで、ゆっくりと円を描くように揺らしたり、押し込んだりする。

 夏目さんは嫌がるように顔を背けたままだったけれど、頬が赤くなり息も荒くなっているのが近くにいるとわかった。

 調子に乗って僕はブラジャーを少し下にずらして間に指を割り込ませて、直接夏目さんの胸に触れようとした。

「あっ」

 僕の人差し指と中指が、夏目さんの乳首を軽くつまんだ瞬間に、夏目さんはビクッと体を震わせながら、なんとも言えない声を上げた。

「ふふふ」

 少なくとも嫌なだけではないと確信した僕は強引に手のひらを差し込んで、完全に夏目さんのふくらみを包みこんだ。

 (や、柔らかい)

 現実では女性経験なんてない僕は、もう恐縮して土下座して拝んでしまいそうになってしまうけれど、これも彼女たちのリクエストなんだとクールなふりのままサディスック気味に責めることにした。

 包み込みながら、突起している乳首を転がすように人差し指の腹で転がした。

 夏目さんは嫌悪感もありつつ、逆に快感で声をださないようにというのもあって、口を固く結んで耐えていた。

「やめて」

 その姿に耐えきれなくなったのか、冬月さんは、身を乗り出し、僕と夏目さんの間に割り込もうとしてきた。

「あ」

 でも、冬月さんは、天井からの紐に両手を引っ張られて仰けぞると、中途半端にドレスのスカートからのぞくすらりと白い足だけが僕の目の前に残っていた。

「ちょ、ちょっと」

 踏切の遮断器のように邪魔をしようとしている冬月さんの綺麗な足を僕は、左手で握ってむしろ近づけようと引っ張った。

 さらにのけぞった冬月さんの足は、下着が見えるくらいにスカートがめくれてあらわになった。 

 (これは演技だから。望まれた演技だから)

 そんな言い訳を頭の中で唱えたけれど、もう僕も押さえきれず、冬月さんの太ももを撫でながら、さらに奥へと手を差し入れた。

「いや」

 下着まで指がとどいたところで、冬月さんは大きく首を振って抵抗しようとした。

 でも、足首は右手で掴んで抑えていて、両手は縛られて天井から吊されている。間抜けに横向きになりつつぶら下がっている状態では、大した抵抗もできなかった。

「冬月さんには変なことしないで!」

 冬月さんのスカートの中に手を入れようとしたところで、夏目さんはぶら下がったままだけれど僕に体当たりをするようにぶつかってきた。

 僕は振り替えると、今度は夏目さんに抱きついた。

「ちょ、ちょっと」

「夏目さん!」

 今度は冬月さんがまた僕を止めようと体を割り込ませようとしてきた。

 今度は僕は、振り向かずにそのまま冬月さんの体を引き寄せて抱きしめた。

 つまり右手で夏目さんを抱きしめて、左手で冬月さんを抱きしめていた。

「お互いに相手のことを傷つけたくなかったら、大人しくしてな」

 僕は二人の顔の間に割り込むようにして、そうささやいた。その言葉に二人はびくりとして少しばたつかせていた足も大人しくなった。

 


 (さて、ここからだ)

 ここまでは三人が望んで共有している設定とシナリオだった。

 でも、今夜の僕は二人には内緒のまま、ちょっと違う趣向でいきたかった。

「そうだな……じゃあ、二人でキスしたら止めてあげるよ」

「え?」

「なんですか。それは」

 二人は素なのか、夢の中での演技なのかはわからないけれど、戸惑ってちょっと緊迫感のない反応を返してきた。

「やらないなら、もっといけない事をしちゃうけれど」

 僕はそう宣言すると、冬月さんの後ろに回り込んで抱きしめた。ドレスの脇から手を中へと差し入れた。

 夏目さんのように、服の上からでもすごい弾力を感じることはないけれど、服の中でブラジャーごしだとふくらみの感触が伝わってくる。でも、それだけではまだよく分からないと、ブラジャーの中に手を差し入れた。

「あっ」

 大きく反応する冬月さんを僕は抱きしめる手を強くして抑えつけた。そのまま服の中に侵入した手はさらに奥に差し入れて、ふくらみの中の突起にふれた。

「うっ、うう」

 乳首を突いたり転がしたりすると冬月さんは声を抑えて反応していた。泣いているのかと思ってしまったので、やりすぎたかと心配したけれど、乳首の立ってきているのを感じて、大丈夫だなと胸を撫で下ろしていた。

「待って! 分かったから止めてあげて」

 夏目さんはそんな冬月さんの様子を見かねて制止した。

(そんな嫌がってもなさそうだったけれどね……)

 我ながら気持ちわるい考えをしながら、冬月さんの服の中に入れていた手を外に出すと冬月さんの腰を両手でつかんだ。

 頭上の紐をひねって、夏目さんの目の前を向くように調整した。

「さあ」

 僕は冬月さんの頭の後ろから、夏目さんの顔をのぞき込んで催促した。

「ご、ごめんね。冬月さん」

 仕方なく、ちょっと申し訳なさそうな表情を一瞬した後、夏目さんは爪先立ちの足で頑張って床を蹴りながら冬月さんに近づいた。

 僕にではなくて、冬月さんに向けた表情なのだけれど、さっきとは打って変わって艶っぽい表情に僕は今までで一番どきっとしてしまう。

 夏目さんは冬月さんに顔を重ねて口づけをした。二人とも天井からの紐で両手を頭上で縛られているのがまた倒錯的に感じる。

「もっとちゃんと唇を重ねて、お互いの舌を絡ませて」

 僕は紐に引っ張られないように二人の腰を抱きかかえて近づけると、そんな気持ち悪い催促をした。

 僕に向けられた表情ではないことを素直に残念に思いながらも、この二人の美少女が唇を重ねて、ちょっと離しては見つめ合い、また唇を甘く噛んだ後で舌を絡ませる光景を楽しんでいた。

 眺めているだけで満足してしまう。もう僕なんてこの世には必要ないのではと心の底から思ってしまう。

 もっと二人を絡ませてあげたい。

 そんな欲望から、僕は二人の両手をしばっている紐を切って外してあげた。

 『さあ、もっと二人で抱き合って愛し合いたまえ』

 そんな僕の言葉が、二人に届いているかははっきりしなかったけれど、僕の願望通りに、二人は唇を重ねながら腰を抱き寄せて、胸や脚にも手を伸ばしていた。

 もっと激しくして欲しい。いや、これくらいがちょうど素晴らしいんだ。

 そんなどうしようも妄想を頭の中で駆け巡らせて一人盛り上がっていると。

「ぐわっ」

 次の瞬間に夏目さんと冬月さんに同時に体当たりをされた。

「調子に乗ったわね」

「馬鹿にしないでください」

 カッターナイフを取り上げられて、二人の下に組み敷かれた。両手を自由にした結果自由に動けるようになってしまったのだから当然と言えば当然なのだけれど、右腕とお腹に完全に二人に乗られてしまうと女の子といえども完全に動けなくなってしまい思った以上に何もできなくなってしまう。

 (まあ、でも腕や腹の上に二人のお尻の柔らかさが伝わってくるのは悪くないよな……。結構、重いけれど)

 そんな失礼なことを思いながら、バットエンドで今夜の夢は終わってしまった。



「夢なのに酷い目にあったよな」

 あれだけ盛り上がったのだから、もうちょっとノリノリで協力してくれると思ったのに、意外な反撃で終わってしまった。

 元々予定外の行動だったので、文句をいうのもおかしいのだと自分でも分かっているけれど、不満を持ちながら、朝の教室に入って行った。

 いつもと何も変わらない教室だった。ただ、ちょっとだけいつもと違う光景を見つけてしまった。

 夏目さんと冬月さんが、教室の中で楽しそうに話していた。

(クラスメイトなんだから、楽しそうに話したりするだろう)

 今までの僕ならそう思って、特にいつもと違うとすら思わなかった。でも、ここ数日間ストーカーのように二人の姿を目で追いかけていた僕には、これは今までにはないことなのだとはっきりと分かった。

 朝、冬月さんの席に集まる取り巻きたちに今朝は関わらずに、夏目さんの席まで訪ねて行っていた。


「いいことをした」

 その独りよがりなその思いは、放課後に僕の足を第二図書準備室に向かわせるのに十分だった。

 多少、罵られようとも夏目さんと冬月さんが今まで違う距離感で親しげに話している姿を見られるなら死んでも本望だった。

(冬月さんに罵られるのはむしろご褒美だし)

 もちろん、本当は二人とも嫌われたくはないし、褒めて、尊敬して憧れて欲しい。でも、それはあり得ないので、ちょっと気持ち悪い言い訳を自分にしながら放課後の廊下を歩いていた。 


「冬月さんは……あの藤堂君でいいの?」

 第二図書館準備室の廊下側の扉に手をかけたところで、そんな声が聞こえてしまった。

「……いいんじゃないかしら」

(どういう意味だろう……)

 僕の話をしているところに、入っていくのはちょっとためらった。でも、扉に手をかけて動かし始めたところだった。

 ここで止めても、ばればれな中で盗み聞きしているみたいで最悪の印象になることは明らかだった。

「こんにちはー」

 僕は勢い良く扉を開けて、何も聞かなかったような素振りで元気に挨拶しながら入っていった。

「あら、藤堂君」

 夏目さんは、いつも通りの明るい笑顔で僕を迎えてくれた。少なくとも見た目からは、何か悪い噂話をしていて聞かれてしまったというような様子は感じられなかった。

(別に悪い話をしていたわけではなかったのかな……)

 そう考えれば、むしろ僕は評価されている。昨晩のもオッケーなんじゃないか。そう結論づけたかったけれど。

「……変態」

 冬月さんは、僕が入ってきた時から目線を逸らしていたけれど、僕が目の前に座った瞬間に、辛辣な一言を浴びせかけてきた。

「何で夏目さんとエッチなことさせるのですか」

「よ、よかれと思って」

 思ったよりも真剣に怒っていたので、僕は慌てふためてしまった。

「あはは、まあ、これからは私たちは夢じゃなくてラブラブできるからね」

 夏目さんは、そんな僕たちを見て茶化すように笑っていた。でも夏目さんは、本当に感謝するように僕の方を向いてウィンクすると優しく笑っていた。

「でも冬月さんとしては、夢の中では藤堂君に襲ってきて欲しいのよ。ねー」

 冬月さんに抱きつきながら、夏目さんは優しい目つきとはうらはらに過激な言葉で僕と冬月さんを煽っていた。

「そ、そういう意味ではないのです」

「今さら、私たちの間で隠すことなんてないはずでしょ。素直になろう」

「は、はい」

 冬月さんはすでに洗脳済みのように頷いていた。深呼吸すると、僕に向かってぐいっと身を乗り出して力強くお願いしてきた。

「藤堂君が直接、襲ってきてください。お願いします」

「ええっ」

 夢の話と分かっていても、こんな過激な発言でお願いされては僕は数メートルのけぞるくらいに驚いていた。

「あはは、この藤堂君はへタレだものねー」

 夏目さんはわざとらしく僕を挑発する。

「や、やってやりますよ。これ以上ないくらいにどきどきさせてやりますよ」

 女子二人は僕の宣言に目を輝かせた。

「まあ、夢ですけど」

 僕は結局のところ、最後はへたれた返事をしていた。

「そういうところ、私は好きよ」

 夏目さんは、肩を叩いて僕を慰めていた。 

「でも、現実世界で冬月さんにエッチなことをしたら承知しないからね」

 夏目さんはその発言の後であごに人差し指を当てながらちょっと考えて、訂正した。 

「私の許可があればしていいけど」

「だ、駄目に決まっているでしょう」

 冬月さんの抗議を軽く交わしながら夏目さんは笑っていた。

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