第2話 三人の妄想

「要するに、このアプリはね」

 夏目さんはちょっと苛立ったように、小さな長机に手を置いて立ち上がった。ポニーテールのテールの部分が元気に跳ねるくらいの勢いがあった。

 夏目さんは、明確に僕に向けてスマホの画面を見せた。その画面には、男子があまり噂話を知らないという例のアプリが映っていた。夏目さんは立っていたので、授業中に先生ができの悪い生徒に説明するかのようだった。

 勢いで部屋が静まりかえる。しばらくの間のあとに、夏目さんが続けた言葉はこうだった。

「お互いをオカズにしていると夢が繫がると言われているの!」

 しっかりと僕の目をまっすぐ見つめながら夏目さんはそう教えてくれた。

「え」

 勢いよくそんなことを言われてしまった僕は、どう反応していいのか分からずにしばらく固まってしまった。

「な、夏目さん、もう少し……そ、その、じょ、上品な言葉で……」

 僕の隣に座っている冬月さんの方が、慌てて中腰になって夏目さんを落ち着かせようとしていた。いつも冷静な冬月さんらしからぬ慌てっぷりだった。そんな冬月さんに指摘されて、夏目さんもちょっと我に返ったらしく。わずかに頬が赤くなっていた。

 クラスでも人気の二人、夏目さんと冬月さん。夏目さんは、ポニーテールでちょっと焼けた肌、いつも元気でクラスの中心の人気者だった。冬月さんは、ショートカットで白い肌、物静かでいつも窓ぎわで本を読んでいる知的な雰囲気に憧れる人は男子、女子問わずに多かった。

 いかにも体育会元気少女と、文学少女という感じの違った二人が僕の側で向かい合って座っていた。そして、何で僕は冬月さんの隣で座らされているのかさっぱり意味が分かっていなかった。

「だって、噂でそう言われているんだもの……まあ、そうね」

 ちょっと指をあごにあてて考えた夏目さんは、可愛らしく言い直した。

「好きな相手のことを想いながら寝ると、お互いに同じ夢を見るって言われているの」

 今さら、可愛らしい仕草で言われて何か変わるのかなと僕は覚めた視線で夏目さんを眺めていた。

「見るっていうだけだと、ちょっと違うかしら? 出演するって感じ?」

 夏目さんは同意を求めるように冬月さんの方を向いた。冬月さんはとまどいながら、首を縦に振るような横に振るような……なんとも言えない頭の動きをしていた。



 話は五分くらい前に遡る。


 ここは図書準備室のさらに奥の部屋、資料が置いてある部屋の中にスペースを確保した場所。『第二図書準備室』と言われている場所だった。

 去年くらいまでは、読書クラブという部活なのか同好会なのかの集まる場所だったらしい。でも、今は、もう部員はいなくなって、冬月さんしかいない。いわば図書委員中の図書委員というイメージの冬月琴音さんのお城とでも言うべき場所だった。

 そんな冬月さんの縄張りに、僕たちは踏み込んだ。まあ、僕が踏み込んだというよりはいつも元気な夏目さんに強引に引っ張られるように連れてこられたという感じだった。

「え?」

 冬月さんはいつも通りにこの部屋のドアを開けたのだろう。ただ、いつも誰もいないのがもう日常になっているのか、部屋に誰かいるのか確かめようともしていなかった。入って数秒してから、やっと僕と夏目さんの存在に気がついた。冬月さんは、驚いた顔をしたあとで、軽く頭を下げると遠慮がちに部屋から出て行こうとした。

「冬月さん、待って! お話しましょう」

 その瞬間に夏目さんは、飛びかかるようにして冬月さんを呼び止めた。冬月さんが躊躇している隙に完全に腕を絡ませられていた。

「まあ、座って座って」

 それなのに夏目さんは、自分の部屋であるかのように僕と冬月さんに椅子に座るように勧めていた。

「この際だから、お互いに色々とお話ししましょ」

 何がこの際なのか、さっぱり分からないけれど元気に夏目さんは宣言した。

「は、はあ」

 小さな長細い机を挟みながら、僕と冬月さんはまるで夏目さんに取り調べでもされているかのようだった。

 冬月さんは、明らかに驚いて固まっていた。いつも物静かで、風に吹かれて落ち着いて読書していそうな雰囲気のある冬月さんは、普段よりさらに軽くなって風に飛ばされてしまいそうな感じさえしたのはほんの数分前の出来事だった。



「細かいことは置いておいて」

 夏目さんは、ついさっきの『オカズ』とかいう発言はなかったかのようににっこりと微笑んだ。

「とにかく、私と冬月さんは、藤堂君のエッチな妄想にお邪魔したわ。そうよね? 冬月さん」

「え?」

 今度はまっすぐに冬月さんの方を見つめる夏目さんだった。こんな質問が来るとは思っていなかったのか、しばらくの間、沈黙がこの書庫みたいな狭い部屋の中に流れた。でも、夏目さんは気まずい雰囲気など感じることなどなく、顔を冬月さんに近づけていった。

「わ。私はあまり覚えてないわ」

 冬月さんも、目を細めてにっこりと微笑んで返した。でも、どことなく強張った無理やり作ったスマイルに見えてしまう。

「そして今朝は冬月さんの妄想に、藤堂君と私がお邪魔したわね」

 その言葉には、明らかに目を伏せる冬月さん。わずかにうつむくと綺麗に整えられた前髪が降りてきて表情をカーテンのように隠してしまう。

「藤堂君は覚えているわよね? 今朝の夢。お邪魔っていうより出演みたいな感じだと思うけれど」

「え?」

 まだ、この時の僕は『夏目さんは何を言っているのだろう』という気持ちでぼーっと夏目さんの言葉を上の空で聞いていた。

「音楽室で」

 今度の夏目さんの言葉には、僕は驚いてびくっと反応した。そして、冬月さんもわずかに体が動くほど反応したのが視界の片隅で見えた。

「冬月さんを壁にどーんって押し付けて、おさわりしてたよね」

 夏目さんは、夢の中で僕がした手の動かし方を真似していた。細くて柔らかそうな指がそのように動くのはなんとも艶めかしかった。

「ああ、うん。そうだった。」

 ここまで的確に、僕が今朝に見た夢の話を言い当てられるとさすがに話を真面目に聞いてもいいかなという気になった。

「うん、もともといた僕に、入りこんで動かしているっていう感じだった」

 僕は今朝の夢の不思議な感覚を思い出して、なんとか言葉にしようとする。

「ふーん。それで、あっているわよね。冬月さん?」

「私は……ね、寝ていたから覚えていないわ」

 冬月さんは、いつもの冷静さはどこへ行ってしまったのか、まるでやり手の刑事に追いつめられてもしらを切る犯人のように挙動不審だった。


「そりゃ、三人とも寝てはいたのよね。冬月さんの夢だと思うんだけれど、覚えてない?」

「覚えてないわ」

 ちょっとだけ冷静になったようで、冬月さんは軽く髪をかきあげながら夏目さんに微笑んだ。

 時代劇だったら、『証拠はあるのか証拠は』という場面みたいだと僕は二人の美少女が表面上は笑顔で相対しているこの空間を見ていた。微笑ましい二人の笑顔の会話なのに、どことなく緊張感がこの部屋を包んでいた。

「そっか。覚えてないならしょうがないなー。面白い話だと思ったのに」

 夏目さんは、冬月さんに近づけていた顔を離して、背伸びをするように腰に手をあてると机からも横を向いた。

 残念ながら、名刑事の落としも桜吹雪の刺青も持ちあわせていなかったらしい。これで終わりかとちょっと僕は残念な気持ちで夏目さんの引き締まった腰のあたりをぼーっと見ていた。

「でも、私。夏目さんとお友だちになりたいってずっと思っていたのよね」

 夏目さんは、冬月さんの方に再び顔だけを向けた。真剣で、でもせつなげな愛の告白でもするかのような夏目さんの表情だった。僕に向けた眼差しではないのに、なぜか僕までどきっとして胸が高鳴ってしまった。

「え?」

 冬月さんも一瞬驚いたようだった。それが僕と同じどきっとしたのか、びくっとしたのかはちょっと分からなかった。

「もうお友だちでしょ? 私はそう思っていたけれど……違った?」

 冬月さんの方は、首を傾けて上目遣いで見るその仕草はせつなく可憐な美少女だった。

「うーん。そうだけれど、友だちなんだけれど……」

「なんて言うか、クラスメイトの上辺だけの付き合いだけじゃなくって、もっと本音で好きなこと言い合いたいっていうのかな」

 夏目さんは、向かい合っていた場所から、机のまわりを歩いて冬月さんの方に近づいていく。ちょっと上半身を揺らしながら歩く仕草も元気で可愛らしい。

「そうね。私もぜひ……そう思っていたわ」

 冬月さんは、にっこりと笑った。もう変な尋問のような質問はされなさそうという雰囲気になったからか、さっきよりも心からの笑顔という気がした。

「ほんと? 嬉しい。じゃあ、直接お話とかしたいから電話番号交換してくれる?」

 楽しそうに夏目さんは冬月さんにぴょんぴょん跳びはねるように近づいていった。

「直接? ええ。もちろん」

 SNSのやり取りではいけないのだろうかというように冬月さんはちょっとだけためらったように見えたけれど、断る方が面倒だと思ったのかにこやかにポケットからスマホを取り出して、電話番号の交換をしようとしていた。ちょっとよく分からない流れだけれど、僕が一緒にいる理由はもうなさそうだった。

 美少女二人が仲良くなる瞬間を見届けながら、僕は帰宅の途につこうと思った。

 その瞬間だった。

 がしっと、夏目さんは冬月さんが操作していたスマホを素早い猫が魚を奪い取るかのような素早い手の動きで奪い取った。

「え?」

「あ?」

 僕と冬月さんは何をしたのか理解できないうちに、夏目さんはスマホを僕の両手に握らせた。

「例の夢アプリの設定を読んで! 読み上げて!」

「ちょ、ちょっと何するの?」

 見れば、抗議する冬月さんを夏目さんは羽交い締めにしてくいとめていた。

「藤堂君。夢アプリの今夜の設定を読み上げるの!」

「だめ、やめて」

 美少女二人が必死の形相でもみ合いながら、僕の方を見ていた。冬月さんの方は、何かの希望をつかもうとしているかのように手を伸ばしていた。

 これは、いったい何が起こっているのか分からずに固まっていた。

「え?」

「早く! さもないと私たちおしまいよ。今後、冬月さんからずっと冷たい目で見られて学生生活を終わるのよ」

 それは、僕は関係ないんじゃないかなと思いながら、もうすっかり僕と夏目さんは共犯という雰囲気を作り上げられてしまっていた。

 人のスマホを覗き見るなんてありえないという罪悪感はありながらも、指を動かし、目を動かした。

(多少、誤解を解いたところで、このままだと僕が卒業まで冬月さんと親しくなることなんてないだろうし)

 そんな思いが、夏目さんの声に押されて共犯になる決意を固めた。

 例のアプリの設定ボタンをタップした。

「えーと。鬼畜眼鏡その一!」

 僕はヤケになって最初の一文を大声で読み上げる。読み上げたあとで、僕は意味が分からずしばらく画面をじっと見つめる。この一文がタイトルなんだと理解するのに数秒かかってしまった。

 わざわざタイトルなんてつけているのかと、僕は几帳面そうな冬月さんらしいと思いながら下の方にスクロールしながら文章を読んでいく。スクロールできるほどこの画面に書けるんだと僕は初めて知りながら、長い文章を読み始めていく。

「放課後、私は藤堂君に呼び出される。第二図書準備室での恥ずかしい行為を写真に撮られてしまった私は、着いていくしかなかった。日も沈みかけ誰もいなくなった音楽室に藤堂君の後ろを無言で歩きながら入っていった。

 どうして音楽室なのかと少しとまどっていたけれど、ここなら多少、暴れて大きな声を出しても音が外に聞こえにくいのだと理解した次の瞬間には私は強引に壁に押し付けられていた。

 とまどう私の胸のふくらみを優しく手のひらで包んで藤堂君は私の反応を確かめていた。

 されるがままになって耐えている私を見ても、藤堂君は無表情のままだった。嬉しそうでも興奮した様子でもないまま藤堂君はそのまま胸をまさぐっていた手を少しずつ下に移動していく。なで回すように腰からお尻に下がってきた手は制服のスカートの裾をつまむとそのまま中へと進入してきてしまう。想像して覚悟していたことだったけれど、私は心臓の鼓動が経験したことがないほど激しく高鳴っていた。

 彼は指の腹で優しく内太ももをさすりながら徐々に上へと這いよってくる。

 いけないと思いながらも、私の体はとまどうくらいに熱かった。下着まで彼の指が到着すると、私は明らかに悦びの色が混ざった吐息を漏らしてしまった。

 その様子を彼に咎められ責められてしまう。恥ずかしい言葉責めの中で私は自分を見失っていくのが分かった。もう、どうにでもしてと思った意識の中で音楽室を扉の隙間から誰かが覗きこんでいるのを見つけてしまった。 続く」

「え。続くの」

 最後まで読み終わった僕は思わず間抜けな声を出していた。

「……長いわね」

 ある程度は予想していたらしい夏目さんもあまりの大作にちょっと呆れているようだった。

「きゃああ」

 いつも静かで大声を出すイメージのない冬月さんが小さな悲鳴をあげていた。でも、夏目さんに羽交い締めにされたまま、僕が読み続けると何もかも諦めたかのように静かになった。僕が全て読み終わって、夏目さんが手を離すと冬月さんはそのまま机に手をついてうなだれていた。涙目な冬月さんの姿を見て、僕は罪悪感に囚われつつこれからどうなるかを固唾を呑んで見守っていた。

訴えてやるとか言われたらどうしようかとおろおろしていると、夏目さんはうなだれた冬月さんに近づいて肩にそっと手を置いた。

「ごめんね。冬月さん」

「ごめんねって、ううっ」

 冬月さんは、涙声だった。

「大丈夫。心配しないで、私、あなたとお友だちになりたいの。本当のお友だちに」

 優しく語り続ける夏目さんに、とまどったように冬月さんは顔をあげた。

「本当のお友だち?」

「うん、だから、まずはお互いのことを包み隠さず露わにしちゃいましょう」

 冬月さんの手をとりにっこりと微笑んで、罪を許す天使のような振る舞いだった。

(いや、今回ひどいことをしたのは夏目さんだよね……)

 冷静に今までのことを思い出すと、自分でいじめたおいて、優しくして仲良くなろうとしているようなものじゃないかと僕は一歩引きながらこの茶番を見ていた。

「じゃあ、藤堂君、今度は私のね」

「え?」

 夏目さんは不意に僕に手渡した。しばらく僕は理解できずに二人の女の子のスマホを両手に持って無駄に見比べてしまった。シンプルに、でも可愛いキャラクターのストラップがついているのが冬月さんので、キラキラするシールがいっぱいついているのが、夏目さんのスマホだった。

 冬月さんの時と同じように、アプリを起動して『今夜の設定』のボタンに指を動かした。ここに書いたとおりの夢を見ることができるアプリと言われている。女の子の妄想を覗いていいのだろうかという罪悪感で指がちょっと震えた。ただ、もう命じられるままに冬月さんの『今夜の設定』を見てしまったあとなので、今さらやめるという選択肢はなかった。

「藤堂君と一緒に放課後の音楽室に閉じ込められちゃった。どうしようかと困っていたら、いきなり壁ドンって押し付けられちゃって、あごクイッってされて、強引にキスされちゃうの。頭の中が真っ白になっちゃっている間に今度は首すじを舐められちゃって、徐々に舌が下へと舐めていくのがゾゾって感じでキモイけれど抵抗できなくって、シャツのボタンが外されていくのに大人しくされるがままになっちゃったというところで音楽室を開けにきてくれたのは冬月さんでした」

「何これ?」

 読み終わった僕は、覚めた声で夏目さんに問いただしたけれど、夏目さんは僕の言葉なんて聞こえないかのように、冬月さんにまっすぐ向かい合っていた。まるでこの部屋には、いや、まるで今のこの世界には二人しかいないみたいに。

「どうかしら?」

 夏目さんは冬月さんに呼びかけた。もうキスをしてしまうのではないかというくらいの距離で夏目さんは冬月さんの両手を包み込むようにして握っていた。期待に満ちた瞳は宝石のようにキラキラ光っているような感じさえした。

「え? それは?」

 対して冬月さんの目はまだどこか曇っていた。でも、床に正座して手を夏目さんに手を握られて見上げているその姿は、警戒心を少しだけ緩めて懐き始めた小動物のようだった。

「これは、私の妄想」

 さすがにちょっと顔を赤く染めながらも、にんまりと笑ったその夏目さんの言葉に、冬月さんの目が大きくなって光を取り戻したように見えた。

「別に、冬月さんの妄想を見て書いたわけじゃないわよ」

 やっと、この部屋に僕もいることを思い出したかのように、僕の方を不敵な笑みを浮かべながら見てくれた。

「ずっと思ってたの、きっと同じような趣味だなって。冬月さんと包み隠さずずっとおしゃべりできたら楽しいだろうなって」

「夏目さん……」

 冬月さんも起き上がってしっかりと夏目さんの手を握り返していた。何となく冬月さんが騙されているような気がしたけれど、二人が仲良くなったならそれはいいことなのかもしれない。

(よく分からないけれど、目の保養ってことでいいか)

 美少女二人が友情を交わし始めたという感じだった。お互いに手を握りあい、見つめあったあとで照れながら楽しく何やら会話しているのを僕はいやらしいさえもさらに突き抜けただめな気持ちで眺めて満足していた。

「じゃあ、あとは若い二人でごゆっくり……」

 恋人がいちゃいちゃしているのを覗いてみているような居心地の悪い空気になったので、僕はもう足早にこの第二図書準備室から立ち去ろうとした。

「え、待って」

 夏目さんと冬月さんは、体はお互いの方を向いたまま頭だけを僕の方に九十度傾けて僕を呼び止めた。

「え、な、何?」

 まさか呼び止められるとは思っていなかった。むしろ邪魔だから出て行けと言われる気がして、さっさと立ち去ろうとしただけに鞄を抱えて僕はとまどっていた。

 すっと夏目さんは僕の方に手を伸ばした。

「え? ああ、二人のスマホは机に置いてあるよ」

 指差したスマホに二人は全く視線を向けようとはしなかった。ただ単にじっと僕を見つめていた。二人の美人の下から覗きこむような視線があまりにもまっすぐで僕はどきりとした。

 そう。さっきから気になっていることがあるのだった。

(何で、僕だったのだろう……)

 夢で二人が登場させたのは、なぜ僕だったのか。

 もしかして、二人は僕のことが……。

(いやいや、ないない)

 特にかっこいいわけでも、面白いわけでもない。そんな僕に二人が惚れてくれるわけがない。勝手な妄想をふくらませて勝手に傷つくのはよくあるパターンだ。だから何も聞かずに僕はこの場から立ち去ろうとしていたところだった。

 でも、でも。

 今、わざわざ呼び止められたことでさすがに僕も少し意識した。

 いや、そんなことあるわけない……。

 でも、もしかして……。

 もしかしたりするかも!

 そんな妄想があふれてきて止まらなくなってきてしまった。

「ねえ。……二人の夢に……その、登場させたのは、どうして僕だったの?」

 ついに耐えきれなくなって、僕は聞いてしまった。

 まさかこんな夢にまで登場させておいて、ひどい返事が返ってくることはないだろうという勝算が少なからずあったのは間違いなかった。

「うーん」

 二人の美少女はお互いに首をひねりながら数秒うなったあとで、目をあわせた。

「そうですね。ちょっと気持ち悪いから……でしょうか」

 長考のあとでそんな言葉を捻り出したのは冬月さんの方だった。

「そう、そんな感じね」

 夏目さんがうなずいていた。

「え?」

 僕はいろいろと残念な答えも想像して心の備えをしていたけれど、それを遥かに上回る言葉だったのでさすがに耳を疑って聞き直した。

「その気持ち悪い目つきがいいって話よ」

 夏目さんは、フォローしてくれているようだったけれど、さっぱり意味が分からずに頭の中に入ってこなかった。

「はあ、よく分からないけれど、キモいと思っているのにわざわざ夢に登場させたの?」

 訳が分からないまま、僕はすっかりやさぐれていた。

「えーと、その……。つまり、あまりにも完璧でさわやかでかっこいい男子に迫られている妄想だと冷めてしまうと言いますか……」

 燃え尽きたようにショックを受けている僕を見かねて、冬月さんも優しく説明してくれているみたいけれど、残酷に死体を蹴られている気分しかしなかった。

「そうそう。落ち込みすぎることはないのよ。本当に本当にどうしようもないほどキモかったら、夢に見るのすら嫌だから」

「そうです。生理的に無理ではないという条件は満たした上で、ちょっと……その、不気味と言いますか……暗い感じと言いますか……」

 冬月さんは、意外にひどい人だと言う気がしていた。

「要するに、その方が興奮するの!」

 夏目さんは何やら勝ち誇ったように言った。

「え? 何の話?」

「何って、最初から一人エッチの話かしてないでしょ」

「な、夏目さん。も、もうちょっと上品な言い方で……」

「上品な言い方をしてたら、藤堂君には一生伝わらないわ」

「まあ、確かに……」

 冬月さんも、『困ったわ』という感じであごに手をあてて考えこみながらも同意していた。何気に二人とも僕に対してひどすぎる……。

「さわやかイケメン体育教師に迫られている妄想より、ちょっと根暗な白衣の化学教師に弱みを握られて追い込まれていく妄想の方が燃えるの!」

「そう。そうですよね。すごい分かります」

 冬月さんは、目を輝かせて夏目さんの話に同意していた。おかしい、僕の中の冬月さんのイメージがどんどん崩れていく。

「あ、あくまで妄想の話ですよ」

 冬月さんは、僕の視線に気がついたのか、少しだけ冷静になると慌てて言い訳をしていた。

「まあ、いいや。わかりました」

 どうやら、ロマンスとかは起こり得ないらしい。

 そう理解した僕は慌てている冬月さんを放置して、鞄を肩に担ぎ直して部屋から出て行こうとした。

「だから、待ってて言ったでしょ」

 そんな僕の前に、両手を広げて夏目さんが立ちふさがった。そういえば、呼び止められたことをすっかり忘れていた。

「ま・さ・か、私たちの秘密だけを聞いて帰る気なの?」

「え?」

 冗談だと思ったけれど、夏目さんの目は真剣だった。はっきり言って怖い。

「そんなこと許されるわけがないわよね」

「そうです。許されるわけがありません」

 後ろから、冬月さんも迫ってきた。何となく背筋が凍りつくような気がした。

「え? そんな秘密とか、大したことじゃないよね。だ、誰にも言わないし……」

 僕は二人に挟まれて、完全に身動きがとれずにしどろもどろな言い訳をするだけだった。

「誰かにしゃべったりしたら、あることないこと言いふらして社会的に抹殺してあげるから」

 夏目さんではなく冬月さんが後ろから僕の耳元でそうささやいた。もし、本当にいつも真面目なイメージの冬月さんがそんな噂を話したとしたら、誰も疑わずに僕は最低な人間として蔑められてしまう未来が見えた。

「や、やだなあ。そんなことするわけないじゃないですか」

 僕は完全に抵抗を諦めて降参の姿勢を見せた。前後から拳銃を突き付けられてホールドアップしているイメージだった。

「じゃあ、藤堂君の妄想も見せてもらおうかな」

「ああ、うん……ええと、どうしても?」

 別にいいと思ったけれど、今、書いてある内容が思い出せずにためらった。

「何よ。往生際が悪いわね。さっさとスマホを渡しなさい」

 夏目さんが眉間にしわを寄せながら、まるで借金の取り立てでもしているかのように僕の目の前で手のひらを上下動させた。

「よこせー」

「渡してください」

 確認のためにスマホの画面をちらりと見たところで、美少女二人が前後から跳びかかってきた。

「きゃー」

 割と本気で抵抗しながらも、二人のいい匂いが漂うこの空間は幸せすぎて何もかもがどうでもよくなってきて力が抜けていった。

「よし。手に入れたわ」

「やりましたね」

 僕から奪ったスマホをためらう気もなく操作していく二人の姿があった。

「夏目ちゃんのおっぱいに顔をうずめて、ぷるぷる」

「冬月ちゃんの太ももで膝枕してもらって、さわさわ」

 二人が僕のアプリの中身をそれぞれ読み上げていた。

(こんなに恥ずかしい中身だったか? ああ、草太君に書いてもらってからそのままだったのか)

 もう少しましな文に書き換えておけばよかったと頭を抱えて後悔した。

「ひどくない?」

「何ですか、これは?」

 好感度が地に落ちる瞬間を見ることができた。しかも、二人も同時に。

 いつもの夏目さんでは見ることのできない冷たく蔑んだ目がこちらを向いていた。

 まさか、こんなに中身がないなんて思わなかったと、目を潤ませながら二人で話していた。

「いや、泣かなくても……」

「こんなにときめかない夢に登場させられる私たちの身にもなってください」

 冬月さんまでそんなことを言ってくる。

 僕のようなさえない男にまで優しく接してくれる天使な二人だと今まで思っていただけに、僕の心は荒れ果てていた。

「今夜までには書き直しておいてくださいね」

「え?」

 冬月さんが、そう言いながらぐっと顔を近づけてスマホを返してくれた。

「何で驚くの? もう私たちに夢に出てきて欲しくないの?」

 すねたように言う夏目さんは、とてつもなく可愛かった。

「いや、もちろん。僕なんかの夢に出てきていいのなら」

「いいわよ。これはおまじないだし、都市伝説だし」

「……。あっ、はい。そうですよね」

 僕たち三人は、そういうことにして笑いあった。

 拒否されていないことが分かって、ほっと安心すると今度こそ帰宅の途についた。



 次の日、僕はまた第二図書準備室に座っていた。

 いや、呼び出されて有無を言わさず座らされたというのが正しかった。

「何ですか、今日の夢は、もっと、強引に。二人きりになったら俺様になって!」

「駆け引きを楽しんでください。迫って、でも焦らしてから可愛がってください」

 目の前で夏目さんと冬月さんが並んで、昨晩の僕の夢に注文していた。

「えー、妄想なんだし、そこまでするとめんどいじゃない?」

 僕の心の中の叫びを、夏目さんが口に出してくれていた。

「強引でいいのよ。強引で」

「そんなケダモノみたいなのではだめです。徐々に快楽の虜にしていくのがいいんじゃないですか」

 何やら、二人で方針の違いがあったらしい。しばらく言い争いを続けていたので、僕はもう帰っていいかなと腰をあげた瞬間に二人は声を揃えて僕に命令した。

「とにかく、昨晩のような夢ではだめです。もっと研究してきてください!」

「は、はい」

 どうやら、僕は妄想にすらダメ出しをされる日々が始まってしまったらしい。

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