夢日記

‪春になると、疫病から身を守るために家から一歩も出ない人々が例外なく悪夢を見るようになった。そしてそのまま数年が経過した。したんだよ。したんだから仕方ないだろう。最初の頃は皆なぜか悪夢の内容を覚えていたので、面白がって夢日記をつけるのが大流行した。それからほどなくして春が終わる頃になると、外に出ると悪夢を見ないことが知られてきた。すると外に出ていないことの証明に夢日記が用いられるようになり、今では悪夢を記録できないのは勝手な外出をしたからだとまで言われている。‬この頃になると正義感の強い馬鹿がドローンを使ったジェネリック警察をやっており、自粛を強制したり、外出した人間を見つけてはネットリンチにするのが流行っていたのだから仕方ない。

しかし、押印や領収書の処理など、生活する上でどうしても外に出ないといけないことはまだまだ残されている。そのため、気付けばいろんな人が夢日記の捏造を始めた。歯が全部抜けて全身から歯が生えてくる夢、嫌いな人を殴り倒したら8人に増えて囲まれる夢、心臓を撃ち抜かれた貫通痕にボールチェーンを通されて携帯ストラップになる夢など、創作夢のバリエーションは多岐に渡った。そして気付けば多くの人が夢のネタ切れを起こした。

すると今度は完全にひきこもっていた人が自分の見た悪夢ネタを売り始めた。寝るだけでできる在宅ビジネスとして大ブームを起こすが、世間ではこれを真似た本が続々と発生し、質の悪い夢小説がメルカリに並ぶようになった。こうした粗悪品の悪夢は、人のネタを勝手に集めた総集編ならまだいい方で、マイナーな民話や昔話をコピペしただけのものや、いかがでしたかブログが多くなった。しかし、世の中がすこし頭おかしくなっているのでそれでも売れた。非国民と呼ばれないためには夢小説が必要だったからだ。

それから少し経って、狂った監視社会では夢日記のない人間は隔離されることになった。外に出るなんて危険なことをした人間と一緒になんていられないからだ。それはそれとして疫病は関係ないところで普通に広がっていた。

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東京は滅んだ 遠嵜結乃 @aonorin33

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