架空書評

『あなたの星、買わせてください』天乃幸之助

 織姫と彦星が七夕だけの逢瀬を繰り返すこと幾千年。宇宙は産業革命・情報革命を終え、次の産業構造を目指していた。織姫をCEOとする宇宙一の繊維加工企業「織綴紡績社(通称:ヨンイト)」と、彦星を中心とした六次産業的銀河規模アグリカルチャー企業「HBEAF」の事業統合を描く渾身の作品。緻密なバックグラウンドストーリーの中に織り込まれた二人の思慕を示唆するエピソードの数々は、金融小説のみならず、恋愛小説としても成立する濃度。経営を志す人から恋愛小説を読み漁りたい人まで、誰にでも一読を薦めたい。



『イホウジン(原題:THE Money)』リア=ミノヅカ

 人類がいなくなった後に、世界には法人だけが存在していた。金融取引をするBotが動き続け、電子の市場で数字が動く取引だけがあった。人間のいない世界を淡々と語るがゆえに、世界の異常性を浮き彫りにする驚異のSF小説。実際に無人金融市場がとりうる姿が、ミノヅカ氏による綿密な取材に裏付けされた描写によりリアリティをもって我々に迫る。無人バブルが崩壊し、無人M&A、無人債務不履行が繰り返される。数年前に一部で流行した漫画『これでも法人と呼べますか』の元ネタとしても知られる。



『CharAct”o”r』臼井蓉

 複数のアカウントを使い分け、アイコンをペルソナにする人々。そこには記号を被った人間だけがいた。記号と現実、宗教と死生観、アバタ―とプレイヤー、あなたとわたし。なにかとなにかの境界線があいまいになるその世界を、二人の少女がゆっくりと駆け抜ける。駆け抜けた先にあるのは、おとなと子どもの境界線。私にはこれがSFなのか前衛小説なのか、断言することはできない。わからないものを無理やり飲み込んだときにうまれる異物感ごと愛することができるなら、この作品はどんな小説よりも現実を覆す。この言葉はさながら異化作用の塊のように、現実にあらたな区別を与える。



『みちをたどれば』菱田正

 多層構造を読み解くのが面白い短編集。作者の遊び心なのか、各編に個別の数学的な仕掛けが施されている。数学に馴染みのない読者でも文字をなぞれば面白く読めるようにできており、他にあるような衒学の自慰小説とは明らかに質が違うことがわかる。浅く読めば登場人物のコミカルさで読み進められ、深く読めば次々に生々しく描かれる感情のモチーフが姿を見せる。私の勉強不足か、第6編で扱われるグラフ理論が何のメタファーなのかは理解できなかったが、グラフ理論を学び、次に読むときの楽しみとしたい。現実と数式を行き来する反復横跳びのような世界は、小説でしか表現できないメタを含む。学部生三四年生向け。



『Concept』遠嵜結乃

 聖書をモチーフにして人間を代数的に扱う実験作品。人間を可換群として捉える発想は斬新だが、群には逆元が必要な点に関する解説がもう数行欲しかった。論理を扱うかのように作中で言及しているわりには逐一展開がアクロバティックであり、読者を置いていくことに筆者が楽しみを見出しているようにも思える。「炭水化物が重なってしまった。第二の争いであった。」

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