第5話 邂逅(かいこう)

 ベッドで眠る鬼鉄きてつ。その横に座り看病するメグミ。


 ここは今泉ひとみが個人経営している病院『ひまわり内科』。病院自体は大きくはないが、この近辺では評判のいい内科である。今泉は内科医としての腕も立つが、専門外のことにも詳しく、普通の医者では見落とす病気も早期発見できる名医として有名である。そして、美人である。美人過ぎる女医としてテレビに出たこともあるほどだ。『ひまわり内科』は、本来であればゴールデンウィーク中であり外来は受付けてはいない。ましてや、内科専門であり、外傷患者の鬼鉄たちを入院させること自体が異例である。それでも、鬼鉄たちを受け入れるのは、彼女もまた神殺しであり、仲間の一人だからである。


 院長である今泉が病室に入ってきて、メグミの横に立つ。

「あんたさ、いい加減休んだら?そばにいたからって早く治るわけじゃないんだからさ。」

「すみません。でも、できるだけ彼のそばにいてあげたいんです。」

「分かるけどさ。こいつが目を覚ます前にあんたが倒れちまうよ?」

「彼は家族なんです。だから、そばにいてあげたいんです。」


 溜息をつく今泉。

「ふぅー。5年前、あんたが初めてここに運ばれた時のことを思い出すね。あの時は、あんたとこいつが逆だったけどね。こいつが臭いセリフを言ってさ、横で聞いていた私は笑ったもんだけど、本当に家族になれたんだね。」





5年前―

 私の名はメグミ。私は中身のない男と付き合っていた。20代の私にとって男の価値は、外見と経済力が全てだった。私は若かった。男が求めれば、いくらでも応じた。それが愛だと当時の私は疑わなかった。


 私は21歳で結婚した。旦那は青年実業家だった。大学時代から作っていたスマホアプリが大ヒットし、大学卒業前に会社を立ち上げ、あっという間に一流企業に仲間入りした。私は合コンで彼に気に入られ、半年の付き合いで結婚した。


 最初は幸せだった。


 似たようなスマホアプリが出始めるようになり、彼の会社は傾き始めた。そして、首が回らなくなった。私はヤミ金の担保として、ヤクザに売られた。幸いなことなのか、そのヤクザの組長に目をかけられ、組長の愛人となった。意外なことに、彼よりも、ヤクザの男の方が私を大切にしてくれた。何不自由のない生活を保証された。指定されたマンションで暮らす以外は何をやっても許された。週に数回、私は組長である男の相手をするだけで、私は自由に生きられた……と思っていた。


 分かっていたことだが、私以外にも愛人ができた。組長の男は私のマンションを訪れることが徐々に減り、2年を過ぎた頃には、一切、私と会わなくなった。寂しさから、私は他の男を求めるようになった。しかし、ヤクザの女と分かるとみんな逃げていった。


 私は組長に、自由にしてほしいと願い出た。しかし、断られた。彼は私をコレクションの一つとして手放さないと言った。私は籠の中の鳥だった。私は自由になりたかった。逃げようとしたら、捕まえられ顔がれ上がるほど殴られた。最後には日本刀で殺されかけた。その時、私は神殺しに目覚めた。そして、組長の男は地面から生えた無数の刀で串刺しになっていた。


 次に意識を取り戻した時、私は病室で目を覚ました。横には刑事が座っていた。その刑事は組長が殺された組の者たちから私を守るためにそばにいた。その男が鬼鉄だった。鬼鉄は毎日のように私の様子を見に来ていた。


「刑事さん。この前、別の刑事さんから聞きましたが、もうあの組はなくなったんですよね?それなのに、なんでいつも私のそばにいるのですか?私が美人だからですか?」

「気分を悪くさせたみたいで、すまない。俺にはあなたが自暴自棄になっているように見えて心配だったんだ。」

 立ち上がり頭を下げる鬼鉄。


「私が自暴自棄になったからといって、刑事さんには関係ないですよね?」

「あなたは昔の俺に似ているんだ。俺も家族に裏切られ人間不信になったんだ。だから、どうしても放っておけなくてね。全部、俺の自己満足なんだろうね。明日から来ないよ。今まですまなかった。」

 メグミに背を向け病室を出ようとする鬼鉄。


「待って下さい、刑事さん。これじゃあ、私が悪いみたいじゃないですか?」

「いや、あなたは悪くないよ。」

 メグミの方に振り返って答える鬼鉄。


「これから私はどうすれいいんですか?」

「それは俺にも分からない。でも、俺にできることなら何でも手伝うよ?」

「家族がほしいと言ったら、家族になってくれるのですか?」


 鬼鉄は少し考えて答える。

「これは俺の持論なんだけど、家族は求めるものではないと思う。恋人の頃はお互いを求め会うけど、家族は求め会うのではなく支え合うものだと思うんだ。お互いをいたわり、支え、感謝する。これが当たり前のようにできるのが家族なんだと思うよ。だから、家族はなろうとするものではなく、いつの間にかなっているもんじゃないかな?」






―現在

「そうですね。家族になれましたね。」

 涙を流すメグミ。


「鬼鉄はジョージやマリと違い、ナラズガミ、神殺しと連戦だったんだ。神殺しの力を連続使用すれば、それだけ消耗が激しい。あの二人と違って回復するのに時間はかかるけど、休息をとれば元気になるんだから、あんたもいい加減休みなさい。どうせ、昨日も休まずに、こいつとやったんだろ?」


 メグミは涙を流しながら、顔を赤くする。


「若いっていいね。本当にうらやましいわ。」

「今泉先生もお若いじゃないですか?」

「あたい?ダメダメ、あんたとはほぼ同い年だけど、子供が二人、いや、旦那も含めれば3人か?とにかく、子育てすると、老けるね。あんたみたいに情熱的にはなれないわ。」

「私は情熱的じゃないですよ。情熱的なのは彼です。私はいつも彼に宿っている情熱にき付けられているだけです。」


「う~ん。メグミ?今、夜か?」

 鬼鉄が目を覚ます。


「おはよう。お寝坊さん♡」

 涙を拭いて挨拶するメグミ。


「ああ、なんだろうね。熱いね。熱いからコンビニにアイスでも買ってこようかな?この辺のコンビニにはあたいの好きなアイスがないから、戻ってくるのに1時間はかかるかな?メグミ、留守番頼むわ。他に入院患者はいないけどあんまり騒がないでね。」

 そう言って、病室を出て行く今泉。


「何?どういうこと?」

 不思議がる鬼鉄。


「こういうことよ♡」

 鬼鉄に覆いかぶさって、唇にキスをするメグミ。


「メグミ、俺、病み上がりなんだけど?」

「知らな~い。男なら根性見せなさい♡」






―ひまわり病院の玄関―

「つーか、一時間か?どこで時間つぶそうかな?たまには、にゃおびんの居酒屋にもでも行くか?」


 白衣を着たまま、繁華街へ歩いていく今泉。

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