第3話 チーム『監獄(プリズン)』

「仕事の時間だ!」


 空気が変わった。悠斗ゆうとはそれまで明るく楽しい雰囲気だった日常が、非日常に切り替わる瞬間を感じた。


「ジョージからメールだ。例のモンキーが出たそうだ。急いで向かう。10分で用意しろ!」

 席を立つ鬼鉄。


「了解♡」

 セクシーな声で返事するメグミ。


「ハーイ!」

 元気に返事をするキララ。


「悠斗くん、悪いが君を家まで送る時間が無くなった。これでタクシーを呼んでくれ。」

 鬼鉄きてつはポケットから財布を取り出すと、悠斗に1万円を渡す。


「あの、僕はどうすればいいんでしょうか?」

「今後、どうするかは君次第だ。これをあげておく、何かあったら連絡をくれ。たぶん、君はまたここを訪れることになるだろう。」

 鬼鉄が差し出したのは名前と住所、電話番号、メールアドレスだけの簡素な名刺だった。




―同時刻、狐小路商店街外れの眼鏡屋の前―

 グレーのスーツを着たジョージが車の中でメールを打ち終えた。

「先輩にはメールを送ったし、後は待つだけだな。準備運動して……。」


 ジョージ・リー。中国系日本人。職業刑事。八極拳の使い手であり、日本で彼ほど強い刑事はいない。そんな彼が囲まれている。その数およそ100人。意識を支配された傀儡くぐつ人間、通称『傀儡くぐつモンキー』に。


 ジョージは数週間前から、ある集団催眠強盗事件の首謀者を追っていた。そして、元先輩である鬼鉄と同じく、上司に逆らい、現在停職中。単身で首謀者のアジトが狐小路商店街の外れにある眼鏡屋であることが分かった。見つけ出し、店の前に車を停めたまではよかったのだが、気づいた時には、車ごと傀儡モンキーに囲まれていたのだ。


 傀儡モンキーは何者かに操られているだけのただの人間である。だから、ジョージは彼らに致命傷を与えない程度に痛めつけ、行動不能にしなければならない。彼らを止めるには、操っている犯人を押さえるしかないのだが、アジトを目の前にして、身動きが取れなくなってしまった。


 30分。時間にしては短いと思われる時間だが、30分ぶっ続けで人間を倒し続けることは、相当ハードだ。ジョージの気力も限界に来ていた。


 ドン!車の方から音がする。


「待たせたね。ジョージくん。」

 いつの間にかジョージの車の上でしゃがんでいる鬼鉄。


「先輩、遅いですよ!」

「結構いるね。犯人はこのお店の中?」

「たぶん、そうですね。こいつらさばかないと中に入れませんよ?」




―狐小路商店街から少し離れたビルの屋上―

 黒いスーツを着たメグミがライフルを構えている。その横には黒いゴスロリファッションのキララが双眼鏡をのぞき込みながら立っている。

「右からモンキー増援7、左後方から2。ジョージの動きが鈍いわ。限界なんじゃない?大分人数減ったけど、全員倒してから突入は無理じゃない?無視して突入したら?」

 キララは双眼鏡で現場周辺の現状把握し、インカムで鬼鉄に伝える。


「ダメだ。このまま突入したらモンキーたちも店に入ってくる。狭い店内で暴れたら、モンキーたちも怪我では済まない。人命が最優先だ。」

 汗だくになりながら答える鬼鉄。


 キララはインカムの電源を切ってつぶやく。

「ああ~、もう、面倒くさい。命がけなのになんで他人のこと気にするかな?鬼鉄は相変わらず甘ちゃんだよね?」


「愚痴らないの。鬼鉄のそこがいいのよ?」

 メグミはライフルを構えた姿勢を維持しながら答える。


「メグ姉も加勢に行った方がいいんじゃない?」

「アタシがいると二人の邪魔になるわ。それに、今回の犯人は間違いなく神殺しの能力者。見つけ次第狙撃しなければきりがないわ。それと……」

「それと?」

「アタシ、鬼鉄たちみたいに手加減できないもの。この美しい顔に傷つけられたら、うっかり殺しちゃうわ♡」

「メグ姉、ぱない!一生ついていきます!」

「あら、アタシについて来たら一生後悔するわよ?」




―狐小路商店街外れの眼鏡屋の前―

背中合わせで傀儡モンキーをさばき続ける鬼鉄たち。


「ジョージ、これはやばいぞ。いくら倒してもきりがない。」

 到着した時、笑顔だった鬼鉄の顔はすでに真剣になっている。その表情の変化が現状の深刻さを物語っていた。


「先輩、やばいですね。」

「仕方がない。これではらちがあかない。ジョージ!一度、引くぞ!」

「待ってください。もう少しで助っ人来ますので。」

「誰だ?」

「もうすぐ懐かしい人が来ますよ!」


 ドン!また、車の方から音がする。


 鬼鉄が車の方に目をやるとそこには青いチャイナドレスを着た脚線美の美しい肩まで伸びたボブカットの女性がジョージの車の上に立っていた。


「あれは?マリさん!ジョージの言っていた助っ人は、マリさんか!」


 マリは青いチャイナドレス姿なのだが、風が強いこともあり下半身を隠す前に垂れている部分が真横にたなびいている。そして、ピンク色のパンティーがハッキリ見えている。


 鬼鉄の顔がにやける。

「ジョージくん。こんな時になんだけど、マリさん、なんであんなところに立っているんだろうね?それに、強風で思いっきりパンチラしているよね。」


 マリを見た鬼鉄が普段の性格に戻っていた。ジョージは勝利を確信した。仕事人間である鬼鉄が仕事中に笑ったり、冗談を言うようになったら、いいアイデアが思いついたときなのだ。一緒に刑事をやっていた時もそうだった。おかげで、ジョージも冷静になれた。そして気づいた。ジョージの車の天井は登場キャラのお立ち台ではないことを。それなのに、今日だけで二人も天井に乗られている。後で二人にへこんだ天井の修理代を請求しようとジョージは思った。


「そうですね。勝負下着ですかね?」

 ジョージは冷静に答える。


「うん。ピンクの紐パンみたいだから、間違いなく、勝負下着だね。エロいよね。もう、戦っている場合じゃないよね。戦線離脱して口説きにいっていい?」

「先輩!真面目にやってくださいよ!背中取られたら、僕たち死にますよ!」

「ジョージ!俺にいい考えがある。悪いが3分時間を稼いでくれないか?」

「無茶言わないで下さいよ。」

「君はできる男だ!がんば!」

 鬼鉄はまわりの傀儡モンキーたちを吹き飛ばし、地面に『飛』印を押印し踏むつけて、マリの方へ飛んで行く。


 ドン!鬼鉄がジョージの車の天井に飛び乗る。またしてもジョージの車の天井がへこむ。


「マリさん。お久しぶりです。相変わらず美しい脚ですね。この後、一緒に食事なんかどうですか?」

「久しぶり、鬼鉄!ごめんね。私、この後、旦那と約束あるんだ。」

「旦那?」

「あれ、知らなかった?私、結婚したんだよ。新婚さんだよ?私ももう28だしね。流石に結婚しないとキツイでしょ?ああ、ごめん。メグミはまだだったか。あいつ今年で30だもんね。」

「マリさん。結婚おめでとうございます!ってこんなこと言っている場合じゃなかった。あまり時間がないんで、いきなりですけどいつものやり方でいきますよ?」

「よろしく!」

 笑顔で答えるマリ。 




―狐小路商店街から少し離れたビルの屋上―

「マリの奴、打ち殺す!」

 インカムから入ってくるマリの言葉にキレて、狙いをマリに定めるメグミ。


「メグ姉!冷静に冷静に!今、殺したら、鬼鉄も死んじゃうよ!」

 メグミの本気の殺意に動揺するキララ。


「チッ!絶対、後で殺す!」

 マリの一言がメグミの琴線に触れたみたいだ。


「それにしても、戦闘中に口説く男を初めて見たわ。」

 命がけの戦闘中にのんびり口説く鬼鉄の神経に呆れるキララ。


「そう?アタシは何度もあるわよ。パートナーを組んだばかりの頃は、いつもあんな感じだったわよ?もうね、彼、本当に積極的だから。」

「最低!」

「キララちゃん、鬼鉄の動きを良く見て。」

「マリさんの体触りまくっている!」

「ああ、ここからはよく見えないか。マリさんの能力は近接向きじゃないから、マリさんの身を守るために、小さい『返』印をつけているのよ。マリさんはアタシと違って、戦闘訓練受けていない普通の人だから。格好は変だけど普通の人なの。」

「拳法の達人じゃないの?」

「違うわよ。」

「あのチャイナドレスは?」

「あれはただのコスプレよ!」

「……。」

 閉口するキララ。




―狐小路商店街外れの眼鏡屋の前―

 ジョージの車の上で会話が進む。


「マリさん。モンキーたちは俺とジョージで引き受けますんで、後ヨロシク!」

「了解!」


 ジョージの方へ飛んでいく鬼鉄。


「準備完了。ジョージくん、俺が合図したら、いつも通りに!」

「了解!懐かしいですね。このスリーマンセル。」

「チーム『監獄(プリズン)』復活だな!」

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