第2話 騒がしい朝食

 悠斗ゆうとは目が覚めるとベッドしかない知らない部屋で寝ていたことに気付いた。頭の中は混乱しているが、とりあえず部屋を出ることにした。廊下に出ると食用をそそるいい臭いがする。悠斗が臭いにつられリビングへ向かうと、奥の食卓テーブルに黒ぶち眼鏡をかけ、紫の下着が透けて見える白いキャミソール姿のメグミと黄色いフリース素材の猫の着ぐるみパジャマを着たキララが座っていた。


「おはようごいます。」

 リビングに入ってきた悠斗に誰も気づいていないみたいなので、悠斗は自分から挨拶してみた。


「おはよう~。」

 キララは眠そうに挨拶をする。


「悠斗さん、おはようございます。」

 メグミはとても礼儀正しく丁寧な挨拶をする。しかし、下着が透け透けな格好で悠斗は目のやり場に困る。


「おはよう!悠斗君。昨日はよく眠れたかな?キララの横に座って待っていてくれ。 もうすぐ食事の用意が終わるから。」

キッチンで調理中の男性が悠斗に明るく話しかけてきた。


 悠斗は言われるままに食卓につく。


 キララはまだ寝ぼけていたが、メグミは朝からコーヒー片手に新聞の経済欄を読んでいた。


 男が食卓に焼き鮭が置いたことで、白米ごはん、わかめと豆腐の味噌汁、卵焼き、ほうれん草のお浸し、レンコンのきんぴら、きゅうりの浅漬け、焼きのり、納豆、そして焼き鮭という、いかにも和食な朝食がそろった。


「よし、これで全部そろったぞ。みんなで食事だ。いただきます!」

 朝から男性は元気に声を出している。


「いただきます!」

 他のみんなも大きな声で返事をする。


「キララさん、この満面笑顔のさわやかな男性は誰ですか?」

「うん?誰って鬼鉄きてつじゃん。」

「えっ、この人があの鬼鉄さんですか?とても昨日見た人と同じ人だとは思えないんですけど……。」

「まあ、そうかもね。私も最初見た時は驚いたけどね。何、この二重人格って。」

キララはまだ眠たいのか気だるそうに答える。


「悪かったな。二重人格で。」

 笑いながら答える鬼鉄。


「すみません。食事中に申し訳けないのですが、昨日のこと説明していただけないでしょうか?」

 悠斗は箸も持たずに両手を膝において改まって質問をした。


「キララちゃん、昨日説明しなかったの?」

 鬼鉄が優しく問いかける。


「はぁ~?自分たちはヨロシクやっていて、面倒くさいことを私に押し付けるなんて大人って嫌(いや)ですね。私、大人嫌いです!メグ姉は別なんで心配しないでくださいね。本当もう、鬼鉄嫌い!私のメグ姉取るから!」

「え~、もしかして俺嫌われている?ショック!俺、ショック!傷ついた。俺のガラスのハートが傷ついたというか、割れた。ショックで立ち直れない。メグミ~、俺を慰めてよ~。」

 新聞を読んだままのメグミに助けを求める鬼鉄。


「ああ、なんですか、このキモくてウザい男。朝から、本当にキモウザ。メグ姉からも言ってくださいよ。鬼鉄キモイって!」

 キララもメグミに応援を求める。


 鬼鉄の目つきが変わる。

「おい、さっきから言わせておけば好き勝手言いやがって、キララ、てめぇ、犯すぞ!」

「おお怖っ。出た。裏鬼鉄!朝から未成年を犯す発言。世間のみなさん、ここに性犯罪者がいますよ!」

「まあまあ、朝から怒らないの。うるさいお口にチャックよ♡」

 そう言って、メグミは白く透き通るような細い両腕で鬼鉄のごつい顔を捕まえて、自分に向けさせる。そして、強引に鬼鉄の口にキスをする。


黙る鬼鉄。


 メグミは眼鏡を外すと、食卓テーブルの端に新聞と眼鏡を置く。コーヒーを一杯口にして、悠斗に説明を始めた。

「それじゃあ、アタシから説明するわね♡この世界には八百万やおよろずの神と呼ばれるほどたくさんの神様がいるの。ほとんどの神様はアタシたちを見守っているだけなんだけど、極稀に神様になれなかった子がいるのよ。アタシたちはそういう子たちを『ナラズガミ』と呼んでいるのだけど、その子たちが人を襲うの。アタシたちはそういう神様になれなかった子を退治しているのよ♡」

「ナラズガミ……。でも、どうしてメグミさんたちは、あんな化物と戦っているんですか?警察とかに任せればいいのに。」

「ん~。それは無理かな。ナラズガミを見たり触ったりできるのは、『神殺しかみごろし』をしたことがある人だけだから。」

「『神殺し』?」

「そう、カ・ミ・ゴ・ロ・シ♡」

「メグミ!」

 鬼鉄が叫ぶ。


「な~に♡」

 かわいく返事するメグミ。


「かわいい!超、かわいい!愛している!」

「うふふっ、知っているわよ♡」

「あの~、キララさん。この二人、おかしいですよね?」

キララに救いを求める悠斗。


「そうだね。おかしいね。メグ姉がかわいいというのは、もはやこの世の理(ことわり)だけど、鬼鉄はキモイね。激しくキモイね。もう、ハゲればいいのに。つるっぱげになればいいのに!」

「(キララさんもおかしい人だ……。)」

 悠斗はこの場には自分以外にまともな人がいないことを悟った。


 メグミは話を続ける。

「それでね、『神殺し』というのは、文字通り神様を殺すことなのだけど、困ったことに、これが意外と簡単にできちゃうのよ。アタシたちが間違って殺しちゃうのは主に『付喪神つくもがみ』と呼ばれる神様なの。長く使っている物が神様になっちゃうのだけれど、その付喪神になった物をうっかり壊してしまうと、その付喪神の持つ能力を受け継いで『神殺し』になってしまうのよ♡」

「メグミさんの刀や銃を持っていたのも神殺しの能力なんですか?」

「アタシの宿した付喪神は『刀』。いつでも好きな時に自分の周囲にだけ刀を出すことができるわ。」


 メグミが右手の人差し指で食卓を指さすと、食卓から刀の先が生えだした。


 悠斗は驚きながらも話をすすめる。


「刀を折ったんですか?」

「ええ、昔付き合っていた彼がヤクザの組長さんだったのよ。別れようとしたら刀で殺されそうになったの。私は近くにあったもので身をかばったら、刀の刃がかけたのよ。その刀が付喪神だったの。刀って素人が扱うと案外簡単に刃こぼれするのよ?」


 食卓から生えた刀の先をメグミが指で弾く。


「あれ?でも、それならあの銃はなんだったのですか?」

「ああ、あれ?重火器はすべて自前よ♡普通の銃の弾ではナラズガミには効果がないので、弾を発射後に弾の先に刃を生やしているのよ♡器用でしょ?アタシできるオンナなのよ♡」


  両手の指先全てから小さな刀の刃を生やして、悠斗に見せびらかすメグミ。


「自前って……。銃が手に入るんですか?」

「ええ、つっちーのお店で購入しているわ。つっちーはね、鬼鉄の昔からの知り合いなの。だから、いつも特別価格で買わせていただいているわ♡」

「そのつっちーさんって何者なんですか?」

「あいつはただのアジアン雑貨の店長だ。確か奥さんの手作り雑貨も売っていたな。そいつが輸入雑貨を仕入れる時に、裏ビジネスとして拳銃とかを密輸しているのさ。俺はこう見えて、元刑事なんだよ。色々あってそいつと知り合いになったんだ。」

 話に割り込む鬼鉄。


「鬼鉄は、熱血バカだから、ドラマみたいに上司から止められた事件を違法捜査してバレてクビになったのよ。その後、地元の商店街のハンコ屋さんでバイトしていて、うっかり付喪神の宿ったハンコを落として『神殺し』になったの。だから能力もハンコなの。」

「メグミ、愛しているぜ!でも、その説明、俺がするもんだろ?」


 悠斗は鬼鉄のツッコミを遮って質問した。

「ハンコ?ハンコって、印鑑のことですか?」

「そうよ♡」

「無視かよ!俺、いじけるぞ!いじめ良くない!いじめ格好悪い!」

 鬼鉄は強面の顔に似合わないいじけているアピールをしている。


「でも、爆発していませんでした?あれのどこがハンコなんですか?」

「ああ、あれか。俺の能力は、触れたものに特殊な効果を持った印を残す力なんだ。」

 急に真面目に答える鬼鉄。


「押しつけがましい男の能力だね。」

 キララの毒舌が火を噴く!


「アタシ、そういう強引なアナタが好きよ♡」

 メグミの惚気も炸裂する!


「……いや、もうそういうのいいから。」

 しかし、鬼鉄は塩対応で対処する。


「何よもう、いけず!」

 ここにきてメグミがぶりっ子し始める。


 それでも、鬼鉄の真面目モードは揺るがない。紙にイラストを描きながら本格的に説明し始める。

「話を戻そうか。俺は漢字一文字を印に刻めるのだが、その印に触れた時に初めて効果が発現する時間差のあるトラップ型能力なんだよ。『ばく』の印に触れたら爆発が起きて、『えん』なら燃える。地面に『ばく』印を残せば、その印を踏んだとたんに爆発が起きる地雷の完成さ。」


「でも、それなら、殴ったときに爆発は起きませんよね?印をつけて自分で殴ったら、鬼鉄さんが爆発に巻き込まれますよね?」

「そうだね。だから、俺は殴る前に自分の拳に『ばく』印を押印して、その拳で殴るんだ。そしたら、殴られた相手は無理やり地雷を踏んだことと同じになるのさ。」

「なるほど!でも、それならなんでもできますよね?『ばく』で爆発なら、冷凍の『とう』で凍る。飛ぶの『』で吹っ飛ぶんですよね?」

「そうだが?」

「なんかズルくないです?」

 悠斗は思ったことをつい口に出してしまった。


「うん、ずるいね。」

 激しく同意するキララ。


「確かに、ずるいわね。」

 同じく、激しく同意するメグミ。


「いやいや、俺のは触れなければ発動しないんだから、相手に至近距離で近づくか、トラップに誘わなくてはならないから、結構使いにくいんだよ。だから、ずるくないよ?」

 必死に自己弁護する鬼鉄。


「うん、ずるくないね。」

 あっさり前言撤回するキララ。


「確かに、ずるくないわね。」

 同じく、あっさり前言撤回するメグミ。


「だろう?男、鬼鉄、ずるはしないよ!というか、命がけで世界を守っているんだから、そこは見逃そうよ?そういうところ責めるのダメだよ?主人公補正ないと俺死ぬよ?死んでもいいの?」

 泣きそうな鬼鉄。


「いいんじゃないです?メグ姉が死ななければ。」

「ダメよ、キララちゃん。鬼鉄がいなくなったらアタシ寂しいわ。新しいお相手探さなくてはいけなくなるし。」

「えつ?何、まさかの体目当て発言!ショック!もうダメ、俺戦えない。世界平和なんてどうでもいい!」

 また、いじけだす鬼鉄。


「嘘よ、このおバカさん。アタシは好きでもない人にキスなんかしないわよ♡」

「マジで?やったー!イヤッホー!」

 小躍りする鬼鉄。


 鬼鉄のスマホの着信音が鳴る。


 鬼鉄の顔つきが変わり、部屋の空気が変わる。鬼鉄がスマホの着信画面を見て告げる。


「仕事の時間だ!」

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