G/W~ゴッドワールド~

明恵(みょうえ)

本編

第1話 逢魔時(おうまがとき)

 ゴールデンウィークの初日、高校生の悠斗ゆうとは、昼から本屋で漫画雑誌を手当たり次第立ち読みして家に帰る途中だった。夕日が沈みかけ、夜の暗さが辺りを包み始めていた。悠斗の父は転勤中、母は看護師で夜勤。悠斗が家に帰っても誰も待つ人がいない。外も暗いが悠斗の家の中もまた暗い。


 悠斗が本屋からの帰り道いつもの角を曲がると、そこには異形いぎょうの存在が立っていた。悠斗はいきなり目の前に現れた存在に呆然ぼうぜんと立ち尽くす。異形の存在は、山伏の格好に、黒く大きな翼を生やし、真っ赤な顔からは長い鼻が伸びていた。悠斗はすぐに気づいた。天狗てんぐだ。悠斗が天狗だと認識したと同時に、その天狗とおぼしき存在は悠斗の頭を掴もうとしていた。悠斗は死を覚悟した。


 ドサッ。


 悠斗の目の前に大きな何かが落ちてきた。


 足元を見ると、それは天狗の腕だった。


間一髪かんいっぱつと言ったところかしら?」

 悠斗の目の前には、真っ白いコートを着た黒くて長い髪の女が立っていた。


 ボン!


 何かが爆発する。


「おい!まだ終わっちゃいねぇーんだ。油断すんじゃねぇよ!」

 黒いライダースジャケットに黒いジーパンを履いた短髪の男が吠えながら、天狗に殴りかかっている。右ジャブ、左ストレート、右フック、その勢いで左に体を回転させ回し蹴りを一発。さらに、天狗が倒れかかったのに合わせて頭部へのかかと落とし。右拳で開いた左のてのひらを叩く。右手に光る輪が現れる。その光る輪が右手に浮かんだ状態で倒れた天狗の胴体を打ち抜く。その瞬間、大きな爆発が起きた。爆発の煙の中から男が出てきた。


「おい、坊主、大丈夫か?」

 強面の男が悠斗に話かけてきた。


 白いコートの女がその男に向けて拳銃を発砲する。弾丸は男の顔の横を通り過ぎて、煙の中から立ち上がってきた天狗の頭を打ち抜く。


「忘れたの?奴らはタフなのよ。頭を飛ばさないとダメなの。これで、お互いさまね♡」


  悠斗は爆発で燃えた焦げ臭い臭いを感じながら意識を失った。僕は夢を見ているのか?






 街灯の灯りが夜を告げていた。悠斗はいつのまにか車の後部座席に座らされていた。隣には赤いゴスロリファッションのかわいい十代前半ぐらいの少女が座っていた。


「あれ?気が付いた?私はキララ。君の名前は?」

「僕は悠斗。ここは?車の中?」

「大丈夫!安心して。今、私たちの家へ向かっているところよ。」


 悠斗の前の座席に座っている女性が振り向く。

「こんばんは、悠斗さん。アタシ、メグミといいます。よろしくね♡」


 運転席の男性がまっすぐ前を向いたまま悠斗に話しかける。

「俺の名は、鬼鉄きてつ。君には悪いが、とりあえず俺たちの家に来てもらう。詳しい説明はついてからだ。」


「え~、それじゃあ、この子かわいそうよ!アタシが色々教えてア・ゲ・ル♡」

 メグミの艶のある色っぽい声に悠斗の不安からくる混乱が、期待せずにはいられないよこしまな思いによるワクワク感へと変わる。


「ダメですよ!メグ姉。いたいけな少年に手を出したら!」

「何よ~、キララちゃんのいけず!」





 人通りの少ない路地を抜けたところに薄汚れた白いビルが建っていた。そこが鬼鉄たちの家だった。結局、悠斗は異形の存在との戦闘の後、何の説明も受けず、なすがままに鬼鉄たちの家へ案内されたのだ。


 悠斗が緊張しながら、リビングのソファーでキララと向かい合わせに座って待っていると、片づけを終えたメグミがリビングに入ってきた。


「本当にごめんなさいね。驚いたでしょ?車の中では話せなかったたけど、アタシたち、ああいう化物を倒すのがオシゴトなのよ。」

 メグミはいきなり服を脱ぎ出し、下着も脱ぎ捨てて全裸になった。


「なっ、何で、脱いでいるんですか?」

 動揺する悠斗。


「あら?ごめんなさいね。アタシ、戦闘の後、副作用で体が熱くなってしまうのよ。こんなおばさんの体、見たくないわよね?」


 メグミは謙遜けんそんしているが、その体つきはグラビアアイドルさながらの引き締まったくびれと豊満な胸がたわわに実っていた。健全な男なら誰でもお相手したいと思うほどのイイ女だった。


「いえ、そんな、おばさんだなんて、失礼ですけどまだ20代ですよね?」


 遠目ではハッキリ分からないが恵の肌はつやがあった。


「もう、お世辞のうまいこと♡アタシ、今年で30になりました。でも、まだまだ、現役よ♡」

 メグミは両手を頭の裏にあて、腰をくねらせる。


「もう、メグ姉、お客さんの前でサービスしすぎですよ!」

 あきれるキララ。


 直視できずうつむく悠斗。目の前のメグミはとても色っぽく、黒色の一部を除いてどこを見ても肌色だった。


「もしかして、アタシのこの美しいボディに欲情してしまったのね?よくってよ、よくってよ。いくらでも見てくれて!アタシはいつでもウェルカムなオンナよ♡」

「やめろ、この変態露出狂女が!お前の能力にそんな副作用ねぇだろうがよ!」


 Tシャツ姿で鬼鉄もリビングに入ってきた。


「何よ、アタシのこの自己犠牲が分からないの?少年の溢れ出すリビドーが新たな犯罪を犯さないよう身をもって防ごうという、この愛が分からないの?」

「分かるかボケ!お前のやっていることが、すでにわいせつ罪だからな!」

「アナタの存在の方が犯罪じゃない?」


 壁を背に呆れ顔で話すメグミの前に鬼鉄が立つ。


 ドン!


 壁に勢いよく右手をあて、メグミに壁ドンする鬼鉄。


「ああ?なんだ、このアマ!やるのか!」

「いいわよ!いくらでもお相手してあげますわ♡」

「よし。メグ、俺のリングへ来いや!もう一汗かかせてやる!」

「お相手するわ♡鬼鉄、今夜もアタシを満足させてくれるのかしら?」

 二人はそのまま部屋を出て行く。


 悠斗は動揺しながらキララに問いかける。

「いいんですか、放っておいて?」


「いつものことよ。あの二人はバトルの後、興奮状態が続くみたいでいつもあんな感じなの。メグ姉はやたらと脱ぎたがるし、鬼鉄は怒りっぽくなるし。」

 話しながらキッチンの方へ行くキララ。そして、唖然あぜんしていた悠斗の前に関西風の桜餅が出される。


「これは?」

「えっ?知らないの?桜餅?」

「あっ、いや、そうではなくて、これ食べていいのかなと?」

「何?あなた童貞?目の前においしそうな物があっても、食べないとか、マジあり得ない!ウケる。」

「何を言っているのですか。食べますよ。いただきます!」


 悠斗は動揺しながら桜餅を丸ごと口の中に放り込む。桜の香りとしょっぱさ、そして優しい甘さが口の中に広がっていく。


「うまい!なんですかこれ!」

「だから、桜餅だって。マジで知らないの?」

「知っていますよ。そうではなくて、コレ本当に美味しいんですけど。これどこで買ったもんですか?こんなに美味しい桜餅初めて食べました!」

 悠斗は二つ目の桜餅を目の高さまで持ち上げマジマジと見入っている。


「これ手作りだよ。」

「えー、すごいですね。キララさん、お料理上手いんですね!」

「違うよ。これ、鬼鉄の手作りだよ。ああ見えて鬼鉄は手先が器用なんだよ?メグ姉が言うにはゴッドフィンガーを持つ男なんだって。指使いが絶妙で、弱点をピンポイントで責めてくると言っていたよ。」

「弱点を責める?よく分からないですけど、あの強面の鬼鉄さんがお菓子を作るとは全く想像つかないな……。」

「でしょ?ウケるよね。あの顔でチマチマお菓子作っているんだよ?マジウケる!ヤバい。思い出しただけで、腹よじれる!ウケる。超、ウケる!マジ、腹痛い!ヒャツヒャッ……、腹が……!笑いすぎて腹痛い!」


 キララは床で笑い転げ始めた。お腹に手をあてながら、足をジタバタさせて大笑いしている。ヒラヒラのスカートからのぞく白い脚の先には真っ白いレースのパンティーが見えている。


 悠斗はキララのパンティーを直視しながら、あえて指摘せず冷静を装って話かけてみた。


「キララさん。一つ聞いていいですか?」


 笑いすぎてか、お腹が痛いせいなのか涙を流しながらキララが答える。

「何?ププッ……、ごめん。ヤバい思い出し笑い止まらん!」

「さっき鬼鉄さんがリングに来いと言っていましたが、ここにはトレーニングルームもあるんですか?」

「うん、あるよ。地下には射撃場もあるんだよ。でも、リングはないね。実践練習として組手はするけどリングはいらないから。」

「でも、さっき確かにリングって言っていませんでした?」

「ああ、アレね。鬼鉄のいうリングはベッドのことだよ。今頃、メグ姉とハッスル中だね。バトルの後はいつもそうだから。」

「え?お二人は付き合っているのですか?」

「どうかな?私もよく分からないよ。それよりも、悠斗くんは意外と冷静だね。ついさっき、あんな化物との戦闘を見たのにさ。」


 悠斗の顔がみるみるうちに青ざめていく。悠斗の頭に中に、人の形はしていなかったが目の前で生き物が切り刻まれ、胴を打ち抜かれ、燃えていく光景が次々にフラッシュバックしてくる。そして、胃の中に納まったばかりの桜餅も食道を通って口の中からバックしてきた。


 悠斗は四つん這いになりながら、涙を流しながらえづき続ける。


「そうそう、私はそれが見たかったんだよ。それが普通の反応さ!」

 無邪気に笑うキララ。


 リビングに悠斗のえづく声が響く。


 そこから少し離れた部屋では、男女の激しい息遣いが響いている。

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