第3話 あなたの名前は?
(おい、いつまでこんなことすんだよ。)
(うーむおかしいの、矢を放った者が近くに居る方がハプニングは起きやすいものなのじゃが・・・)
(朝から休み時間全部使ってんだぞ!いい加減なんかあるだろ!)
(なんじゃと!お主がトイレに行っとる間にチャンスはあったわ!)
(俺が居ないほうが良いのか!?そうなんだな!?」
「なにしてんだ?」
「うぉお!?・・・ってなんだよ、ゴブリンかよ・・・」
いきなり声をかけられて、柱の影に隠れて望々子を観察、もといストーキングしていた京次が飛び上がり、自分のクラスの数学を担当している『ゴブリン』こと
「そういうもんは教師の見えんところで言え。」
暮部はチョップで京次の頭を殴ると、
「ところで何してたんだ?いきなり大声を出して、誰かと話している風だったが・・・お前遂におかしくなったか?」
「やめろ、マジの心配顔すんのやめろ。」
京次は頭を掻いてなにか言い訳を探す。
「最近漫才にはまってるからな。ツッコミの練習だ。」
一人でか、と暮部は言うが、どうせ次の授業でネタにされるだけなので放っておく。
「そういうのは聞こえないところでやってくれ。」
暮部はそれを言い残すと、立ち去ってゆく。
「ま、望々子は見失ったわけじゃが。」
「あ!!ゴブリンめぇ・・・今度の数学テストの回答一つずつずらして提出してやる!」
それお主が損するだけじゃろ。と、京次によって『キュー』という名が付けられた天使が突っ込むと、最後の休み時間の終了を告げるチャイムが鳴った。
●
結局今日一日望々子との進展がゼロだった京次は、愚痴をこぼしながら帰り道をとぼとぼ歩いている。
「やっぱり信用なんねぇよ。絶対効果ないだろあの矢。」
「むぅぅ、お主の運が絶望的に悪いだけな気もするが、やはりいきなり人間を対象にするのは間違いじゃったか・・・」
キューが腕を組んでうつむく。心なしか頭の天使の輪っかもすこし縮まった気がする。
「なに?お前、俺が初仕事なの?」
まあな。と頷くキューは頭を掻く。
天使でも照れるんだな。とどうでも良い感想を頭の中で浮かばせていると、目の前を黒い髪が通り過ぎる。
瞬発的に京次の目線がその女性を捕らえる。
「望々子ちゃん・・・」
楽しげに鼻歌を歌っている少女は、自分を凝視している不審者(主人公)には全く気づかず、歩いていく。
「おいキュー、追うぞ。」
と、京次はいきなり望々子から約2メートルほど離れた位置にある電柱に、身を潜めた。
キューは、こいつ柱に隠れるの好きじゃなぁと思いながらも、近くに寄る。
(こんなとこでお目にかけられるとは・・・ツいてるぜ。)
(お主、相当運無いじゃろ。当たり付きアイスで当たったことあるか?)
お前ぜってぇ俺が初仕事じゃねぇだろ!とひとしきり漫才を行ったあと、京次が真剣な声に戻る。
(・・・っと、今回は漫才やってて見逃すワケにはいかねぇ!)
京次は今居る電柱の先、約3メートル先にある電柱へと、場所を変えた。
すると今度はキューの方から話しかけてきた。
(なんじゃ、コソコソせずに話しかけに行けばいいじゃろう。)
(バッカ野郎、いきなり声かけたら完全なる不審者だろ。)
今と大して変わらんと思うがなぁ・・・とキューは思う。
(あの方向だったら、多分商店街だな。)
京次が囁く。それにキューは対応し、
(追うのか?)
(当たり前だろ。)
そう言って京次は商店街へと向かった。
●
(望々子ちゃんって、あんな趣味してたのか・・・)
かれこれ望々子を追って1時間近く経つが、望々子はプラモデル屋を出たり入ったりしている。
学校から近いこの商店街は、最近改修工事が行われ、全長が200
元々、この商店街にはプラモデル屋は2軒あったのだが、改修で、大型電化製品店と、プラモデル屋1軒を加えたため、合計で4つのプラモデル屋が出来たことになる。
望々子は、学校側から見て、商店街の1番奥、改修前からある古いプラモデル屋に入った。これで4軒目である。
(どーするんじゃ?)
(うーん・・・俺、あんまプラモデルとか詳しく無いしなぁ・・・とりあえず、外で待っとくか。)
今までと同じ戦法で、待とうとしたが、望々子の後ろから近づく人物が居た。
(なっ!?だ、誰だあいつ!)
京次は電柱に隠れながら、望々子に近づく人物を観察する。
身長は望々子より顔1つ分ほど大きく、顔は結構なイケメン顔である。制服を着ているが、京次や望々子が通う学校のものではない。京次はここまで鑑みると、
(望々子ちゃんって、他校にまで名前が広がってんのか!?)
嫌な汗をだらだらかきながら、京次はさらに、その男の行動を見張る。
すると、いきなり望々子に話かけに行った。
(マ、マジかよ・・・そんな仲なのか・・・。)
クラスメイトなら有り得るが、他校の生徒が気軽に話しかけに行くとなると、話は違う。
(うーむ、相当な仲みたいじゃな・・・)
キューの言う通り、望々子も話しかけられると、気さくな笑顔で対応し、言葉を交わしあっている。
(どーするんじゃ?このままあの男のなすがままで良いのか?)
京次は、ぐっ・・・と唸るが、望々子との面識は無いに等しいため、ここで話かけに行くことは出来ない。
散々悩んでいると、望々子と謎の男の会話は終わった様で、男の方は去って行った。望々子はその男が去って行くのを確認し、大きく溜息をしてからプラモデル屋に入る。
(?、なんだ?今の溜息。)
(さあの。何か見つかると不味いことでもあったのかのう?)
で、どーする?何か意見は変わったのか?と問うキューに、京次は少しの間顎に手を当て考えると
(・・・あぁ、なんか引っかかる。入るぞ。)
そう言うと、京次は足早にプラモデル屋の中に入って行った。
●
ドアを開けると、店主らしい老人が、いらっしゃい。と声をかけてくる。京次は店の中を見回りながら歩き、望々子を探した。
店自体はそこまで大きくないが、足元から天井あたりまで、プラモデルやミニ四駆がびっしりと積まれてある。新しそうなものから、箱が黄ばみ、いかにも古そうなものまで置いてある。
そんな中、望々子は店の奥、外からは勿論、店主が座っているレジからも見えない場所で、プラモデルの山を見上げていた。
京次はそれを、視界に入る程度の棚の角で横目に見ていた。
彼女が居る場所は、どうやらロボットアニメのプラモデルを扱っている場所の様だった。京次でも見た事のあるような人気のものは店のそとからでもよく見える場所に置いてあるので、見たことのないような、タイトルやロボットの名前を見ても全く分からないものばかりが置いてある。その棚を望々子は真剣に睨んでいた。
(マニアックなのか?誰にだって人には見せない面があると言うが・・・)
(意外じゃな。)
京次とキューはばれないように横目で望々子を見守る。
何分か経ち、望々子はようやく目当てのものを見つけたらしく、積み重なっているプラモデルから、「轟機神王 アマテラス」というタイトルのアニメのプラモデルを抜き取った。
(うーん・・・やっぱり聞いたことないなぁ。にしても誰でも思いつきそうなタイトルしてんなぁ。)
どうでもいい感想を述べていると、望々子がプラモデルを脇に挟んでキョロキョロし始めた。
(?なんじゃ、何を見回しておるのじゃ?)
(わかんねぇ・・・なんかやましいことでもあんのか?)
京次は、望々子を注意深く見る。
(さっきから何となく怪しかった。わざわざこんな古い店の奥まで来て、コソコソするなんて。)
(うーむ、考えたくないことじゃが、確かに行動が怪しすぎるのう。店に入る前に会った男のことも、ずっと見送り続けておったし。)
さっきからの望々子の妙な行動を怪しく思っていた二人は、望々子にひとつの疑いがあった。
(盗みをはたらこうとしている・・・のかものう・・・。)
キューがばっさりと言う。
(ッ・・・なわけねぇだろ!望々子ちゃんはそんなことするような人じゃ・・・)
その京次のサポートを嘲笑うように、望々子が鞄のチャックを開く。
おい嘘だろ、という京次は望々子に向けて足を向ける。
(望々子ちゃんはそんなことするような人じゃない・・・)
半分は確かめの為に望々子の細い腕に手を伸ばす。
掴んだ。が、しかし
「なにしとんのや?」
望々子を挟んだ先からしわがれた声が聞こえる。
店主だ。
「え!?ええっと・・・。」
望々子はいきなり二人に腕を掴まれて混乱している。
「こんな若いお嬢さんってのにプラモデルねぇ・・・。ま、万引きっちゅうもんはストレスから起きるって聞くしのう。」
店主は皮肉をぶつけた後に京次に視線を移す。
「どうやらそこの彼氏さんも知らんかったみたいやな。さ、ちょいとこっち来よか。」
店主がいまだ困惑している望々子の細い腕を引っ張り奥に連れて行こうとする。
それを、
「待った!」
京次が叫んで止めた。店主はのっそりと顔だけを黙って向け、こちらを睨み付けてくる。
京次はその視線に若干
「え、えーと・・・」
しかし出てくるものは場をつなぎとめるものだけで、良い言い訳が出てこない。
「なんじゃ、はよう言わんか。」
店主が促してくる。京次は必死の弁明で、
「そ、それは俺が払うんだよ!」
京次は言い終わった後に、気づいたようにプラモデルの箱を指差す。
「のの・・・その子は今日誕生日で、俺がなんか好きなもの一つ奢る約束してたんだ。だから、金は俺が払う。」
京次は冷や汗をたらしながら、店主を睨み返す。
「それなら文句ねぇだろ。」
店主はしばらく思考している間、京次のことをずっと睨んでいたが、ふぅとため息吐くと、望々子の腕から手を離し、そして手からプラモデルをひったくり、
「金を払うなら文句は無い。ついて来い。」
プラモデルを掲げ、レジへと向かう。
その後姿を見ていた、京次、望々子、キューの三人は、大きなため息を吐いた。
●
「はい、これ・・・」
京次が店の前で望々子にプラモデルを手渡す。
望々子が万引きをしているということが、とてもショックだった京次はうつむき気味で声のトーンも落ちている。
それを、望々子は申し訳なさそうに受け取る。
「う、うん・・・えーっと、勘違いしてそうだから一応訂正させてもらうわよ?」
「え?訂正って・・・」
京次は望々子と視線を合わせ、問う。
「うーん。私、別に万引きしようとしてた訳じゃなくて・・・」
望々子が苦笑いで続きの言葉を探している。
「え!?で、でも・・・じゃあなんで鞄なんか・・・」
京次が詰め寄るように問いただすと、望々子はあっさりと返してきた。
「財布探してただけよ。」
聞いてから京次は5秒ほど固まり、
「え?」
聞き返した。
「鞄を開けたのは財布を探すため。もう、あなたも店主さんもちょっと頭固すぎない?」
望々子は呆れたようにため息をついて、また鞄の中を探り始める。
「そ、それじゃあ店に入る前に声かけられてあんなにびっくりしてたのは?」
望々子は財布を探る手を止め、
「え、見てたの?」
京次は、しまったと思い、硬直したが、望々子は特に気にするでもなく話しはじめる。
「あれは兄。で、びっくりしてたのは今日の目当てのものが兄にプレゼントするものだったからよ。」
京次はそれを聞いて、何故か少し安心しながらも驚いた。
「そういえば兄と言われれば納得じゃな。」
キューが腕を組んで納得する。
「まぁ、あの店主さんに捕まらなくて良かったわ。貴方名前は?」
京次はいきなりのことに固まり、数秒後に自分を指差して俺?と返す。
「そう、貴方。助けてもらったんだもの。」
京次は頭が真っ白になる中、なんとか自分の名前を引き出す。
「さ、坂本京次です!」
声が裏返るほどテンパったが、なんとか名前を伝えられた。
「うん。私は浅田望々子。今日はありがとう。」
改めての感謝の言葉と、プラモデル代の分の小銭とレシートが乗った手を差し出してきた。
「よよよよ、宜しくお願いします!浅田さん!」
京次は金を受け取ることも忘れ、望々子み向かって頭を下げる。
それに困惑する望々子だが、
「さん付けなんて・・・浅田でお願い。同い年でしょう?」
「そ、それじゃあ、ありがたく受け取るよ。あ、浅田・・・」
(違和感半端無ぇ・・・)
京次は苦笑いで望々子からプラモデル代を頂き、おおきなため息を吐いた。
「ふふ、それじゃあ。どうもありがとう。坂本君。」
望々子はそう言い残すと、商店街の雑踏の中に姿を消した。
●
「あ”あ”あ”あ”~疲れた~・・・」
帰り道、大きく伸びをする。
「なんだかんだ言ってあの矢、最後の最後でちゃんと効果出してくれたな。」
その言葉を聞き、キューはフフン、と鼻を鳴らすと、
「どうじゃ?いかがかの?」
「おう、上出来だぜ。ま、これからもよろしく頼む。」
キューは、京次の言葉に満足したのか、なんとなく輪っかの部分が大きくなった気がする。
見習いキューピットの矢も借りたい! ゆでん @yuden888
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