第2話 希望はデッカク

とある学校の二年教室の端っこで、授業中にもかかわらず、大きな口をあけてあくびをする生徒が居る。

「お主、そんなんでは授業の内容が頭に入ってこんのじゃないか?」

その声で、大あくびの主、京次は目を擦りながら起き上がる。

「うるせぇなぁ、お前が昨日の晩ずっと説明してっからだろぉ・・・?」

比較的に教室はざわついていたので、今の呟きは隣の席のシンぐらいしか聞こえていないだろう。

京次の席は、一番窓側だが、五列あるうちの、前から三番目である。理想的ではないが、悪くもない位置だと京次は思っている。

「なんじゃ、お主が慌てふためいて状況説明しろと煩かったからじゃろうが」

シンは「どうした京次、遂にイカレちまったか?」と深刻そうに訪ねてくるのを無視し、昨日の夜のことを思い出す。


「なんだお前」

最初の京次はとてつもなく冷静だった。それが続いたのは一瞬だったが。

「なんだお前!!誰だ!どっから・・・つか人間!?ていうか言葉通じてる!!」

目の前の天使らしきものは、新鮮な眼差しでこちらを見ているが、思考回路が完全にショートしきっている京次には関係ない。

そんな京次を見かねて天使らしきものが口を開く。

「まぁ落ち着け、落ち着いて話を・・・」

「落ち着けるかよ!つか誰っていうか何だお前!」

狼狽する京次を手で制し、待ってましたと言わんばかりに天使っぽいものは胸を張って応える。

「お主らで言うところの恋のキューピットというやつだな。」

京次は五秒ほど動きを止めるがまたすぐに激しく動きだす

「天使!?天使なんか居るわけね・・・でもコイツ飛んでる!浮遊してる!なんで!?どーやって飛んでんの!?頭に輪っかとかあるし!やっぱり恋のキューピットは居たんだ!親父の言ってたことは本当だったんだ!」

注意書きをしておくが、京次の父親は天使に出会った経験は無い。

キューピットは首を傾げ、戸惑いながらも、京次の質問に答える。

「まぁ、天使は居るし、神も居る。」

「最も、お主ら人間のところにはあまり寄り付かんがな。」と天使は付け加える。

「え、なんで?」

「人間ほど面倒くさい生き物はおらんからの」

天使がベッドの上に仁王立ちで着陸し、見下げる形になって会話をする

「人間はほかの動物より感情が”無駄に”フクザツじゃからな。そりゃあ寄り付かん。」

さっき新鮮な目してたのはそういう理由か。と思うと、天使が大声を上げた。

「そんなことより!お主、どうやら片恋人と結ばれたいらしいの。」

「え?お、おう。そりゃあ全世界の男子全員の夢だろうよ。まぁ世の中はそんな簡単に出来てねーらしいけどな。」

京次が肩を落とすが、天使の方は逆に嬉しそうである。

「あいやわかった。なら、キューピットの儂に任せてみい。」


と、そこから色々と説明されたのだが、正直最後のほうは覚えていない。というか最初から真面目に聞いていなかったが。

一応女性であるということは覚えている。あと女の癖に変に儂口調なのと。

(なにも晩飯のときまで説明してくんなくても良いんだけどなぁ・・・。)

天使といよりペテン師のほうがお似合いな話しかしてこなかったこいつの話を聞いてみても、小学生が作ったお話としか思えなかった。

がしかし、頭に輪を乗せ、背中からは純白の翼と、翼の色とあわせたように白い、神秘的なローブを身に纏い、おまけに2.5頭身程の身の丈は、まさに漫画や本などで見る天使のそれだった。

さらに昨日の家族や、クラスメイトの反応を見ても、この天使は京次にしか見えていない様だった。

「お前の言ってた、『強く恋愛を望んでるやつ以外には見えていない』ってのは本当だったのか。」

と、京次小声で話しかける。昨晩そんなことを言っていたのを思い出す。

「なんじゃ、まだ疑っておったのか。」

当たりめぇだろ。と心のなかでツッコミを入れる。

結局、昨日の晩いろいろ聞かされたが、全部古い手が一周して新しく感じる詐欺商法のような内容だった。

だが、すべてを否定できるわけでもなく、途方に暮れている。

「信じてくれ、お主にも悪い話では無いだろう。別に代償は要らんぞ。」

その言葉を言い終わるより前に、授業の終了を告げるチャイムが鳴り、程なくして小休憩の時間になる。

それを待っていたかの様に、京次は教室を出てスタスタ歩き始める。天使はそれに飛んで着いて行く。


京次は自分の憩いの場、中庭のベンチへとたどり着く。

夏の昼休みだと、すぐ後ろに植わっている大きな桜の木で、ベンチにちょうど影ができ、日よけにもなるので、弁当を食べにこのベンチに来る生徒は多いが、今はちょうど桜が散り始める季節だし、そもそも小休憩なのでほとんど人が来ない。

京次はベンチに乗っている桜の花びらを払いのけ、腰を下ろす。

一息ついてから天使のほうを見て話す。

「お前の話だと、目的のコを惚れさせるんじゃなく、ただチャンスが巡ってくるだけなんだな?まだお前が天使だということを信じたワケじゃないが」

昨晩の話の内容をなんとか思い出しながら訪ねる。

天使はその言葉を聞き、激しくテンションを上下させたが、それでも京次の質問にちゃんと応える。

「うむ、あくまでお主の片恋人との接点を増やすだけじゃ。これは見習いでなくても変わらん。」

「よし、そこまでは聞いてない。それでそれはどんな人間でもいけるのか?」

「勿論じゃ、しようと思えばお主と宇宙人でも可能じゃぞ。」

「願い下げだ!」という京次のツッコミをかわし、天使は話を続ける。

「それで誰にするかは決めたのか?」

「え!?いや・・・それはまだ・・・。」

京次が申し訳なさそうに視線を逸らす。

正直、『付き合いたいと思う女子』というのは全くと言っていいほど無く、今まで特に好きな女子が居るわけでもないのに付き合いたいと言いまくっていた自分がとても恥ずかしい。

「なんじゃ、あれだけ付き合いたい、付き合いたいと申しておったのに、いざとなると弱いもんじゃのう。それでもおとこかお主!」

「いでででで!ニヤニヤしながら肩を叩くな!酔っ払った中年親父かお前は!お前こそそれでも乙女かよ!」

京次は、天使がひとしきり叩くのをやめると、彼女にしたい女子を思い浮かべる。

(恋愛ってこんな簡単だっけ・・・。とりあえず。めっちゃ頑張って告白したら実は付き合ってます。とか最悪なパターンだから、取り敢えずまだ付き合ってる疑惑が立ってない女子にして・・・んであんまり高望みしすぎると絶対泣く羽目になるから・・・。)

「京次。」

頭を抱え、必死に考える京次を天使が諭すように呼びかける。それに応じて京次も頭をあげる。

「希望はデッカク、じゃぞ。」

天使の放った言葉に京次は一瞬戸惑うが、天使はそれを気にせず話を進ませる。

「お主はこんな物好きキューピットに出会い、手助けを受けれているのじゃ。ほかの人間ではまずありえない事じゃろう。そんな特権を使ってまで手にした恋人がお主の望んだ恋人ではなければ、その恋人だけではなく、その恋人のことを好いておった者に対しても失礼なことじゃ。」

京次は真剣は眼差しでそれを聞いている。

「せっかくお主は他の男よりもチャンスを持っておるのじゃ。それを酷使せずにいてどうする。」

天使がニッとはにかみ、白い歯が見える。

根負けした京次は、よしっという掛け声とともに立ち上がり、ビシッと目の前の女子軍の中、一番目立っている女子。つまり朝丘望々子に指をさす。

「あそこに見える六人グループのなかで、一番笑顔が綺麗で、美しくて、周りに幸せなオーラをまとっている容姿端麗で元気な女子が居るだろう?」

「どれじゃ。生憎儂はお主のような特殊なものが見える眼は持ち合わせておらん。」

「あのコだよ、あの、腰に上のジャージ巻いてるコ」

「ああ、あやつか。それがお主の片恋人じゃな。よしわかった。」

理解早!という京次にツッコミを聞きながら、天使は明らかにもそれっぽい、「キューピットの弓矢」が出てきた。ホントに、そのままド●キに売っていそうな感じである。信憑性の欠片もないが、京次もノリノリになで、そんなことは気にしていないご様子。

「最後に確認じゃ。本当にあの娘でよいのじゃな?」

京次は「あったりめぇよ!」と返事すると、天使は満足そうな笑みを浮かべてギリギリと弓を引いてゆく。

そして、弓の弦がこれ以上伸びなくなったとき、天使の手から矢が離れる。

勢いよく放たれた矢は、望々子に向かって真っ直ぐに飛んでゆき・・・

「あ・・・」

そのまま吸い込まれるように望々子の中へと入っていった。

「成功じゃな。」

天使が小さくガッツポーズを取る。

「後はお主の頑張り次第。まぁ儂も見届けるがな。」

「あ、着いてくるんだ。」

「なんじゃ、恋愛経験のないお主を思っての発言だったのじゃが、どうやら儂の役はもう終わりのようじゃな。」

フラフラとどこかへ行こうとする天使を、京次は慌てて引き止める。

するとそこへ、ドッジボールがテンテンと転がってくる。

「おーい、こっちー!」

転がってきたボールを拾い上げると、話題の中心人物。つまり朝丘望々子が駆け寄ってくる。気が動転して「え?あ、え?お、うあおう」などと意味不明なことを言っている間に息を切らせた望々子が「ありがとう」という言葉を残して戻っていく。

一人取り残された京次。

「今のが矢の効果じゃな。」

京次はハッと我に帰り、天使のほうを仰ぐ。

「え?今のが?なんかしょぼくねぇ・・・?」

「何言っておる!お主が呆けて突っ立っているからじゃろうが!あそこからいくらでも発展できたわ!阿呆!」

「いきなり何の前ぶりもなく来たら、誰だってあーなるわ!」

「じゃあ次からは大丈夫じゃな。」

天使の言葉に「う・・・」と京次は言葉を詰まらす。

「まぁ、今ので大体は理解できた。最初は慣れねーと思うがまぁどうにかなるだろうなんたって俺には」

天使の方に体ごと向き直り、精一杯溜めてから口を開く。

「お前が居るしな。」

天使の肩に左手を置き、右手の親指を天使の目の前に突き出す。

「ま、お主よりかは頼りになる。幾らでも使え。」

「応よ!・・・ってそいやお前名前は?」

まだ聞いていなかったのを思い出し、京次は訪ねる。

「何でもよい。好きに呼べ。」

こうして京次のつまらなかった青春は、一変して、毎日がせわしなく動きだすことになるのだった。

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